第192話 各部隊の戦い
アージス平原北側。
イーナミア王国左翼パールマン軍とガルナズン帝国右翼ダーレー軍の戦場。
両者はゆっくり進軍して、王国で言うと右側、帝国で言うと左側にある。
林の端同士で止まった。
木々の始まりが、開始線となったのだ。
その位置で立ち止まって睨み合いになること一時間。
お昼前で、パールマン軍の鐘が鳴った。
戦闘を開始したのはパールマン軍からだった。
◇
ダーレー軍本陣。
会話の始まりは、シルヴィアの独り言からだった。
「来ましたね」
「はい。でもカウンター気味でいいです。こちらの進軍はいりません」
「クリス。さすがにわかってますよ」
「はい。今のは単なる確認事項のようなものです。自分だけだと不安なんで。シルヴィア様に聞いてもらいました」
「なるほど。クリスでも不安があると」
「ええ。ですが瞬時に不安が消えました。すでに別な考えが頭に入り込んでます。感情が追い付きません」
「そ、そうですか・・・・」
漆黒の瞳は戦場を見つめ続けていた。
彼は軍師として、変わりゆく盤面を注視しなければならない。
◇
右翼ゼファー部隊。
他の部隊とは違う点。それは相対する敵の数が違うのである。
ゼファー部隊一万二千。ギルダル部隊二万である。
この数の違いは、敵の自信から来るものだった。
パールマン。アスターネの両者は、一万で相手を倒せると判断したのだ。
だから残りの兵を預けられた形になったのがギルダルという事。
余り物を渡されたようにも見えるが、ギルダルは優秀な将である。
帝国軍においても上位陣の将で、さすがにパールマンやエクリプスとはいかないが、カサブランカよりかは遥かに優秀なのだ。
迫ってきている敵を見て、落ち着いているゼファーが指示を出す。
「我が出る。数部隊がついてきてくれ。パイル。シャクウ。ジャッジ。この三部隊だ。我に続け」
「「「はい。隊長」」」
ゼファーに続いて出撃準備をしたのが三十名の部隊。
敵の先発左翼部隊四千の兵が迫って来るのに、ゼファーが連れていこうとしたのは、たったの三十名である。
「出る! リアリス。我の動きに合わせよ。狩人で援護だ」
「了解よ。いってらっしゃい」
「ああ、任せろ」
ゼファーは突撃を開始。
たったの三十騎の部隊と共に敵へと向かって行った。
「こちらに寄せる。皆は下がれ!」
敵があと少しという所で、ゼファーが一騎で駆けた。
突出した馬一頭を見て、相手の左翼部隊の将ギルダルが笑う。
「なんだあの兵は、一人で突っ込んできたぞ」
「ギルダル様。あ、あれは・・・相手の将では? ゼファーとかいう。資料の特徴と一致してます」
そばにいたお付きの兵も笑っていた。
規律性もない烏合の衆なのだと思ったのだ。
「なに!? 奴は馬鹿なのか。騎馬部隊が先行して包囲して殺せ。最初の勢いをもらうぞ。将がいなくなればこちらのものだ」
中位の位置にいたギルダルの指示がすぐに前線に通る。
彼の軍もしっかりとした教育を受けていた。
指示通りに先発した王国兵三十騎がゼファーを取り囲んだ。
◇
「さて、時間がない」
取り囲まれたゼファーは、次にこちらに来るだろう四千の部隊を見た。
走ってこちらに向かってくる兵の必死の形相を確認した。
「王国兵……走りが弱い。足腰が緩いな。まあ、サナリアと比べてはいかんな。ふん!」
ゼファーが挑発込みの行動を展開。正面の兵二騎を瞬殺。
槍の一振りで相手を倒すと。
その直後に、馬を反転させて移動し始める。
「ついて来れるか。この我に。王国兵の腰抜けども」
ゼファーが手でこっちに来いとした。
「なんだと!」
「こいつをやれ」
挑発に釣られた敵が背後で騒ぐ。
