第253話 第七次アージス大戦の終盤
帝国歴524年7月14日夜。
戦争が再開されて十日以上。
激戦中の激戦とされた第七次アージス大戦は、全くの互角。
一進一退を繰り返し、互いに致命的な一撃を入れようとするが、それを防ぐ展開が続いた。
激しい戦闘の割には、あと一歩が足りないという印象をお互いが持つ。
総大将シルヴィア・ダーレーと、軍師クリス・サイモンは、本陣で会議を開いた。
「これは・・・こちらはどうですか。左翼の奥から兄様を前面に出すというのは」
「駄目です。それでは必殺の一撃が仕掛けられません。やはりスクナロ様にはここぞという場面での攻撃がいいです。それでは無駄に体力を使います」
「そうですか・・・では、どうやって敵を」
シルヴィアが悩んでいると、クリスは答える。
「こちらはどうでしょう。ザンカ殿に指示を出して、中間距離を分厚くして、相手を削り取る。今日ではなく、明日。明後日。その勝機を生むために。少しずつですが削り取るのです」
「それは……ジリ貧になるのでは?」
「なる可能性もあります。ですが相手の方が兵の数は少ないです。我々の数の多さを生かして削り取れば勝てるはずです。それにシルヴィア様が囮となりましょう」
「ん?」
「本陣の出撃です。本陣が中央軍の真ん中の先頭に入って、その脇をヒザルス殿。タイム殿が固めまして、ミシェル殿には前線に出てもらう。ミシェル。ゼファー。両部隊による同時攻撃から始めて、本命攻撃をザンカ部隊の弓とナイフにします。スクナロ隊は、横に布陣して離れた位置で隙を窺う。この陣でいきましょう」
「いいでしょう。私が出ましょう。勝負に出ましょうか」
即座に決断したシルヴィアの決断力に、周りの上層部は感嘆した。
勇気もある総大将であることを認識したのだ。
「やりますよ。皆さん。明日は敵を削る。それのみです」
「「はい」」
真の帝国軍は、シルヴィアの号令と共に明日を戦う。
◇
「出撃します。皆さん。全軍前進」
シルヴィアと共に横並びに、ヒザルス。タイム。両軍が前進。
現在のアージス大戦は三戦場での戦いをやめていた。
兵を分散させるのは愚の骨頂と言わんばかりに、両軍はアージス平原中央での戦闘を展開していた。
両軍がゆっくり進軍して、中央で激突しようとすると、相手の意図にシルヴィアもクリスも気づく。
「見抜かれましたか!?」
「いえ。違いますね。これは、あらかじめ用意された動きです・・・そもそもこれを狙っていたのでしょう。私たちは、ネアルの性格から考えるべきでした」
ネアルは、シルヴィアの正面になるように陣を展開してきた。
その狙いは総大将同士の一騎打ちの形に持っていくつもりなのだ。
「ここは引けませんよ。クリス」
「わかっています」
「・・・ここは展開を変えます。私の本陣の戦いに茶々が入らないように、周りを動かしなさい。ヒザルスとタイムには、私の突進のカバーをしなさいと伝えなさい。それとザンカにもです。あとはゼファーと兄様に。あちらは自由に動いて乱して欲しいと連絡を」
伝令兵を急がせて、指示が通るだろう時間を待ってから、シルヴィアは叫んだ。
「ここが、勝負の時。シルヴィア隊。目の前のネアル本陣にぶつかります。いいですか。敵の狙い通りに動いてしまいますが。そんなものは関係ないです。ただ単にこちらが相手へ致命傷を与えればいいだけ。ここからは力勝負です。私について来い。シルヴィア隊!!!」
「「「おおおおおおおおおお」」」
シルヴィアの号令と共に本陣が敵本陣に突撃。
シルヴィアは作戦が上手くいかなくなっても、戦わないという選択肢を取らなかった。
ここで後手に回るような作戦を取ると士気に関わる。
それにどうせ目の前に敵がいるのなら、顔くらい拝んでやるわ。
という本来の彼女の勇ましさが出ていた。
彼女の本来の性質は戦闘狂である!
