第125話 指揮官ゼファーの戦い
「誰が来ても実力は同じくらい……弱い! それにこちらに向ける兵の数が殿下が予想している数よりも少ないのでは?」
フュンが関所を砦に変えようとしていた頃。
ゼファーはトリスタン村を往復しながらサナリア軍を蹴散らしていた。
ラルハンの部下らしき者が複数回やって来たのだが、肝心のラルハン自体が来なかった。
それに兵士らの実力が敵とも呼びたくないくらいに弱かったのである。
でもまあゼファーは自分と他人を比べてはいけなかったのだ。
なぜなら、ゼファーの実力はすでに帝国でもトップクラスであるのだから。
第一村の焼け跡での奇襲。
村同士を繋ぐ道での待ち伏せ。
第二村の天幕を再度利用した戦い方などなど。
多岐に渡る攻撃方法で敵を倒したゼファーの巧みな作戦によって、相手は大混乱となっていた。
敵は戦場で動こうにも動けない。
そんな状態になっていた。
ちなみにゼファー部隊が蹴散らした数は千と少しである。
しかしこの数、ゼファーの想像以下の数である。
「ゼファー隊長! どうすんの?」
「スカナイさん。どうしましょうか。ここに居ても相手はもうこちらの方を向いていない気がします」
「そうだな。どうしようかね。俺たちの挑発にも相手が我慢したのかな・・・でも、あのラルハンがな。そんなことありえんのかな」
ホルサンがスカナイの隣で悩んだ。
二人は、あの敵兵を王都までつけて、シカネロの首を持っていったのを確認してからゼファーと合流していた。
それでラルハンが怒って、もっと攻撃してくるはずだと、予想していたのだが。
意外にもラルハンのその後の動きは、兵をこちらに派兵しない方針であるみたいなのだ。
「スカナイさん。私たちが待ち続けて何日が経ちましたっけ?」
「んんんっとだな・・・俺たちが向こうと折り返して・・戦って・・・だからな、だいたい10日くらいか」
「そうですか。もう四月中旬あたりですか……ならばもうズィーベの心は帝国に向いてますね」
「はは~ん。なるほどな。そう考えると俺たちのことはもう無視しようって算段だな」
「はい。ホルサンさんの言う通りです。これは私たちは眼中にないという事です」
三人の意見は合致した。
兵の量から推察するに、もはやサナリア山脈にズィーベは興味なしである。
「どうする? 帰るか」
ホルサンが聞く。
「いえ。たぶん殿下の指示がそろそろ来るかと思います。殿下ならばこの事態を予測しているはず……何かしらの指示が来るはず・・・なので私としてはその前に敵を捕えたい」
殿下ならば、どんな状況に陥っても自分に対しての指示を忘れないはず。
ゼファーは本当にフュンの事を絶大に信頼しているのだ。
この信頼はたとえ距離が離れていようとも変わることはない。
「なに? どういうこった」
スカナイが聞く。
「はい。たぶんですが。次も少数が来ると思うのです。そこで、その兵士を捕らえて軍編成を聞いておきましょう。こちらに興味が失せているのならば、そろそろ帝国に出撃しようとしている可能性があるのですよ。そうなれば、いかにクズのズィーベでも、軍編成くらいはしているはず。だからそこで相手の情報を手に入れたいのです。その情報を手に入れれば、殿下のお役に立てるはず」
頭のキレは中々良し!
あのゼファーがとても良き将として成長しました!!
「うんうん。それは大切だよな。軍の情報はな」
ホルサンが頷く。
「よし。じゃあ次は、待ち伏せの罠を第一の手前に持ってきて、そこからサッと兵士を攫うのはどうだろう」
スカナイが提案した。
「なるほど。それは今までの手とは違いますね。いいかもしれません。では軍を少数に分け、私たちが隊長になり、三部隊で索敵して、手前で待ち伏せしてから確保しましょう」
「「おう」」
三人は各々で決めた位置へ移動を開始した。
◇
サナリアの王都から、トルスタン第一に向かうまでの道のりの三か所に、ゼファー。ホルサン。スカナイ。
それぞれが部隊を少数持ち敵を待ち伏せた。
ラルハンたちの意思はもうこちらに向いてないのは明らか。
だからこれが敵を捕えるラストチャンスになるかもしれないと別な意味で三人は緊張していた。
「来ません・・・まずいです・・・どれ、音を消して・・・」
ゼファーは索敵を開始。
サブロウの音反響を駆使して、山の音を遮断した。
すると人口の音を四つ感知した。
「……ん。いる。これは四人だな? 向こうの偵察兵か。上手い!? 動きが違う!?」
山で出す音が最小限で靴の音も小さく、服が草などに擦れる音も少ない。
今までとは違い、偵察兵として明らかに優秀だ。
「行ってみるか。四人なら私一人で」
自分と同じ持ち場にいる兵士たちに待機命令を出して、ゼファーは気配断ちを利用して、一人で敵に近づいていった。
◇
なかなかにやり手である。
ゼファーは、木々に隠れながらそう思った。
今までの兵士たちは、敵兵を警戒していると言っても、その姿からは大して警戒している様子には見えなかったのだが。
今、目の前にいる兵士たちは、確実に警戒をしている。
足跡を見る目が違う。
木々を確認する位置が違う。
敵がいるであろう場所を予測する動きが的確で、怪しい場所から順次調べていた。
