第121話 人生、苦もありゃ喜もある
悪魔の伝言を頼んだ後。
命令を受けた敵が移動を開始した。
「フィアーナ。指示をお願いします。あの人を数人で追いかけてください」
「…ん?」
「まあ、逃げないと思いますがね。万が一逃げた場合。一応、こちらに挑発文を書き記したいのでね。王都まで追跡してください」
「わかった。ホルサン。スカナイ。二人で後を追え」
「「はい。頭領」」
ホルサンとスカナイは音もなく敵を追いかけた。
「それではフィアーナ。村人さんたちが行った場所に行きましょうか」
「ん? ここはいいのか。あいつらを待ち伏せするんじゃ」
「ええ。待ち伏せはします。こちらにほとんどの兵を置いて、全てをゼファーに託します」
フュンは、フィアーナからゼファーの方を向いた。
「ゼファー! 僕がここに残って戦うとしたら、なにをするか分かっていますか?」
フュンは信頼するゼファーに質問した。
成長したのは身体だけじゃないでしょうと確かめたかのような言い方である。
「はい・・・殿下ならば、第一で最初に待ち伏せ。次に、第一と第二の間の移動の際の急襲。そして最後にここでの決戦ですかね。それも全滅というよりは・・・相手の帝国への進軍を鈍らせるのが目的ですから、削っていきます」
「素晴らしいですよ。ゼファー。フィアーナの兵の指揮権の全てをあなたに託します。ただ、僕の指示が来た場合のみ。それに従ってください。それ以外はあなたが考えた通りに軍を動かしてよいです。責任は僕が取ります。だから失敗してもいいです。思いっきり動いてください。あなたの裁量に任せますからね」
「はっ。殿下。私にお任せを」
フュンが指示を出した後にフィアーナが笑った。
王子のその成長ぶりに頼もしさがあったからだ。
「ははは。お前ら、本当にたくましくなったんだな。なんだか嬉しくなってくるな」
「そうですかね……ま、ここまで来るのに・・・頑張りましたね。あははは」
フュンは、暗くなりそうな心を明るい方向に持っていく。
今は気持ちだけでも前へ行きたいのだ。
◇
ゼファーが軍を調整している間。
「フィアーナ。皆をある村に移動するって言ってましたよね。そちらに僕らも早めに移動して、対策を練りたいですね。頭を冷やして、これからの戦いをしたくてですね。やっぱり疲れが出てます。少し休みたいですね」
「それもそうだな。あんたの今の顔もそうだが、普段の感じじゃないだろう。あんな指示もだけどよ」
「そうです。王子、お休みになられたほうが」
フュンは、フィアーナやシュガに気を遣われたことに対して素直に頷いた。
ここでの疲労は相当なものとみていい。
敬愛するゼクスの死。自分の母代わりの人だと思っていたハーシェの死。民たちの無意味な死。そしてこの戦いの無意味さ。
これらがフュンの背に重くのしかかっている。
だが、この荷を降ろしたくても、こんな中途半端なところで降ろしてはいけないのだ。
始めてしまった抵抗の動きは最後までやりきらなくては、王都に残っているフュンを助けてくれた者たち、それにフィアーナに対しても悪いのだ。
覚悟の刃は最後の最後まで、自分が持っているべきである。
「大丈夫です。一旦落ち着いた場所に行って。少しの間、頭の中を整理したいだけです。それで、どこにフィアーナが言っている村があるのでしょう」
「ああ。ここから西側。サナリア山脈北西部、ちょい帝国寄りの場所だ。フーナ村って場所だな」
「フーナ村? 僕はその村の名を聞いたことがありませんね。僕がサナリアを出て行ってからの村ですかね。シュガ殿は聞いたことありますか?」
今のサナリアの現状ならば、シュガの方が詳しいと思いフュンが聞く。
「自分は……名だけは聞いたことがあります。場所は知りませんが、そのフーナ村の傷薬はとても良い効能で、何でもどんな場所の痛みにでも効くと、王都以外の町や村での噂が王都まで流れてきましたね。あと、王都では外からの商人はなかなか入ることは難しいんですが、たまに来てくれる商人たちが持って来てくれることがありますよ」
「なるほど。傷薬が有名であると・・・それが商売の軸・・・ですか」
フィアーナが、シュガの答えにつけ足してくれる。
「シュガ。それだけじゃないんだぜ。そこの村はよ。クソ不味いスープも売ってんだ。でも、そいつを飲むと元気になるってうちのジジババどもが飲んでから死なねえのな。はははは。元気でいいこったよな。長生きスープってやつかな。はははは」
「クソ不味いスープ??? まさか」
「王子? どうしました?」
「い、いえ」
シュガの質問に曖昧に答えたフュンは、謎の村の答えが浮かび始めていた。
◇
フュンとゼファーはここ第二村で別れる。
ゼファーは敵を迎え撃つために第一へと移動し。
フュンは、フィアーナとシュガと数十名の兵士と共にフーナ村へと向かう。
その途中。
「この足跡は・・・あり過ぎでは?」
「いんや。これであってる。見てみろ」
フュンの指摘に、フィアーナが答える。
彼女は西に向かう足跡を指さした。
