第183話 ソフィアの決意とカルゼンの思い

 逃げのびた後。

 他の船の人たちとはバラバラになりました。

 上陸できない仲間たちもいて、多くの仲間たちがナボルの船にやられたのです。

 同じ船に乗っていた私たちだけがおそらく全員無事で、アーリア大陸に到達しました。

 私たちの船に乗っていたのは計十五名でした。


 それらと並行して、私たちと同じく逃げた者たちは、おそらく千くらいはいると思われています。

 船でいうと十隻くらいは、敵から逃げられたので、住民で数えるのならば、千ほどはいるはずなんです。

 私たちはしぶといですからね。

 それくらいは生きていると信じたい。

 

 ですが、私たちは、その逃げ伸びた彼らの行方を知りません。

 なぜなら、大陸到達のしょっぱなからナボルに追われてしまったのです。


 アーリア大陸の北西『ルコット』

 イーナミア王国の港がある大都市です。

 私とソフィア様とその十名の住民と五名の太陽の戦士はこちらに辿り着きました。


 戦士のカーバルさんが、ソフィア様に話しかけた。


 「ソフィア様。いざ何かがあれば、私たちがお守りします」

 「え?」

 「バラバラに移動して敵の追手を掻い潜るのです」

 「それは・・・死ぬ気なの。嫌よ。駄目」

 「いいえ。死ぬ気じゃありません。生きてあなた様をお守りしますよ。それにあなた様が生きていれば、バラバラになった我らドノバンの民はですね。すぐにでも集まります。いずれは力をつけて、ナボルを倒しましょうよ。こうなれば、そちらに神経を注いでですね。どうせなら、あんな小さな孤島じゃなくてですよ。私たちだってこの大陸で生きてもいいようになりましょうよ。ね。明るく生きていきましょう。ソフィア様!」


 ドノバンの民というのは、ちょっとやそっとじゃへこたれません。

 私たちを照らす明るい太陽が、自分たちの長だと信じているからです。

 どんなに辛くとも、皆で笑顔で生きていける。

 それくらい力強い民なのです。


 「カーバル。わかりました。でも死んだら嫌。私と一緒に生きるんだよ」 

 「ええ。大丈夫。必ずお守りします」


 と言ったカーバルさんが一番最初に死にました。

 敵の追手から逃げる際に囮になって。

 そして次に、シュルートさん。ヒスカンマルさん。シャルバーンさん・・・タルス・・・アイクルス・・・。

 最後に残ったのは私とソフィア様でした。

 どれくらいの期間逃げたのでしょうか。

 もうそんなことも考えられないくらい逃げました。

 たぶん一年は逃げたと思います。

 西のイーナミアならば追手は来ないと思って、西をずっと移動していたのに、敵は追いかけてきたのです。

 だから、私たちは。

 今度はあえての東に逃げて、ラーゼを目指してみました。


 何か困ったことがあれば……。


 私たちは彼の言葉を信じたのです。



 ◇


 ガイナル山脈を利用して移動した私たちは、逃げる際に敵と出くわすことはありませんでした。

 やはり、敵の包囲はイーナミアに傾いていたのかもしれません。

 逆に帝国の方には敵が少なかったらしいです。


 その道中。

 私たちは、ガイナル最北端の頂上で、ドノバンを確認しました。

 遠くに見える孤島。

 密林となっていた木々の所々も剥げていて、伐採されたような攻撃もあったらしいです。

 おそらくあそこにはもう里がないのでしょう。

 その様子から、敵との戦闘が激しかったと予想されました。


 「私・・・絶対、忘れないよ」

 「どうしました。ソフィア様」

 「私のせいで、里がなくなったことも。私のせいで、皆が亡くなったことも。だから、誓うんだ。私は必ず、もう一度太陽を見せる。私が皆を照らしてみせるんだ。バラバラになったドノバンの民に。この紋章を持つ民に。私は、誓うんだ。太陽はいるんだよって。日の当たる場所にいるんだよって・・・必ず、皆に見せてあげるんだ・・・皆に・・・見せるんだ・・・守るんだ」


 ソフィア様は、泣きながら宣言しました。

 自分が新たな長となり、皆がいないのに、皆を導いて見せると。

 大きな失敗から続く、悲しい現実。

 それを乗り越えて、彼女は先へ行こうとしました。


 「ソフィア様・・・わかりました。ここからは二人で頑張りましょう。私もあなた様を輝かせて見せます。そこで、ここからは慎重に行きましょう。一応、警戒しながらラーゼに入り、カルゼンさんの所にも、誰にも気づかれずに行きましょう」