それらを無視して、ゼファーは帰りの道を塞いでいる王国兵も一瞬で蹴散らして、本部隊に戻る動きをした。
パイル。シャクウ。ジャッジの部隊と途中で合流したことで、追いかけてきた敵は勘違いを起こす。
「逃げたぞ。なんだあいつ。逃げ腰じゃないか。追え。追ええええ」
王国兵は必死に馬を動かしてゼファーの背を捉えようとする。
だが。
「パイル。シャクウ。ジャッジ。軽くで動くぞ。全力は駄目だ。相手が追い付いて来ない」
「「「はっ」」」
絶妙な距離感で走るゼファーらは、本陣ギリギリのところで、手綱を握りかえる。
ゼファーとそのパイルたちは、本陣の中には入らず手前で横に走った。
「リアリス!」
「はいはい」
名前だけ呼んだゼファーはリアリスに目で合図した。
阿吽の呼吸から来る動きでリアリスは、弓を準備。
「それじゃあ、姐さんの力を借りる! いくわよ。皆。あたしに続くのよ」
リアリスの新技『強弓』
フィアーナのように矢を三本とはいかない。
彼女の実力ではまだ二本が限度だ。
でも威力は彼女に劣らないものである。
「バイバイ。王国の兵士さん」
リアリスの矢は、部隊の先頭を走る二人の敵兵の頭に当たる。
そこから、彼女の狩人部隊の精鋭三十が矢を斉射し、こちらに向かって来た敵が全滅となった。
横に外れた位置からゼファーが本陣に戻ってくる。
「よくやった。リアリス」
「うん。これで、相手はどう出るかな」
「さあな。相手に聞いてくれ。ではシュガ殿。あとをお願いします」
「わかりました。ゼファー殿。おまかせを」
最前線にシュガが出ていく。
彼が前を確認すると、ゼファーとリアリスで全滅させた兵士の奥にいる軍全体の足が止まりかけていた。
「そう来ましたか。動きが鈍くなると・・・・ならば、横陣を広げます。人の隙間を三人分広げましょう。陣形を変えます」
シュガの指示が全体に入ると、ゼファー部隊の隣同士の距離が変わる。
広がる陣形は相手に戸惑いを与える。
「なんだあの陣は? 意味がない。ただ距離が広くなっただけ」
「素人なんですよ。ギルダル様」
「しかし、意味がない行動を取るとは思えない。奴らはウォーカー隊なのだろう。奇抜な発想をする奴らなはず」
ギルダルも戦争をする前から敵の事を下調べしていた。
前回も、ここの戦場で戦ったウォーカー隊。
その総隊長として活躍したフュン・メイダルフィア。
奴の奇抜な発想による戦いを知るギルダルは、この陣形すらも何かの罠ではないかと思った。
なので。
「進軍を停止だ。睨み合いにする。相手が動いたら動こう」
ウォーカー隊相手では、ギルダルは決断を早めることにあらかじめ決めていた。
こちらが遅くなる判断を取ると相手につけ狙われる。
だから、王国軍ギルダル部隊二万は、進軍を完全停止して、徐々に後ろに下がって睨み合いに入ったのだ。
ゼファー部隊の戦いは、一日目の初めから膠着状態になったのである。
◇
ピカナ部隊の戦場。
「なぜ! うちの攻撃が通らなくなった・・・それに・・・この女!」
最初から攻勢に出て、順調なスタートを切っていたアスターネの正面に立っているのが、ピカナ部隊の将の一人ミシェルだ。
敵を粉砕しようとして前線にまで出てきたアスターネは、部隊を引き連れての最大火力の一撃目がすんなりピカナ部隊に入り、敵を乱したと思っていた。
だが、急にピカナ部隊の状態が立ち直り、敵陣の中で進軍が止まると、目の前にミシェルが現れたのだ。
「ようこそこちらの部隊まで、わざわざお越しいただいて・・・あなたがアスターネさんですね」
「うち……なぜここにいると」
「ええ。当然でしょう。ここの力が違いましたからね。若干こちらに移動してきましたよ」
