第193話 力を求める者の戦い

 「ほう。俺の一撃を・・」


 パールマンは、押し込んだ剣を引き喜んだ。


 「こっちもだ。俺の一撃を受け止めるとはな」


 ザイオンも、相手の剣を跳ねのけて同じように喜ぶ。

 自分と同じ力。

 そんな強者を前にして、喜びの感情しか出てこない。


 「それにお前は男だ。全力を出せる」

 「なるほど。男だったら全力を出せると、甘い男だな。女でも強い女はいるんだぞ」

 「ああ。いる。でも燃えてこない。アスターネでも俺には勝てないからな」

 「アスターネ・・・ああ、そっちの将だな。お前はその程度の強さしか知らんのだ。お前はリティスを見たことはないのだな」

 「リティス? 誰だ」

 「戦の女神だ。あれを見れば、女だ男だなどという矮小な考えは生まれない。自分の全力を出さねば、勝てない相手が、女でもいるのだぞ」


 ザイオンは戦場に置いて男女の区別をしない。

 そもそも彼の弟子がミシェルで、彼の総隊長がミラで、信頼する主君がお嬢で、信頼する友がエリナである!

 皆、優秀な女性たちであると、心から認めている男なのだ。


 「ほう。それ程の女がいるのか」

 「いた! あれこそが人類最強。神そのものように見える戦う女神であり、化け物だ。俺はあれを追いかけている。あの強さをな」

 「いいだろう。その追いかけている強さを見せてもらおうか」

 「おうよ。まだまだ俺の実力は彼女に足りんが、足元くらいにはなっただろう! いくぞ」


 ザイオンは昔。

 戦っているヒストリアを見たことがあった。

 華麗に戦う彼女の姿。

 あれこそが、戦神の化身。

 怪物であるのだと思っている。


 一刀両断で斬る。

 凄まじい跳躍力で飛ぶ。

 着地と同時にまた同じ量で跳ねる。

 バネのような全身で走る。


 これら全ての動作が連結していて、無駄がなく、一閃の攻撃に対する思いが違った。

 全身全霊の攻撃には防御を考えていない節があり、無防備なのだ。

 だから一見すると隙のある攻撃で、彼女の一撃を躱して反撃さえ出来ればあっという間に彼女を倒すことが出来ると凡人なら思ってしまうのだ。

 でも達人になってくると彼女の凄さが分かる。

 一撃があまりにも鋭く、敵の防御力を必ず上回り、回避すらさせてくれない。

 完全無欠の一撃であると思わせるのだ。

 自分がもし彼女の前に立ったなら、こうして、こうやって、などと倒す方法をいくらでも考えるだろう。

 でもそれは全て無意味。

 対峙しただけで、彼女のプレッシャーに負けて、体がすくんでしまう。防御や攻撃などを考えている暇もなく、あっという間に彼女に倒されてしまうのだ。


 だからあれを目の当たりにしたザイオンは強烈に憧れたのだ。

 そのおかげで女性の強さに偏見がない。


 「はあああ」

 「おおおお」

 「「うわ」」

 

 ザイオンとパールマンの大剣が衝突。

 攻撃の衝撃で尻餅をついても、二人は相手を見ていた。

 すぐに立ち上がり、もう一度激突。

 軋んでいる剣と共に、会話が始まる。


 「強いな。ザイオンだったな。貴様」

 「おう! まだまだだぞ。くらえええええ」

 

