第122話 何にも考えずに甘えりゃいいんだよ
「あなたは。まさかフュン王子!?」
「はい。ロイマンさん! 僕ですよ。お姿が変わらない。ロイマンさんは、ちっとも変わらないや! あははは」
「ああ。その笑い方……その雰囲気、絶対に王子だ。ちょ、ちょ、ちょっと待ってください。ジャイキ!!」
村長ロイマンは洞窟に向かって大きな声を出した。
反響する声の向こうから返事が返ってくる。
「なんすか。ロイマンさん!」
「王子だ! 王子が帰って来たんだ。急いで準備しろ。村をあげて歓迎するぞ!」
「・・えええええええええ・・・・・・・ええええええええええええええ」
事態を飲み込めていないのか。
ジャイキは一度驚いた後に、もう一度同じ量の声で驚いた。
その気持ちが多少分かるロイマンは苦笑いをしながらフュンの方を振り向く。
「王子。俺たちの村に来てくれたんですね」
「いや。来たというかなんというか。たまたまこちらに来た感じでですね。こちらのフィアーナに紹介されたのですよ」
「・・・フィアーナ様が」
「ああ。なんか知らんけど、二人とも知り合いだったのか?」
フィアーナはぽかんとした顔で聞いた。
「はい。フュン王子は昔。俺たちの村を救ってくれた救世主様です。ですから、この村では神の如き崇拝される人物でありますよ。サナリアの神です!」
「え? 神様?? 僕が!? いやいや、駄目ですよ。僕はただの人なんですよ。あはははは」
フュンの笑顔がだいぶ戻って来た。
今までの苦しい中での辛い笑顔ではなくなってきた。
「そうか。あんたはやっぱ為政者として、立派な奴だったんだな。あたしらは、間違えていたんだ。あんたこそ、本物の王だったんだぜ。間違いない」
フィアーナは、ここにいる村長と、その後ろの門番たちがフュンを見つめている様子だけで、その言葉が真実だと分かった。
崇拝と尊敬は近いと言えば近い。
相手を思う感情としては似ていると言えば似ている。
だがしかしながら尊敬される王はいても、崇拝されるほどの王などこの世にはそうそういないであろう。
あのアハトだって、尊敬はされていたが崇拝まではいかなかった。
でもフュンは皆が本当に崇拝しているのだ。
門番の兵の中には、両手を合わせて拝みだす者までいた。
でもこれらは当然である。
なぜなら、ここにいる彼らはあの時フュンがいなければ餓死しててもおかしく人間たちだったのだ。
彼らは、自分たちの命の恩人だと自信をもって言えるのだ。
「ああ。村長、その感動している所悪いんだけどよ。中に入れてくれねえか。結構長旅でさ。村の連中も疲れてるし、休ませてやりてえ」
「そうですね。ではフィアーナ様の村の人たちの場所を準備しますよ。中は広いんでね。案内します。それでこのままお二人は俺の所に来てください。今後を話し合いましょう」
「はい。お願いしますよ。ロイマンさん!」
「ええ。もちろんです。王子」
こうして、フィアーナの村人たちはロイマンの村により保護されることとなったのだ。
ロイマンが作った新たな村『フーナ村』
それは、王都から言うと北西に当たる場所の山間の場所にある。
洞窟をメイン拠点に置いているからか。
サナリア王国にもその場所が知られていない。
しかもここら一体は、賊たちですらあまり住むような場所ではないようで、比較的安全である。
そして、その族に対してもロイマンはしっかり村人たちを教育しており、兵士や門番、商人の護衛、農産地への移動の際の護衛も完璧にしていたのだ。
それを完璧たらしめているのは、ロイマンのおかげもあるが、このフィアーナの索敵術や隠蔽術の指導もここの兵士たちは受けていて、それらが役立っている。
この村は、フィアーナとは相互協力関係であったらしい。
フィアーナが、狩りの仕方を教え。後は狩りで掴まえてきた動物などを物々交換の対価として提供して、ロイマンの村の薬やスープなどと交換していたらしいのだ。
姉妹村のような交流である。
◇
村中から大歓迎を受けたフュンはロイマン村長の家に入った。
「なるほど。それでロイマンさんは……フィアーナを知っていたのですね」
事情を聞くフュンはロイマンの話に頷いた。
「はい。そうですよ。それでどうですか。王子。俺たちはあなたに恥じないためだけにこの村を大きくしましたよ。頑張りました」
