第191話 激突直前 ダーレー軍の様子

 帝国歴 524年 6月1日。

 アージス平原にて。

 イーナミア王国12万。ガルナズン帝国13万。

 総勢25万の大軍が、それぞれの戦場に配置された。

 前回同様の配置になったのは、ガルナズン帝国三軍とネアル軍の中央と右翼軍となり。

 ダーレー軍が戦うことになるパールマン軍だけが別の配置となった。

 なので、ダーレー軍は互いの戦いの癖のような物を知らない事になる。

 

 だから、この帝国右翼軍と王国左翼軍の戦いが、この戦争を決する鍵ではないだろうか。

 そう予想するのは、互いの国の将たちであった。


 第七次アージス大戦。

 此度の戦。

 果たして誰が英雄となるのか。

 フュンの不参加により、前回の英雄二人の激突が見られない寂しさはある。

 そこが、歴史的に見ても唯一の不満と言えるだろう。

 だが、今回だって英雄が現れるはずなのだ。

 なぜなら今までのアージス大戦で、英雄が誕生せずに終わったことがない。

 いずれにしても、大戦の英雄というのは誕生するのである。

 では、誰が英雄となるのか。

 運命の決戦。

 第七次アージス大戦を見ていこう。



 ◇


 右翼軍 ダーレー軍。

 全部隊の配置を済ませたシルヴィアは、軍の後方から三部隊の様子を見ていた。

 彼女の隣に立つのは、漆黒の装束を身に纏うクリスである。


 「クリス。どうですか。あなたは初陣でしょう。恐れはありますか」

 「いいえ。ありません。そういう感情が私に入る余地がないです」

 「…はぁ、そうですか」


 初陣の時は舞い上がって、高揚感に包まれたり、気持ちが浮ついたりしてしまうのだが、彼は緊張すらも感じていないようだった。

 冷静な表情を崩さずに、漆黒の瞳が前だけを見て、軍の戦況を見極めようとしていた。


 「風・・・・温度、湿度・・・そうですね。まあまあでしょう」

 「はい?」

 「ええ。こちらの話です」


 右手の人差し指で、風を感じているクリスは独り言を言っていた。


 「なんですか。クリス、気になります」

 「・・・いえ、大したことではないのです。まあ説明しますと、この程度の風だと、火矢は使えませんねと」

 「火矢? この野戦で?」

 「ええ。野戦であろうが、相手を燃やし尽くす手はあります。ただ、この程度の風と湿度では無理ですね。今、少し湿気があります。火矢の効果が薄くなります」

 「まあ、そうでしょう。元々野戦で火矢などは使い勝手が悪いですよ。密林などではありませんから」

 「ええそうです。そう考えるのが普通です。ですから刺さります。あちらの武将も優秀です。もちろんシルヴィア様の方が遥かに上ですが、あちらも通常の思考をするでしょう。ならば、火矢などありえないと考えるのが基本です。だから、使いどころがあると思っています」

 「え?・・・そう言われると・・まあ、そうかもしれないですね」

 「ええ。こういう時は柔軟に考えろと、タイム殿が教えてくださりましたから。私は色々な考えが一挙に浮かぶようになってしまったのですよ。考えてしまう癖がついたのです。それで感情が入ってこないと言えます。感情は思考の邪魔になりますから、こういう事を考えている内に感情が消えています」

 「な、なるほど・・・それで緊張などがないのですね」

 「そういうことです。こうして話していても、まだまだ考えが浮かんでいますから。少々疲れてきます・・・」

 「は、はぁ」


 この子は、思考の怪物だ。

 そう思ったシルヴィアはため息を一つつくと、逆に自分の緊張感の方が溶けていた。


 「では、出撃をした方がいいでしょう。前進をしましょう」

 「待ってください。シルヴィア様」

 「はい」

 「先程、思いついたのですが。我々は、あそこの茂みのラインまで進軍して止まりましょう」

 「なぜです」

 「あそこは、以前フュン様が使用した林です。敵はこちらにウォーカー隊が混じっていることを知っているので。敵の視界にあそこを入れることで伏兵がいるのかもと思わせることが出来ると思います」