アスターネは極秘で部隊に紛れて突入していた。
将自らが先頭に立っての攻撃。
それを相手に悟られぬようにして動いたのに、この女はそこに気付いたのかと驚いていた。
ミシェルが、続けて槍を構えながら相手を挑発。
「私たちの中に入り込んでくれて、ありがとうございます」
お辞儀をした。
「ここからあなたは、圧迫面接を受けますよ。では、面接開始です。ピカナ部隊、圧殺しなさい」
「「「おおおおおおおおおおおお」」」
敵を取り囲んだピカナ部隊が、アスターネ部隊を押し込んでいく。
「さて、これでどう動くのですか。あなたは!」
ミシェルがアスターネに迫り聞く。
槍を一突き、アスターネの左肩に向けた。
「ぐっ。鋭い。でも負けないわ。うちだって」
そう言ったアスターネは、剣で彼女の攻撃を逸らす。
返す動きで、アスターネはミシェルの脇腹を斬る動きをした。
だが、これをミシェルが防ぐ。
「なるほど。戦闘も出来る将ですか。素晴らしい。シュルト。左の圧力を上げなさい」
「あなたこそ。うちの攻撃を・・・ザルツ! 右。負けないように迂回しなさい」
全てがほぼ互角。
ミシェルとアスターネは、特に戦闘能力と指揮能力が互角だった。
だから決着が着かない分。まずいと思うのはアスターネの方。
なぜなら、包囲戦のような形となっている現状では、時間が経てばさらにジリ貧となるからだ。
「下がるよ。アスターネ部隊。引きます!」
アスターネの指示に被せて、ミシェルは自分の部隊に指示を出す。
「敵の背面。後方三列分に突撃です」
ミシェルの指示は逃さない指示ではなく、行動を鈍らせる指示だった。
「なんて厭らしい。攻撃」
「ええ。もちろん。あなたは強いですからね。遠慮はしません。あなたも逃げるのならば、全力を尽くさなければ・・・私はそう易々とあなたを逃がしませんよ」
「ふぅ、うちは逃げるよ。弱点を狙う。ここだ」
深呼吸をしてからアスターネはミシェルの弱点を突く。
左の肩の動きが悪いのを見抜いていた。
「ん!?」
アスターネの剣がうねって伸びる。
槍とは違う曲剣の軌道に、いつもの反応が出来ない。
アスターネの剣が、ミシェルの左脇腹を掠った。
「くっ。なんと。鋭い剣」
「ここ。今、押しなさい。下がります」
一度アスターネ部隊がミシェルの部隊を押し込む。
ミシェル部隊は後ろに引き下がる形となり、後ろに下がった分、反転した彼女の部隊を追いかけられなくなった。
包囲が解かれて、アスターネ部隊が下がっていく。
「強い。相手がここまで強いとは」
「ミシェル。大丈夫か」
「え? ああ、ヒザルスさん。ここまでお越しに。影移動ですか」
「ああ。あっちは俺以外でも戦えるからな。こっちに援軍に来たんだけどな。敵が帰っているとは」
敵の大将がミシェルの方に来て、そのまま彼女の部隊が押されていると。
戦場の細かい部分が見えているヒザルスが単体で援護に来ていた。
中央左寄りで戦っていた彼が、右側の戦場での戦場を把握できる。
ヒザルスの視野の広さは素晴らしい物であった。
「一旦、落ち着くでしょうね」
「そうだな。ミシェル。怪我を治しておけ。軽くても治すことが第一だ。万全にするんだぞ。そして今は引いて。俺たちは本陣にいくぞ。ピカナの元に戻って会議だ」
「わかりました。そうしましょう」
ダーレー軍左の部隊も戦場としては落ち着いた。
◇
中央ザンカ隊の戦場。
馬上から戦況を確認するエリナは自分が今まずい状況にいると思っていた。
「ぐっ。まさか最初からかよ」
エリナの部隊はピンチに陥っていた。
初戦いきなりのパールマンの突撃。
