第252話 第二次ハスラ防衛戦争の真実

 「さてと……今日だな」


 ヴァンはハスラ側の川で相手を見た。

 船団の準備が整っているように思う。

 海の男の勘が囁いていた。


 「おいおいおいおい、遅せえんだよ。早くしろよな。あいつらよ」


 戦闘モードに入っていたララが、斧を取り出した。


 「血が足りねえって。私の斧が泣いてるんだよ。早く吸わせろよ。血をよぉ!」


 言っていることが恐ろしかった。


 「いや、頼むからその気持ちさ。抑えてくれよ。俺たちの役目さ。ララ、覚えてるか?」

 「ああ? とにかく殲滅よ。何があっても殲滅よ」


 目が血走っている。

 止められそうにない。


 「は、はぁ。やべえよ。こいつだけは早めに戦わせよう。もう変わっちまってるよ」

 「私は前の船に行くわ。ヴァンは後ろにいろ」

 「おい。待てよ。ちょい・・・」


 勝手に前の船に移動しているララを見て、戦う前からお疲れ気味のヴァンだった。



 ◇


 帝国歴524年6月26日昼。

 長らく続いた対岸同士での睨み合いは、この日突如として終わりを告げた。

 鐘が鳴ったイーナミア軍から動き出す。

 三百の小型船が前進。

 それに合わせてダーレー家の水軍も出撃した。

 

 ダーレーの水軍は、ハスラ水兵とササラ海軍の混合軍。

 長をヴァンとし、副長をララとしている。

 元海賊が長という謎の人事であるが、その水軍の強さはおそらく帝国一である。

 二百隻の船で敵に対抗する。


 開戦から五分。

 両軍の中で異様な速度で突進している船があった。

 すでにその船は川の中央を越えて、相手側に突っ込んでいる。


 「やれや。いけいけいけいけ」


 船首に立つララはとにかく前進しろと指示を出し、爆速で相手の船に当たる。


 相手の先頭の船に衝突した衝撃は凄まじく、互いの船体が上下逆さまになる勢いで揺れる中で、ララは一人で敵の船に乗り込んだ。


 「おい。てめえら。死にたくなかったら、川に飛びこみな! 今から切り刻むからよ。斧の血になれや」


 この挑発には意味がない。初戦でビビるような兵など、そうそういない。

 しかも女性で、華奢な見た目であり、不相応な巨大な斧を持っていて、見た目からいってもアンバランス。

 特にフリフリの衣装を着て、お姫様チックの女性が、脅しに来ているからだ。

 それにララやヴァンの名はこの時はあまり知られていないから、なおさら馬鹿にされたのである。

 

 だがしかし、彼女の方はお構いなし。

 馬鹿にされようがここにいる敵とは、斧に吸わせる血の提供者だからだ。

 彼女は巨大斧を持ち上げながら突進。

 横に一閃すると、相手を巻き込むようにして、船ごと破壊しながら敵も破壊した。

 一度に四、五人が宙を舞い、船のガラクタと一緒に川に落ちていく。

 次の獲物の兵士に対してララは叫ぶ。


 「おい。どうだ。かかって来るか!」

 「・・・・」


 王国の兵は、彼女の恐ろしさに気付いてしまった。

 知らない方が幸せなこともある・・・。

 戦いはまだ始まったばかりであった。


 ◇


 開戦直後の戦闘に勝った帝国軍。

 しかし、数の違いを覆すには至らない。

 三百隻対二百隻の戦い。

 始めから勝負は分かりきっていた。

 海や川の上で、船が足りない。それは陸上の兵数よりも厳しいのだ。

 兵士の数よりも船の違いはより顕著に出てしまうのである。

 

 船団の左右の端の方での戦いは激化。

 船での包囲戦にならないように、端では船乗りの勝負が起きていた。

 旋回を上手く使っての回避と攻撃を繰り返し。

 中央軍同士はというと、船をぶつけあって、乗り込んだりしての近接での戦闘が続く。

 戦いは船と兵士の力の問題となった。


 局所を見ると全てにおいてハスラの兵の方が上だった。船も戦闘もである。

 ただし、相手の水兵も良く調練されていて、素晴らしい戦闘をしていた。

 だから次第に数の違いを活かした戦い方をして、水上での包囲戦が始まった。

 ついに、ハスラ軍の方が苦しい戦場となったのだ。


 包囲が始まりかけている時。

 いち早く気付いたのヴァンと、ジークである。


 「やばいな。徐々に削れている」


 ハスラの城壁から、戦いの全体像を見ているジークは呟いた。


 「ジーク様。信号弾を放ちますか」

 「まだだな。あと少しでやる。こちら側にそのまま上陸してもらうためには、もう少し粘らないといけない」

 「ヴァンとララ。出来ますかね」

 「いけると思いたい。無理をさせるが、仕方ないんだ」


 敵をおびき寄せるのが目的。

 勝つことが優先されるわけじゃないのが今回の水上戦だった。


 ◇


 「やべえな。そろそろか・・・いや、まだか。粘るしかないな」

 

