第254話 フュン、最後の暗躍へ

 「ん!?」

 「これは・・」


 激化する一対一の戦闘中。

 ネアルとシルヴィアは同時に戦場の動きの変化に気付いた。

 

 互いに戦っている軍同士ではなく、睨み合いに入っていたスクナロ隊とエクリプス軍に最初の動きが出た。

 スクナロは、シルヴィアらの本体の軍から離れた形の左奥にいて、エクリプス軍は本陣に近寄らせないようにネアルから見て右奥に布陣していた。

 だが、ここに来て、ずっと大人しく動かなかったスクナロ隊が急に動き出した。

 後ろに下がりつつ、帝国軍の背後を回っていき、右の戦場に移動し始めたのだ。

 攻撃行動じゃない移動に、最初エクリプス軍もつられて前に出てしまったが、自分たちの目的が防衛であることをよく知るエクリプスは、我慢して彼らの動きを真似して鏡のように移動をした。

 王国軍の背後を回り、戦場を移動。

 スクナロ隊が移動する方向に合わせていると。

 

 さらに戦場が変化する。

 ミシェルとゼファーの両隊が急激に引き始めた。

 戦いに夢中だったパールマンとアスターネは、前回の戦いの恨みもあり、冷静じゃなかった。

 その動きの怪しさに気付かずにどんどん彼らを押し込むために前に行く形となる。


 すると数の違いがある帝国軍が有利な戦場となる。

 タイムとヒザルスの両隊の合計は、ブルーの軍よりも多い。

 パールマンとアスターネの軍が、ネアル本陣よりも引き離されると、あとは包み込むように戦闘が出来るのである。

 だから、帝国軍の方が、優位になる包囲戦を仕掛けることが出来た。

 

 そこにいち早く気付いたのはネアルだった。

 なので先に動くのは王国軍。


 「ここまでか。引くしかない!」

 「行かせませんよ。このままあなたをここで倒します」

 「それは出来んぞ! 私は貴殿には負けん。読み切った」


 シルヴィアの一太刀を籠手で受け止めて、ネアルはシルヴィアの腹を蹴り上げた。


 「ぐはっ・・・体術も出来たのか」

 「悪い。ここで引く」

 「ま。待て! ん!?」


 シルヴィアが立ち上がって追いかけようとしたその時、隣に影の気配が生まれる。

 

 「お嬢」

 「・・・カゲロイ!?」

 「お嬢引いてくれ。このまま戦闘は終了だ。本陣まで引く」

 「なぜ。今ならば、ここで敵を」

 「スマン。理由はよく分からんが。命令はフュンからだ」

 「フュンから!? 今、こちらにいるのですか?」

 「ああ。いるみたいだ。だから引いてくれ」

 「わかりました。彼が言うのなら、大人しく下がりましょう」


 フュンが第一の女性シルヴィアは好機がここにありと思っても大人しく引くことを決意。

 本陣まで下がることにした。


 そして王国側も下がる。

 パールマンとアスターネも、ネアルからの指示には大人しく言う事を聞いて下がっていた。

 両軍が本陣に戻る。


 そこから、とある出来事が起きる。

 それは当然。

 フュン・メイダルフィアが絡んでいるので、事件は王国側に起きるのだ。


 ◇


 本陣に帰ってきたネアルは、アスターネとパールマンに軍全体の管理を任せて、ヒスバーンとブルーと共に本陣の天幕に戻った。 


 自分の為に用意された椅子に座ろうと天幕中央に行く前に気付く。


 「だ、誰だ」

 「ネアル殿ですね。お久しぶりです」

 「き、貴殿は・・・まさか。フュン・メイダルフィア!?」


 王国本陣ど真ん中にフュンが一人でいたのだ。

 その衝撃の出来事に、冷静な英雄ネアルでも驚くことしか出来なかったのだ。


 「ほう……この方が」


 ヒスバーンは冷静だった。


 「あなたは? どなたで? ブルーさんはこちらでしょうが、あなたがよく分かりません」

 「お初にお目にかかる。私がヒスバーンです。以後お見知りおきを。サナリア辺境伯殿」


 フュンには丁寧にあいさつをした男ヒスバーン。

 敬意を払ったのかは知らないがお辞儀までしていた。


 「ところで、お一人だけじゃない模様。後ろにお付きの方がいますな」


 ヒスバーンが、消えている太陽の戦士たちを見た。


 「ん? あなた。見えているのですか」

 「ええ。もちろん。あと四人・・・いますね」

 「なるほど。目が良いようだ」


 ヒスバーンは太陽の戦士を見抜いていた。

 ハル。ママリー。ナッシュ。リッカが光と共に現れる。


 「こちらに気付くとは・・・さすがですね」


 フュンはヒスバーンを警戒した。

 影部隊よりも発見が難しいはずの太陽の戦士たち。

 それを見抜く目は、実力者じゃなければ出来ない。

 

