第127話 大商人ジークの懐刀 赤い旋律のナシュア

 巨大河川フーラル川は、川幅、長さ共にアーリア大陸で最大級の川である。

 

 その川のハスラ側に並べられた船たちは、ジークの船団。

 たったの7隻の小型寄りの中型船は、圧倒的な数の敵を前にしても、負けじとぷかぷかと浮かんでいる。

 でもこれになんの意味があるのだろうか。

 城壁から見ているハスラの兵士たちも困惑しているのだから、敵兵もさぞかし困惑しているだろう。

 


 ジークは満足そうな顔をして、横並びに並べた7隻の船の中央にいる。

 相手の船を見つめて、勝手に独り言を言い出した。


 「いやいや。絶景かな。絶景かな。敵の何百じゃ足りないかな・・・何千隻かもしれない船たちを前にして、こちらのたった七隻の船が何が出来るんだろうと、敵さんは思っているだろうな。こちらの勇敢な船員たちが、王国の方々と戦えることを知らないのは愉快であるわ。どれどれ。相手はいったいどんな顔でこっち見てんだろうな? 不思議そうな顔してっかな。王国の兵士の方々よ。困惑しているかな。はははは」


 ジークが思いを寄せるのは王国兵の顔だ。

 驚きや戸惑い。

 相手がそのどちらの顔をしていたとしても、ジークは大いに満足である。

 なぜなら、それが第一の狙いであるけれども、ジーク自身。


 人をおちょくるのが大好きだからだ!

 

 

 「さて・・・・ナシュアよ!」

 「はい。ジーク様」

 「やるか!」

 「はい」

 「お前のお披露目となる戦いだ。魅せろ。ナシュア!」

 「はっ。同時に発進させます。出撃です」


 ジークが自分の隣に呼びつけた人物。

 それはジークの隠し玉。

 『赤い旋律のナシュア』である。

 特徴的な色合いの髪に、美しい声を持つ女性。

 この戦争の為にとっておきの人物を呼び寄せたのである。


 ジークの考えの全てを理解している彼女はダーレー家を支える三家の貴族の内の一家。

 『ナシュア・ニアーク』

 ニアーク家の真の当主である女性だ。

 ダーレー家を支えるというよりも、影となりながらジークを直接支えている献身的な女性。

 ジークが貴族の時は、彼女はメイドとして、ジークが商人の時は使用人として、とにかくそばに貼り付いている女性だ。

 フュンも面識はある。だが一瞬だった。

 そしてシルヴィアも当然だが面識はある。

 でも彼女の正体が貴族であり、ニアーク家の当主であることには気付いていない。

 ではなぜ、そんなことになっているのかというと。

 表向き上のニアーク家の当主が彼女の叔母となっているからである。

 『クリーク・ニアーク』

 そこら辺の自分と同じ歳くらいのご近所さんと世間話をするのが大好きな女性が、ニアーク家の当主であると皆が信じているのであった。

 だがしかし、そのクリークは飾りの主。

 本物の当主は、超絶優秀でジークとは似ても似つかぬほど真面目。

 ニアーク家が発足して以来の最高傑作の女性である。




 ルベライトに煌めく長い髪をかき上げて、彼女はサブロウ丸一号を天に向けた。


 「手筈通り、いきます。全砲門を解放します」


 片腕だけを上げた姿でも、ナシュアの姿は美しい。

 彼女の右手に納まるサブロウ丸一号から、紫の信号弾が出てきた。

 その直後。

 7隻の船から、砲弾が飛ぶ。

 向こうの川岸にいる船に届くとは思えない距離からの大砲での射撃。

 ただの威嚇であるのかと思ったが、それは違った。

 ジークたちの船はまだ川の中央にも到達していない。

 だけど、彼らの大砲は敵まで届くのである。


 「さすがはサブロウ。砲弾の射程を伸ばす細工が出来るとはな・・・あっぱれな奴だ」


 ジークは満足げに笑った。


 

 ◇


 降り注いで来る砲弾の落下点に規則性がない。

 そのことに気づいた敵は、逆に恐れを抱いた。

 いつ自分の船に落ちてくるのかわからない恐怖に駆られて逃げだすようにして前に出てきたのだ。

 

 「ふむふむ。これも想定内であるぞよ。なんてな」


 ジークは冗談ぽく言いながら頷き、次に出る。


 「ナシュア! 例の物。来てるか!」

 「いいえ。まだです」


 ナシュアは正面の船ではなく川上を確認している。

 望遠鏡で遠くを見る彼女は、何かを待っていた。


 「そうか・・・でもこの落下点予測不可の攻撃で、あっちはあたふたしてんな。攻撃が当たらないかもしれないのに、前に急ぎ過ぎた船同士で、ぶつかり合ってるじゃないか。ま、予定通り以上だな!」

