第135話 サナリア平原の戦い 大陸に潜む闇との最初の戦い

 自分たちの勝利を確信していたその時。

 想定していない所から危機が訪れてしまう。

 それは関所の方角。つまり帝国側から侵入者が現れたのだ。

 その数たったの五人。

 それに対して、フュンの周りにいた兵士は、ロイマンが鍛え上げた精鋭二十六名であった。

 だがその実力者たちですら、一瞬で倒され、こちらの十三名が戦いから離脱する。

 フュンはこの戦で絶体絶命のピンチを迎えていた。


 「しまった。全部兵を戦場に向かわせたのは失敗だったか。こちらの兵がいなくなったから、この伏兵が出てきた!? 判断を間違えたか。ズィーベが狙っていたのは、これか……いや。まさか。そんなわけがない。タイミングが良すぎる……あの子がこんなに華麗に罠を仕掛けられるわけがない。不可能だ。では誰が・・・いや、そんな事を考えている時間ももったいないか」


 ズィーベではない。

 誰かの差し金。

 帝国か・・・それとも王国か・・・それとも別な・・・。

 フュンは嫌な予感がしていた。


 「でも、今が好機だったんだ。僕の全軍で押し込む判断は間違えていない。そうだ。間違えてなくても戦いは不利にもなることがあるんだ。そうだ。そうだよね。シゲマサさん! 僕はもう切り替えるしかないんだ。勝つことだけに集中する」


 絶体絶命でも諦めない。

 シゲマサらの思いを背負っているからだ。


 彼らを死なせてしまった――失敗した過去。

 彼らが助けてくれた――――託された過去。

 

 今までの彼の歩みが、今の彼を支えているのである。


 「いいですか、皆さん。僕を先頭にして戦いますよ。背中を頼みます!」

 「わかりました」


 フュンが剣を抜いて皆の先頭に立つ。



 ◇


 「来ました! まずは僕が出ます」


 皆よりも先にフュンが、黒ずくめの服の者たちと戦う。

 様々なもので顔を隠す敵。

 正体を隠したいのであれば、全てを覆えばいいものの。

 顔の一部が見える黒い仮面を基準にして、各々が別々な場所を隠していた。

 目や口だけ、顔の左半分だけなど。

 隠そうとするにも中途半端だった。

 

 それとフュンは、これと似たような衣装を以前に見たことがある。

 それは五年前の誘拐事件の時だ。

 自分を攫おうとした人物の中で一番強い人物と同じ服装に見える。 

 それに彼と似たような闇の気配を感じるし、同じような刺青を持っている気がしている。

 背景に剣が三本。

 クロスしている剣二本に重なるように一本の剣が中央にあり、それら一本一本に蛇が絡まっている。

 独特な絵柄の刺青だったから、フュンは覚えていたのだ。


 

 襲い掛かってきた一人目の剣を軽く捌いて、続いて向かってくる二人目のダガーを返す剣でフュンは受け流す。

 その華麗な剣技に、二人の男の目は泳いだ。

 動揺した様子を見せている敵の前でフュンは一人で喜ぶ。


 「おお! さすがはシルヴィア様の剣技。僕の命を守ってくれていますね。シルヴィア様、教えてくれてありがとうございます」


 シルヴィア仕込みの剣技は同時に複数が攻めてこようと自分を守ることが出来るようで。

 完璧に敵との戦闘に役立っていた。


 「いきますよ。誰でしょうか・・・ああ、どこの誰でも別にいいでしょう。あなたから斬ります」


 フュンは敵の攻撃を捌きながら懐に入った。

 それはシルヴィアが指導したゼロ距離での読みあいである。


 懐に潜り込んだ瞬間。

 敵の重心が後ろに傾いた。

 距離を取ろうとする動きだと、フュンの脳ではなく体が認識。

 これが彼女との特訓で、身についたこと。

 否が応でも体に叩き込まれたことなのだ。

 

 フュンは、次にその相手の足が、どちら側に傾くのかを見る。

 相手の体重が右側に動いたことで、フュンは左前に移動することを選択。

 ピッタリと密着状態を保ったまま、フュンは鮮やかに敵の胴を斬った。


 「どうでしょうかね。シルヴィア様。僕もなかなか。ん!?」


 一人を倒したのもつかの間、敵二人が同時に攻めてきた。 

 フュンは、剣を軽く握って敵の攻撃の軌道をずらしていく。

 これもまたシルヴィアの教え通り。

 『あなたは力も速度も足りないから、あなたは相手の行動を先読みすることに重点を置くのです』

 その自慢の目を最大限に生かすべきであると教え込まれていたのだ。


 だからフュンは敵の攻撃が自分のどこの部位に来るのかが分かっていた。

 わかっているからこそ、先に剣をその軌道に置き、相手の攻撃をいなすことが出来るのである。 


 「ふぅ~。この人たちがシルヴィア様よりも剣筋が悪くて、速度が遅いから助かってますね・・・・・という事はシルヴィア様は・・・・本気で僕と戦っているのでしょうか。だとしたら結構酷いような・・・僕・・・婚約者ですよね???・・・まあいい。斬ります」


