第126話 作戦

 帝国歴520年4月25日


 ハスラの西の城壁に二人の銀髪は立っていた。

 川の向こうに見える敵の船は無数である。

 あれらが並べられてからかなりの日数が経過した。

 なのに、敵はこちらに対して一度も攻撃を仕掛けてこない。

 むしろ一つも動いていない。

 ショーケースに入れた商品かというくらいに、ただその場に飾っているだけである。

 

 ならばやはり。

 ここはミランダが睨んだ通りの囮である可能性が高いのではないかと。

 二人は川を見つめて思い始めていた。

 

 「兄様。どうかしたんでしょうか。兄様がこんな朝早くから起きているなんて珍しいです。不気味です」

 「おお。愛しき妹よ」


 しらじらしい物言い。

 この時点でシルヴィアは怪しい目を向けている。


 「なんだ? そんなに俺が色男だって言いたいのか。俺のことをジロジロ見て。まったく、ブラコンであるな」

 「誰が、兄様を好いていますか! 私は普通の兄がいいんです。こんなちゃらんぽらんじゃ無くて、普通のお兄さんが欲しいです! 当主もやってくれるような普通のお兄さんがいいんです!!」

 「な!? そんな悲しいこと言うなよ。妹よ」


 若干本音を混ぜて怒るシルヴィアに、兄は少々悲しそうな顔をした。


 「それで・・・本題は何ですか。本心でもいいですよ。私の普段の見回りの場所に、兄様がわざわざ立っているのです。先回りするからには、私に用事があるのでしょう? なにか、話があるのでしょう?」

 「…ああ。まあな。今、話してやりたいが……合図がまだなんだ」

 「え? 合図?」


 茶目っ気たっぷりに話しても、ジークはまだフーラル川を見つめている。

 合図とは何だろうと思うシルヴィアが、ジークが見ている場所を見る。

 彼は自分たちがいるハスラの位置よりも上流。

 川の北側の様子を凝視していた。

 普段通りの川の流れに、何をそんなに真剣な顔をしてと。

 疑問に思っていると、キラキラっと何かが輝いた。

 光の大きさ自体は小さいが、眩い輝きを放つものが流れていた。


 「お! きたきた!」


 ジークが待っていたのは、超小型の船だった。

 サイズは、両手で持ち上げることが出来るくらいの本当に小さな船。

 その上に鏡の様なものが置いてあるらしく、太陽の光を乱反射させていたから、小さな光が、キラキラと周りを照らしていたらしい。


 「おお。よくやった。キロック! フィックス!」


 ジークはそのとても小さな船を見て笑う。

 あれが合図であったようだ。


 「よっし。シルヴィ! 今からお前の愛しき兄様が、お前の悩ましい種である! あの目の前にいる邪魔な敵を蹴散らしてこよう。ってことで、そんじゃな。行ってくるわ!」

 「え? ど。あ!? え? 何を言ってるんですか!? ちょっと、兄様・・・兄様ぁあああ」

 「いいから。いいから。心配すんな。俺に任せておけ」


 この言葉を残してジークはハスラの城壁から消えたのであった。



 ◇


 ハスラの西門前。


 「始めます。ジーク様の戦いの準備をしますので。皆さん。こちらの船を七隻。あちらに浮かべてください」


 真っ赤な髪と美しい声を持つ女性が、ハスラの兵に指示を出す。

 キビキビとした彼女の動きに、テキパキとした指令が加わって、ハスラの兵士たちがいつもよりも規則正しく船を運搬し始めた。

 持ち運ぶ船の大きさは、小型寄りの中型船。

 相手の無数の船に対してたったの七隻。

 これに何の意味があるのだろうかと、運んでいる兵士たちでさえも疑問に思っていた。 


 一時間後。

 フーラル川のハスラ方面に等間隔で並ぶ船。

 誰も船頭が乗っていない船を固定して主を待つ。


 女性の背後に影が近づいた。

 影は誰にも見えていない。

 女性は真っ直ぐ前を見て、その影を見ずに話し出す。


 「バーレですか。お久しぶりです」

 「はい。そうです。姉御、お久しぶりです」

 「他は?」

 「いません。フィックスさんとキロックさんの護衛の方に数名行きました」

 「そうですか……バーレ。あなたはお嬢を守りなさい。ここは私だけで十分です」

 「え。船はどうやって動かすおつもりで?」

 「大丈夫です。これはサブロウの船ですからね。なんだか仕組みはよくわからないのですが。純粋な船員がいなくても操れるのだそうですよ。ただし、前後にしか動かせないみたいですけどね」

 「そんなことが!? にわかには信じられませんね」

 「ええ。私も最初。そう思いましたよ。でも大丈夫なんです。サブロウは器用ですから、信じてあげてください。なのでバーレはお嬢を守りなさい。怪しいネズミが近づいている可能性がありますから。敵がもし出てきた場合、殺しても構いませんが。出来たら生け捕りが良いです。ただし。向こうも強いので、基本は自分の命を大切にしなさい。バーレ。よいですね」

