第8話 フュンの困った事情

 「ガルナズン帝国大元帥フュン・メイダルフィア殿が入室されます」


 王謁見の場。

 呼び出されたフュンは一人で赤い絨毯の上を歩く。

 一直線に敷かれた道はネアルの前へと誘う道だ。


 「フュン殿。お久しぶりでありますな」

 「ネアル王子。お元気そうで・・・五年ぶりでしょうかね。お久しぶりでございます」

 「そのくらいは経ちましたな」


 フュンはここでやや大げさに頭を下げた。 


 「はい。王になられたようで、おめでとうございます」

 「いや、まだですぞ。式は明後日ですからな」

 「ああ。そうでした。しかし、もう決定事項。前祝いだと思って先に言葉だけでも受け取ってください」

 「うむ。ありがたく頂こうか」

 

 ネアルもフュンも同時に微笑む。

 互いの牽制が緩やかに進んでいた。


 「ネアル王子。お土産も持ってきたのですが、どちらに納めればよいのでしょうか」

 「ああ、ブルーにでも言ってくれればすぐに受け取ろう」

 「ありがとうございます。選りすぐりの物を持って参りましたので、気に入って頂ければ嬉しいです。私の故郷で作りました」

 「そうですか。受け取りますので、ご安心を。持って帰れとは言いませんのでね」

 「はい。断られたらどうしようかと思ってましたよ」

 「ハハハ。心配性ですな。貴殿からの贈り物を返したら、恥ですぞ」

 「それはそれは、私はあなた様からずいぶん高い評価を頂いているようで、恐縮であります」


 穏やかな会話の中で、緩やかな火花が散る。

 ネアルとフュンだけがこの場にいるような感じであった。


 「ふっ。相変わらず食えない男だ・・・・では、明日からの予定をブルーがお伝えするので、一度控室にお戻りに。それと、あとで私とも会ってもらえますかな」

 「はい。もちろんであります。失礼します、ネアル王子」


 最後にフュンはお辞儀をして、その場を颯爽と去っていった。


 「底を見せないか。いつも笑顔で切り抜けようとするのが、逆に恐ろしい。さすがは私の好敵手だ」


 ネアルの独り言を聞いていたのは、斜め後ろに立つブルーだけであった。


 ◇

 

 しばらくして。

 フュンと仲間たちが待機している部屋にブルーがやってきた。


 「大元帥殿。失礼します」

 「あ! ブルーさんですね。お久しぶりです」

 「は、はい。お久しぶりであります」

 

 ただの普通の挨拶にしても軽い。

 フュンの役職の重さに対して、ふわふわとした印象に戸惑うブルーであった。


 「ブルーさんは、あれですか。予定を知らせに来てくれたのですか」

 「そうです。こちらがその紙で、皆さんにも」

 「用意がいいですね。ありがとうございます」


 一行に紙が渡ってから、ブルーが話す。


 「今日はこのままお休み頂いて、明日。昼食会を開きたいとのことで」

 「昼食会? 晩餐会ではなく?」

 「はい。大元帥殿たちとの食事をしたいと。ネアル王子が・・・」


 申し訳なさそうに上目遣いでブルーが言ってきた。

 無茶な注文であるとの自覚が彼女にあるのだろうと、フュンは笑顔で言い返す。


 「いいですよ。ブルーさん。そんなにこちらに気を遣わなくてもいいです。大丈夫。僕は参加しますから」

 「あ、ありがとうございます。断られたらどうしようかと」

 「ええ。大丈夫。お誘いありがとうございます」

 

