第137話 サナリアの兄弟 運命づけられた一騎打ち
「ら、ラルハン! ラルハン! き、貴様あああ。死ねええええ」
ラルハンがやられて逆上したズィーベは、剣を掲げてゼファーに向かっていった。
誰かのために意地を見せるその姿。
あんなでもラルハンの事を思っていたのか。
フュンは、感心していながらも、ズィーベの走る道を塞ぐようにゼファーの前に出た。
「で、殿下!?」
「ゼファー。あなたは後ろで待機を・・・・僕が出ます。この戦いは誰にも任せられない。あれの責任は、僕が取らないといけないのです。ゼファーではいけません」
「わかりました。殿下。ご武運を」
ここで因縁の兄弟が戦う。
幼少の頃から一度も勝てなかった相手『ズィーベ』との決闘が始まった。
勢いよく走るズィーベ
剣の刃を地面と平行に保ちながら、一直線に向かって邪魔なフュンを斬りつけるようとしている。
取るに足りない男。
自分よりも格下の男だ。
簡単に切り殺せるだろうと余裕の笑みがあった。
それに対して表情のないフュンは、冷静に相手の攻撃位置を予測。
来るべき場所を先回りしてから、剣を前に出した。
両者の剣は激突。
最初の一撃は互いの鍔迫り合いからだった。
「なに!?」
「驚きましたか。僕が最初の一撃であなたに負けるとでも思いましたか」
「おおおおお。な、なんでだ」
力の限り剣を押しても、ズィーベはフュンの剣を弾き返せない。
腕力の違いは歴然であるのに。
なぜかフュンの剣を弾けないのだ。
「こういう風に戦うには技術がいるのです。剣とは、ただ押し込むだけではいけません。戦いは常に流れるもの。穏やかな場所。激流の場所。常時それらを見極めないと、戦いには勝っていけませんよ。あなたは誰にも教わらなかったのですか。いや、教わっているはずですよね。そこのラルハンにでも教わっているはずです。あなたは聞いていましたか。誰かの話を。心に留めていましたか。誰かの忠告を!」
優しい声色のフュンは、ズィーベの押しを引き寄せる。
さっきまでの鍔迫り合いの押し合いから、体勢を前に崩されることになったズィーベ。
無防備になった脇腹をフュンの前に差し出され、彼は容赦なく弟の胴を斬った。
倒れ込み痛がるズィーベの上からフュンは話しかける。
「本当は、そばにいたのではないですか。あなたのそばにも、そういう大事な事を言う人が。ですが、あなたは全員に冷たくしたのですよ。僕はいつも人を大切にしなさいと。幼い頃から言ってましたよね。そういう指導を僕はしましたよ。でもあなたは、父と母からその事を受けていませんね。本当に甘やかされて育ってしまったのですね。不幸ですね。そして、残念ですね。それでは愛されていないのと同じではないですか!」
「貴様のような下等な者の分際で・・・父上と母上を・・・侮辱するな!?」
フュンは倒れるズィーベを見下ろしながらまだ話す。
若干口調が激しい。
「お前の母はとんでもない人だ。お前以外の人を人だとも思っていない。人形のように。物のように人を扱っていましたね。僕らは、メイドや執事、民や兵士によって支えられて、この国で生きてきたのです。まともな暮らしを送れるのは、彼らがいたからだ。お前はそんな初歩の……人に感謝する気持ちがなかったんだ。本当に情けない弟だ」
フュンの説得は、皆には悲しさとして伝わってきた。
自分の弟にこんなことまで言わなくてはならないのかという思いに溢れていた。
だが、その言葉は、ズィーベの心には届かない。
顔色が徐々に変化していく。
怒りに満ち溢れてきた。
だが、フュンはお構いなしに話を続ける。
「でもそれは、僕たちの父もいけませんでしたね。あなたをずっと甘やかしていたんだ。力こそが正義。相手を制圧することが正しいと思う父でしたからね。ですから僕が父の代わりに正してあげましょう。ズィーベ!」
「き、貴様のような。出来損ないに・・・」
「ではズィーベ。その出来損ないとはどのようなことを言うのでしょうか」
「は?」
起き上がったズィーベに対して、すぐにフュンは剣を向けて、さらにズィーベの胴を斬った。
「ぐはっ・・・なんだ。速い!?」
ズィーベが驚くのも分かるが、その鮮やかな剣技にフィアーナとシガーだって驚いていた。
今までに見たことのない剣技であったからだ。
これはサナリアにはない。帝国の剣技の中でも異質の戦姫の技である。
「あなたの言う出来損ないとは、何を指しているのでしょう」
「そ。それは兄上のような・・・・」
「僕のような何でしょうか? 僕は自分を出来損ないとは思ってませんよ。それに僕が出来損ないだとしたら、あなたは、なんですか。今、出来損ないの僕に斬られましたよ。それだとあなたは出来損ない以下になりますよ。人でもないってことですか?」
「な、なんだとおおおおおおおおお」
「ほら、また癇癪を起こす。それは駄目です」
ズィーベの突進をひらりと躱して、フュンは、また容赦なくズィーベを斬る。
肩から背にかけて、背後を一直線に斬った。
「ぐあは。な、なぜだ・・・なぜ兄上に勝てないのだ」
「それは、お前の力がお前だけのものだからだ」
