第五章 ダーレー家の戦いと従者の戦い

第124話 ウォーカー隊解散

 帝国歴520年4月6日

 フュンたちが使者として行動を起こしていた頃。

 一方のシルヴィアたちは・・・。


 ここ最近の雨が止み、薄い膜のような霧が晴れて遠くを見渡せるようになったこの日の正午。

 都市ハスラの城壁から敵の様子がはっきりと見えるようになった。

 フーラル川を観察する三人には戸惑いが見られる。


 「ありゃあ……どうなってんのさ?」


 目を細めてミランダが川を見つめる。


 「そうですね。これは。どういうことでしょうか」


 シルヴィアはミランダの隣で驚愕していた。


 「奴らは小型船で戦う気なのか。大型船を並べるよりも逆に大量に小型船を用意して、こちらに圧力を生む。それで海上戦でも負けないという意思を見せつけているのか?」


 淡々と話すジークは二人よりも冷静であるがそれでも内心は驚いていた。



 ハスラより西にあるフーラル川。

 霧が晴れると同時にその王国側の川岸には、小型船の群れが出来ていた。

 通常王国がハスラ戦のために準備する船とは、中型船が主で、それは兵士の運搬がメインなのである。

 しかしなぜか今回は小型船の群れとなっていた。

 三人は、いつもと違う事をしてくる王国の考えや狙いが読めないでいた。


 「んんん、どういう事なのさ………こいつは何の牽制なんだ? 予想しようにもな。まずは専門家か。ヴァンかララを呼ぶか」

 「先生。私が皆を呼んできましょう」

 「ああ、頼んだのさ」


 シルヴィアが直接ウォーカー隊を呼びに行った。


 初めに出会ったのはララ。

 しかし彼女はシルヴィアの言葉に全く反応を示さなかったので、次にヴァンを呼ぶ。

 するとヴァンは素直にミランダたちの所に向かってくれて、その後シルヴィアはそのままウォーカー隊の幹部を一人ずつ呼びに宿舎へと向かっていった。


 ◇


 最初に呼ばれたヴァンが二人の元にやってきた。


 「どうしたんすか。姉御」

 「おお。ヴァン。ララは?」

 「あいつは今、斧を研いでますよ。まあ、あいつの趣味ですよね。あいつ、お姫さんの話も聞いてなくて、『これでわたくしの斧にようやく敵の血を吸わせることが出来ますわ』って喜んでましたよ。変人すからね。あいつは!?」

 「はははは、さすがはララなのさ。狂人なのさ」


 ヴァンはミランダの事を姉御と呼ぶ。

 ちなみにフュンの事は今は兄貴と呼ぶ。

 フュンの方が年下なのにである。


 「で、姉御。なんすか?」

 「ああ。あれを見てくれ。あれの意図が分かるか。小型船のよ」


 ミランダは川にある敵船を指さす。


 「そうっすね。俺には相手の意図までは分かりませんが……あれは小型船でも小回りが利くタイプですよ。あれ、固定したオールが中にありますもん。たぶん脇から出して小回りを利かせる奴っス。あとは、あれくらい小型だと連携して船を叩くしかないタイプの船です。一隻では強さが出ないですから。あとは大砲みたいな重いのは使用しないはずっス。船のバランスを崩して真っ直ぐに動かせませんからね。だから、人も大勢詰め込めませんよ。あれだけの数を並べてるのは、人を多く運ばせるためなんだと思いますよ。四、五万くらいの兵を乗せるにはあれくらいの数は必要でしょうね」

 「ほうほう。じゃあ、あいつら、輸送じゃなくて水上戦を想定しているかもしれないのか。あれを並べておいて、こちらが準備をするのを待っているのか? いや、どういうこったなのさ」


