第155話 エイナルフの治世下での最大級の事件 ヌロ編

 敵の優れた影移動。

 二人の目には、靄となって見えている。

 その結果で分かる。相手の実力が上だ。

 姿形が見えない影移動など、久しぶりに見た奇跡にも近い出来事である。

 サブロウかミランダ。

 この二人と同レベルの移動を成す人物。

 果たしてどんな人物なのか。

 相手を知りたい好奇心と知りたくない恐れが、ナシュアとフィックスの内心の思いである。


 「これはやはり・・・」

 「そうっすね。姉御。あそこに気配がありますね」


 ハッキリ見えない靄の一つが、ヌロの前で、ウロウロしては止まり、また動き出してからすぐに止まる。

 その動きはいつでもヌロを消せるんだぞというアピールに、こちらの二人には見えていた。

 

 その靄に対して、もう一つの靄は、ヌロとその謎の敵の真上。

 天井に張り付いていた。

 何がしたいのか分からない位置にずっといて動かない。

 靄にブレが生じず、微動だにしないことから、現実で一ミリも動いていないことが分かった。


 「この影たち。なんという力を持っているのでしょう。私たちを超える力・・・凄まじい力の持ち主・・・」


 冷静なナシュアが珍しくも焦っていた。


 ◇


 「・・・・・・・・」


 天井を見つめて椅子に座るヌロは、何かを覚悟しているのかもしれない。

 一点を見つめていた。

 天上に張り付いている靄を見ているような姿勢であるが、彼に影が見えるわけがない。

 影が見えるということは、同等の影の力を持つか、又は気配を察知する武芸の達人でなくてはならない。

 なので、ヌロには当然その力が無いことから、あの靄が見えるはずがないのである。



 ナシュアとフィックスの二人は、この場の独特の緊張感の中に居すぎた。

 ここに来てから時間がいくら経過したのかも分からなくなるくらいに疲労感まで出て来る始末。

 時間にして一時間が経ったように感じるが、実際は数分の出来事。

 敵の影の圧力により二人は、圧縮した時の流れの中にいた。

 

 そしてついに……動きのない世界が、突然動き出す。

 ヌロの目の前の靄から、人が出てきた。

 黒ずくめの服装に、布で顔を隠すスタイルの男のその特徴は、フュンが言っていた顔の一部を隠すようにして現れたサナリア平原の関所に出てきた敵の特徴と同じだった。

 あれが靄の正体。

 二人は固唾を飲んで現場を見守った。



 ◇

 

 「だ、誰だ貴様!?」


 目を向いてヌロが驚きながら言った。


 「俺は名乗るほどの者じゃないぞ。ふっ・・・・まあ、色々話してやりたいが、俺は詳しく事情を知らんしな。とりあえず、これからの為に死んでもらわねばならんのだよ。ヌロ皇子」

 「・・なぜだ。私は死ぬようなことをしていない。王家の決定に違反した事になるぞ。貴様はどこの家のものだ」

 「ふっ。王家の決定か・・・まあ、そうだな・・・決定だな」

 「な、なんだ?」

 

 ヌロの意見を鼻で笑う男は、ヌロの肩に右手を置いた。

 

 「き、貴様らは一体誰なのだ。知らん奴め。私に触れるな」

 「ふっ。今、自分がどういう状況かを知らんのだな。そうか、頭がお花畑だったのだな。世間知らずの皇子よ。それに我らのような闇の存在も知らん王家だということか・・・そうだとすると間抜けだな。ターク家はな。ダーレーの方がまだ優秀だぞ」


 影から出てきた男は、無機質な声で、淡々とヌロを追い詰めていた。


 「……今回の私の件で、こ、殺しに来たのだな。しかし、私は・・・・まさか、貴様らが私の情報を操作したのだな・・・貴様らが・・・・あの・・」

 「おっと。それ以上はいかんな。見学者に真実をお知らせしては良くない。無駄な事をしてはいけないぞ。ヌロ」


 敵の攻撃に対して割って入ろうとしていたナシュアとフィックス。

 構えと警戒を忘れずにいたのに、敵の行動が一瞬の出来事過ぎて、目で追えなかった。

  

 「ぐはっ・・・ごふっ」


 二人がはっとして気が付く。

 ナイフがすでにヌロの心臓に刺さっていた。

 瞬き一つ分くらいの時間。

 その僅かな時間で、処刑が行われたようだ。

 影の二人でも見えない処刑であったのだ。


 『なに!? 私たちが見逃した!?』

 『あ。あの速さ・・・サブロウも超えてるんじゃ』


 ナシュアとフィックスが警戒度を上げて、若干後ろに下がる。

 すると、こちらが身構えている態勢を察知したかのように、影の男がヌロから目線をこちらに向けてきた。


 「「ば、馬鹿な!? その一瞬で」」


 敵に発見されていた二人は同時に驚く。


 「ネズミのお二人さんには、ここで犯人になってもらおうか。やれ」

 「「な、なに!?」」


 別な位置にいた四つの影から人が出てきた。

 計五人の敵が二人の前に出現。

 ナシュアとフィックスは、影に居てもどうしようもないので表に出る。


 「そこのあなた。何をおっしゃっているのやら。私たちが犯人などなるわけがないでしょう。ありえませんよ。あなた方と同じ影に潜む者ですからね、隠れれば済む・・・な、なに???」


 ナシュアが見た物のおかげで、彼女は驚いて言葉が出ない。

 それは、ヌロに刺さるナイフ。

 リーダー格の男が指差した先が、衝撃的なものだった。

 