「ええ。わかりますよ。ロイマンさん。この村には、至る所に努力が見られる。とても素晴らしい村です。かなり人数がいるようですが、どれくらいいるのですか?」
「そうですね。俺たちの村は拡大していてですね。今は一万よりも少し多いくらいですかね」
「一万!?」
「はい。ここの存在を聞きつけた人などで、信用できる人を入れていったら。こうなりました」
「それではこの洞窟以外にも、人がいるのですか」
「ええ。山頂にサナリア草の生成区域があり、あそこに寝泊まりして育てる農家と、それを護衛する兵士らが三分の一くらいいます。だから、野営の技術みたいなものも重要で、フィアーナ様に手ほどきをしてもらってましたよ」
少し黙ったフュンはその努力に感服していた。
「なるほど。凄い努力ですね。ああそうだ。それとここが洞窟とは思えないほど立派なんですが。それはなんででしょう? とてもいい建築物が多い。それに光も・・・日光がありますね」
「ええ・・・それはですね」
フーナ村は洞窟の中に村を作っている。
出入口は一つで、わざと他の出口の部分を作っていない。
それは出入り口を一つにして守りやすくするためという点と、洞窟を横断貫通させて、内部の強度を弱めたくない点がある。
補強工事をしていても、貫通させるとやはり強度が落ちるのだ。
そして彼らは、もう一つ重要点を生み出していた。
それはササラの海賊たちが出来なかった日光だ。
上から来る日光を得たいがために、わざと上を開けて明るくしている日当たりの良い場所を作っている。
サナリア山脈とサナリア平原は天気が荒れにくい。
これにより上部に穴を開けて、水が下に滴り落ちても、洞窟内が水で埋め尽くされるという心配は起きないので、日光を得て健康を増進させようとする計画を立てたのである。
普通の洞窟よりも松明をたくさん焚かずとも明るい場所が多いのだ。
それと空気の入れ替えにも便利である。
「なるほど……へぇ。よく考えられてますね。誰か建築が上手い人がいるんですかね」
「そうです。サナリアの王都では土木関係の人たちが逃げ出しているみたいでしてね。その人たちを保護していましたら、こちらに大量の職人さんたちが来まして、色々作ってもらいました。それで俺たちは非常に助かってますが。俺としては心配事となってまして、サナリアの王都に職人が消えちゃったんじゃないでしょうかね? 王都は大丈夫なんでしょうか??」
「???」
フュンが首をひねると、後ろに控えていたシュガが前に出た。
「王子。サナリアの建築作業員たちは、処刑物のような残酷な物をこれ以上作りたくなくて、王都を離れた者や。今の王が町の維持管理にはお金を出さないとして、仕方なく王都を離れた職人がいるのです。この二つの出来事で、サナリアにはほとんど職人がいないんです」
「な!? 馬鹿な!? ズィーベ・・・・何を考えているんだ・・・いや、駄目だ。もうあの子で驚いては駄目なんだ。常識を求めたら駄目なんだ。僕の基準で考えたらあっちのペースになる」
フュンは必死に冷静になろうと努める。
「そうなんです。今の王の圧政は、とてつもないです。それは俺が経験した御三家戦乱の時の比じゃない。あの頃の方がまだマシだった」
「ロイマンさん……あの御三家戦乱に?」
「ええ。俺はある貴族の兵士でしたが、あの頃はまだ民が殺されることなんてなかったです。ですから、この国はその時よりも遥かに酷い」
「・・・そうですか。いえ、そうですよね。我が弟ながら擁護の言葉が出ない。悪魔だ。最悪の王だ」
フュンががっかりしたように下を向いて答えた。
そして、フュンはしばらく俯き、両肘を膝に置いて指と指を絡ませて、左右の親指と親指が強く押し合っている。
怒りと嘆きを沈めて、深く集中して考えようとした所。
「そんで、王子! どうすんだ」
フィアーナが聞く。
「どうするって・・・」
「ここに来て、冷静に考えるんだろ? ちょっぴり冷えた頭でよ。何をするか考えたか」
「・・・そうですね。整理すると……僕はゲリラ戦をしようかと思ってたんですよ」
「ゲリラ戦?」
「ええ。敵を山に誘き寄せて、無視できなくさせるんです。サナリア王都の兵を極限まで減らせれば、あとはシガー殿がタイミングを合わせてくれるかと」
