第185話 レヴィの後悔

 「父上が・・・救った・・・」

 「ええ。悔しいですが。そうです。私が救えれば、あんな男と結婚などしなかったのに・・」

 「レヴィさんは、よほど父上が嫌いなのですね」

 「ええ。嫌いです。私のソフィア様を取りましたから」

 「ふっ。それは・・・じゃあ、嫉妬なのですね」

 「む・・・」


 レヴィは、フュンの言葉で止まった。

 確かに嫉妬していたのかもしれないと。


 「そうですか。父上にも・・・いい面があったのですね」

 

 フュンは、父親の良き面を見れずにいた。

 いや、思い出せずにいたのだ。

 それは人質として生活する以前の記憶に蓋がしてあったからだ。

 あの時の人質宣告で彼は父を父ではない。

 サナリアの王だと思ってしまったから。

 でも今は違う。

 良き面を知り、悪い面を知って本当の父を見ようとしたのだ。


 「まあな。あいつ。そういうのほっとけない人間だからな。敵以外は誰かれ構わず助けちまうからな。それに強い奴と戦うのが大好きだ。それと、女に弱え。特に涙にな」

 「そうだな。アハト王は、そうだな。戦う時には容赦がない。それと、誰も王には勝てなかったな。私も。フィアーナも。ゼクスも・・・」

 「ああ。そうだったな。戦えば最強だからな。アハトはよ」


 四天王の二人が懐かしんでいた。 

 アハトの戦闘スタイルは、同じ武人としての憧れであった。

 圧倒的な圧力を持って前進をする。

 後退のないその動きは、自分が負けることを考えていない動きなのだ。

 

 「そうでしたか。僕の父はそういう人ですか」 

 「ああ。だから王子とはかなり性質が違うな。でもどっちも長所があってな。どっちにも弱点があるんだぜ。まあ、でも。あいつがいなかったら、お前はいないんだぜ」

 「そうですね。そこは感謝しましょうか。父上にね。ハハハ」

 「ああ」


 フィアーナはフュンの笑いを見て安心した。

 彼の父に対する憎しみのような感情が薄らいでいるのがわかったからだ。

 アハトにだって良い面がある。

 それがフィアーナたちの答えなのだ。 

 だから、少しでもフュンのわだかまりは溶けてほしいのだ。

 非道な事をしてきた父。それだけのイメージを持ってほしくない。

 前王に仕えた二人の思いだった。


 「・・・でも、あれ??? その話で何故僕が後継者だと分かるのです。そのビジューとかいうのは倒したのでしょう? あれ??」

 「ええ。そうです。倒しました。だからあの時で、追手は最後でした。そして、ソフィア様は、ソフィア・ドノバンと名前を変えました。ナボルはドノバンの民という名称は知らないので。名前にドノバンを使いました。そうすれば、散り散りになったドノバンの民が、彼女に気付いてくれると思ったのです」


 皆に気付いてほしい。

 そう思っても、サナリアは大陸から見ると小さな田舎である。

 だから誰も彼女の存在に気付かなかった。

 それも彼女が生きていた時代のサナリアはまだ国ではなかったので、彼女の存在を見つけられなかったのだ。


 「なるほど。それで・・・その後がありますね?」

 「ええ。あの後。サナリア統一戦争を開始して数年後。サナリアには王宮もどきが建設され、彼女にもまた自由が無くなりました。それが嫌で外に出たのです。窮屈が嫌いですからね。小さな村の頃は自由だったのに王宮などの狭い範囲は・・・・彼女には難しいでしょう」

 「それは。たしかに。僕も見てます」

 「ええ。それで、その外に出た時にたまたま帝国の使者とすれ違ったのです」

 「帝国の使者!?」

 「そうです。帝国は、国となる前のサナリア王国に接触してきたのです。まさかでした。まさか自分たちが住むことになったサナリアに帝国との関係が生まれるとは思わなかったのです。国でもありませんですし、それにまだまだ小さな支配者でしたからね。油断してしまいました・・・・もっと警戒を広く保てばと」