 ヴァンは一度ハスラの方角を見た。

 信号弾がない。

 では戦闘継続かと。

 敵の方に視線を切り替えた。


 「ララ! いったん下がれ。引く準備をしよう」


 船団の先頭に立つララは、中央の敵の攻撃を食い止めている。

 攻撃を仕掛けてくる敵の船にわざと船をぶつけて乗り込み切り刻む。

 敵の船があの船だけは避けようとして中央の圧力は弱まっていた。


 「ああ。それが出来たらな。でも無理だぞ。ヴァン」


 敵船の上部を破壊して振り返ったララが言った。


 「なに?」


 彼女のすぐ後ろの船の乗っているヴァンが言った。


 「左右が削られている。ありゃ、簡単にゃ逃げられない」

 「それは分かってるよ。だから下がるんだ」

 「ならば私の邪魔をするな。皆を逃がすためには正面の圧力を消さねばならん」

 「ん?」

 「ヴァン! 会えたら会おう。またな」

 「おい。ララ!! 馬鹿。死ぬ気か。おい。戻れ!」


 ララは敵船船団の先頭部分じゃなく中にまで突っ込んでいった。

 乗り込んでは斬るを繰り返す彼女が見えなくなると、相手が乱れ始めて、船団の列がおかしくなっていく。

 その内、彼女は敵の群れに飲み込まれていった。


 するとここで、撤退の信号弾がハスラの城壁から飛び出た。

 ヴァンは引くしか選択肢がなく、ララを救う動きをせずに、命令通りにハスラ水軍の維持に努めた。

 全体で逃げるためにゆっくりそのまま下がる。

 敵もそれに合わせて前に出て来るが、正面の動きが鈍い。

 おそらくはララの動きのおかげだろう。

 

 彼らがなんとかして先に川岸に到達した直後、陸で待ち構える形で軍を展開した。

 敵の上陸直後を狙おうとすると、敵船の一隻だけがこちらに上陸しようとしていた。

 勇ましい敵もいるもんだと思ったら。

 

 「誘き寄せには成功したが・・・ララが・・・死んじまったか・・・」


 ヴァンは敵船の先頭部分から降りる人間を見た。


 「はぁ。こんなもんかよ。まだ足りねえってよ。泣いてるぜ」


 斧を担いだララが、敵船から出てきた。


 「ララ!?」

 「何をそのお顔は? 当然生きておりましたわよ。そんな死人にあったみたいな」

 「いやだってよ。あの状況だったら死ぬだろ。普通」

 「大丈夫ですわ。ある程度船を進めて、乗ってる船を壊してもらいましたの。そこから船の破片と共に素潜りをして、敵の最後尾の船を奪って、こちらの前線に来ただけですわ」

 「怖っ。なにこいつ。化け物だよ」


 ララは普段の様子に戻っていた。

 奥の敵船を奪ってから、敵の目を眩ましてから先頭にきたらしい。

 凶悪な戦闘スタイルに賢い戦略を持つ鬼の貴婦人ララ。

 戦闘が終わればただの淑女になる恐ろしさを持つ。


 「戻りましょう。ヴァン。ハスラまで下がりますわよ。この方たちはあまり頭がよろしくないようですわ」

 「ああ。いいぜ。このまま正面を見ながら後ろに下がる」


 ヴァンとララは敵全体が上陸している間にゆっくり交代してハスラに入っていった。


 フーラル水上戦はこうして、イーナミア王国の勝利であった。

 川の支配権を完全に得たイーナミア王国は、敵地へ上陸してハスラを囲う。

 計四万の軍が四方を固めると、戦いはハスラ防衛戦争へと変わった。

 第二次ハスラ防衛戦争となる。

 


 ◇


 帝国歴524年6月26日夕方。

 ハスラ城壁にて。


 「これは、あの時よりも多いという事で合ってるな」

 「そのようですね。結果的にはお嬢の時よりも多いです」


 ナシュアが、ジークの言葉に返答した。

 二人は以前の戦いを経験していない。

 数の違いは数字上の違いにしか感じない。

 

 「それでどうやって勝つかは、単純ってわけか。昨日。あいつらが勝ってるかどうかだな」

 「昨日?」

 「ああ。たぶん、ミラなら昨日。ガイナル方面で戦っているはずだ。こいつらが動く情報を得て、こいつらが動く前に山側を押さえていると思うんだよな。だから・・・」

 