 「そのようですね」

 

 敵の船の先頭集団は、互いの船首が絡まるようにしてぶつかり、後ろの船の進行方向を邪魔する。

 その結果、大渋滞が向こう側の川で起きていた。

 船の列を整えるにしても、なかなか時間がかかるだろう。

 それを見てニヤリとジークは笑った。


 「おお。なかなかいいな。よし。川の中央まで行って、挑発してから引くぞ。良いタイミングでナシュア。お前が指示を出せ」

 「わかりました」

 

 ナシュアの手旗信号で、7隻の船は川の中央まで全速前進。

 砲弾を放ちながらの華麗な前進を披露し、中央に到着すると、敵の様子を観察するために砲弾を中断した。


 「ジーク様。ここは、もう少し待機をします。敵のパニック状態が続いているので、立ち直る寸前までは大砲を放ち続けて、敵を減らします」

 「おう。お前に任せる。大丈夫だぞ。俺の顔をいちいち窺わんでも。お前の指揮は間違っていない。好きなようにやれ」

 「はい。では、このまま停止・・・・・であと三十秒後に一斉に大砲を放ち続けます」

 

 予定した時間が経つと、ナシュアはサブロウ丸一号で赤い信号弾を放った。

 7隻は連動し、その場で大砲を一斉斉射。

 敵の船団を粉砕しにかかった。


 ちなみに、この7隻の船に船頭はいないのだが、7隻の船には泳ぎの得意な兵士が20名ずつ乗っている。

 もし敵に船を壊されても泳いで離脱できるようにである。


 ジークの兵らが船にある二つの大砲を操って、敵船を一方的に狙撃していく。

 次々と壊されることになる敵船団は無残にも川の藻屑となっていく。

 しかしその中でもさすがに一定時間が経過すると、王国軍も立て直すが出来てきた。

 前列の船首がこちらを向き始めると、ナシュアは。


 「下がります」


 即断即決。

 この判断の速さこそがナシュアが優秀である証だ。

 ナシュアの手旗信号の指示に、残りの6隻の船も対応し始めた。

 サブロウの前進走行の船の方向を後ろに変えて、ジークの船団は後ろに下がっていく。

 

 「釣れたか。一本釣りだな」

 「ええ。ジーク様。大量でございます。後は川の流れにお任せしましょう」


 ニヤリと笑い、息の合う二人は目の前の船団が自分たちに食いついてきたことに満足していた。



 ◇


 ジークの戦闘の少し前。

 ガイナル山脈。フーラル川上流にて。

 二人の男が商会のメンバーを連れて、ある特製の船を川に流していた。

 

 「たく、旦那って人使い荒いっすよね。キロックのおじき」


 体力が有り余っているフィックスがその作業中に愚痴をこぼす。


 「そうだな。フィックス。でもこれが勝利の鍵なんだろ。なんか知らんけど」


 体力のないキロックはへとへとになりながら船を送り出す。


 「そうみたいっすよ。一見すればただの小型の船にしか見えないっすけどね。恐ろしいっすね。これ」

 「まあ、あの人はこれくらいやるだろうな。こういう時は金に糸目もつけんしな。それにだ。王国の船が無くなれば、私たちが船を売るチャンスなのだ! だはははは。一石二鳥だ・・って思ってそうだわ」

 「うわ・・・ひでえマッチポンプすね。俺たちで相手の船を壊してさ、相手に船を売るんすか。おじきって悪魔すね。やばい人だったんすね。おじきって」

 「何を言っている! 私が悪魔なのではない。旦那が悪魔なのだ。そういう事にしよう」

 「まあ、そうっすよね。旦那は悪魔で決まりっすよね……おじきは小悪魔にしよう」

 「何言ってんだ。馬鹿たれ! 私は普通の人間だ! お前たちみたいな超人じゃない!!!」


 フィックスとキロックが流している船は、小型の船であるがただの船ではない。

 無人で進むように改良されているサブロウ丸六号でゼンマイ式の一定期間の突進用の船である。

 ただひたすらに真っ直ぐに進むしかない意味のない船。

 いつも通りだが、使用用途はほぼない。

 これまたサブロウの趣味で作った船である。


 「にしても。これで倒せるんすかね。どこに行くか分からんでしょう。下手したら・・・旦那側にこの船たちはいくかもしれないっすよ」

 「ま、大丈夫だろ。フィックス。もし旦那に当たったとしてもだ。あの人。悪運だけは凄いから。死なないぞ。生きてる生きてる。むしろ当たってみろって」

 「ははは。そうっすよね。当たっても旦那なら死にそうないっすもんね。これくらいじゃあね」


 二人は、20隻ほどのサブロウ丸六号を見送った。



 ◇



 「ジーク様。来てます。あちらを」

 「ん? おお! 来たな。到達地点はあそこか」


 ジークたちから見て右。

 川上からサブロウ丸六号が流れてきた。

 船団は川の中央左側を真っ直ぐに進んでいた。

 悪運強しのジークである。

 