 

 サナリアが大きくなっていく中で、あのタイミングで帝国が接触してくることを予期できなかった。

 レヴィは普段の生活で気を抜かずに注意していたのだが、国になる前のサナリアとの接触なんて、想像がつかなかったのでした。


 「話を戻します。それでその使者の中に、ソフィア様の顔を知る者……ビジューの部下がいたのです。それでソフィア様は再び狙われる羽目になりました。幾度かこちらに敵が来たのです。ですが幸いにも私の方は、敵に見つかっていないので、彼女のそばで隠れながら護衛しました。表向きはメイド。裏では暗殺してくる人間を影から引きずり出していたのです」

 「影から引きずりだした?」

 「ええ。そうです。私が奴らを倒すのではなく、アハトに奴らを殺させるためです。表向きで、アハトが殺したという事実をナボルに知らしめるためです。それと、これらの行動のおかげでますます私の存在は知られることがありません・・・ですが、あの屑・・・守ると言ってくれた言葉をそのまま守ってくれていたのですよ・・・んんん。くっ。そこだけは、ちゃんとしてました。悔しいですが」


 声にも顔にも悔しさが滲んでいた。


 「これらの事を、アハトは知りません。私は何も知らせずに刺客をアハトの前に誘導しましたからね。だから彼もソフィア様が太陽の人だとは知りません」


 中々エグイ事をするなと思ったフュンは珍しくも父に同情した。


 「そして……それらのことが続けざまに起きて、三回目あたりから、彼女は覚悟を決めました」

 「え? 覚悟??」

 「そうです。こちらを」


 レヴィが本を取り出した。フュンに渡す。


 「こ、これは・・・薬学の本??? いや、これは。この紋章は」

 「そうです。ナボルの蛇の紋章です」

 「なぜこれを・・・」

 「これは、あなた様の母上。ソフィア様が書いた本です。ナボルの刺青を検証した本なのです。彼女は敵の死体を解剖して、毒の成分を見極めました」

 「は、母上が!?」

 「はい。このナボルの刺青は。毒であります。それも、人の汗の成分に反応する毒らしいです。だから緊張感のある場所や、運動して汗をかくと毒が回るような仕組みになっています。なので、敵は解毒剤を常に常備しているようです。それで持っていない者は」

 「死ぬ・・・なるほど。言う事を聞かすという意味もある。毒で仲間を縛っているのか」

 「そうです。そしてこの解毒の方法を知っているのがおそらくナボルの幹部なのでしょう。それで、ナボルを統率しているのだと思います」

 「・・・そんな外道な・・・」

 「ええ。外道です。しかし、これらも解放できます。ソフィア様の研究資料で薬が作れるらしいです。必要な成分は分かっていて、生産を多くする方法までは、時間が無くて出来ないと言っていて、大きくなったフュン様にこちらの全てを託すと・・・・彼女は言っていました」

 「・・・そうですか・・・ん。まさか・・・レヴィさん!」


 フュンは気付いた。

 毒の成分を理解したということは、それは以前と同じようにしたのかもしれないと。


 「ええ。そうです」

 「刺客に狙われ続けるのであれば、自分が死ぬ可能性が高い。だとしたらこのままでは無駄に死ぬ。だったら、この刺青の謎を解いて、切り札にすると言っていました。私もおとめしましたが、あなた様もご存じの通り。頑固ですよ。ソフィア様はね」