 敵の意図が、ますます分からなくなったミランダは、城壁の縁に肘を置いて悩んだ。

 敵は、このまま数で押し切りながら、水上戦を仕掛けてくるのか。

 それともフーラル湖に移動してマールダ平原の方に一気に強襲しようとしているのか。

 相手の選択を見極められずにいた。


 「ミランダ!」

 「どした。シスコン」

 「もうそれ止めないか。ジークでいいだろ」

 「そうさな。ジークなんだ?」


 ミランダとジークは気を取り直して会話を続ける。


 「ミランダ。王国は、本当に三カ所に攻撃してくると思うか」

 「んん。確かにな。それは思う所であるのさ。そうか、そう考えれば・・・・か」

 「そうだ。俺はこの船の数。この数自体が罠だと思うんだよ。こちらとしては、あれだけの数が向こうの川岸にあるだけでさ。こっちには圧力が掛かっているだろ。そんで、あれ一隻に人がどれくらい乗っているか分からない。ということはだぞ」

 「そうか。囮・・・ハスラ攻めが囮。いや違うな。ハスラとマールダ攻め自体が囮かもしれんということか。ならよ……あそこにいる兵は思った以上に少ないと見てもいいのか。そんで、敵の戦力は、アージス平原の方に偏ってるのか」

 「俺もそう思う。相手の同時攻撃の意図は、こちら側の兵力の分散。そして……サナリアだろう」


 ジークとミランダは地図から戦場設定を導き出す。

 敵が攻撃を目指す都市、ハスラ、リーガ、ビスタの内。

 ハスラとリーガの二つが囮となると狙いはビスタ。

 なのでアージス平原が本命となる。


 「ん? サナリア? 関係あんのか?」

 「ああ。王国がサナリアを使った目的はただの陽動だろう。王国の誰かが、攻める時期を決めて、こちらに情報を流した。そんでこの情報をサナリアに流す。それでサナリアが前から準備が出来ているって訳よ。何の準備もなしに、あの小さな国が二万何て大軍を用意できるわけがないからな。それで、俺はこの情報を流した奴をこの間捕まえた」

 「何!?」

 「お前たちの会話を聞いていた奴だったんだ。ここの都市に間者としていた人物でさ。フィックスが見つけたんだけど、まあ俺の華麗なテクニックで吐いてもらったわ」 


 ミランダにはフィックスの飄々とした態度を思い出した。


 「フィックスか。元気してんのさ」

 「ああ。口が減らなくてよ。ずっと生意気なんだけどな」

 「……そうか・・・んで、誰の間者だったんだ?」

 「間者はタークの者だった。そいつをずっとこちらが気付かなかったのは良くなかったわ。まあ、でもそれはお互い様だ。俺も全力で仕掛けたら尻尾を掴んだのさ。この大規模戦争とサナリア関連、その両方にヌロ兄上が一枚嚙んでいる。サナリアに情報を流しているみたいだ」

 「ああ。あの生意気なクソ野郎だな……あいつが敵をおびき寄せた。いや違うか。情報を掴んで、サナリアに情報を流して、あわよくばフュンと自分の兄を殺そうと思ったのか。ほんとのクソ野郎だな」

 「そうだな。あの人、自分の兄も殺す気だぞ。とんでもない人だ」

 「・・・・やべえな・・・兄殺しか」


 腕を組んで川を見つめるミランダは、この先の展開を予想していた。

 帝国に起きるであろう最悪を想定し始める。


 「ああ、それでだ。アージス平原に人が集中すれば、確実にスクナロ兄上は死ぬな。あそこの軍量では数が足りんわ」

 「確かにな。そうだ。そう考えれば全てが合点いくぞ。あのアージス大戦の時にヴァンたちに海戦で負けたから、海戦自体をしたくないと考える。だから、川の方に船を並べて、ヴァンたちたちをこっちの川側に集めさせることで、平原の海を安全圏にさせたいと思うのだろう。二度も海戦で負けたくないとみていい。その事からだって、こっちは囮と考えていいいのさ。あの船。もしかしたら、あまり人が乗ってないかもしれんぞ」

 

 ミランダたちの予想は、帝国にとって最悪な事態である。

 目の前に並べられた船。

 あそこに乗っている人数が、最低限のみである可能性が出てきた。

 そうだとすると敵は、ハスラもマールダ平原も、どちらも狙っていないのだ。

 よって、ドルフィンとダーレーは、ただ無駄に都市の内部に兵士を待機させている状態になっている事になる。

 なので二人は、ターク家のみが大規模戦争に巻き込まれているかもしれないという非常事態を予測したのだ。

 