 「そうかもしれませんが、でもそれはいくらなんでも考えないでしょう。偵察もしているでしょうし」

 「ええ。そうです。でもあそこを視界に入れさせるのです。別にあそこに援軍がいようがいまいがどうでもいいのです。頭のほんの片隅。一ミリでもいいのです。あそこが視野に入る度にそのような雑念が、敵の頭に浮かべばいいのですよ。相手の思考の邪魔をします。それが動きに現れるはずです」

 「・・・わ、わかりました。そのようにしましょう。三軍に進軍位置を伝えましょう」

 「大丈夫です。すでに送りました。サブロウ殿の影を連絡に使っています」

 「さ、さすがですね」


 シルヴィアは、『彼をあなたの傍に置いてください』とフュンが紹介してきた事を思い出した。

 この人物は、まさしく化け物。

 今まで出会った中で一番の思考の怪物である。

 それはミランダやフュン。

 この二人とは違う思考力を持っている。

 強烈な印象を残す男だ。


 「それと私たちは、この高台から動かずにいきましょう」

 「え? 三軍の真後ろにつくのでは?」

 「いいえ。三軍の動きも前もって連絡を入れているので、この戦いではそこまでの激戦にはなりません。シルヴィア様が前線に出る時はここではありません。あなた様は最終兵器のような物です。切り札であります」