 胸のナイフの柄の部分に、見慣れたものがある。

 ダーレーの家紋。

 『一角獣のユニコーン』だ。

 

 「そ、それをどこで・・・簡単には手に入れられないはず。商会でも出回っていないのに」

 「ふっ。そんなもの。別に貴様らの商会を介さずとも入手可能だ・・・まあ、貴様らにはこれで犯人確定となってもらおうか。ジークの懐刀たちよ。ここで終わりだ」

 「「???」」


 リーダー格の男が指を鳴らすと、四人の影の男は地面に玉を叩きつけた。

 攻撃かと思った二人が武器を構えると、音が鳴りだす。

 

 『バチバチバチバチバチ』

 

 「爆竹!?」

 ナシュアが疑問を言うと。 

 「姉御。こいつはマズいっス」

 フィックスが即座に助言した。

 「くっ。そ、そういうことですか!?」

 フィックスの一言の助言で、ナシュアが気付く。

 相手の意図がここで戦うことじゃなく、ここに異変があることを知らせる事であることに。


 ナシュアが上の階に意識を集中させると、兵らの足音が聞こえてきた。

 そう敵の目的は、上の階にいる兵士らを呼ぶことだ。

 この状況の発見が、敵の最優先事項である。

 厄介な手を打ってきたと二人が焦る。


 「ひ、引くしかないっす」

 「あれを置いてですか? まずいですよ。短剣がダーレーのものです。ジーク様かお嬢が犯人にされます……それだけはまずい」

 「しかし、姉御!」


 撤退が最優先。

 それがわかっていてもナシュアは諦めきれなかった。


 「……俺たちがここに居ても、犯人にされます。まだここで俺たちが引けば、物だけが残る形で、犯人が確定される証拠としては不十分では」

 「・・・くっ。たしかに、その通りです。戦う・・・のはできませんね。この実力者たちと、こんな所で決戦をしてしまえば・・・時間がかかる。ここは引くしかないのですね・・・」


 珍しく表情が変化し、無念の顔を見せたナシュアは敵の目を見つめる。

 笑っていた。

 あれは嘲笑の笑み。

 こちらを手玉に取れて、満足であるとした笑みだ。

 

 奥歯を強く嚙んだナシュアが撤退を決意した瞬間。

 天井にある靄を見た。

 五つの影は表に出てきたのに、なぜあの一つの靄は、表に出ないのだろう。

 今行動を起こさないあれは何なのだ。

 敵ではない。でも味方でもないようだ。

 なぜ一緒になって降りてこない。

 今が行動を取る時ではないということなのか。

 それとも、今のこの状況を監視しているのか。

 ナシュアは、現場に疑問を残したまま引く行動に移った。


 「フィックス。煙幕を!」

 「はい。姉御」

 

 こちら側も地面に玉を叩きつけた。

 爆竹とは違い、こちらは煙幕。

 辺りに立ち込める黒い煙と共に二人は影となってこの場から消えた。

 走り去る二人は、入れ違うようにして入ってくる帝国の兵士たちの脇を通る。

 

 逃げ切れそうだと思いながらも、二人には後悔が残る。

 ヌロの体に刺さったダーレーの家紋付きの剣。

 あれが決定的証拠にはならないが、物的証拠としては残すのが危うい。

 ダーレーが疑われることは間違いない。

 後ろ髪を引かれる様な思いの撤退はほぼ完全敗北に近い形だった。



 ◇


 この日。

 帝国にとっての久しぶりのお祝い事。

 サナリア辺境伯就任記念パーティーは、何百年ぶりかの伝説の役職の復活に対するお祝い事だった。

 この時のお祝いは、豪華なものであったと記録されている。

 しかし、その裏では、とてつもない大きな事件が起きていた。

 なんと、二人の皇帝の子が、同じ日に亡くなったのだ。

 第二皇女リナ・ドルフィンと、第五皇子ヌロ・タークである。

 

 第二皇女リナは、自室で血を吐いて死亡。

 ここ数日間具合が悪かったらしく、体調が悪化したための死亡。

 急変であったとされる。

 

 第五皇子ヌロは、地下牢で死亡。

 死因はナイフによって心臓を一突き。

 その見事な切り口から、即死ではないかとされた。

 

 この両方の死は、他殺なのか自殺なのか。

 分からないとされた。

 

 衝撃事件は、翌日には世間に伝わっていったのだが、ただ一つおかしな点があった。

 それは、ナイフのことである。

 ナシュア。フィックス。

 この両名が見たナイフには、ダーレーの家紋が入っていたとされていたのだが。

 騒ぎに駆けつけてきた兵士らが、現場を確認すると。

 ヌロの死体に、家紋の入ったナイフなどなかった。

 軍が使用する通常のナイフが、彼の胸に刺さっていたのだ。

 死の真相を知っているのに、ナシュアとフィックスは事件の真相から遠ざかっていた。


 この謎は彼らの中でも深まり。

 この帝国に何が起こっているのか。

 皇帝。王家。帝都民。夜を彷徨う蛇ナボル

 それぞれがこの事件の真相から遠ざかっていたのだ。

 

 だが、ここでただ一人だけ。

 この現場にもいなかったのに、この真相を知る者がいる。

 それは、サナリア辺境伯フュン・メイダルフィアのみが、この顛末を知っている。

 彼がなぜ知っているのか。

 それはこの辺境伯には裏の顔があるからだ・・・・・。


 


 ―――あとがき―――


 ヌロ編完了。

 一度に起きた二つの事件。

 その裏は華やかなパーティである。

 

 とだけ残してここは去ります。

 次回をお楽しみに~。

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