 フュンの飄々とした態度のおかげで、気兼ねなく会話が出来るブルーであった。


 「それで明日はそれだけでしょうか?」

 「はい。それ以外は自由時間で。明後日が即位式。四日後が武闘大会で、五日後が晩餐会です」

 「ふむふむ・・え、武闘大会???」

 「はい。ネアル王即位記念の戦いをこちらの闘技場でする予定です。その来賓者の中にフュン様を・・・」

 「なんともまあ、勇ましいネアル王子にピッタリな催しですね」

 「はい。まあ、そうなります。反対したのですけどね」

 「あはは。反対したんですね。でもやりますよね。彼ならね・・・」


 フュンはネアルの性格を掴んでいるので、この時の想像を働かせていた。

 多くの反対があろうとも決行する。そして、皆もしぶしぶ了承したのだろうと。


 「は、はい。そうなんです」

 「ブルーさん、ご苦労されているようで・・・あ、でも苦労じゃないでしょ」

 「もちろんです」

 「そうでしょう。ですから、あなたは、自分の為と彼の為に頑張ってください」

 「は、はい!」


 ブルーは不思議な気分に陥っていた。

 主であるネアル王子の宿敵であるフュン。

 互いに憎き敵だと決めつけているのだと思っていたのに、いざ会ってみるとそんな雰囲気じゃない。

 柔らかい印象を崩さずに、人を応援する姿はどこにでもいる人に見えた。

 王国にこんな男性がいないので、ブルーは拍子抜けを食らっていた。

 敵に応援されて心地よい気分になるなど、あってはならない事。

 でも不思議に気分はいい。


 「それじゃあ、まずは・・・明日ですね。昼食会を待てばいい。こんな感じですね」

 「はい。そうです」

 「明日は、そちらから案内がありますか? それともこちらからその場所に行けばいいのですか?」

 「はい。私が明日。こちらに来て、案内します」

 「それは助かりますね。あとブルーさん。ここを勝手に出ていっちゃ駄目ですよね?」

 「そうですね。城の二階までならどこにいてもいいです。三階以上はやめてください」

 「おお。そうですか。二階までなら良いと。ああ、助かりますね」


 ここでフュンがブルーに近づいて小声になる。


 「それがですね。うちの子。ジッとしていられない性格でして、ここで一日、何もせずにいるのが厳しいのですよ。ブルーさん、助かります」

 「ふふふ」

 

 悩みが普通の家庭の悩みである。だから思わずブルーは笑ってしまった。


 「あ、すみません。失礼でした」

 「いえいえ。失礼じゃないですよ。本当に苦労する部分なんです。僕も苦笑いが出るくらいですからね。ハハハ」

  

 多少の無礼は怒ることでもない。

 フュンの器もまたネアル同様に大きいのだとブルーは感じた。


 「二階までですよね。それじゃあ、早速見学しましょうかね。着替えてこちらをウロウロさせてもらいましょう」

 「ええ。どうぞ。今日のお夕食はこちらに運びます」

 「ありがとうございますね」

 「はい。それではまたお会いしましょう」

 「はい。また~」


 ブルーと別れた後。

 フュンたちはそれぞれバラバラの行動を起こした。

 

 ◇


 フュンはレベッカとジスターを連れて、見学に出る。

 ブルーが言った『二階まではいい』

 その意味は恐らく重要事項や重要人物などが三階以上にあるのだと思う。

 さすがに、敵国に機密を漏らすようなことはしないであろう。

 愚図りそうな娘の手を引いている間、そんなことを考えていたフュンであった。


 三人は、城一階の東の端に来た。

 ここは兵士訓練所である。


 「新兵さんですね。動きが違いますね」


 フュンの王国兵のイメージは、もっと機敏で力強い。

 帝国兵よりも能力の平均が高く。特にネアル直下の兵は強かった。

 それに対してここはまだ洗練された兵士たちの動きじゃなかった。


 「そのようですね。フュン様」

 「ええ。ジスターもわかりますか」 

 「はい。足の運びが悪いですね。腕はまだ良いですが・・・」


 二人が品定めしている間に、レベッカが隣からいなくなっていた。

 ちょこちょこと訓練の方に参加していたのである。


 ◇


 王国兵の新兵担当の隊長リオルは、兵全体の乱取りを指示。

 一分戦い。三十秒休み。 

 また違う相手に変えて一分戦うを繰り返す地獄の特訓を課していた。


 「まだまだ。休むなよ。十回は続けるぞ」

 「「は・・はひ・・・」」

 

 新兵たちの体力は限界を迎えていた。


 「あそこのお兄さん。肩、怪我してるよ。無理させたら悪化する」

 「ん?」


 リオルは声が聞こえた方に顔を向けた。

 でも誰もいない。


 「あっちのお姉さん。指怪我してる。突き指だよ。武器の握りが甘い」

 「え?」


 また声が聞こえるが隣に誰もいない。


 「ねえ。聞いてる。おじさん」

 「おじさんだって!? 一体誰だ? ああ!?」


 リオルが下を見ると、少女が仁王立ちで立っていた。

  

 「おじさん! あの二人。やめさせた方がいいよ。怪我が悪化するもん」

 「ん。ああ。そうなのか。わかった。ベズル。マーイカ!」


 隊長に呼ばれた二人はこちらにきた。


 「二人とも怪我しているのだな」

 「そ、そんなことはありません。まだできます」

 「私も出来ます」


 ベズルとマーイカは否定の返事をした。


 「嘘だよ。おじさん。この人の右肩。こっちの人の左の薬指を触ってみて」

 

 リオルは少女に言われたとおりに動いた。


 「いって・・・・痛くないです」

 「・・・ぐっ」

 

 触った瞬間に二人の顔が歪んだ。

 軽く握ったくらいの力で痛みを訴えたので、リオルは指示を出す。


 「駄目だな。休憩だ。癖になったらいかん。本番に差し支えることになる」

 「「は、はい」」

 

 二人は医務室へと向かった。

 リオルは少女にお礼を言う。

 

 「お嬢さん。ありがとうな。よく分かったな」

 「うん。まあね」

 