「そうか。なるほど。だからあれだけ挑発を」
「はい。しかし、これには賭けの要素があって」
「賭けとは?」
フィアーナと話しているフュンだったが、二人の間にシュガが入って聞いた。
「ズィーベが、飽きずにこちらを振り向いてくれるかという事です。ここで分析する限り、もしかしたら、ズィーベは我慢できずに帝国に進撃する可能性がある……いや、十中八九そうだと思います。そうなってしまえば、サナリアの地は完全消滅します。サナリアの軍は完膚なきまでに帝国軍に倒され、しかも王都も何もかもが消滅するでしょう。でもそれはまずいんですよ。だから次の策を考えなくてはと思っているんですが、何をするにも……まず数が足りない。フィアーナの全面協力を得ても、僕らの持つ兵は二千弱。あっちは二万くらいですよね。これではいくらなんでもこちらから戦争を仕掛けられない。勝てないんです。兵力差が十倍以上はさすがの先生でも勝てやしないです」
フュンの策は、普通の考えを持つ将であるならば通用するかもしれないが、ズィーベでは逆に通用しないかもしれないと思い始めていた。
背後に敵を抱えながらも前進していく可能性があるダメな王。
でもそれが逆にフュンにとっては一番厄介な手である。
そしてそれは、フィアーナやシュガにも分かる。
二千と二万が、全力でぶつかり合えばこちら側はあっという間に壊滅すると。
そこでロイマンが手を挙げた。
「ん? どうしました?」
「そこは、俺たちが協力してもいいですか?」
「え?」
「俺たちの兵が協力してもいいでしょうか。弱い子もまだいますが、軍としては五千はいます」
「五千!? そんなに?」
「ええ。あの時の指導以来ですね。用心棒などを雇うよりも、村の安全性。それに場所の秘密を確保しつつ、賊共と渡り歩くには、この村で直接兵を育てるしかなかったのです。だから現在は、兵として動けるのは三千くらいで、残りの未熟な兵でも狩りくらいは余裕でこなします。だから多少は動けて戦える軍だと思います。まあ俺が鍛えたんで、なかなか動けるようになってると思いたいですがね。それだけいれば王子の役に立てるかと・・・」
「駄目です! ここにフィアーナの村人と兵を入れてくれただけでも助かっているのに。これ以上民間人を・・・危険に巻き込むわけにはいかない」
フュンは、ロイマンの意見を却下した。
びしゃりと言い切ったことで、フィアーナとシュガが驚く。
「ロイマンさん。その方たちは、僕の兄弟喧嘩のような争いに無駄に散らせていいような命じゃないんですよ」
どんな手を使うと言っても、それは軍として、将としてだ。
民間人である村人。私兵を使ってまで、戦争をしようなんて、あまりにも上に立つ者として酷すぎる。
王子として、その判断だけは出来ないとフュンは拒絶した。
「いいえ! 無駄じゃありません」
でもロイマンは引かなかった。
敬愛するフュンが拒絶したとしても、ここは貫き通す思いがある。
今を生きていられるのはフュンのおかげ。
この思いだけは、一生持っている大切な思いである。
「俺たちの村の幹部は、あの時に救ってもらった命たちです。だから、元々死んでいた者たちだ。この命、あなたになら捧げても構わない。それに、この思いを胸に刻んで生活しているのは俺たちだけじゃない。村にいる若い連中の中にも、あなたを敬っていますのがいますからね。あと、その若い子らの中にも、王都の徴兵から逃れてきた子。元々兵として働いていたけど、嫌になって抜け出した子がいます。いつかは王国と戦いたいと思い、俺の村に兵として志願した子が多いんです。だから無駄じゃない。思いがあります! それは王子を思う気持ちも、もちろんありますが・・・・彼らもこの国を思う気持ちがあるのですよ」
「え? でも・・・さすがに」
向かいに座っていたフィアーナが、フュンのそばまで歩き、肩に手を置いた。
「なぁ。フュン王子! そろそろ、あんたもよ。人に甘えてもいいんじゃないか」
「え?」
「あんた、今までさ。一人で頑張りすぎたんだよ。人を頼ったことはあってもよ。甘えたことはなかったんじゃないか。周りの協力を得ても、最後には自分で解決しちまおうってさ。頑張るとこがあるだろ。あたしらがあんたを人質にしちまった時みたいにさ。全部を一人で背負っちまうんだ・・・それにあんたは、自分は運が良いから大丈夫とか言って、自分の気持ちをごまかしてたりしてんじゃないのか。あたしに会った時みたいによ」