 「この囮だけで兵が三分割されたんだ・・・誰だ、こんなこと考えたのはよ。めんどくさくしやがってさ」

 「……おそらくは・・・英雄だよな!? ネアル・ビンジャー。奴しか出来まい」


 ジークは川を見つめて言った。


 「ああ、イーナミアの王子か。フュンが運よく逃げてくれたって言ってた奴だな。あいつは強いってフュンが言うくらいなんだ。頭のキレがあるに決まってっか。ここまでの局面を用意してあたしらを後手に回せるのにも納得できるわな。ああ、大局図を描くのが上手い奴だぞ。抜け目なしだ。これが軍事権を一本化した奴らの強みでもあるのか。なるほど。帝国は、このままであれば負け続けるのさ」

 「そうだ。このままならな。だが、俺とお前とフュン君で、そうはさせんがな」


 二人は帝国の行く末を案じていた。

 足を引っ張り合う兄弟。軍事権の三分割。

 そして相手は天才が率いていて、更には軍事権が一本化している。

 勝てる要素があまりない現状にさすがに焦りが出る。

 ジークとしては、こういう戦争の大局図を描くことが出来るのはフュンかミランダだけであると思っている。

 だけど、今の全体指揮権を持つのは、皇帝のすぐ下にいる第二皇子ウィルべルである。

 彼は非常に優秀な内政官ではあるが、戦争のプロではない。

 第三皇子スクナロは、軍人であるが将軍として優秀なのであってトップに入ってこういうことは出来ない。

 そして第二皇女リナと第五皇子ヌロは、裏で何かをしている。

 偵察ばかりの諜報活動しかしないこの二人は論外である。

 シルヴィアは向いてはいるが、どちらかというとスクナロに近い。

 そして自分は勝手気ままが合う。だが、そうは言ってはいられない。

 帝国を存続させるには誰かが強い力でまとめ上げなくてはならない。

 陛下も高齢へとなっていく。

 だからこのままでは・・・・。


 ジークは深く考え込んでいた。

 するとミランダが。


 「よし。ジーク。この都市をお嬢とで守れるか?」

 「あ?」

 「出来っかなのさ?」

 「なんでそんな急に・・・・ああ。まあ、たぶんできるな。俺たちの予想通りなら、あの船にあんまり人乗っていないと思うしな。こっちにはシルヴィもいる」

 「そうだよな。お前ら二人がいれば安心なのさ・・・なら、あたしはスクナロの所に行こうと思うのさ」


 ミランダは南を指さした。


 「なに。兄上だと!?」

 「ああ。ウォーカー隊でそこの戦場を乱してくる。あいつが負けてしまえば、アージス平原は王国のものとなる。そうなっちまったら、あとはもうマールダ平原にリーガがあろうが、フーラル川の前にハスラがあろうが関係ねえ。帝国が死ぬだけだ。だから、そこが負けないためには援軍が必須。そんで、あたしは国に忠誠はしねぇけどよ。このままあっちにやられっぱなしつうのは、なんか癪なのさ。あたしらで、ドギツイ一撃を食わしてやるわ。それでさらにヌロの裏をかいてやる。兄貴が生きてれりゃ、あいつが当主になることはない。ヌロよりもスクナロの方がいい。なんだってあいつは野蛮そうに見えて、戦いに関しては理性的だ」

 「なるほど。そうだな。頼んだ・・・しかし、大変な役割を押し付けちまってすまんな」

 「ああ。いいぜ。あたしらは暴れるのが大好きだからな。なぁ野郎ども!」


 ミランダたちのそばにちょうどよく皆が集合してきていた。

 ザイオン、エリナ、サブロウ、ヴァン、ララたちである。


 「「おおおおおお」」


 勇ましい声を上げて、ウォーカー隊は出陣した。

 独立友軍のウォーカー隊は自由に戦場を暴れ回る荒くれ者ども。

 戦える場所があればどこへでも行くのが彼らである。


 「よし。開戦前まで、ウォーカー隊は解散なのさ。いつもの現地集合すっぞ」


 この日にウォーカー隊は解散となった。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る