第6話 使節団選抜

 ガルナズン帝国の玉座の間。

 出産に入るかもしれない皇帝の代わりに大元帥が王国の使者を迎えた。

 主な相手はヒスバーン。

 その他にも、お供は数人。中でも見たことがない二人組がいた。

 フュンの頭の中にある王国の幹部らの特徴にない人物たち。

 ノインとセリナと呼ばれる人物たちだ。

  

 二人から感じる異様な圧に、フュンはこの相手にも警戒しなければならないと思った。

 不気味な強さがある。

 深さがあって、底が見えない。

 表情や仕草からも感情が読み取れない人物なんて珍しい。

 特に、ノインには、ネアルが持つ覇気のような力を感じていた。


 「これは、ヒスバーン殿。お久しぶりです」

 「ええ。おひさしぶりでございますが。それよりもまずお祝いを」


 ヒスバーンが深く頭を下げた。


 「お子様おめでとうございます。フュン様、四人目のお子様が生まれるという事でおめでたいですな」

 「はい。ありがとうございます。喜ばしい事でしてね。自分でも非常に嬉しく思ってますよ・・・それでヒスバーン殿、用件は例のですね」

 「はい。それで・・・シルヴィア陛下に、こちらに来ていただきたかったのですが・・・それは無理でありますね。我が新王都に来てもらうには、身重でも産後でも、どちらでも厳しいはずです」

 「当然ですね、それはお断りしますよ」


 シルヴィアの訪問は、当然キャンセルである。


 「それでは、皇帝の代わりになるような人物が・・・どこかにいらっしゃいますかね」


 ヒスバーンがキョロキョロと家臣団の方を見た。

 その行為。

 あまりにもわざとらしいので、フュンが話す。


 「ええ。いいですよ。遠回しなことをせずとも。あなたは僕を指名する気でしょう。最初からね」

 「・・・ふふふ。ええ。その通りです。私が演技をしても無駄だと言いたいのですね」

 「そうですね。僕もあなたの名演に乗っかった方がよかったですか? 僕の方は、名演とはいきませんがね。あなたほど演技が上手くない」


 白々しい男にはこの程度の言葉で返した方がいい。

 フュンは巧みにヒスバーンと渡り合っていた。


 「いえいえ。そんなご足労は・・・しかしやって頂けるのであれば、私としてはそちらに合わせた演技をしてみせますよ」

 「ふっ。面白い。ヒスバーン殿。あなたは非常に面白い方だ。だからネアル殿が、あなたを傍に置いていると見た。あの方は、ある意味物好きですからね」

 「その通りでございます。あの男はそういう男であります」


 見つめても嘘の笑顔が崩れない。笑っているけど目が笑っていない。

 こうやって会話をしても、ヒスバーンという男の本心が見えないのである。

 好奇心旺盛なフュンは、彼の内面を知りたかった。


 「・・・では、フュンがいきますと。ネアル王にお伝えください。『いつまでに』がありますか? 期限や条件などは?」

 「ええ。このまま我々と一緒に来て頂けると嬉しいですね」

 「今? あなた方と!?」

 「はい。このまま我々がご案内します」

 「・・そうですか・・・わかりました。時間を頂けますか。準備にも、皆にも周知しないといけません。行くことは良いのですが、その準備が必須です」


 フュンの意見は当たり前の事。

 だからヒスバーンは、すぐに承諾する。


 「当然です。私どもはこちらの帝都の宿でお待ちします。お呼び頂ければすぐにでも、この城に駆け付けますゆえ、十分にお悩み下さい」

 「そうですね。わかりました。悩むので暫し待っていてください」

 「はい。では失礼します」

 「ええ。またお会いしましょう」


 と言ってフュンは、ヒスバーンを見送ると。


 「レヴィさん。ジュリさん」

 「はい」「おう」


 二人を呼ぶ。

 光と共に二人がフュンの両脇に現れた。


 「彼をマークしておいてください。それと、ヒスバーンはこちらの技を見抜く可能性が高い。太陽の技じゃない方がいいので、ジュリさんにお願いします。顔が出ているドラウド。身分変更している彼らの部隊でお願いします」