 ただ、レヴィだけが見抜かれていないと思い、フュンは一安心していたが、彼の目が別な所を見ている。

 そうレヴィがいる方を見ているような目線である。


 『これは……あえて言わないだけか……』


 フュンの中で、ヒスバーンの危険度は上がっていく。


 「それで貴殿がわざわざ私の所に何かな」


 しびれを切らしたようにネアルの方から話しかけてきた。


 「ええ。お話したいことがありましてね。一対一になれませんかね。僕とあなたで」

 「許すか。貴様! ここで斬る」


 ブルーが腰にある剣に手をかける。


 「待て。ブルー。私はいい。お前たち下がれ」

 「え? ですが・・・王子」

 「わかった。下がる。ただそっちの人たちも下がるのでしょうな」


 ヒスバーンが、太陽の戦士たちを指さした。


 「ええ。もちろん。僕と彼だけです」

 「それなら……ブルー、下がるぞ」

 「ヒスバーン! 奴は騙し討ちをする気で」

 「そんなわけあるか。やるならこちらに来た時にネアルを殺すわ。だから話に来ただけだ」

 「・・・・」

 

 ブルーは黙り込んで、ヒスバーンと同じく天幕を出て、太陽の戦士たちも一緒に、影のレヴィと外に出た。

 フュンとネアル。

 天幕で、二人きりになると、ネアルは椅子には座らずに地べたに座った。

 対等な条件での話。

 その意味合いがあった。


 「なぜこちらに、辺境伯殿」

 「ええ。ネアル王子。ここでお聞きしたいことがありましてね。少々お邪魔してしまいました。失礼しました」

 「いえいえ。それで何の用件かな」


 ネアルの相手を威圧するかのような言い方に対して、フュンは淡々と答えた。


 「シンドラの事はご存じで?」

 「シンドラ? ああ、そちらの属国の話ですかな。それが何かあったのですか」

 「ええ。なるほど。それではラーゼの事は?」

 「ラーゼ。ああ、ヒスバーンが言っていた場所ですな」


 今の言葉でフュンは即座に理解して、自分の予想を確定させた。

 それは、ネアルだけは、絶対にナボルではないという事だ。

 シンドラの件にピンと来ていなかった。

 

 「ラーゼの件。迅速に対処しましたよ。先発の船には沈んでもらいました」

 「ほう……まあ、別にいい。あれらは好かんやり方だ。成功してもつまらん」

 「ええ。そうでしょうね。あなたなら戦って帝国に勝ちたいでしょう」

 「よく分かってらっしゃる。その通りだ」


 フュンは、ネアルの心の内を見破っている。

 戦って勝つのがネアルのスタイルである。

 

 「そして、あなたのハスラ方面の軍。あれらも迅速に対処しましたよ」

 「ほう。あれらを倒したと?」

 「ええ。八万。全てを消し去りました。あれではアーリア中央北の戦場は何も出来ないはずです。こちらの勝利であります」

 「なに!? 全部をか」

 「はい。これで数の違いはありません。むしろここの戦場での違いもあるので、現在。帝国の方が兵数があるでしょう」

 「そうか・・・それで、貴殿は何が言いたい?」

 

 それが用件じゃないだろう。

 ネアルは聞き返した。


 「はい。ここで私が言いたいのは、停戦。これをしてくださいませんか」

 「停戦だと」

 「そうです。ここの停戦ではない。両国全体の停戦をして頂きたい。帝国と王国で、双方で調印して、停戦期間を正式に設けます。互いに減らした兵もいますし。二か月近く。全体で戦っています。これは長く続きすぎた戦いでもありますからね。兵士たちには心からの休みをあげたいのですよ」


 フュンの提案に対して、ネアルは考える。

 まだ戦える現状がある。

 たとえ八万を失っても、予備兵たちがまだまだ王国にはいる。

 ハスラの前のパルシスにもまだ兵がある。

 だからこのアージスでの戦いは続けることが出来るのだ。

 

 「いや。しないな。まだ戦える」

 「ええ。まだ戦えるでしょう。あなたならばね」

 「ん?」


 拒絶を受けてもフュンは冷静に答えた。


 「それではここで、こちらの情報を渡します。これに目を通してもらいたい・・・」


 フュンは資料を手渡した。


 「なんですかな。これは?」

 「これが、アーリアに潜む闇です。この情報を開示します。読んでみてください」

 「どれ・・・・ん?」


 ネアルもまたフュンのように高速で読んでいった。


 「これは・・・」

 「ええ。それが、アーリアの裏の歴史です。そちらの歴史の裏に潜んでいるかは知りません。ですが、そちらに対してもこの組織は邪魔をしていると思います。王国のどこかに潜伏しているはずです」

