第136話 サナリア平原の戦い 四天王の終焉
「囲まれました。王! もはやこれまでかと」
「何を言っているラルハン! まだ戦え。そして勝て、私はまだ負けてなどいない。愚痴を言う暇があったら目の前の雑魚共を早く殺せえええええええええええ」
往生際の悪いズィーベは、たったの百名にまで減った部隊でも、この戦争を諦めていなかった。
フュンたちの軍五千とシガーの軍が囲っている状況で、勝機などどこにもないのにだ。
「ズィーベ! 諦めなさい! あなたはもう負けたのです。敗戦を受け入れて大人しく降伏しなさい」
体を動かせるようになったフュンがその現場に悠々と歩いて来た。
余裕の面持ちであるのは頼りになる仲間たちに囲まれているからだ。
「あ、兄上。うるさい。黙れ! 負けていない。私はまだ。負けていないのだ」
「すぐ腹を立てる。それでは駄目ですよズィーベ。あなたはもう子供じゃない。王なんですよ」
幼い子供をあやすみたいに言った。
「うるさいうるさい。愚鈍な奴に言われる筋合いがない」
「はぁ、お前の周りには、諫めてくれるような人がいないのですね。仲間がいなかったのですね。僕とは違い。大切な仲間がそばにいないようだな。それはとても悲しいことですね・・・なんて不幸な王なんだ」
「な。なんだと。私にだって、仲間が・・・」
ズィーベはフュンに負けたくない気持ちからそうは言ったが、周りを見渡すとそばにいたのはラルハンだけだった。
「そうでしょう。君のそばにいるのは、そこのラルハンだけ。しかもそのラルハンもまた仲間がいない。四天王という大切な仲間がいたはずなのに、そこの屑は全てを捨てた。そうだろう。ラルハンよ! 貴様には様などつけるのも、いや、貴様の名すら呼びたくないくらいだ。それに貴様は人でもない。仲間を裏切るなんて動物でもしないぞ。貴様は僕が最も嫌いなタイプの男だ。こんな奴に仲間がいないのも当然だ」
「な、なんだと。貴様あああ」
「それだと貴様もまた同じではないか! ズィーベとまったく同じではないか!!! この程度で怒るな! この戦争の指揮官だったんだろラルハン! その程度で逆上する奴が軍の大将になって何が出来るというのだ。ふざけるな! 戦争はお遊びじゃない。ここにいた兵らの命・・・無駄に散らせてはいけないのだ。ラルハンよ。恥を知れ。貴様のせいで。この戦争。勝てなかったのだ。無能な指揮官がいたせいで、サナリア軍は惨敗したのだ」
「ああああああああああ。貴様あああああああああ」
ラルハンの心を抉る鋭い言葉。
核心を抉られたことで激怒したラルハンが、フュンを殺そうと走って来た。
フュンの仲間たちが全員構えだすが、フュンはたった一人に指令を出す。
それはもっともこの下衆な男と戦いたい男だからだ。
「ゼファー! あなたがやりなさい。あなたが証明するのです。僕たちの師は・・・僕らにとって、命よりも大切だったゼクス様は、とてもお優しくて、強くて、そして素晴らしい人だったんだ。こんなろくでなしどもとは違い・・・『ゼクス様』は偉大な方だったんだ! ゼファー、必ず勝ちなさい! 二度と立ち上がれぬよう。完膚なきまでにです」
「はっ。殿下! そのご命令。この私。叔父上の槍と思いを受け継いだゼファーが引き受けました。我が叔父上『ゼクス』と、我が主君『殿下』の為に・・・必ず勝ってみせましょう」
フュンの怒りの指令を受けたゼファーがラルハンの前に立ちはだかった。
◇
ここで初めて戦場に、静けさが訪れる。
両軍の兵士たちは固唾を飲んで、この一騎打ちを見守った。
戦うのはフュンの絶対の守護者ゼファーと、サナリアの元四天王ラルハン。
両者は共に、両軍で一番強き者である。
片手で槍を軽く握るゼファー。
両手の手でしっかり剣を握るラルハン。
両者の間合いに違いがあるため。
ラルハンは普段よりも遠巻きの立ち位置で剣を構えている。
槍が届かない範囲から戦闘を始めようとしていた。
「き、貴様のようなガキに負けるような俺じゃない。どけ。そこの王子を殺すのに邪魔だ」
「殿下は殺させない! それにあなたのような男。私が戦わずとも……殿下に敵うわけがない。殿下はすでにあなたよりもお強い・・殿下を甘く見るな。ラルハン」
ゼファーは楽な姿勢のままを維持する。
槍を持っていない左手はぶらりと肩から真っ直ぐに下げているだけだった。
一見してその構えが、他人からしてみれば挑発のように映るが、ゼファー自身にとってこれが普通の構えである。
だが、この構えだけでもラルハンはゼファーの強さを肌で感じ取った。
そこは腐っても四天王であった。
「それに、あなたのような武人の風上にも置けない者に私はガキと呼ばれる筋合いがない。あなたはここで二度と武人と名乗れないようにさせてもらいます。ですからただの屑となるだけです」
「な? なに!?」
ラルハンは、ゼファーの言葉の意味が分からなかった。
「さっさとかかって来いと言っているのです。最弱の四天王よ・・・いや、ただの無能な男よ」
「な、なんだとおおおおおおおおおおお」
ゼファーの挑発がラルハンに刺さる。
ラルハンは、絶叫のままに突進。
これはミランダの戦法の一つ。
相手の動きを単調にする挑発である。
彼女の教えには、どんな状態、どんな戦場において、一に大切にすることがフュンを守ることであるならば、とにかく自分が有利となるために何事もその準備を怠ってはならない。
汚いとか正々堂々の話はどこかに置いておけ。
それが卑怯だとかいう奴は、ただ言わせておけ。
守るためにはどんなこともするのだという気合いと根性を見せろ!