力強い口調で言い返した。
「な、なんだそれは。力は自分だけのものだ! 誰のものでもない。力は自分の・・・ものだ」
「違う! 力とは、自分だけのものじゃない。力は、皆のために、誰かの為に扱うものだ。それに、力は合わせることで最も効果が発揮されるんだ。僕がお前よりも強いのは、僕の力が僕だけのものじゃないからだ。今まで僕を支えてくれた人たちがくれた力なんだ・・・そしてお前の周りには誰もいない。だからこそ、お前は絶対に僕に勝てない!」
ズィーベにはフュンの周りに多くの人がいるように映った。
自分だけの力じゃない。その差を感じ取り、膝を突いた。
「いいかい。これで終わりなんだよ。反乱は終わったんだ。だから、ズィーベ、大人しく降伏しなさい」
倒れて下を向くズィーベは、ここで兄の優しい顔を見上げた。
厳しい言葉を発したのに優しい顔をしていたフュン。
その顔を見つめ。
「わ、わかりました。兄上。降伏します。私が負けました・・・」
「そうですか・・・。わかりましたよ。残念ですね・・・」
フュンの瞳は、景色を捉えずに、ズィーベのみを捉えていた。
降伏宣言をした後にガックリと項垂れた彼の姿をその目は捉えていた。
◇
フュンが勝利宣言をしようとして、ズィーベに背を向ける。
すると、フュンから目を背けるようにして俯いたズィーベは笑う。
邪悪な笑みを携えて、ズィーベは立ち上がりながら剣を握りしめる。
ズィーベの狙いは偽りの敗北。
油断をしたフュンを狙おうとしていたのだ。
ここでフュンの背を一突き。
動き出したその時。
「殿下! 危ない」
ゼファーが叫ぶ。
「「「王子!」」」
フィアーナもシガーもロイマンも叫んだ。
ズィーベの剣がフュンの背を刺す。
その前に、フュンの声が彼に届いた。
「ズィーベ。残念であります。全てが真っ黒なその心。そんな心では、このまま生きていても白くなることがないです。だから、僕はそれが残念だと言ったのですよ」
さっきまでのフュンの目は、彼の姿を見ていたのではなく、ズィーベの心を見ていた。
彼の心は真っ黒に染まっていた。
そんな心を持っているようでは、このような卑怯なことをするくらい予想できていた。
ズィーベが考えうる全てに対処していたフュンは、ズィーベが動き出す前にすでに後ろ手に剣を回して、首に剣を突きつけていた。
そして・・・・・。
フュンはそこから体を回転させて刃を滑らせる。
「ズィーベ。君を生かす道は君の行いのせいで、最初から無くなっていたんだよ……僕だって、君を生かす方向に動きたかった……でもその心では無理だ。それに君はこのまま帝国に行くと、惨い死に方をするだろう。僕らは属国の王子。生殺与奪の権利はあちらにあるんだ。僕らはなすがまま。言われたままに動かないといけないんだよ。サナリアはね・・・」
最後の言葉は優しい口調だった。
「だからせめて苦しまずに・・・僕の手で。君はサナリアのために、サナリアと共に消えてくれ。お別れだ。さよなら・・・・僕の・・・・僕のたった一人の弟よ。また会おう。でもその時は敵じゃないよ。その時は今度こそ兄弟だからね。ズィーベ」
ズィーベは、最期にフュンの悲痛な表情を見て、今にも消え入りそうな声を聞いたのでした。
「・・・あ、あに・・・うえ? あ・・・あ・・・あにう・・・え」
こうして、サナリア王国二代目ズィーベ王は、その兄フュン・メイダルフィアによって倒された。
短き生涯で、享年18歳である。
亡くなった時、そのそばにいた者は一人もいない。
誰も寄り添う者がいない悲しい最期であった。
だが、それも自業自得と呼ぶべきものだった。
18年しかない人生でも、誰かを大切にしていれば、一人や二人くらい大切な人がいたであろうから・・・。
サナリア王国はここで終わりを迎えたのでした。
―――あとがき―――
ここは賛否があると思います。
以前にも、編集する前の第一部でも賛否がありました。
しかし、これは後に繋がる重要な分岐点となってますので。
ここでズィーベには死んでもらわなくてはなりません。
ここだけは変えられないので、ご了承ください。
そして、この出来事が、フュンの人格形成の最後のピースです。
ミランダを師に持ち、シゲマサに思いを託されて。
ルイスからは政治を、シルヴィアからは技を継承しました。
ここからの彼は揺るぎない決意を胸に秘めて戦っていきます。
人質から脱却し。
サナリア王国からの縛りから解放されて。
彼は帝国中枢へと入っていきます。
物語はここから複雑になっていきます。
ここまでに出てきた戦い。
王国対帝国。
御三家の戦い。
そして裏に潜む何らかの組織。
これらが複雑に絡み合うのが第二部となります。
第一部終了まであと少しです。
エピローグのような話が入りますが楽しんでもらえたら嬉しいです。
これからも面白いと思ってもらえるような楽しい小説にしていきたいと思ってます。
体調等に気を付けて、少しずつ頑張っていきます。
ではまたお会いしましょう。
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