 無駄な独り言を吐いている中で、フュンは敵二人を倒すと、後ろから声が聞こえてきた。


 「お、王子。お逃げください・・はやく・・・」

 「え!? な!?」


 そばで護衛してくれていた近衛兵たちは、敵との力勝負で負けていた。

 フュンだけが三人を捌いて敵を倒していたのだ。

 一人になる王子の為に。


 「王子。にげて、ここは俺たちが・ごふ」

 「俺がここを・・俺たちがこいつを・・・」

 「おおおおおおおお。足止めだあああああああ。逃げてください。王子ぃ。あなたが生きていれば、ゼファー殿かシュガ殿が!?・・・ごふっ」


 兵士三人が傷だらけの身体を使って、決死の覚悟を見せた。

 黒ずくめの男の一人を三人で拘束。

 勝てないならばせめて道連れにと、自分の身体と敵の身体に剣を刺して杭打ちしたように敵を封じこめた。


 「「「にげ・おう・・じ」」」」

 「クロスマイさん。スカンナルさん! バルマークさん!? そ、そんな・・・」


 仲間が犠牲となって敵を一人倒してくれても、敵はまだ一人いる。

 最後の一人は不敵に笑い、フュンにゆっくりと近づく。


 「くっ。まだ敵が」


 自分の為に命を賭してまで守ってくれた。

 なら、ここで逃げなければ、自分を守ってくれた人たちの死に意味がない。

 彼らの思いを無駄にしてしまう。

 シゲマサの時とは違い、フュンは即座に行動に移れた。

 だが、ここから離れようとしても、最後に残った敵が他の敵よりも強かった。


 フュンは敵と向かい合っているだけで、相手の力量が自分を上回っていることを知る。

 なのに今の自分は護衛なし。

 絶体絶命になったフュンは、仲間がいないならば、せめて攻撃箇所を読みやすいようにと、関所の壁を利用することを決めて走り出す

 関所の壁に背をつけると、追いかけてきた敵との斬り合いに入った。


 「く、う! ・・・ま、まだまだ。負けはしませんよ。皆が勝てば・・・僕の・・・勝ち・・なんだ」


 致命傷を避けるための防御は忘れずにいるフュン。 

 敵への反撃を仕掛けたい所であるが、後手に回っていき、体が切り刻まれていった。

 ダメージが残っていく体に、限界が訪れる。

 足に力が入らなくなった。


 「じ。実力が違う・・・こんなに強い兵が。サナリアに? いや、この人の剣技はどこか・・・優雅さが・・・こ、これまでか・・・でも・・・あきらめは・・・」


 フュンの腰が砕けてしゃがみこむ。

 敵の黒ずくめの男が目の前で剣を振りかぶった。

 剣の先が関所の天井を指し、そこから振り下ろされる。

 まっすぐ伸びた剣筋が、これまた美しい。

 どこかの剣技なのか。

 決して暗殺術のような邪道な剣技じゃない。

 と最後の時でも冷静であるフュンはそう思った。



 ◇


 『ドッ・・・ドド』


 鈍い音が一回。その直後に二回続けて鳴る。

 敵の首に針が刺さり、敵の右腰と右足にも針が刺さる。

 敵は真っ直ぐに剣を振り下ろせなくなった。


 ブレた剣筋を見極めたフュンは体を強引に捻って右に躱す。


 「こ。この針は」

 

 躱した先から、敵を見上げるようにして見ると、敵の首筋に二本の短刀が近づいていた。

 左右から挟み込むようにして、突撃してきたのは、二つの青と赤の閃光。

 光の速さのように速い攻撃だったのだが、敵は身を後ろに引きかわせた。

 その実力は相当なものだと裏付けが出来る。


 フュンの前に、二つの閃光が立つ。


 「殿下!」「我ら」

 「「推参」」

 「な!? ニール。ルージュ!?」

 「「殿下の敵は我らが蹴散らす」」


 宣言後。

 ニールとルージュがあらゆる方向に飛び始めた。

 決して狭くはない関所の通路の壁の至る所を蹴って高速で移動。

 怪我を負った敵は、目を回しながら、二人を見る。


 「貴様ら・・・」

 