 「自分にその毒を入れましたね。母上は!」

 「はい。そして分解したのです。だから次はと、刺青をかき消す方法を探ってましたら、体が弱ったことで死んだのです。だからソフィア様は毒で死んだというよりはですね」

 「そうですか。母は毒じゃなく。その実験を繰り返して、体が弱ったから死んだのですね」

 「ええ。そうです。これも、見てましたよね。あなた様は」


 レヴィは自分の首に手を当てた。

 盛り上がった傷。それを治すためにソフィアは行動を起こしていた。


 「ええ。見てました。あなたのような人を二度と出さないために、薬を作っているのかと」

 「そうです。彼女は人を救うために色々な事を試していました。自分が出来ることを精一杯。人を救うために精一杯やって死んだのです。戦えない私が残す。未来への希望は医療だと言って……。そして、彼女がやり残したことがもう一つあります。それが、太陽の輝きです。我ら暁を待つ三頭竜ドラウドの長として、もう一度上に立つことが出来ませんでした」


 レヴィの無念そうな声に、フュンも答える。

 

 「そうですか・・・なるほど。母上はもう一度太陽になろうとしたのですね」

 「ええそうです。ですから彼女は・・・・」


 レヴィは、ソフィアの思いを残した会話をフュンに伝えた。


 『レヴィ。フュンは知りません。太陽の人であることを・・・ですが、知らずとも命を狙われることは間違いないです。ですから、私が死んだあと、あなたがフュンを守る太陽の戦士になってください。表に出ず。フュンの影に回って。そして、この子が大きく成長したその時。道しるべになってあげてください。太陽の人は・・・ナボルと戦わないといけない運命であります。だから、レヴィ。お願い。あなたがフュンを守ってちょうだい。たぶん私はもう長くない。それと、フュンには私の教えを残しました』

 

 「二つの願いだそうです。幼すぎてフュン様が覚えているかどうかわかりませんが」とレヴィはこの後に言った。

 そして、もう一つ。


 『フュンもやはり血を継承していて、太陽の人も継承しているのであるならば、今からサナリアで一人になったとしても。あの子は、険しい道のりの中に、輝かしい信頼できる仲間を手に入れるはずです。王宮という世界の中に踏み込んでも、必ず大切な仲間を得られるはずです。太陽の力・・・いいえ、私の子であるならば、フュンは自分の力で生きていけるでしょう。私はそう信じてます。私の子ですからね。だから、レヴィ。フュンが仲間を手に入れたその時、あなたもその仲間となりなさい。そして、私とあなたの・・・あとはわかっていますね。同じ後悔を持つ者です』


 「これが彼女の遺言です」


 母の言葉の深い部分を聞いたことで、フュンは止まっていた。

 

 「だから体が弱っても、ソフィア様は実験を繰り返しました。刺青の力からの解放を目指したのです。彼女が考えたのはラーゼの解放。あのラーゼの不可思議な属国落ち。その裏側にナボルがいる。ならば、あのナボルであれば、その刺青をラーゼの人たちに使うに決まっている。ラーゼの重要人物にはあの刺青があると予想したのです」

 「そうか・・・そういうことか」


 フュンは気付いた。


 『タイローさん。あなたはもしや囚われの人ですね。ナボルに翻弄された人かもしれないんだ。隠している。それに誇りがない。嫌だと言っていた。それは、不本意で入れられた刺青だからだ』


 フュンの頭の中で話が繋がる。

 思い出話の中にいたカルゼンの特徴から言って、それはタイローにも受け継がれているはず。

 優しさのある雰囲気と物言いは二人の特徴。

 それらと、タイローのあの行動が結び付かないのは、敵に囚われているから。

 だからフュンは決意した。


 「僕はそうですね。太陽にならねばならないのですね。ラーゼの太陽に」


 とフュンが呟いた直後に、固い表情のレヴィが言う。


 「・・・フュン様」

 「ん?」

 「そしてここからが私と彼女の後悔と願いであります」

 「はい。なんでしょう」


 レヴィがフュンの前に跪いた。


 「フュン様。ラーゼをお救いください。私とソフィア様では、ラーゼを救うほどの力を得られませんでした。サナリアで小さく生きるしか出来なかったのです。そんな駄目な私たちをお許しください。我儘でしょう。迷惑でしょう。それにあなた様には何も関係がありません。ですが、ラーゼはソフィア様を救おうとしてくれた国なのです。心優しき王子カルゼンがいた国なのです。どうかお願いします。ラーゼを救っては頂けないでしょうか。この新たなサナリアの力で」