 「んんん。少しずれたか。でもこっちからも仕掛ければ…。よし、ナシュア合図を出せ。サブロウ丸六号ミニを流す」

 「はい」


 今度はナシュアが青い信号弾を発射する。

 すると七隻から人も乗れないであろう超小型の船が飛び出てきた。

 着水した瞬間から猛烈な勢いで真っ直ぐ走る。


 「よし。いけ。サブロウ丸ミニ!」


 敵船団の先頭集団はこの小型の船の真意が分からずにいる。

 敵の兵たちは牽制の意味で普通の矢を放った。

 バサバサと矢がサブロウ丸ミニを貫いても関係がない。

 ただひたすら真っ直ぐサブロウ丸ミニは敵船へと突っ込んでいった。

 

 一番最初のサブロウ丸ミニが、敵の船に当たると、透明な液体をばらまいて飛び散った。

 ここで、敵の判断は、無意味な突撃攻撃だと思ったらしく、敵は弓矢の無駄遣いを嫌ったようで、矢での攻撃を止めた。

 バラバラとサブロウ丸ミニが敵の船に当たっていき、透明な液体が船体に付着していく。

 そして、ジークの船団から出て来た最後のサブロウ丸ミニが敵の船に当たる頃には、川上から流れてきたサブロウ丸が、敵の左翼船団の横っ腹に当たり、とてつもない轟音をフーラル川に響かせた。

 横っ腹に突き刺さった敵船は真っ二つに大破。

 一つ破壊しても突き進んでいくサブロウ丸は、相手の船を数隻破壊して、自らも散っていく。

 その時に透明の液体を大量にばら撒いた。

 それを見たジークの目が輝く。


 「よし。ここで、火矢を放て。そして大砲では、敵左翼船団の奥を狙え。ナシュア!」

 「了解です。指示を出します」


 ナシュアがサブロウ丸で黒の信号弾を放つ。

 7隻から放たれる数本の火矢。

 ここで、ジークの船の7隻に乗っている乗員が少数であるのを敵が理解した。

 飛び出る矢が少ない。


 しかし、この数本の火矢でも威力は絶大である。

 なぜなら。

 前方の敵の船に火矢が到着すると、無残に散ったサブロウ丸ミニがバラ撒いた透明な液体と超反応。

 大爆発にも似た火事を起こした。

 そう、透明な液体の正体は、サブロウの火炎瓶改の中身。

 無臭の火力増幅液体である。


 大砲で狙った敵の左翼も前方と似たような形で大爆発が起こる。

 なぜなら川上から流れるサブロウ丸の船にも、火炎瓶改の中身を積んでいるからだ。

 そして敵船団は密集して進軍しているので、この火が次々と隣の船に引火し、猛火となり、どんどん火が連鎖して、敵船団全体が炎上していく。

 それにまだまだ横からサブロウ丸六号が流れていくから、火の勢いが更に足されていくことになる。


 この日、フーラル川が真っ赤に燃えた日となったのだ。

 


 「フハハハ。燃えろ燃えろ。これで大炎上まっしぐらだ。船の火は怖いのだぞ。どこにも逃げられんからな。はははは」


 大笑いするジークに。


 「そうですね。これはここで暖かくなりますね。良い暖房です」


 両手を前に出して手を温めているのは、冷静沈着なナシュアであった。


 二人は、敵兵たちが慌てて泳いで引き返しているのも確認していた。

 あの兵士らは、おそらく。

 火を見ればトラウマとなり、きっとこの日の光景が鮮明に蘇るだろう。

 全てが焼き尽くされていく。

 この地獄の猛火を。


 「どれどれ。あとで王国の方々には。船でも買ってもらおうかな。うん。そうしよう。結構散財しちまったもんな。どうだろうナシュア。お前、忙しくなるな」

 「ええ、そうですね……売り込みを掛けずとも、勝手に百隻以上は売れましょう」 

 「フハハハハ。その通りだナシュア。いつも通りに売ってくれ」

 「ええ。おまかせを」


 悠々自適に高みの見物をしているジークは、ハスラ側の川岸に到着しながらこう言った。


 「王国の皆さん! もし船でお困りならば、天下の大商人。風来の商人ジークにお任せを! お安くしますよ。俺の儲けが出る範囲でね」


 余裕綽々で嫌みたらしく言い残したのである。

 

 

 

 


 

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