 少女はリオルの方を一切見ないで答える。

 彼女の目に映っているのは兵士一人一人の動きだった。

 赤い目が、訓練場の全体を見つめている。


 「あの人。腰が弱いね。走り込みが足りない。あそこの人。利き腕が違うよ。あっちの人も足が逆。右足が利き足なのに左足を軸に置いてる」


 問題点を並べる彼女の目には何が映っているのか。

 リオルは、自分ではわからない部下たちの弱点を言い当てる少女に戦慄を覚えた。


 「そ、そうなのか・・・」

 「そうだよ。おじさん。人には癖があるんだよ。だから皆同じ育て方だと上手くいかないんだよ。戦術は一律でもいいけど、戦いでの動き方だけはその人に合わせないと、怪我もしやすいよ」

 「な、なるほど」

 「ああ、ごめんなさいね。そこの方」


 穏やかそうな優男がこちらに来た。

 

 「あなたたちは誰なんですか? なぜ部外者がこちらに!?」

 「ああ、申し訳ないです。その子の父です。この子が偉そうにごめんなさいね」

 「父!」


 父親が近づいてきたので少女は飛びついた。


 「こら。勝手にいなくなったら駄目だといつも言っているでしょ」

 「だって」

 「だってじゃないです。まったくもう」


 謝ってきた男性は、飛びついて来た女の子を抱きしめた後、リオルの方に体を向けさせて、頭を下げさせた。

 

 「ごめんなさいでしょ。勝手にお邪魔したのです」

 「ええ。だって、ここの兵士さんが苦しそうだったから」

 「それも関係ありません。こちらは招待された側なのです。勝手をしてはいけません。謝りなさい」

 「んんん。ごめんなさい。おじさん」


 頬が膨らんだまま少女は謝った。


 「招待された側・・・ということはあなたはまさか・・・」

 「はい。僕は、帝国のフュン・メイダルフィアと申します。大変申し訳ない。この子が余計な口出しをしてしまい。本当に申し訳ないです」

 「い、いえ。こちらの不手際を見せるようで・・・恥ずかしい限りで、子供に指摘されるなど」

 「いえいえ。この子が生意気な子で、あなたの仕事を奪うような言い草をしてしまい。申し訳ないです」

 「そ、それこそお気になさらずに」


 リオルがいい人で良かったと思うフュンがほっと胸をなでおろしたところに。

 

 「父。ほら。おじさん、怒ってないよ」


 反省していないレベッカが元気よく言いだした。


 「レベッカ!! あなたは黙ってなさい。この方が怒っていないのは、器が大きいだけだからだ。他の方だったら怒っています。レベッカ、いい加減にしなさい。心から謝りなさい」

 

 首が下に下げることになったレベッカは必死にフュンの手に抵抗する。

 グギギギっと彼女の首が動き出していた。

 

 「んんん。父、私悪くないもん」

 「悪いです! こちらの兵には、こちらの決まりの上で兵の訓練があるのです。あなたが口出ししてもよい理由がありません! 謝りなさい」

 「ご・・・ごめんなさい」

 「あの。そのくらいで・・・まだ子供ですし」


 リオルの方が親子喧嘩の仲裁をしていた。


 「いえいえ。こちらの不手際です。お詫びにこちらをどうぞ。奥様か恋人さんとかいますか?それとも好きな方とか」

 「え? ま、まあ。婚約者はいます」

 「ならちょうどいい。こちら、僕が作ったハンドクリームなので、そちらの方にプレゼントをどうぞ。喜んでいただけると思いますので」

 「え。あ、はい。渡してみます」


 フュンは内ポケットから伝家の宝刀を出した。

 化粧品は女性にとっての身だしなみの基本で、フュンにとっての女性との会話外交の切り札でもある。

 それをリオルが受け取った。

 きっと役に立つだろうと、フュンが満足すると笑顔に変わる。


 「ええ。ありがとうございます。また会えたら、感想などもらえると嬉しいですね。この期間に会いましょうね。ではさらばです。失礼しました。改めて、先程は本当に申し訳ない」


 フュンが低姿勢に謝ると、リオルも低姿勢でお辞儀した。


 「はい。ぜひまた」

 「ええ。またお会いしましょうね。ありがとうございます」


 と爽やかな挨拶をして、お辞儀まで丁寧でいるのに、彼の右手は荒ぶっていた。

 じたばたと暴れるレベッカを持ち上げて、バックのように運ばれていったのである。


 二人が去ると。

 

 「な、なんだったんだ・・・あの二人・・・でも丁寧な人だったな。あれが帝国で最も危険な男。王国の上層部が危険視している男フュン・メイダルフィアか・・・いや、親切な人過ぎるだろ。俺みたいな兵にもさ・・・おかしいだろ。あれ・・・」


 リオルはそんな独り言を言って、フュンのことを敵として見ていいのか困ったのである。

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