 ジークはミランダの行動を読み切っていた。

 口ではああだこうだと言い合いをする二人だが、信頼し合っている。

 ダーレー家の本来の当主ジーク。

 ダーレー家の顧問であるミランダ。

 両者がいて初めてダーレーは生き残れたのだ。

 御三家になれたのもこの二人があっての事。


 「ナシュア。タイミングを合わせる。こいつらの攻撃を防ぎながら、あそこの停留している船団に向かって大砲を放つ」

 「大砲をですか?」

 「ああ。あの例のサブロウの大砲でですか?」

 「そうだ。サブロウのなんだっけ。太陽シリーズだっけ。言っている意味がわからんと、ずっと思っていたんだがな。太陽の人というのがフュン君の事を指すなら、その意味が分かるわ。彼との共同開発ってことだな」


 ジークは、大砲などの開発品に、意味不明な命名をしていたことに疑問を持っていたことが解決できて微笑んだ。

 これは新シリーズの太陽シリーズだ!

 と言っていたサブロウを思い出して、要はフュン君との共同開発で思う存分研究費が出ているのだろうと予想して笑ったのだ。

 

 「研究好きだからな。あいつ・・・よし。狙うは、逆をしてやる。敵の全滅だ。ナシュア。お前の指揮で防衛を頼む。マールは西と南。お前が東と北を頼む。俺は物見櫓からミラを待つ。反撃タイミングは俺が取る」

 「わかりました。マールにも伝えておきます」


 ジークたちの作戦は完了した。

 あとはもうタイミングを待つだけである。



 ◇


 帝国歴524年6月29日。

 第二次ハスラ防衛戦争は、防戦一方の困難な戦いであったと、後の資料に書き記されている。

 だが、これはジークのほら吹きな部分が出ていた。

 それはこの戦争。

 最初からそう言う演出がなされているからだ。

 

 初戦の水上戦に大敗北を喫して船団を失ったハスラ水軍。

 そこから囲われて窮地に陥っている都市ハスラ。

 怒涛の攻撃を展開しようと勢いに乗ったイーナミアの軍。

 この構図をわざと作り出していた。


 防衛戦争が始まって二日。

 よそからこの戦場を見ればハスラの敗北は濃厚。

 一方的に防御の形になっているからである。


 だが、その事態を一変させる軍が、ハスラの北にある森林地帯から登場した。

 ミランダ率いるウォーカー隊が体力を全快にさせてから、この戦争に参戦したのだ。

 ハスラ北の城壁に集まるイーナミア王国の兵士らに突撃をかました。

 それにあわせて、ハスラ内部からもマール率いるハスラ軍が出撃。

 突然の挟撃状態に混乱に陥るイーナミア王国の北の軍は、援軍が来るとすればガイナル山脈にいたはずのイーナミアの友軍だと思っていたことで、さらに混乱していた。


 一瞬で敵一万の軍を殲滅すると、マールは東。ミランダは西。

 東西に別れて攻撃を開始。

 その攻撃と同時に再びハスラの門が開き挟撃状態となる。

 実はこの挟撃をするためにジークは、防衛時に自分たちの兵をわざと少なく見せて、下に待機させていたのだ。

 ハスラ側も体力万全の兵士らが敵の兵士を討つ。


 東西の兵士を倒す間。ジークは大砲3門を敵の船団に向けた。

 従来の大砲では、この距離は明らかに届かない。

 しかし、サブロウが開発した太陽シリーズの大砲は届く。

 その上で正確。

 狙ったところに玉が落ちる仕組みになっているらしい。

 サブロウだと百発百中らしいが、こちらのハスラの兵が扱うとしても、大体八割くらいで当たるだろうと楽観視していたジークは大砲を発射させた。


 次々と砲弾を放ち、次々と敵船を壊すジークは思う。

 これは……もう敵は逃げられんな。

 恐ろしい武器を開発したもんだと、敵兵士らを見て思ったのだった。



 第二次ハスラ防衛戦争の実際の戦闘期間は二日間。

 水上戦を入れると三日の戦争である。

 だから、三日戦争とも呼ばれる至極単純なものとされている。

 なのにこの戦い。

 戦いの苦労話がやけに多く書き記されているわけだが。

 その原因は一人の人間のせいなのだ。


 ジークハイド・ダーレー。


 彼が勝手に戦争を脚色しているために、なぜか苦労話ばかりが目立つ戦争となっている。

 実際はこのようにして、苦戦した所と言えばヴァンとララの水上戦のみであった。

 あれだけが難易度が高い戦闘であったのだ。

 負ける演出をしておいて、多くの兵士を生き残らせないといけない。

 非常に難しいミッションを二人がこなした事と。

 ミランダが山側を押さえてくれたおかげでの勝利となっている。

 だから苦労したのはジークよりも、彼らであった。


 第二次ハスラ防衛戦争は完勝。

 それが真実である。

 ガルナズン帝国の大勝利に終わっている戦争である。

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