 「わかった。そうしよう。でもカルゼンにも迷惑はかけられない。私のせいでカルゼンが危険になるのも嫌だ。だから私よりもあなたが潜入してください。足手まといになります」


 ここで彼女の顔からは涙が消えていました。

 彼女は急に長らしくなったのです。


 「わかりました。私が影としていきます」

 「うん。お願いしますよ。レヴィ。私はもう泣きません。明るく生きて、皆を明るくするんです。太陽は沈んじゃいけないんだもんね、レヴィ。あははは」


 最後に彼女は、あえて明るく、あっけらかんとした笑いをしたのです。

 顔がとても明るいのに。

 声だって明るいのに。

 でもそれなのに、これはとても悲しい笑いでした。

 負けたくない。悲しくなんかない。だから笑うんだ。

 私は皆を照らしてみせるんだ。

 そういう決意の元にある悲しき笑顔でありました。

 それが、ここからの彼女の笑顔と笑い声になりました。


 ・・・フュン様。あなた様の笑顔にもこういう面がありましたね。

 あなた様は、母を亡くし寂しい幼少期を過ごしていて、それなのにあの最悪のバラバラな家族がそばにいて、だから頼れる人間が他人だけでありましたね。

 それでは彼女に似て当然なんです。

 心の奥に悲しみがあって当然なのでありますよ。


 それにですね。

 あなたは、ソフィア様の事をよく見ていましたからね。

 それのせいでも似たのでしょうね。

 あなたもこの笑いを子供の時にはしていましたからね。

 それとなんとなくですが、あなたもお気付きになられていたのでしょう。

 彼女の明るさの奥にある。悲しみの欠片に・・・。

 それと、彼女が自分の中に封じ込めた後悔すらも見抜いていたのかもしれません。

 あなたは、人の心に敏感ですからね。



 ◇


 久しぶりのラーゼ。

 都市の雰囲気は変わらない。

 旗もいつもと変わらず、海も変わらず。住民もそのままで荒々しい。

 しかし、カルゼンの様子が違いました。


 カルゼンの周辺が厳重に警備されていて、彼の周りには人がいなくなっていました。

 なので、その異様な雰囲気に違和感を覚えた私は、ソフィア様を別な安全な場所に隠して、コソコソと裏から彼に会いに行きました。


 「カルゼンさん」

 「あ、あなたは・・・レヴィさん!?」

 

 彼の部屋に到達した私は、薄暗い部屋の中で黙っていたカルゼンと会いました。


 「どうしたのですか。この部屋?」

 「ええ・・・まだ運が良い。まさかです・・・ソフィア様は。大丈夫ですか」


 質問には答えてもらえず、一番にソフィア様を心配してくれました。


 「ええ。ソフィア様は大丈夫です。ですが、里が無くなり。民のほとんどが死に、生き残った者たちは散り散りになりました」

 「そうですか。それは良かった面と、悔しい面がありますね」

 「ええ。それで、なぜあなたがこのような場所に」

 「それがですね・・・あの後・・・」


 カルゼンはこちら側の事情をなぜか知っていました。


 帝国歴495年の終わり。

 ドノバンとナボルが戦った『ドノバン決戦』

 長たちが決死の思いで戦った戦争は、相打ちに近しい結果で終わった。

 ドノバンが持っていた兵は五百と数十人のドノバンの普通の民。

 なのに彼らが倒した敵の数は、相手の九割近くの七千以上を葬り去ったらしいのです。

 相手もほぼ壊滅状態だったのです。


 その脅威の力を目の当たりにしたナボルらは、これ以上の決戦を再びしないために、戦争終結後の追跡に力を入れたのです。

 逃げた住民たちの中には兵士が百名はいました。

 だから、敵となりうる存在を、是が非でも殺そうと思ったらしいのです。

 集結させないように私たちの事も追跡してきました。

 それと、これほどの強さを誇るのがドノバンの民であるならば、当時ドノバンの民と別れたラーゼの民も強いのだろうと、思想が近しい人間が立ち上がるのはマズいとして、敵はカルゼンを捕らえたのです。

 そして彼の自由を縛りました。


 「では、ナボルに捕まっている? 監視されたような状態ですか?」

 「そうです。私はもう第一王子としては、無理でしょう」

 「え?」

 「やつらは、私の弟を王にするつもりです。彼はこの事情を知りません」

 「事情?」

 「ええ。あなたたちと私たちの関係です。ラーゼとアスタリスクの民の関係です。後継者だけがこの関係を教わります。ですが彼は後継者じゃありません」

 「・・・なるほど。この思いの結びつきを消滅させるつもりなのですね。ナボルは!」

 「ええ。ですから、私はなんとかして生きようと思います」

 「ん?」

 「私の思いを継ぐ者を作り、いつか・・・必ずラーゼは太陽の人と共に生きます。ですから、レヴィさん。耐えてください。今はまだ奴らの影に隠れて生きてください。私たちは反撃をするのです。私たちが耐えて、次の世代に・・・それが出来ないなら、さらに次の世代に・・」