 「わかりました。そのように動きましょう」


 シルヴィアは納得して下がった。

 自分も前に出て、三軍を支えながら前へ行くと思っていたが。

 クリスの理由が正しい分、素直に引き下がれたのだ。


 「では、指示を通してください。私は観察します」

 「はい。それではいきます・・・」


 シルヴィアはお腹に力を溜めた。


 「ダーレー軍! 全体進軍開始!」

 「「「おおおおおおおおおおおおおおお」」」


 シルヴィアの指示を聞いた三軍が前進し始めた。



 ◇


 ダーレー軍左翼ピカナ隊。


 「いやぁ。僕なんかが、なんで隊長なんでしょうかね。怖いですね。僕、弱いのにね。皆さんも怖いですよね」


 怖がっているのに暢気なピカナはゆっくり進軍していた。

 隣にいるタイムが話しかける。


 「ハハハ。ピカナさん。大丈夫ですよ。ヒザルスさんとミシェルが前にいます。あなたの元までは、攻撃は届かないでしょう。特に初戦は大丈夫ですよ」

 「そうですか。まあ、タイム君が言うならそうなんでしょうね」

 「ええ。でも、もしこちらまで敵が来ても、僕がお守りしますからね。ピカナさん」

 「はい。タイム君を信じてますよ~」


 ピカナはのんびりと答えた。

 のほほんとしているピカナがなぜこの軍の隊長になったかは、タイムがよく分かっている。


 『この軍の士気。これだけは三軍の中で抜群だ。さすがはピカナさん。ピカナさんを守ろうとする彼らの決意が。この軍の士気の高さだ』


 ピカナを守りたい。ピカナの為になりたい。

 そう思うササラの民の思いに支えられて、この軍の士気は戦う前から高いのである。

 両軍合わせても一番の士気の高さであろう。


 「勢いはありそうですね。皆さんの顔が良さそうです」

 「・・・そうですね」


 皆が持っている気持ちを、ピカナがどう感じているのかは知らないが、ピカナはピカナで民の事をよく見ていた。

 為政者としての能力はないかもしれないが、人としての能力が抜群に高いので、全ての能力の無さを大きく補っているのがピカナという男である。

 フュンの最初の頃の成長モデルの男で彼のようになるのが良い。

 それがジークの狙いであった。

 でもフュンは、それを上回る成長をした男であった。


 ◇


 ダーレー軍中央隊。ザンカ隊。


 「ザンカ。俺が前に出よう」

 「やめろ。ザイオン。エリナに任せろ」


 前に行こうとしたザイオンの服をザンカが引っ張った。


 「ぐおっ! 離せよ。俺が初戦で奴らの出鼻を挫いてやるからよ」

 「いいからいいから、ここの最初はそんな大盛り上がりな戦いにはならんだろう」

 「そうか・・・まあ、クリスも言っていたしな」

 「ああ。だが、奴が出たら、お前に出てもらいたい」


 ザイオンが諦めたので、ザンカは手を離した。


 「奴?」

 「ああ。パールマンだ。この軍の大将パールマンだけはお前にまかせたい」

 「ほう」

 「お前にしか奴は止められんだろう。あとはゼファーくらいか」

 「そうか。俺とゼファーだけか。というと・・・そいつはかなりの大物だな」

 「ああ、武力で言えば、大陸でも最強クラスだろう」

 「そうかそうか。まかせろザンカ!」

 「だから、大人しくしとけよザイオン。俺の隣にいろ」

 「ああ。そうする」


 エリナに前方を任せた二人。

 その理由は、攻防に優れた彼女だからこそ、最初の攻撃を捌いてほしいからだ。

 ザイオンではそれが出来ない。

 なぜなら、戦いに疼いて突進してしまうからだ。

 戦うイコール前進。

 それがザイオンの戦い方だ。

 だからザンカはザイオンをそばに置いて、手綱を握っているのである。


 「よし。どう出るのかだけは見極めないとな。クリスの予想では・・・激戦となるならここだってな」


 ザイオンは手を鳴らして準備運動を始めた。


 「そうなのか」

 「ああ。初戦の激戦ポイントはここらしいぞ。ザンカ」

 「相手の分析から来る予想か。あいつ。戦争自体が初めてなんだろう? 予想が出来るなんてほんとかよ?」

 「まあそうだが……あいつ、只物じゃないんだ。あのフュンがごり押しでお嬢に渡した男だからな。絶対に有能に決まってる。あいつが無理を通すなんてないぞ。よほどの自信があるんだよ」

 「そうか。あの男がそこまでいうとはな・・・お嬢にか・・・」


 ザンカ隊は定位置に到着した。



 ◇


 ダーレー軍右翼ゼファー隊。


 「リアリス。弓での援護を頼む」

 「ゼファーいいわよ。まかせて」

 「シュガ殿。我の背後を頼みます」

 「了解です。ゼファー殿」


 高揚感もなく、感情の揺らぎの少ないゼファーが二人に指示を出した。

 戦いの前でも冷静さを失わないゼファーは、昔よりも大きく成長していた。

 

 「我らは、突撃をしない。来た敵を追い払うに過ぎない」

 「そうね」

 「だから、ここで重要なのはリアリスだ。我が囮になる。お前が主攻だ。いいな」

 「了解よ」


 ゼファーに悪態をつかないリアリスは素直に頷いた。


 「シュガ殿。我に釣られた敵を見ていてください。漏れが出たら頼みます」

 「了解です。必ず背をお守りします」


 シュガはこの四年で修行を重ねていた。

 フュンが領主になった時から、このメンバーの中で実戦経験が圧倒的に少ないシュガは、自らの判断で、力を得るために一人でラメンテに向かい、ゼファーが子供の頃にやった修行をなぞるようにして行い、その上で指揮訓練などをハスラで行なっていたのだ。

 元々ある補佐の才能に加えて、実戦経験が加味されたシュガは、優秀な戦闘補佐官になったのだ。


 「では、我がいこう。ゼファー隊は我に続くのである」


 ゼクスに姿形が似てきたゼファー。

 一人称が我になり、ますます似てきたのである。


 

―――あとがき―――


三年の間に色々ありました。

人も成長していますし、都市も成長しています。

新たな人も入ったりしていますが、それは後程。

今回は、サナリアの仲間シュガが加わっています。

彼は元々あった才能に加えて、基本の事を里で勉強していました。

紛争レベルの戦争をしていたサナリアじゃなく、本格戦争をしてきた帝国の戦いの方法を学べたのが貴重な経験だったでしょう。


それと、ゼファーが私から我になっています。

正直言いますと、もうゼクスですね。

彼の魂を継いだ男として、ゼファーは叔父と共に戦いに出て、殿下を守るために行動しています。

殿下の大切な奥さんを守るのもまた殿下のためです。


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