 「そうか。わかった。宿屋にいる子を使うぜ」

 「はい、ありがとうございます。レヴィさんは、今帝都にいる幹部を招集してください。素早く皆を会議室へ。お願いします」

 「はい。皆を連れてきます」


 フュンは会議を開き、連れて行くメンバーを確定させることにした。


 ◇


 会議室。


 「フュン様があちらに行くなど、大変危険なのでは?」

 

 開幕サティが聞いた。


 「はい。その面もあるかもしれません。しかし、ここは安全だと思いますね。危険度で言えば、1%もないと思います」

 「なぜですか。敵地なのですよ」

 

 訓練明けでたまたま帝都に休みに来ていたデュランダルが、会議に参加して発言をしてきた。

 デュランダルは帝国八大将の一人である。


 「閣下。俺もそう思う。閣下は安全だと思うぜ」

 「そうですよね。あなたも思いますか。デュランダル」

 「ああ、俺もあの男は、闇討ちするような男とは思えない。周りの奴らはどう考えるか分からんが・・・いや、でもあの男の意にそぐわない様な事はしないと思うんだ。だから逆に安全だと思うぜ・・・たぶん」

 「そうですよね」

 

 普段はクールでいながらも、戦闘自体は熱く直感寄りのバランス型の男性。

 『デュランダル・ギミナー』

 フラムと同様ドルフィン家にいた人物だ。

 貴族ではないとして、出世が出来ずにいた人物でもあり。

 その原因は、優秀な人物を上に上げたくない貴族の過小評価報告によってフラムの位置にまで彼の評価が上がってこなかったからだ。

 もしも彼が大戦時にフラムの元にいれば、フラムはあれほどの敗北をしなかったかもしれない。

 英雄にも肉薄するような戦い方が出来たかもしれない。

 それくらいの器の持ち主である。


 この表面上で実績のない人物をいきなり大将格に引き上げたのは、フュンの勘である。

 試験の成績からして、彼は八大将の中でもバランス型で、武も知もいいので、おそらく試験になればゼファーよりも全体の成績が良い。

 しかし彼は、実戦経験が豊富であるけれども、将としての実績がない。

 そこで、ここ数年の間で、模擬訓練などで皆には真の実力をアピールしている。

 大将八名の内での訓練において、全員に勝利をしている経験がある。

 それは中将クラスでは絶対に起きない現象なので、皆も納得の人事となっているのだ。

 ちなみに修行を全てこなしたアイスも、デュランダル同様全員に勝利をしているので、彼女もまた納得の人事となっている。

 

 「しかし。フュン様。危険なことに変わりありませんし、重役くらいに任せた方が・・・」

 「サティ様。ご安心を。僕は大丈夫。それにあなたも連れていきたいのですよ。そこまで不安だと、どうしましょう。一緒に行ってもらえませんよね?」

 「わ、私も!?」

 「はい。あなたにも向こうの経済を見てほしいのです。雰囲気を見てほしいというか」

 「・・・なるほど。敵情視察になると」

 「そうです。僕はあなたとアン様。今はハスラにいるゼファー。あとは数名をあちらに連れて行きたい」


 サティが悩んでいると、デュランダルから手が挙がる。


 「へぇ。それだと閣下。俺もいいかい。その数名の中に入ってもさ」

 「デュランダルがですか? 逆にあなたが来てくれるのですか? 今はお休みでは??」 

 「ええ、休みは返上です。俺もその輪の中に入れると願いたいですね」

 「いいですよ。あなたが良いのなら、一緒に行きましょう」

 「お! さすがだ。閣下。その即決が好きだぜ。俺は閣下が大将で、人生の運が向いて来たよな。やっぱ閣下が俺の幸運の女神だ・・・あ、男だったわ」


 いぶし銀のデュランダルは、一見すれば冷静な男に見えるが、実情はお茶目である。


 「え? そうですか? あなたは優秀ですからね。僕じゃなくても、すぐに皇帝陛下のご兄弟に認められてましたよ」

 「いいや、そいつはないね。閣下はいきなり俺を大将八名に任命した。しかも一般出の人間をだ・・・そいつは、ここにいる皇族の人たちにはできない。あなたにしか出来ないことですよ」