予想を反した攻撃に、エリナ部隊とエリナ自体が焦る。
ザンカ隊の部隊配置は、今回はこのようになっていた。
先頭、エリナ部隊。
中央。ザイオン部隊。
後方。ザンカ本陣にザイオンがいる形。
となっていた。
エリナを先頭にして、相手の攻撃をいなす。
相手を捌いて、膠着状態にするために防衛を基準とする行動を取るためだった。
だから、エリナを先頭に置かねば、ザイオンでは敵に対して前に出てしまうからこそ、彼女が重要だった。
エリナで前を塞ぐという意図があったのだ。
だが、ここで予想を反して、パールマン軍が全力前進でこちらにやってきたのである。
しかも大将自らが攻撃を仕掛けてきたのだ。
それに慌てるエリナは、隊を立て直す指示を出しているが、パールマンの突進の勢いを削ぐことは出来ず、パールマンの侵入を許してしまったのだ。
エリナには、馬上のパールマンが更に大きく見えていた。
「・・・将。女か・・・しょうがないな。どけ」
「おう。あたいをただの女だと」
「いや、強い女だ。でも俺に、いたぶる趣味がないからな。どけ」
「おうおう。あたいが負ける前提は気に食わんぜ」
「いいのか。死ぬぞ」
「死なねえよ。舐めんな!」
エリナとパールマンが戦場で激突。
互いの兵同士も衝突した。
「馬上で二刀流・・・なかなかやるな」
「おう。あたいをなめんなよ!」
「舐めることはない! 俺は戦う相手には敬意を示す。俺の前に立ちはだかるだけで凄いからな。はああああああああああああ」
雄叫びと同時に大気が震える。
エリナの肌が逆立った。鳥肌どころではないボツボツとした肌となる。
「な、なんだ」
「終わりだぞ。女」
「なに!?」
エリナは、パールマンの剣の動きを目で追えなかった。
相手は大剣であるのに、その軌道を読めない。
そこでエリナは、これほどの実力を持つ者であるのなら、逆に攻撃をする場所なんて急所しかないと予測した。
自分の経験による勘で、エリナは胸の前に二対の剣を構えた。
「お! 防ぐつもりか。だが、弱いぞ。その握りじゃな」
「ぐおっ・・・あ、ありえねえ」
かろうじて防いだ大剣。
二対の剣のおかげで、致命傷には至らないが、エリナは馬上にいたのに吹き飛ぶ。
地面にたたきつけられた彼女は、目の前に来たパールマンを見上げる。
「つ、つええ」
「死ぬしかないだろうな。イイ女なのによ。敵じゃなかったら嫁候補だ!」
「はっ。誰がてめえの・・・あたいの剣で」
二対の剣でもう一度防ごうとするも気づく。
全身の痛みと、刀身のヒビに!?
「な、なに。一撃でか・・・なんつう馬鹿力」
「終わりだ。イイ女よ。じゃあな」
巨大な剣に似合わない振り下ろしの速度。
エリナは死を覚悟した。
『キン――――――――――ググググ。ギギ』
剣が人を切り裂いたにしては音がおかしい。
金属同士の衝突音があたりに響いた。
「ん。なんだ?」
エリナが目を開くと・・・。
「おう。間に合ったわ。俺好みの強者! お前が資料にあった! パールマンだな」
「・・・ザイオン!? 来たのか」
大剣に力を込めて反撃しているザイオンがいた。
「おうよエリナ。俺の部隊の指揮、頼む。お前は後ろに下がれ。俺はこの男の相手をせなばな」
巨大な剣の二つが衝突して止まっている。
互いの一撃が、まったくの互角であるのだ。
「ほう。面白い。俺の一撃を。このパールマンの一太刀を受けるとは」
「こっちもそうだぞ。俺の一撃をな。この猛将ザイオン様の力と互角とはな」
両軍要の二人の将の激突が、この戦の初戦で起こった出来事である。
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