 「私の国にも・・・許せんな。それは・・・」


 ネアルに怒りの感情が出てきた。

 資料を握りつぶしそうになっていた。


 「そこで」

 「ん?」

 「僕とあなたで、殲滅したいと考えています」

 「なに? 出来るのか?」

 「はい。こちらを見てください」


 フュンはもう一つ資料を提示した。

 ネアルはすぐに中身を読む。

 

 「こ、これは・・・・できるのか」

 「やります。僕とあなたでやり切ってみせる。だからの停戦が欲しいのです。この組織を粉々に砕いてからが、僕らの決戦じゃありませんか? 邪魔して来る者など、この大陸から消滅させます。あなたとの決着は、もちろん当人同士での決着としたい。敵の介入なしにいきたい。戦う時にいちいち邪魔されたくないのですよ。こんな奴らにね」

 「ほう。それはたしかに・・・その通りだ」


 フュンはネアルの心の内を読み切った交渉を仕掛けた。

 戦いのときに邪魔ものが入る。

 それを何よりも嫌う性質を持つだろう。

 フュンは、ネアルの性格を完全に掴んでいた。


 「そして、この組織。僕らの帝国の方に多く、更に中枢に数名がいるのです。ですから、時間が欲しい。そしてあなたたちもこの戦争で兵が大幅に減りました。時間が欲しいはずです」

 「まあ、そうだな。失ったのが10万以上だな・・・」


 ネアルは兵数の計算を瞬時にした。

 

 「そうですよね。こうなってくれば、もはや条件は対等でしょう。こちらは国の安定。そちらは兵の安定。だからここは停戦五年の期間を設けましょう。この五年は必ず戦争をしない。その間に、互いにこの組織を消し去る動きをしませんか」

 「・・・なるほどな・・・条件はほぼ対等というわけだな」

 「そうです。私は思う存分、あなたと勝負をしたい。次の戦いのときに、邪魔が入るのを嫌っています。だからの停戦です」


 フュンは、自分の思いに、辺境伯の立場での言葉を出した。

 そして、その意見はネアルの心を揺さぶる。


 「あなたと私の勝負。その時に邪魔者はいない方が絶対にいい。それとも、ネアル殿は戦う時にこの組織からの邪魔が入ってもいいのでしょうか? 嫌ではありませんか?」


 この揺さぶり方がネアルに効く。

 フュンのピンポイントの口撃だ。


 「その通りだ。私も許さん。貴殿と私の勝負の邪魔をする者など、殺すに限る。そんな奴が現れるのはならば、此方としても消滅させるに限る。この世に塵も残さぬ形で行きたい」

 「そうでしょう。では協力をしてほしい。その組織を壊滅に追い込む一手を・・・私たちで作りたいのです」

 「・・・いいでしょう。こちらも全面協力しよう」

 「はい。では、あなたのみに知らせたい。こちらを」

 「これが例のですか」

 「ええ。それで、この日に決行したいのです。我々の力で大陸を染めましょう。奴らにはどこにも潜めないくらいにですよ。はははは」


 フュンのさわやかな笑顔に、ネアルは苦笑いをする。


 「・・・恐ろしいな・・・貴殿は。それを内密にという事だな」

 「そうです。あなたの方はブルー殿。私の方はタイローと一部の人間が務めますので、どうでしょうか。それ以外には、あまり口外しない形で、計画を実行します。特に幹部クラスにも滅多に広げないようにした方がいいです」

 「・・・わかった。そうしよう。こちらとしてもその提案。有意義なものでしょうからな」

 「ありがとうございます」

 「いえ。こちらこそ、ありがたい話だ。あなたとの戦い。これで思う存分できるというものだ」

 「はい。のちに戦いましょう。その時は互いが死力を尽くすことになるでしょうけど」 

 「うむ。その通りだ。この私が全力を出しても勝てないだろう相手だからな。貴殿は」

 「ハハハハ。それは買い被りですよ。私はそれほど強くない」

 「いいや、貴殿は恐ろしいほどの慧眼。あのクリスという男の上を行く度胸と知略。これは私の相手としては格上である。私よりも遥かにだ」 

 「いえいえ。ずいぶんな評価を頂いて、嬉しいですけども。クリスの方が僕よりも上ですよ。彼の方が頭のキレがいい」

 「そうだとしても、私が恐ろしさを感じるのは貴殿のみだ。私の宿敵だ」

 「光栄ですね。ネアル殿にそれほどの評価を頂けるとは・・・」


 互いが微笑み。互いが警戒する。

 宿敵と呼ぶにふさわしい両者が、握手をする。

 

 これにて、とある大計画が動き出した。

 それは王国の英雄ネアルと、帝国の英雄フュンが織りなす神話のような出来事。

 とある組織を壊滅に追い込むために行われる計画は、とんでもないものだった。


 時代は大きく動き出す。

 時代は、闇ではなく英雄を求める時代へと移行し始めた・・・。



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