第156話 辺境伯就任パーティー 終幕
5時間の長時間のパーティーも佳境を迎えた。
会場に集まった人々が、登壇しているフュンを見つめている。
一同の注目を浴びるフュンが挨拶を始めるところだったのだ。
「皆様。ここまでお付き合いしてくださって、ありがとうございます。自由退出可能だったので最後までいてくれてありがとうございます。締めの挨拶をしたいと思いますね。短く話すのでよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた。
その姿はどこにでもいるような普通の青年の姿だ。
会場中の者が和みながら、彼の話を聞く。
「人質から始まった僕ですが、辺境伯という身に余る身分と、隣に立つシルヴィアの婚約者になれたこと。これも皆様のおかげであります。こちらも重ねて感謝します。思えば色々なことがありました。楽しい思い出も苦しい思い出も……全てを思い返してみても、良き経験でありました……なので、この大切な、貴重な思い出と共に、僕は前へと突き進みます。今まで出来なかったことをたくさんやっていきたいと思います。人質では出来ないことをです」
フュンの目は先を見ていた。
もしかしたら、目だけじゃない。
この時の彼は、全ての感覚が先を見ていたのかもしれない。
「それとですね。ここからの僕は、サナリアを良くしていかないといけないので、もしかしたら皆さんと会える機会は少なくなるかもしれませんが、お会いした時には仲良くして頂けると嬉しいです。なので、また皆さんとお会いしたいので、皆さんのこれからのご健康を祈って、今日は解散にしたいと思います。本日はお集まりいただき、ありがとうございました。また、お会いしましょう! お元気で!!!」
フュンの別れの挨拶は、やはりまた会おうである。
サナリアに頻繁に行くことになるフュンは帝都にあまり滞在しないかもしれない。
だから会える時には会いましょう。
フュンらしい挨拶に、会場から地鳴りのような拍手が起きた。
しばらく鳴りやまない歓声のような拍手が終わると、各方面の扉が開いていき、会場の脇にいたメイドや執事ら、それと妻となるシルヴィアが、集まってくれた人々を会場の外へと送り出していった。
◇
人がいなくなった会場でフュンは、一人でメイン席の椅子に座った。
周りに誰もいない中で、背後に影が迫る。
「フュンぞ」
「はい。サブロウですね」
影に潜んでいるのはサブロウだった。
「どうなりました。敵は出て来ましたか」
「おうぞ。出てきたぞ。お前さんの読み通り。あいつら二人を消す動きをしたぞ」
「そうでしょうね。予想通りです。ですがこちらは想定外が起こりました。なんと敵がこちらにも来たんですよ」
「なに!? お前さんの所にかいぞ? まさか殺しに来たのかいぞ?」
「いいえ。挑発を受けました。あれは余裕から来るものでしょう。僕が罠を仕掛けているとも知らずに、余裕な態度で挑発してきましたよ・・・ふっ。僕が何も知らない子供だと思っていたのでしょうか。舐めていますよね。あの頃の……何も知らない子供だった頃なんてだいぶ前の話ですよ。僕はもうただの田舎者じゃありませんからね」
「ああそうぞな。んんん。でも、こっちにまで来るとは・・・やるぞな敵も。護衛がない時だからな。危険だったぞな」
「いいえ。ここでは殺せませんでしょう。人の目がありますからね」
「それもそうぞな。戦姫もゼファーもいるからな。まあ、あの二人を相手に命は狙えないぞな」
「ええ。それで、そちらは? どうなりました?」
サブロウはこの場には出てきていない。
誰も彼の姿の確認を取れないが、一応フュンは誰にも聞こえない小声で話す。
「ああ。死んだぞ」
「どちらが? どちらも?」
「どちらもだぞ」
「そうですか。ならば、ちゃんと死にましたか?」
「ああ。バッチリ死んどるぞ!」