とミランダの叱咤激励もあり、口下手で有名なゼファーが、こういう座学も修行したのであった。
そうゼファーもまた、フュンと同様に仲間から多くのことを教わったのだ。
そして、ズィーベはこんな初歩的な罠に嵌められるようなラルハンからしか生きる道を教わらなかったからこそ、あのような惨めな育ち方をしてしまったのかもしれない。
◇
「遅い。あなたは本当に四天王なのですか? 本物ですか? あなたは偽物では?」
「貴様。舐めやがって・・・あ!? な、なに」
ゼファーは、ラルハンの一閃を塵を払うかのように軽く槍でいなした。
右手のみで軽く払っただけなのに、ラルハンの体は大きく後ろにのけぞる。
「あなたは、剣の鍛錬を続けていたのか? フィアーナ様。シガー様。そして我が叔父上のように、武の極みを目指していたのか? その地位に胡坐をかいて、ずっと怠けていたのではないのか」
「何を言っている。俺は生涯剣を握っておったわ」
「ははは。だとしたらあなたに四天王という座はもったいなかったということですね。元々、剣の才能がなかったのだ。出会った剣士がほぼ雑魚であった。ただの運のよい剣士であったようですぞ」
「なんだと貴様!」
攻撃を連続で繰り出したラルハン。
ゼファーは構えもせずに槍の穂先で受け流した。
いくつか捌いた後に、槍を反転させて、ラルハンの身体を宙に浮かす。
軽めに当てたのにとゼファーが首をひねると、ラルハンが徐々に後ろに下がっていった。
「弱い・・・あまりにも弱い。あなたは剣を握らずに、別なものを大切に握りしめていたようです。権力という。武人にとっては、何の意味もないものをね。あなたは四天王になってから、権力の中に浸かっていただけなんですよ・・・・無心に剣を握っていれば、私がこんな簡単に勝つことなど出来なかったでしょう・・・あなたは弱い。心も体も」
流れるような攻撃の中でゼファーは勝利宣言をした。
「・・・・・・悲しい方ですね・・・本当に。ではもう。あなたは武人としては死んでください」
「誰が死ぬものか。貴様が死ねえええええ」
「終わりなんですよ。あなたはもう・・・勝ち目はない。我が叔父上が受けた痛み・・・・それ以上の苦痛を与えましょう」
ゼファーの四閃が輝く。
稲妻のように伸びていくゼファーの槍。
ラルハンの腕と肩の間と太ももの付け根を正確に刺してから、ギュッと捻じ切るように回っていった。
この強烈な回転攻撃でラルハンの筋肉と神経、それと骨を破壊したのだ。
四肢を貫かれたラルハンは仰向けに倒れた。
「私はあなたを殺しませんよ。これにて、あなたは武人として死ぬのです。叔父を殺した罪を生涯生きて償いなさい。悔やんでも悔やみきれずにね」
憐みの目を向けられたラルハンの心は、その言葉で完全に折れた。
何も話せなくなり、仰向けのままでいるラルハンは、これにて二度と剣を持てぬ体となり、二度と歩けぬ体になったのだ。
自分一人ではこの世を生きていくことが出来ない状態になった。
「これであなたは誰かの助けがなくては生きていけない体になりました。この先、誰かに助けられる人生を送るのです。そうすることで、誰かに感謝しなければならない事を学ぶのです。私はそれを殿下から学び成長しました。だからあなたも誰かから学ぶべきなのだ。最も大切なのは人であると」
心も体も何もかもを粉砕されたラルハンは静かに泣いて放心状態になった。
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