その後。
「んで、つぎにこっちとこっち」
北と南の足跡を指さした。
北は大量に足跡が残り、その先まで歩いた足跡が残る。
西は少量の足跡ですぐに消えて、北と南に向かっている。
南はその中間量で、北よりも足跡が残っている距離が長い。
「これでどうだ。どこに行ったか分かるか?」
「なるほど。これで少なくとも西のルートに移動したとは考えにくいですね」
「そういうこと。五千人ほどの移動で、足跡が消えて、しかも南北に移動していれば。馬鹿のラルハンやその部下だったら西に行くとは考えない。一番に西への選択肢は消えるだろうな。んで南と北に絞っても、どちらを選択しても外れよ。まあ、クリスはこういうのが上手いんだよ。マジでよ。輸送関係をやらしてもこんな感じで賊を欺いてきたからな。あいつ、軍師の適性があんじゃねえの?」
「まあ、たしかに。これならば、単純な賊は騙されるでしょう。素晴らしいですね。クリス殿は」
フィアーナはここで足跡をじっくりと見た。
「ああ、まあな。それにこれは結構近くにいるな。急げばジジババどもの後ろに追いつくかもしれんわ。足跡を残さずに急ぐか」
「そうしましょう。フィアーナが、村人と一緒にフーナ村に行った方が何かと都合がよいでしょう」
「そうだな。急ごうか」
ここからフュンたちは走り出した。
足跡を地面に残さぬように移動するフィアーナの走り方を参考に走っていったのである。
◇
「クリス!」
「あ。頭領ですか。もういらっしゃったと。速いですね」
「ああ。まあな。お前、よくやったぞ」
「はい。ありがとうございます。頭領、そろそろ先頭がフーナ村に着きますよ」
「そうか。なら、このまま足跡の作業はお前に頼むわ」
「はい。お任せを」
村人の移動に追いついたフィアーナたちは、最後列にいたクリスをはじめとした隊員数十名の村人たちの足跡を消す作業の場面に出くわした。
地道な作業を黙々とこなす彼を見つめて、フュンは改めて彼を心の中で賞賛していた。
フィアーナたちはさらに前へと移動して、村人移動の最前列に到着。
先頭は目的地に到達していた。
「も、門!? こんなところに!?」
フュンが驚くのも無理もない。
洞窟の入り口前に巨大な門があり、それを支える丈夫な柱があった。
人が住む場所ではない場所に、立派な建築物があったのだ。
「ここは洞窟内が村なんだよ。結構面白い村だろ。確か山頂付近が職場だとか聞いたな」
「山頂が・・・確かにこれだけ秘境なら誰も来ないですしね。安全と言われれば安全ですがね」
この村へと行くには、登山の途中で秘密の山道を使っていくことで到着することになっている。
その山道の右手は山の斜面で、左手は山と山の間の底の見えない谷底があり、足を踏み外せば暗黒の世界へと一直線だが、秘密の山道自体が整備されていてるので、手すりなどがあって安全な道になっている。
でも誰がこんなところに村があるなんてと思う場所にあったのだ。
◇
「お~~~~~~い。村長さん! 入れてくれ~~~~~。ちょいと緊急事態でよ。うちらの村の人数を丸ごとでもいいかなぁ。ここはまだまだ余裕あるだろ!」
門を軽く叩くフィアーナはご近所にでも挨拶するみたいである。
実際にご近所の村同士であるが、移動距離はご近所じゃない。
全く正反対の位置に村があるのだ。
「あれ? その声は・・・フィアーナ様ですね。ちょっと待ってください。村長呼んできます」
門の木窓が少しだけ開いた。
中から青年の目が見えた。
「お! 門兵さん。サンキュ。ちょいと急ぎで頼むわ。村長を頼む!」
「わかりました。お待ちください。急いできます!」
門の裏にいる門番の人が村長を呼びに行った。
不用心に開けないあたり、素晴らしい教育を受けているなとフュンは感じた。
しばしの時が経ち。
「フィアーナ様ですね。今開けますよ!」
はきはきとした声を聞いてフュンは昔を思い出す。
懐かしさで瞳を潤ませていた。
「おお! 村長さんだな。すまんわ。ちょっと出てきてくれるかな」
「はいはい。フィアーナ様ならすぐにお通しすればよかったですね。それにフィアーナ様なら、強引にここを開けろって言ってもいいのに」
「そのフィアーナ様っつうのはやめてほしいんだがな」
「ははは。無理ですよ。あなた様はサナリアの四天王ですからね・・・はい。どうぞ」
「元だよ。元。ははは」
そう言った村長は、大きな門の扉を村人たちに開けてもらい、フュンたちの前に登場した。
村長のその姿。その声。その顔。
思い出の中の人と全てが合致したフュンの目には一気に涙が溜まり、そして一粒だけが零れた。
「・・・やっぱりだ・・・・あなたは・・・・ロイマンさんだ!」
フュンを見て目を丸くした村長。
彼もまたそこからジワリと涙が溜まってから溢れた。
「え!?・・その声は・・・フュン王子!?」
新しい村の村長は、あのロイマンだったのだ。
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