「なんだこの兵は、四人しかいなくとも。今までの百人以上の兵の価値がある」
ゼファーは気配断ちをしていたからこそ、敵に見つからずに済んでいた。
もしここで、仲間の部隊を連れだしていたら、すぐにでも敵に見つかったかもしれないと、ゼファーは相手の素晴らしい力量を心の中で褒めていた。
◇
四人の行動が索敵から移動に切り替わった瞬間。
ゼファーは行動を起こした。
いきなり四人の背後を取ると攻撃に移る。
「すまぬ!」
目的は捕獲。
なのでゼファーは、最後列に入った人の首をトンと手刀で叩き、最初の人物を気絶させて。
そこから高速移動で前方の兵の腹を殴る。
腹を殴られた痛みで悶絶している兵士を尻目に、その隣にいる兵士の胸を蹴る。
流れるような攻撃でゼファーは三人を撃破した。
しかし、最後の一人はすぐには倒せない。
なぜなら、最初の一人を倒した時に気づかれてしまい、距離を取られていたのだ。
「判断がいい! 並の兵士じゃないぞ!?」
相手の動きの良さに、ゼファーは少しだけ動きを止めたが、そこから加速して敵への攻撃を開始すると、自分の移動速度を見極めているかのように、敵は反応した。
右に移動する予測を取られ、敵からダガーでのカウンターを受ける。
「ぐあ! 強い。何者」
素手で相手を制圧しようとしていたゼファーは、そのカウンター攻撃を間一髪で躱して、距離を取った。
強敵には戦い方を変えねばならない。
この敵だけは素手で倒すことは不可であると判断して、ゼファーは組み立て式の槍を取り出した。
◇
「いざ。覚悟!」
突進気味で真っ直ぐ走るゼファーは、自分の攻撃射程範囲に敵が入った瞬間、槍を繰って真横に操作した。
組み立ててからわずか数秒の出来事であった。
「まてまてまて。その槍・・・じゃあ、あんたがゼファーだな。おいいいいい、やばいって」
槍が走り出している最中。
敵から出た言葉に敵意がなかった。
慌てている様子の彼は、ダガーを地面に置いて、両手を上げた。
その姿は降参である。
「な!? なぜ」
「俺はって、これ止めてくれ。死ぬううううううううう!」
「・・ふん!」
敵を斬る寸前で、この攻撃の勢いがありすぎたために、ゼファーは勢いをいなせないと判断して、天に向かって槍を放り投げた。
まさに、神技であった。
「ぶはぁ。マジで死ぬかと思った」
腰が抜けてしまった敵兵が地面に倒れるのを見てから、ゼファーは空から落ちてくる槍を掴んだ。
◇
男はだらだらと汗を出しながら話しだした。
「はぁはぁ。マジですげえ。緊張感が半端ねえよ。あんた強すぎぃ。やべえ。死んだと思ったわ」
「あなたは? 敵ではない? 雰囲気からも敵に思えません」
「ああ。そうだよ。敵じゃねえ。だって四人でここまで来たんだよ。それであんたらを倒すなんて、無理無理。無理なのさ。あ、そうだ。こっちが本題よ。俺たちはシガー様の使いだぜ」
「な!? シガー様の!?」
「おお。みんな。殺されなくて助かったぜ。気絶で済んでるわ。ああ、ほらよ。俺の役割だ」
男は胸のポケットから白い紙を取り出して、目の前に立つゼファーに投げた。
見事にキャッチしたゼファーはその中身を見て驚く。
「これは・・・」
「ああ。そいつは、うちらの兵士の内訳だ。これ、参考になるだろ! そんで帝都への進軍日時もだ。これもまた重要だろ。あんたらにとってよ」
「確かに。ですが・・・この情報・・・よいのですか?」
「ああ。気にすんな。こっちも命懸けで情報収集してる。シガー様の現在地は、ラルハンの配下みたいな立ち位置になっちまってさ。情報を集めるのになかなか苦労してんのよ」
「そうですか……ですが、もうこれで十分でありますよ。あまり無理なさらずに」
「ほんとか。まだまだ集めなきゃと思ってたんだよ。みんな、これだけじゃ足りないかと思って所だったんだぜ」
「いえ。殿下ならば、この情報だけで十分です。これさえ分かれば殿下が勝利を導き出します。ですから、シガー様には静かに生きてもらいたいです。大事な時にシガー様がいるといないとでは、おそらく結果が変わるやも」
「そうか・・・それもそうだな。よし、俺からシガー様にそう伝えてみるわ。また会おう! ゼファー君! それとフュン王子を頼む! 彼こそ希望だからな」
「ええ。お任せを。こちら、ありがとうございます」
「ああ。気にすんな! 俺、戻るわ」
重要な情報を得たゼファーは一時仲間たちの元に戻り。
その数時間後に現れたフィアーナの伝令兵によってサナリア山脈から撤退をした。
ゼファーがもらった情報はフュンの計画を完璧にする重要な物となった。
ちなみに、あの紙はすぐに燃やしたのである。
あの紙に書かれている情報の全てを、今のゼファーは頭の中に入れることが出来た。
こんな細かい部分も優秀になったこれまでの努力は並大抵のものではなかったのだろう。
強くなりすぎて、リアリスやミシェルからは呆れられることが多くなったゼファーだが、ここだけは素直に褒めてあげてほしいことである。
これにて、フュンの戦う準備は完全に整ったのであった。
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