 「んんん。まあ、そういう事にしましょう。それじゃあ、デュランダル。頼みますよ」

 「了解。任せてほしいですね。閣下」


 追加参加者はデュランダルに決定。


 そして次に手を挙げたのはアンだった。


 「ねえ、フュン君。ボクもなの?」

 「ええ。あなたにも見てほしいです。王国の建築物などを見て、一緒に勉強しませんか。あちらの技術にも良い点があるかもしれません」

 「なるほどね・・・じゃあさ。ジャンダも連れて行っていい?」


 アンはここには居ないジャンダを指名した。

 今のジャンダは帝都近郊西の道路を作成中である。


 「ジャンダも!?」

 「うん」

 「いいですけど・・・なぜジャンダを?」

 「うん・・・見せてあげたいっていうか・・・うん」


 急に歯切れが悪くなった。

 

 「え? ん?」


 頷くだけになったアンのフォローに入ったのはサティ。

 フュンの隣の席にいた彼女は、身を乗り出して耳打ちをしてきた。 

 

 「フュン様。アンはジャンダが好きなんです」

 「え!? そうだったんですか・・・そういえば、アン様。ご結婚されてないですもんね」

 「そうです。アンは自分の恋愛に興味がなかったのでね。あの歳になってもほぼ恋愛をしてません」

 「そうですか……そういえば、サティ様は?」

 「私は未亡人のような者です。ですから結婚してません」

 「サティ様が未亡人!?」

 「はい。婚約者とは死に別れたのです」

 「そ、そうだったんですか」

 「ええ。10歳くらいの時にですね。御三家が出来上がる直前です。彼が居れば、私も王家に残ったかもしれません」

 「・・・なるほど。そんな方がいらっしゃったのですね」

 「ええ。とても優秀で素敵な方でした」

 「そうですか」


 人には人それぞれの人生があり、苦労がある。

 フュンは今になって知った事実に驚きながらも、どんな人も、誰にも言えない悩みや苦労を抱えているのだと思った。

 

 「サティ様、それじゃ、ジャンダも連れて行きましょうかね。大臣クラスですし。問題ないでしょう」

 「そうですよね。そうしましょう」

  

 耳打ちが終わり、フュンはアンに話しかける。


 「アン様。ジャンダも連れて行きます。お二人で建築などを見ておきましょう」

 「ほんと。じゃあ、楽しみにする」

 「ええ。それじゃあ、あとは・・・戦闘系を数人。もし襲われても跳ね返せる人がいいですね」

 「ならば。ミシェルもいいのでは?」


 サティが聞いた。


 「え? ミシェルですか」

 「ええ。あの子たち、新婚旅行がまだでしょう」

 「そうですね。しかし、旅行と言っても・・・敵地ですよ。いいのですかね」 

 「別にいいんじゃないですか。あの二人どうせ誰かに言われないとそういうことをしませんよ」

 「・・・そうですね。三年経ってますけど、旅行なんて聞いてませんもんね」


 三年前に結婚したゼファーとミシェル。

 里ラメンテの人たちで祝ってから、夫婦らしいことをしているのを見たことがない。

 いつも修行ばかりをしている。


 「まあ、これはミシェルにも聞いてみるとして・・・あれ? え?」


 フュンの前にあるテーブルの下からレベッカが出てきた。


 「父! 私も。私も。私も行きたい」

 「え? レベッカ!? なんでここにいるんですか?」 

 「逃げた・・・」

 「ん? なにから?」

 「ジスター」


 廊下から声が聞こえる。


 「レベッカ様。どこに行ったのですか。ジスターは探してます! 目を離すとすぐにいなくなる・・・はぁ。離したのは数秒だったのに、なんたる足の速さ・・・気配も読めなかった・・・神の如き動きだ。神童すぎる」


 と大きな嘆きの独り言が聞こえてくる。


 「ほら、レベッカ。ジスターが困ってますよ。彼の所に行きなさい」 

 「ええ。父。助けて」

 「助けて? なんでですか?」 

 「ジスターがうるさい。基礎基礎基礎って、つまんない」 

 「駄目です。助けません。それはジスターが正しい。基礎が大事ですからね」

 「父酷い・・・酷い」

 「酷くありません。当然の話です。基本を大切にしないのであれば、剣を取り上げます。いいですか」

 「・・・やだ!」

 「それじゃあ、基礎をやりなさい」

 「・・・わかった」

 「それでは、呼びます。ジスター!!! ここです。レベッカはここにいます」

 