 レヴィは頭を下げた。深く謝罪のような願いだった。


 「・・・カルゼン・・・そうか。それは、タイローさんの父だ。もしかしたら、タイローさんは、意思を継いでおきながら、ナボルに強制的に従っている人かもしれない・・・苦しい人かもしれない・・・」


 フュンはタイローの苦しい立場を理解しようとした。

 信仰する者がありながらその敵方に味方している微妙な立場。

 裏切ろうにも彼の手には刺青があり言う事を聞かないと死ぬだけ。

 それに、彼が仕事をしないといけない。何かを握られているはずだ。

 敵は非道。人間が考える以上の非道さで彼を縛っている。


 「わかりました。レヴィさん。僕が太陽になりましょう。それに僕は友人を救わねば・・・・・それとあなたは僕の事を守ってくれていたのですね」

 「・・はい。三度以外にも、あなた様は襲われていました。影の戦いを、あなたの裏側でしていました」

 「そうですか。ならば僕は、あなたの太陽にもなりましょう。母があなたの太陽ならば、その息子である私も太陽にならねば。メイダルフィアでありながら。ロベルト・トゥーリーズになりましょう。僕は戦います。ラーゼを解放します。いいでしょうか皆さん。やるべきことが増えましたが、僕についてきてくれますか!」


 フュンは、レヴィに言った後に皆に言った。

 振り向いた彼の目に決意の炎が宿っていたのだ。

 だから、その目を見た皆は。


 「「「「 もちろん 領主様についていきます 」」」」


 そう宣言した。

 フュンとの固い絆がある家臣団は、主の願いを叶える最強集団なのだ。


 「だそうです。全員一致なので、僕はやりますよ。レヴィさん。あなたの重荷も僕に渡してください。後悔もですよ。母と同じ後悔……それを僕が背負ってあげます。母の代わりにね」

 「・・フュン様・・・このレヴィ・ヴィンセント。残りの生涯をあなた様に捧げます」

 「ん? もう捧げてもらってますよ。今まで守ってくれてありがとう。レヴィさん。でもこれからもよろしくお願いしますよ。頼りにします・・・ね!」

 「ああ・・・あ・・・ありがとうございます。フュン様」


 レヴィは最後泣きながらフュンに頭を下げ続けた。



 苦しみと後悔の中にレヴィはいた。

 自分たちの大きな間違いで巻き込んでしまった人物たち。

 カルゼン。ヒストリア。エステロ。

 彼らの運命を捻じ曲げてしまった後悔は生涯持つ後悔だ。

 償うことが出来ない罪である。

 特にカルゼン。

 彼を救うため、本来はソフィアとレヴィが、ラーゼに入って救わねばならなかった。 

 でも力が弱くて出来なかった。

 大衆を指導して戦うには、彼女はまだ弱かった。

 

 ソフィアの時代には、太陽は昇らなかったのだ。

 暗く沈んだ世界が、アスタリスクの民の心の中にある。

 でも今は、フュンの時代である。

 サナリアの人質から、辺境伯まで出世した。

 ある意味、アハトを超える英雄。

 帝国でも異例のこの男ならば、彼らの太陽となってもいいだろう。

 日はまた昇る。

 彼らの心の中に。

 昇るべき人物が、この大陸に出現してもいいのだ。


 「では、僕は更なる力をつけて、帝国。そしてラーゼを救いましょう。ナボルを必ず潰します」


 サナリアの太陽は、本物のアーリアを照らす太陽となる。




―――あとがき―――


もう一度、皆で太陽を。

見てもいいのではないか。

新たな太陽を・・・。


それがこの章のテーマでした。

ここから数話で第四章。

激動の時代が始まります。

彼を中心に・・・ではありませんね。

彼らを中心に始まります。

物語全体が動きます。

 

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