 足が一歩。ザイオンの方が前進できた。 

 押し込んだ剣がパールマンの喉元まで伸びる。


 「な、なに!? でも俺はもらわん!!!」


 パールマン渾身の足蹴りで、ザイオンを吹き飛ばした。


 「ぐはっ・・・俺と互角か!」

 「はぁはぁ。そうみたいだな。パールマン! 全力で戦える相手がいるとはな。訓練ならゼファーがいるが・・・本番で会えるのは嬉しいぜ。いくぞ」


 訓練で全力。

 それは命のやり取りではない。本番のノリではないことで、無意識でブレーキがかかっている。

 あのゼファーと何回も訓練をしたとしても、それはあくまでも訓練。

 本気の一発勝負ではない。

 だからザイオンの対戦相手として満足のいく相手は今までいなかった。

 だが、今回。

 目の前の相手は、死力を尽くしても倒すことが出来ない相手。

 まさしく強敵。

 好敵手の登場に戦争である事を忘れて一騎打ちをしていた。

 それも互いにだ。

 同じ思考。同じ力。同じ武将。

 これらのおかげで、二人の意識はこの戦いだけに向いていた。


 響き渡る武器の衝突音。

 それに伴う激しい衝撃が、周りにいる人間たちを恐れさせる。

 戦場は両軍が戦っている状態であるのに、二人の戦いの中には勝手に入りこめない。

 ぽっかり穴が開いたように、二人の周りには人がいなくなっていた。

 二人の戦いに手を出せない状況がしばらく続く。



 「ザイオン。もう下がれ。厳しいぜ。このままだと」


 エリナの声に反応しない。

 ザイオンは音が聞こえない状態だった。


 「パールマン閣下。お下がりください。乱戦すぎます」


 パールマン直下の兵も声を荒げる。

 だが、彼もまた声が聞こえない。

 

 この現象は、相手の音を聞きたいがための仕方ない行為だった。

 音も目も、何もかもを相手に向けないと、簡単に戦局が傾きそうだと二人は感じていた。

 たったの一撃。

 それが入れば、両者を分かつ勝敗の分かれ道である。

 二人はそう同じく感じているのである。

 

 「ぐっ」

 「おおおおおおおお」


 ザイオンが押す。

 だが、そこを返すパールマンは、大剣を横なぎで払った。


 「な!? これでどうだ」

 

 反撃に気付いたザイオンが剣を縦に構えて迎え撃つ。

 両者の大剣が十字にぶつかると、鍔迫り合いもせずに二人は同時に後ろに吹き飛んだ。


 「ご。互角」

 「これでも同じか! 強いな。パールマン!!!」

 「面白い。ここからが俺のほ・・・」

 『カンカンカン』

 

 王国側から、鐘が三つ鳴り、一時退却の合図が出た。

 パールマンの指示ではない指示。

 大将以外で指示を出せるのは。


 「クソ! アスターネか!! 余計な真似を」


 パールマンは不満をぶちまけるように言った。

 しかし、合図が出ると軍は下がるしかない。周りの兵士らが退却の準備を進めると、パールマンは下がり始めた。

 でもその時の顔は悔しさに満ち溢れていた。歯ぎしりしながらの退却である。

 

 「おい。逃げるのか。パールマン」 

 「うるさい。貴様は誰だ! 名を覚える」

 「俺はザイオンだ! もう一度勝負だ!!!」

 「言われなくとも、必ず貴様を倒す。後ろに引っ込むなよ。ザイオン」

 「そっちこそな! 出てこいよ。大将殿」


 ザイオンとパールマンの初戦は引き分けとなった。

 



 ◇


 王国軍退却後のダーレー中央隊。ザンカ隊。


 「エリナ。大丈夫か」

 

 ザイオンが心配すると同時に。


 「がはっ。ぺっ」


 エリナが血を吐いた。


 「やべえかも。目が霞んでる。前が見えにくい」

 「ダメージが抜けてないか。食らったか。まともによ」

 「ああ。あの防いだ一撃でな。たぶん、落馬でのダメージも加算されてるぜ」

 「回復に入らなきゃな。お前がいないと俺たちはバランスが取れない。完全にいなくなるのはマズい」

 「ああ。治す。一旦引いてからな」

 「そうだな。それじゃあ、後ろに行ってろ。俺が守りに入る」


 ザイオンが珍しく防衛を務めることになった。

 負傷したエリナの為に、珍しい役割を買って出たのだ。



 ◇


 ダーレー軍本陣。

 シルヴィアの元に伝令兵からの報告が入る。


 「負傷した将は、ミシェル。エリナ」

 「ん!? あの二人が・・・状態は!」


 まさかの二人の負傷にシルヴィアが慌てた。


 「ミシェル副将は軽傷。エリナ副将は重傷手前らしいです」

 「エリナが!? そんな馬鹿な・・・あのエリナがですか」

 「はい。血を吐いているとの報告です」

 「・・・医療班は!」

 「治療はしています。ですが、体調が良くならないようです。まだ戦争の緊張状態が続いているからでしょうか」

 