 フュンは叫ぶ前にレベッカを捕まえた。

 肩を押さえつけているのでレベッカは動けない。


 「父の裏切り者。ジスター呼んだ」

 「当り前です。こんな我儘に付き合わないといけないジスターが可哀そうです」

 「我儘じゃないもん」

 「では、剣を取り上げましょう。どれどれ、どこに置いていますか。訓練用の棒も没収します」 

 「んんんん」

 

 ムスッと顔を膨らませているけども、フュンはお構いなしだった。 

 

 「ジスター!」


 今のフュンの声が聞こえて、確信を持ったジスターは会議室に入る。

 先程はまさか自分が呼ばれているとは思わずにいたので、部屋に入るのを躊躇していた。


 「は、はい。フュン様・・・ああ。レベッカ様!!!」

 「これを頼みます。今は会議中なので」

 「すみません。フュン様にご迷惑を」

 「いいえ。この子が悪いのです。ジスターの責任ではありません」

 「父。売った。私。売った」

 「レベッカ!」


 駄々をこねそうになると、レベッカの体が持ち上がった。

 誰だと思った彼女が抱きかかえられた人物を見て驚く。

 初めて見る人物だった。


 「おう。これが閣下の娘か。ひいては、皇帝の子か……なあ、お嬢さん」

 「誰?」

 

 デュランダルであった。

 知らない人物に触られても嫌がらないのは珍しい事である。


 「我儘放題でも構わねえ。基礎が好きじゃないのもな。でも、父の仕事の邪魔になるのはどうなんだ? そこはお前さんも嫌なんじゃないのか。いいのか。大好きなんだろ」

 「・・・うん」

 「だろう。じゃあ、大人しくしないとな。父はまだお仕事中だぞ。いいのか?」

 「うん。わかった。大人しくする」

 「ああ。それがいい。そんじゃ、閣下」


 レベッカを降ろして頭を撫でると、デュランダルはフュンの方に体を向けた。


 「デュランダル。どうしました?」

 「閣下。この子も連れて行ってあげたらどうですか」

 「え? いやいやいや。今、我儘はよくないと言ったばかりで」

 「ええ。そうですが、この子。並外れてますよ。こうも力が有り余っているのなら、見聞を広げた方がいいですぜ。この帝都の中に閉じ込めるよりも、もっと広い世界に触れた方がいい。世界を見せてあげた方が成長しますよ」


 デュランダルも身分のせいで世界が狭かった。

 だから、城に籠りがちになるレベッカを外に出してあげたい。

 そういう気持ちがあった。


 「それはそうですが。さすがに敵地ですよ。子連れで行くのも護衛が・・・」

 「大丈夫でしょう。こちらのジスター殿がいます。こちらもまた並外れている力の持ち主だ。一緒に来てもらいましょう。ゼファー。ミシェル。あの二人もいるのなら、更に安全でしょうし。それにレヴィ殿もお連れして、護衛を頼めばいい。レヴィ殿も今回は表に出るといいでしょう」

 「え? レヴィさんもですか」

 「そうです。太陽の戦士長として、表に出てもいい時期かと思いますよ。後進を育てるにも、顔を見せた方がいい。姿の無い戦士長よりも、姿のある人の方がいい」

 「・・・なるほど。それは良い考えだ。うん、デュランダルの案が良さそうですね」

 「はい。それに俺もあなたを守る剣になりましょう。これで護衛としては十分な人数が揃ったはずです」

 「確かに。レヴィさん。デュランダル。ジスター。ゼファー。ミシェルですか。十分ですね。それにジャンダも戦えますし。アン様。サティ様。レベッカ。まあ、大丈夫でしょう。一人に一人が付き従えますからね。大丈夫でしょう」

 「そうです。これで行ってみましょう。帝国の使節団ですよ」

 「いいですね。わかりました。デュランダルの言うとおりにいきますか」


 こうして、王国へ向かうメンバ―は確定したのである。

 まさかの我が子も使節団の一員となった。

 


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