 「わかりましたよ。おまかせを」

 「ええ。お願いします・・・あと」

 「なんでしょう姉御?」

 「姉御はやめてください。品がありません」

 「無理ですよ。皆、姉御と言ってますからね。それでは」


 バーレは影から影へと移動していった。


 「・・・そうですか・・・皆さんが・・・・なら仕方ありませんね。皆さんがそう言うのなら私が我慢するしかありませんね。んん。納得できませんが仕方ありません」


 ちょっぴりがっかりした女性は一度も振り向かずに話を終えた。

 影の気配を察知する能力を持つ女性は、真っ赤に燃えあがる瞳を、敵船に向けて、敵の様子を窺い続けていた。


 「ここに来て、私の出番がやってくるとは・・・ここで私もようやく表舞台に出るのですね。それにしても、まさかこんなにも早くジーク様と共に表舞台に立たねばならないとは……時代は動くようですよ。アーリア大陸の時代は・・・徐々に変わっていくようです」


 赤いドレスのようなメイド服を着た女性は、美しい声でこの先を憂いていた。



 ◇


 王国の最前線都市ルクセントと王国の南西にある港の都市ミコット。

 その中間地点にいたのはオレンジ髪の女だ。


 「さて、関所を小突いてあちらに向かうのはナンセンス。そんで海から行こうにも難しいな」


 彼女がウォーカー隊の進軍方面を悩んでいると袴姿の男性が隣に立った。

 

 「それじゃあ、ルクセントから商人に偽装するかいぞ?」


 提案した作戦は、大胆にもアージス平原王国側の最前線都市ルクセントからの出撃である。

 敵の意表を突く。

 それには何も正面からじゃなくてもいい。

 あえての敵の本拠地からの出撃。

 ウォーカー隊はとんでもない事をしようとしていた。


 「は? いやいや。無理だろ。こっちに来たウォーカー隊は、1万5千だ。んなもん、商人になりきろうたってよ。数が数だ。あたしら商人ですよなんて相手を騙せんわ。数が多すぎるのさ!」

 「それもそうぞな。ちょっとずつ商人として関所を通っても、頻度が多いとさすがに怪しまれるかいぞ……むむむ。じゃあ、軍に似せるのはどうぞ?」

 「は? 軍?」

 「大きな荷車に大砲三個。これを運ぶのぞ。馬車を数台並べて、おいらたちが輸送兵とその護衛になるのぞ。そうぞな・・・要塞都市ギリダートから援軍として出撃したと言えば、関所を通れるかもしれんぞ。事前に関所にも伝令風に連絡を入れて、それにギリダートの文書を偽造しようぞ。ビスタを攻める際の大砲だとか言えば、簡単に騙せる気がするぞ。そうすればすんなりアージスの方に行けるかもしれんぞ。んで、その大砲おいらが作った偽物の物ぞ。バレないようにしないといけないぞな」


 要塞都市ギリダード。

 フーラル湖の西側にあるイーナミア王国の軍事基地。

 兵らを鍛え上げている場所でもあるために新兵も多い区域だ。

 ここを南下するとちょうど王国のルクセントに到着する。

 サブロウの策は、ギリダートからの援軍のフリである。


 「大胆過ぎねえか。その作戦はよ」

 「おいらは出来ると思うぞ。例えばぞ。向こうのアージス平原で開戦してしまえば、相手の王子の命令系統は、流石にここまで細かい指示を出せないのだぞ。奴らはアージスを取りに行く動きをしているから、主要の人物たちも戦いに出ていると思うのぞ。だから、関所の兵くらいは騙せると思うのぞ」

 「まあ。そうなると思うがな。でもそう易々とはな・・・でもまあ、面白いか」


 敵兵を欺く。それも戦場ではなく、関所の兵をである。

 中々言っていることが突拍子もないサブロウであるが、ミランダはそっちが面白そうだからと承諾した。

 それにいざとなったら関所で暴れればいいんだしと、力技に出たって良いと思っている。


 「んで。サブロウが作ったやつってのは。もうあんのか?」

 「ああ。おいらが作った偽物の大砲、持って来てるんだぞ」

 「もうか・・つうか大砲なんだろ。重くねえの?」

 「大丈夫。木と紙で出来ているから軽いんだぞ」

 「げ。んなもん。触れられたらやばいじゃないか」

 「そうぞ。だから本物を一個。拝借してきて、そいつを関所の兵に診せようぞ。そんで今からギリダートで軍服も都市から盗んでくるぞい。あと、文書も盗む。あそこのものだとする署名付きの文書を改竄して、関所の兵らを騙すのぞ。もちろんそれはおいらの影部隊でやるぞな」

 「ナハハハ。やばいな。サブロウが考えることはさ」

 「そうぞ? こっちは盗みくらい簡単なんだぞ! おいらたち、いっちょやって来るぞ」

 「わかった。まかせた。じゃあ、あたしらは、ルクセントにいるわ」

 「了解ぞ。でも皆を旅人として紛らわすのは無理だからな。半分以上はギリギリまでミコットに隠してもよさそうぞ。あとで連絡すればよいはずだしぞ」 

 「ああ。そうする。やっておくわ」


 ミランダとサブロウは、王国の第一王子ネアルの出撃を見極めて計画を実行しようとしていた。

 相手方がこの分散作戦で一番に狙うのはアージス平原。

 ならばここに来るのは、あの英雄王子に決まっているのだ。

 帝国を倒すチャンスだと思っている王子の背後には、最凶の賊共が群がっていたのだった。



 

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