 前線は、互いに睨み合いに入っていて、休む状態にはなっていない。

 戦いが継続されている状態である。


 「私がいきましょう。シルヴィア様」

 「ん? クリスが??」

 「ええ。あと戦いは、ここで終了します」

 「え。まだお昼過ぎくらいですよ。まだ時間が」

 「ええ。ですが、戦況を確認すると・・・おそらく今日は戦いがありません。シルヴィア様。もし戦いがあって、緊急事態になったら、シルヴィア様が援軍として前に来て下さい。それ以外はこちらで待機を」

 「・・え。わ、わかりました。あなたは?」

 

 クリスは医療道具を持ちながら、シルヴィアと会話していた。


 「私は今。エリナ殿の所に向かいます。ソロン!」

 「はい」

 「いきますよ。ついてきてください」

 「了解です。宰相」

 「そちらの荷物。お願いします」


 クリスは彼女の方を見ないで指示を出した。


 「持ってます」

 

 だが、ソロンはすでにその荷物を持っていた。

 クリスがしたい事を先回り出来る女性。それがソロンである。


 「さすがですね。いきます」

 「はい」

 

 ◇


 治療中のエリナの元に、クリスとソロンがやってきた。


 「ごはっ。ごは」

 「エリナ殿」

 「あ・・・クリスか」

 「ええ。治療します。よろしいですか」

 「お前がか。出来んのか」

 「出来ます。フュン様の指導をもらいました」

 「ぐはっ・・・あいつ、お前にそんなことまで仕込んだのか」

 「いえ。勝手に教わりに行きました」

 「ははは。イテテテ、化け物め・・・何でもやる気かよ」


 笑ったことでダメージを再認識したエリナは、体中が痛み出した。


 「これは・・・全身打撲・・・前よりも背中にダメージがありますね。なるほど」


 彼女の状態を観察するクリスは冷静だった。

 

 「宰相。ここが強い打撲そうです」


 ソロンは、エリナの服をめくりあげて、脇腹と背中を見ていた。


 「なるほど。そういうことですか。診断は何にしてますか?」


 クリスは医療班に聞く。 

 

 「全身打撲によるダメージと、肩の亀裂骨折ですね。でもそれにしてはダメージが深いです」

 「ええ。その見立ては完璧ですね。ですが、もう一つ。肺です。落馬のダメージの衝撃で、上手く機能してませんね。背中から落ちた時ですかね……でも、すぐに治りそうですが、しかし今の戦争で復帰は・・・」


 クリスは、診断してから即座に行動を移す。

 彼女の呼吸の違いに気付いていて、薬を飲ませた。

 ゆっくり休ませるための睡眠薬と呼吸が楽になる薬である。

 それとフュンの傷薬も使用して、ソロンが打撲の範囲に塗ってあげていた。


 「呼吸が荒いまではいってませんが、浅いです。それと呼吸音がおかしい。それと、軽い酸欠になっているだけで、ダメージが抜ければ回復します。そして、この睡眠薬で楽になるはず。エリナ殿は、症状が複合しているので、重傷には変わりないですね。だから、あなたはここで離脱です。本陣に下がりますよ」

 「・・・くそ・・・まじ・・・かよ。あたいが戦場から・・・くそ・・・わりい。みんな・・・」


 次第に眠っていくエリナは負傷退場となった。

 ザンカ隊の要となる人材を初日から失ったのである。

 ダーレー軍の初日は、軍としては相手との拮抗状態ではあるものの、非常に優秀な人材を一人失ってしまった。

 これから先が難しい戦争となったのだ。

 

 

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