フュンは静かに言葉を出さずに笑った。
「よくやりました。ならば、計画のラインを、二つで進めないといけませんね」
「そうだぞ。でも同時にやるしかないぞな」
「ええ。サブロウ・・・忙しくなりますね。大変なお仕事をお任せしますが。お願いしますよ」
「うむ。おいら、大変ぞな。お前さん、何ちゅう仕事をおいらによこしたぞな」
「ハハハ。でしょうね。でも、暇よりはいいでしょ。サブロウ」
「まあぞ。でもフュン。お前さん、人遣いが荒い男になったようだぞ」
「そうです。自分でもそれは思います。でも僕は、仲間を信じることに決めましたからね。より一層、僕は仲間を信じます。僕の仲間は必ず出来るとね。それに僕の人生は、共に進んでくれる人と共に新たな道を作らねばなりませんから。だから僕は進むべき道を迷いません。ここからは真っ直ぐ進むだけなのです」
「はは。お前さん・・・これからも大変ぞな・・・皆がな」
フュンとサブロウは軽く笑いあった。
そして話は続く。
「で、ミラ先生は?」
「ああ。あいつは今。鼻歌を歌って酒樽二つを屋敷に運んでいるぞ。それが終われば、アイネの食事で酒を飲むらしいぞ」
「さすがはミラ先生。酒樽を使っているのですね。よく考えてますね。それだと誰にも怪しまれませんね。それにあの運搬のお仕事をしてもらったというのに……もう食事を取れるのですね」
「あいつ、ああいう事は気にしないのぞ。神経ぶっとんどるアホだからぞ」
「そうですか。さすが先生だ。では、サブロウ。準備を頼みます。僕は一旦屋敷に帰って、ミラ先生と
「うむ。わかったぞ」
「ええ。サブロウはお酒を受け取ったら、先にサナリアに行く準備をお願いします」
「了解ぞ!」
サブロウが移動を開始したことで、フュンの会話はなくなった。
話し相手がいなくなった彼は、椅子に深く腰掛けて腕を組んだ。
「さて……あとはもうやるしかありませんね」
「ん? 何をです」
誰もいなくなった会場に二人。
シルヴィアがそっとフュンの肩に手を置いた。
「ああ。シルヴィアですか。いつの間にこちらに」
椅子に座ったままのフュンは、彼女の顔を見上げる。
「皆さんをお見送りした後に来ましたから、ついさっきです。一人で、こんなところで何をしていたのですか」
「ええ、そうですね。僕はこれからを悩んでいただけですよ。ぼーっとしてました」
「え・・・私とのことですか」
「はい?」
言葉の切り返しが、まさか過ぎてフュンは驚いた。
「私が嫌になったとかですか? 私がいちいち出しゃばるから。五月蠅いとかで?」
「ハハハハ。あなたは心配性ですね。僕があなたを嫌いになる事なんて、天地がひっくり返ってもありえないですよ。大好きですよ。安心してくださいね。それに五月蠅いとかなんて些細な事じゃありませんか」
「そ・・・そうですよね」
真っすぐ見つめられて言われたので、シルヴィアは照れた。
「ええ。それに、あなたがうるさくなっても、僕に対する愛情だと思って、甘んじて受け入れますよ。僕の母だってね。かなり口うるさい人でしたからね。平気平気」
「そ、そうですか・・・・ん! その言い方! 私を五月蠅いって思ってるんですね」
シルヴィアは彼の言い方が気になった。
「え!? いや、別に。思ってませんよ。ただいっぱい喋るなとは思ってます。僕の言葉の二倍くらいは喋ってますね。ハハハハ」
「ああ。うるさいって意味だぁ。フュン! 私を馬鹿にしてますね。このこの」
瞬間移動的にフュンの背後を取ったシルヴィアは、両腕を使って十字に彼の首を絞めた。
「ぐごおおおお。苦しい。シルヴィアの方が強いんですから。手加減してくださいよ」
「しません! もうあなたの方が強いです」
ギブアップとシルヴィアの腕をタップするフュンは、この日、暗殺されなかったのに死にかけたのでした。
戦姫の強さは伊達じゃない。
いくらフュンが成長しようとも彼女の強さはピカイチなのである。