 疲弊したその表情でも、カルゼンの目は諦めていなかった。

 彼は立派な方でした。とても・・・。

 王として立派な王になるはずの男性でした。


 「・・・わ、わかりました。なんとかしましょう」

 「ええ、ですから私を頼るのはできませんよ。なんとかして自分たちで生きてください。奴らは、私の元にあなたたちが来ると思っているから監禁しています。だから私は生かされています。あなたたちの餌になっている。それに奴らが裏で牛耳るっているのは私だけじゃない。たぶん帝国も・・今のヒストリアも、エステロも話を聞いてしまったから、二人もたぶん危険なんです。私とあなたたちの事情を知ってしまいました。これを警告したくても彼女にもう会えません。軟禁状態ですから」

 「そうですね。あ、それと共有したい情報で。あのビジューとかいう奴がナボルでした。あの船に乗っていたのです」

 「そうですか。やはりあの時の現場にいた人間が敵……帝国の内部にナボルがいるのなら、ここは帝国じゃない場所に逃げるしかない」

 「帝国じゃない場所?」


 カルゼンは速記で地図を書いてくれました。

 アーリア大陸に詳しくない私のために、地図から説明してくれたのです。


 「ええ。帝国じゃないのはここのラーゼ。またはこのシンドラ。この両国しかありません。当然。今のラーゼは危険です。だとするとシンドラがよい。でも、それと・・・」

 「それと?」

 「サナリアです。あそこは小部族の集団。国じゃないので、無法地帯でありますが、あそこが逆に安全かと思います。さすがに、ナボルもノーマークでしょう。小さな集団なんて眼中にないと思います。それに帝国や王国の方が、敵の目があると思うのです」

 「・・・なるほど。そこに逃げるしかない。そういうことですね」

 「ええ。生きてもらいたい。あなたたちには。絶対に。ん! 誰か来ます。いってください」


 外の気配が増えた。

 それに私とカルゼンは気付きました。


 「は、はい! ありがとうございます。カルゼンさん。申し訳ありません。あなたには、迷惑ばかりをお掛けしました。本当にごめんなさい」

 「いえ。こちらこそ会えて嬉しかったのです。本物は生きていたのかと。信じる者が生きていた嬉しさがありました。それに太陽の人に何も出来ず申し訳ない。頼って欲しいと言ったくせに、私が情けないです」

 「いいえ。私たちは、あなたの優しさに救われています。どうか。お元気で」

 「はい。あなたも。未来を頼みます」

 「ええ。必ず。ソフィア様にも伝えます」


 自分が苦境に立たされても、私たちの心配をしてくれる男。

 それが、カルゼン・スカラ。

 本当はラーゼの国王となり、ラーゼと帝国の両国の関係を同盟関係に出来た男です。

 何故そう思うのかというと。

 それはあのヒストリアとの友好関係からそう思います。

 彼女が生きていれば、必ず。

 ラーゼは帝国の同盟国でした。

 属国なんかじゃなくて、同盟国だったんです。絶対に同盟国だったんです。

 それを私たちが捻じ曲げました。

 これが私たちの後悔です・・・。



 



―――あとがき―――


ここが小説の初期段階から設定していた話でした。

実はこの小説で、フュンの笑い声について多くのお叱りを受けてました。

まあこの事については色んな所で語ってるので省略します。

自分としては、色々あってもこの笑い声を文章として直さなかったです。

なぜならここに繋がる大切な部分だったんです。

母とフュンの感情の奥にある悲しみを隠す明るい笑顔。

そこから、母は立ち直れていません。

それは母の言葉がある第四話に面影が残っています。

しかし、フュンの方は乗り越えました。

あの戦いを得て、家族を得て、心の底にあった悲しみを克服したのです。

ここの違いが重要でありました。


正直自分でも思っています。

これを皆さんに知らせるまでが長いんです。

ネタバラシするには長すぎるのです。

ですが、何の意味もなく表現を続けてきたわけではないです。

一つの設定にこだわりを持って、書き続けている部分があります。

この小説の所々にちょっとずつその要素があります。

そして小説で説明せずに気持ちを乗せている部分もあります。

『なんか変な表現だな』と思っても。

『もしかしたら、後ろの話に繋がっているのかもな』と思って頂けると嬉しいです。


これからもですが、こういうことがたまにあるかもしれませんが。

今後ともよろしくお願いします。


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