「あ・・・・そうかもしれませんね」
フュンにも心当たりがある。
今まで周りの助けを得ていたとしても最後は自分がと、是が非でもと、なりふり構わず、一人で生きてきた部分があったのだ。
誰かに甘えてみたり、完全に頼ったことはなかったのだ。
だがそれも仕方ない。
母親がいない分、自分がしっかりしていないと生きていけなかったからだ。
「だろう。あんたの顔を見りゃ分かる。いつも我慢してんだよ。自分の気持ちをよ。んでさ。今回ばかしは自分だけでやるにはちと無理がある。一人でやるって結構無理があるんだ。どんなことも一人じゃ限界がある。だからサナリアには、王の他に四天王がいたんだぜ。アハトはあたしらに協力を求めた。アハトは死ぬ間際まであたしらを頼ってくれたんだぜ。まあ、その最後の願いは、上手くいかなかったけどな。ははは。あれは、アハトには悪かったと思ってるけどさ。でも今は・・・・あたしはまだアハトへの忠義を示せる。あたしは、あんたに協力すれば、王への借りは返せるんだ! いいか、フュン王子! あんたに協力する地盤はもう出来上がってんだぜ。ほれ。ほれ。ほれ。そんでほれ」
フィアーナは、ロイマンを指差し、シュガを指差し、ゼファーがいる方を指差し、最後に自分を指さした。
「見ろよ。皆いい顔だ。あんたに協力したいってよ。ゼファーもここにいりゃ、いい顔してるぜ。あんたの役に立つためにあれほどの強者になったんだからな。あたしには分かるぜ。あいつの幼い頃の成長曲線のイメージとは全然違うからな。だってよ垂直に近いほどの力の伸びを感じるんだぜ。ははは。あいつはもう。あたしよりも、四天王よりも遥かに強いんだ。な!」
最期の「な!」に全ての力を込めてフィアーナは言った。
込められた思いは、「あんたを思う力はとても大きいものなんだよな」である。
「そうです。自分も力になりたいです。王子」
「俺もですよ。あなたの力に少しでもなれたらと。あの時からずっと、そう思って生きてましたからね」
二人も同じ思いでフュンを助けようとしてくれている。
「な! みんな、あんたの力になりたいんだ。だからよ。この気持ち・・・素直にもらってくれよ。だから甘えてくれよってことなのよ。んでもよ。あたしたちだって、あんたに甘える時が来ると思うからさ。そん時の前借りってことでもいいぜ。そしたらあんたは気兼ねしないだろ? だからあたしたちの力を今借りたって別に気にすんなって事よ! はははは」
優しい言葉とその思いにフュンの心の傷は癒されていく。
サナリアの地に足を踏み入れて以来。
初めて心が休まる瞬間であったかもしれない。
「そ、そうですね。僕は本当の意味で、誰かに甘えてこなかったんですね。母を失ってから。我慢して。人質になっても。我慢して……誰かを頼り切ったことはなかったという事ですね。そうですね・・・そうです! 僕はここで皆さんに甘えましょう。皆さんの好意に甘えて、僕も皆さんと一緒に戦います。ではロイマンさん。兵をお借りします。よろしくお願いします」
「はい。喜んで」
「シュガ殿! フィアーナ。僕に力を貸してください。いいですか?」
「はい。もちろんです」「おう。任せとけ」
「あと、向こうにいるゼファーもですね。あははは」
フュンの心は晴れやかになっていき、宣言する。
「それでは、皆さんで自由を勝ち取りましょう。僕の力と皆さんの力を合わせて、ズィーベを……サナリアを倒します。僕と一緒に戦ってくれますか!」
「「はい」」「おう」
こうしてフュンはサナリアにおいて軍を得たのだ。
最初、ゼファー以外の味方がいなかったフュンはついに軍を得ることとなった。
そしてこの時のフュンは、初めて自発的に他人の優しさに甘えることができた。
互いを支え合うことが一番であるという母の教えはここから活かされていく。
フュンはここで新たな人生観を得た。
人の好意と向き合い、そして助け合って生きていくのだと・・・。
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