彼女が大人しくなった後、フュンは立ち上がり、彼女に言った。
「まあまあ。シルヴィア。あまり気にしないで、僕らは楽しく暮らしましょう。大丈夫。あなたの事は僕が守ります! 生涯を懸けてね。僕はあなたを必ず守りますからね」
「・・・は、はい」
フュンは彼女の手を握った。
「ええ、ですから・・・」
「え?」
「忘れないでくださいよ。シルヴィア、僕も守ってくださいよ」
「ふふふ。ええ。忘れてませんよ」
二人はおでこをくっつけた。
「愛していますよ。守ります。あなたの笑顔を」
「・・・はい。私もあなたを愛してます。永遠に」
誰もいない会場で、二人の唇が重なった。
◇
ダーレー家の屋敷にて。
「ふぅ。で? どうなったんだ?」
ジークの執務室にやって来たのは。
「はい。それが、謎の影がヌロを殺しました。私たちを超える強さを持っていました」
「俺も最後に出てきたのを見ましたよ。影の状態で姿を見られなかったのは、ミランダとサブロウ以来っすね」
ナシュアとフィックスだった。
「そうか……兄上は死んだか」
「はい。そのようです。しかし・・・」
「ん? どうしたナシュア?」
ナシュアが報告しにくそうにする。それは滅多にない事であった。
言い留まる彼女の為に、フィックスが前に出てきた。
「旦那」
「フィックス、どうしたんだ? 二人して何をそんなに・・・」
ジークは二人の暗い表情が気になる。
「それが、敵の影がですね……ダーレーの家紋のついたナイフを持ってまして。そのナイフでヌロが殺されたようです」
「なに!? うちの家紋だと!?」
「はい。一角獣の家紋です。あれはここだけの家紋ですからね。見間違いはしてないかと思います」
「ふざけるなよ。誰がそんな・・・待て、回収したか?」
ジークは二人に聞くと、二人は黙って首を横に振った。
目の前が暗くなりかけたジークは、こめかみを押さえた。
「まずい。そいつは、まずい。このままだと、ダーレーが疑われるのは間違いないな」
「ええ。そうです。申し訳ありません。ジーク様」
「謝るな。お前らで回収できないんだ。それは失敗じゃない。これは罠だったんだ。俺たちの家が狙われていたんだ! クソ、奴ら・・・どうやってお前らを出し抜いた? 王家の偵察兵であれば、お前らに敵う者なんていない。ならば、例の組織しかないな。奴らめ。俺たちに罠を仕掛けてやがったのか。ただヌロを殺すだけじゃない。目的の一つに俺たちの名誉の失墜があると見ていいな」
「はい。そのようです」
珍しくも焦るジークは、自分の髪をぐしゃぐしゃにした。
苛立ちと焦りが同時に出て来る。
「今から行って死体を」
今のナシュアもナシュアで普段とは違い判断を間違えていた。
「待て、お前らは追われたのだろう?」
「はい。御屋敷までは追われました。ですが、屋敷に入ったら」
「まあ、当然そうなる。ここまで追いかける意味などないからな。ということは、この外で監視されているな。今の外は危険だ。お前たちは今日ここに居なさい。俺と一緒にいよう。三人でいれば敵襲にも気づくしな。そうなると、シルヴィも危険だが、今はフュン君と居るだろうから、あっちにはミラもいるし、むしろ安心だな。それにサブロウもいるかもしれないからもっと大丈夫だろう。ならば、ここはお前らに悪いが今日は俺と固まってくれ。お前たちの安全が第一だ。貴重な影の戦力を失うわけにはいかない」
「「はい」」
ジークは焦っていながらも冷静に判断が出来ていた。
土壇場に置いても優秀さがある男である。
「にしても・・・してやられたぜ。誰なんだ。俺たちの行動を分かっていた奴は・・・とにかく帝国の中に敵がいる。必ずどこかにいるな」
ジークはそう言って、この帝国にとっての大事件の夜を三人で過ごした。
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