◇
「ほう。凄いな。戦姫とやら。私の挑発的行動に対して、あえてこの行動を取るのか。気に入ったぞ!」
「ああ。面白い。フュン・メイダルフィアの嫁。という話だったな」
「そうだな。夫婦揃って、私を満足させる相手か! 私の相手にふさわしいかを見定めてくる。お前はここにいろヒスバーン」
「ああ、いってきな」
ネアルとヒスバーンは、本陣で別れた。
イーナミア王国の本陣三千。ガルナズン帝国の本陣三千。
互いに千を置いて突撃を開始した。
中断前と再開後。
両方を合わせても、両軍の総大将がぶつかることはなかった。
ここに来て、両軍の大将は顔を見ることになった。
◇
軍の先頭を走るシルヴィア隊。
やや後方を走るのはヒザルス隊とタイム隊。
その進軍の邪魔をしようとするのは、アスターネ軍。
彼女の軍が右翼から、こちら側の中央へ向かう寸前。
シルヴィア隊に行かせる前にミシェル隊がアスターネ軍に向かって行った。
指示を出していないのに彼女は勝手に動き出した。
「ミシェル! 私の為にですね。ありがとう」
シルヴィアが感謝を告げていると、更に。
パールマン軍が左翼から、こちらの中央に向かってくる。
これに対して動いたのは帝国軍の最右翼にいたゼファー隊。
シルヴィアの行く道を邪魔はさせまいと蓋をしてくれた。
「ゼファーも。よくやりました。あとは」
残りは、外れた位置にいるエクリプス軍である。
彼の軍は、スクナロ隊を見張る動きをしていた。
だから、双方を邪魔するのは中央軍だけ。
ヒザルスとタイムは相手の陣形を見て、本陣同士の決闘に持ち込む動きをした。
中央軍を指揮していたブルーの指揮は、ネアルの前で普通に布陣したように見せた包囲戦を仕掛ける事だったが、それを逆手にとったヒザルスとタイムが彼女の軍を封鎖。
シルヴィアと、ネアルの本陣一騎打ちの形に持ちこんだ。
この日の戦争が開始されて二時間。
両者はここアージス平原中央で相対した。
「あなたがネアル・・・その英気・・・素晴らしいものがありますね」
「貴殿が。戦姫、美しいな。そのいで立ち」
剣の柄に両手を乗せて立つ姿。
戦場でシルヴィアは、絵になっていた。
「・・・そうですかね?」
「無駄がない戦士であるな。それでいて指揮官か……そんな戦士がこちらにも欲しいものだな」
「そちらにもいらっしゃるのでは?」
「貴殿ほどの方はいませんぞ」
「ずいぶん褒めてくださること。買い被りですよ」
「ふっ。自信がある癖に。その言い方・・・面白い」
会話が止まり数秒後。
両者の間に風が吹いた。
戦いを予兆するものだと、二人が感じた瞬間。
「王国軍、出るぞ。私に続け」
ネアルを先頭にして、王国本陣が走り出す。
「出ます! 戦姫シルヴィアに続きなさい。帝国軍!」
シルヴィアを先頭にして、帝国本陣が動き出した。
両者の先頭同士が、剣を交わらせる。
「は、速い!?」
ネアルは、シルヴィアの足の速さだけでなく、動作の速さにも驚く。
自分の想像の倍以上の速度で、剣が振り抜かれていた。
自分の右。側頭部を斬る動きの速さが、今までの剣技の中で最速であった。
しかし、驚くのはシルヴィアもだった。
「な!? これを」
ネアルが自分の攻撃を完璧に防いだことに驚く。
左利きのネアルは、右に籠手を装着している。
左手に剣を持ち、右腕にある籠手は盾の役割を果たしている。
ネアルはオーソドックスな片手剣スタイルの戦士なのだ。
「驚いてもらえて、嬉しい所であるが、これはどうだ」
右手の籠手がシルヴィアの剣を受け止めている所で、ネアルの剣が唸る。
シルヴィアの首を狙った一撃に、渾身の力を込めた。
「くっ。そちらも速い」
敵の剣を躱すため。
ジャンプしたシルヴィアはネアルの籠手に足をかけた。
空中にいる状態からの蹴り出しで、更に高く飛んで攻撃を躱す。
「な。華麗な動きだ。やるな。戦姫」
「いえ。そちらこそ。王国の英雄ネアル……強いです」
両者は、剣を交わらせて互いに思った。
今まで戦った中で一番強い敵。
勝つイメージの湧かない戦闘をしたのは初めてであると。
「こちらもだ。貴殿は間違いなく強い。求心力もある。ならばここで貴殿を倒せば、帝国は終わりに傾くだろうな。貴殿を倒せば、王国の完全勝利に近づく」
「いいえ。私がいなくなっても、帝国は終わりません」
「ほう。自信があるようだな」
「当り前です。帝国にはまだまだあなたの知らない強者がいます。我が夫もそうです」
「フュン・メイダルフィアか。もちろん、私は知っているぞ。彼もまた素晴らしい」
「いいえ。あなたの知っているフュンは、本当の彼ではありません。前回の彼は、まだ卵でした。ですが、今の彼は・・・孵ったのです。私の英雄に。帝国の英雄へと」
フュンこそ、自分の英雄。
フュンこそ、帝国に必要な英雄。
シルヴィアの本心であった。
「ほう。そこまで絶賛するか。面白い! 早く会いたいものだ!」
「ええ。ですが、あなたの知らないフュンをお見せしたい所です。ですが、ここで私があなたを倒しましょう」
シルヴィアとネアルの戦いはほぼ一騎打ちとなる。
それは周りの兵士が遠慮したのではなく、手を出せないほどの高速戦闘のせいだった。
一歩でも彼らの領域に入ると斬られる恐れがあった。
攻防一体と化している二人は何百との撃ち合いを繰り広げた。
◇
戦場に参加していない帝国本陣にて。
千の兵で本陣を守るクリスの元に。
「クリス!」
「カゲロイ殿? どうしました」
「これを」
慌てているカゲロイは珍しいので、クリスは無表情ながらも急いでいた。
もらった紙を広げて文章を読む。
「フュン様!?」
クリスは顔を上げてキョロキョロと首を振った。
「どこかにいらっしゃるのですか」
「わからん。今偵察に出ていた影がもらったんだ。太陽の戦士から紙を渡されたらしいぞ」
「そうですか」
「なんの指示だ?」
「軍全体に対する指示が出ました」
「そうか。何かやる気だな。あいつ」
「ええ。では指示を通します。カゲロイ殿。影をフル活用です。全軍に細かい指示を出します」
クリスの元に来た指示書。
フュンから来たとされるが、肝心のフュンがどこにいるのかはわからない。
それでも彼を信頼してクリスは帝国軍に指示を出した。
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