 敵が初めて言葉を発したことにフュンは驚いたが、双子には関係ない。

 殿下に危害を加えたこと。

 それは二人にとって、この世であってはならぬこと。

 だから二人の攻撃は、容赦のないものへと変化した。


 「殿下」「狙うとは」

 「不届き者め」「成敗!」


 壁を蹴って超加速する二人は、目で追えぬほどの速度に変化した。

 そこから敵の正面に突如現れるニールが、持っているナイフを全て投射。

 乱れ飛んでくる攻撃でも、敵は致命傷だけを避けて捌き切る。

 先程のダメージもあるはずなのに、その強さは歴戦の戦士のようだった。


 「殿下。傷つける奴。絶対。許さない。死ね!」


 ルージュの声が聞こえた直後、敵の喉から大量に血が飛び出る。


 ニールのダガー攻撃は、ただの囮だった。

 本攻撃ではなかったのだ。

 大量のダガーに意識を集中させることで、ルージュの移動を悟らせない。

 それで音もなく静かに敵の背後に近づき、ルージュが敵の喉を切り裂いたのだ。

 完璧な暗殺術である。

 これもサブロウ仕込みの技の数々。

 ゼファーもだが、二人もまたフュンを守るために成長していたのだ。


 ◇


 「君たち・・・サナリアに来てはいけないと言ったでしょ。何故ここに」


 フュンは戦い終えた二人に説教するかのように言った。


 「殿下」「ここは」

 

 二人は、関所の地面を指さす。


 「サナリア」「じゃない!」

 「「関所はまだ・・・帝国である!」」


 自信満々に腕を組んで双子が言った。 

 確かにそうだとフュンは笑う。


 「そうか。そうか。そう言えばそうだね。そうだよね。ここは、帝国だったね。それじゃあ、暴れてもいいよ。ニール! ルージュ! サブロウ!」


 いつも通りの飄々としたサブロウが目の前に姿を現した。


 「おいらがいるの、分かっていたのかぞ」

 「ええ。この針はサブロウのもの。僕が心配で偵察に来てくれたんですね」

 「はははは。そうぞ。お前がいないと退屈しそうだからぞ。こんなところで死なれてはな。ミラも、ザイオンもエリナも悲しむぞ。シゲマサもな」

 「そうですね。僕はまだ死ねませんよね。シゲマサさんに僕は証明してませんもん。僕は……彼が言っていた。人々の為に生きていかないといけません。託されたんです。彼が信じてくれた僕になっていかないとね・・・・では戦いますよ。三人ともいきますよ!」


 五人の敵を倒しても、敵はまだいた。

 影移動を駆使する相手は、再びフュンの前に現れた。  

 フュンたちも敵に対抗して、武器を構えて戦いに備える。

 敵の数は十二名。

 自分たちの三倍の数。でも四人には余裕があった。


 「ここは帝国の領土だ。サブロウ! ニール! ルージュ! 帝国の領土を踏み荒らす敵は、殲滅してよし。全力で戦いなさい!」

 「「「おう」」」


 たったの三人しか援軍がなくとも、十二名の敵には効果的。

 この戦場に数は関係なかった。 

 三人の力は相手を完全に上回っていて、あっという間に敵を殲滅したのだった。


 「なんともまあ、中々強い敵でしたね。まあ、さっきの男よりもこの人たちが弱くて助かりました……それにしても助かりましたよ。ニール。ルージュ。サブロウ。ありがとう」


 フュンは笑顔で感謝すると。


 「「うむ」」

 「おうぞ」


 三人は軽く頷いただけだった。

 これらは当然のこと。

 三人は影になり、影と戦うのが得意なのである。

 四人で話そうとすると。


 「ぐおっ。がはっ・・・はぁは・・あ」


 倒した敵の中の一人が、息を吹き返したように呼吸しだした。

 重なるようにして倒れている男の下敷き側になっている奴から激しい呼吸音が鳴る。

 サブロウがかろうじて生きる男の顔を持ち上げた。


 「こいつ・・・生きてるぞ。にしてもこいつらなんぞ? フュン。知っているかいぞ」

 「……そうですね。よくはわかりませんが・・・やはりこの人にも刺青が。それにこれは・・・」


 男の目の下に蛇の刺青があった。

 やはり子供の時に見たものと同じ。それと・・・。


 「毒のダガー。しかも色を消している。ミリマリーの花の効果だ・・・ならこの人もやはり、ジャッカルという男の人と同じだ……毒剣使い」


 毒を消す高度な技術は一体どこで手に入れたのだ。

 あの技術は、高度な技術なのだ。そんじょそこらの人間が扱える技術ではない。

 熟練の薬師でなければ・・・謎が深まるばかりだった。


 「ここは捕獲しようぞ。事情はナシュアにでも託そうかいぞ。ニール。ルージュ。縛るぞ。手伝えぞ」

 「「うむ!」」


 三人は敵の黒ずくめの中で一人だけ生き残った男を縄で縛った。

 ギュウギュウに縛るために、双子は敵の身体を踏みつけている。

 

 「そうですね。それはジーク様にお任せしましょう」


 フュンはサナリア平原を見た。


 「あちらも終わりますね。三人はここで待っていてください。あそこはサナリアですから、あなたたちはここまでです。それに、サナリアの事は、サナリアの者がなんとかしないといけません・・・僕は・・・弟と決着を着けないとね」

 「「「うむ!」」」

 

 三人は覚悟を決めたフュンの顔を見た後。

 傷の治療をしながら歩いていくフュンの寂しそうな背中を見送ったのだ。



 

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