第120話 苦渋で非情な決断

 今回戦ったフィアーナの軍は、1611。

 敵軍シカネロが戦ったのは、3241。

 

 本来のフィアーナの兵は二千ほどだが、隊の少数を村人護衛の為に、クリスと共に行かせていたために若干だけ数が少なくなっていた。

 それでも、こうして数字として見ても明らかなようにフィアーナ軍は敵よりも圧倒的に数が少なかった。

 だいたい二倍の差があった。


 だが、しかし・・・・その差の有利を生かす術を、シカネロは知らなかった。

 それはつまりその上の人物、ラルハンがよく知らないのだ。

 師と弟子はよく似るのである。


 ◇


 戦闘は一時間もかからずに終了。

 木の上から全体を眺めていたフュンとフィアーナは、冷静に会話していた。


 「クソ雑魚だな。なんも苦戦しなかったぞ」

 「そうですね。まあそれよりもフィアーナの兵の鍛え方が良いのでしょう。僕の予想よりも皆さんの怪我が少ない。ですが念のため僕が診ますね。治療をしておきましょう」

 「いいのか。悪いな。王子」

 「いいえ。この先も戦っていかなければならないのです。怪我は早く治すのに限ります。皆さんには元気でいてもらわないと」

 

 木から降りたフュンとフィアーナは、開けた広場の様な場所まで行き、戦争結果を確認した。

 自軍の被害は怪我人22。しかもかすり傷程度で済んでいる。

 それに対して敵軍は壊滅。

 生き残りはたったの3人だった。

 シカネロとその直属の部下2名にわざと残したのである。


 「で、どうすんだい。こいつらをさ」

 「そうですね。まずは・・・」


 フュンとフィアーナは、縄で縛られているシカネロの元へ向かった。



 ◇ 


 フュンが到着しても、勇ましいのは縄に縛られている敵の方であった。


 「貴様は・・・フュンだな。この出来損ないの王子がこの俺を・・・」


 シカネロは、にらみつける表情だけは一人前である。


 「そうです。あなたが隊長シカネロですね。意外にもまだ若いんですね。ラルハンの子飼いの将でいいですかね・・・僕ってあんまりラルハンの兵らを知りませんね。僕は、あの人との接点があまりなかったですからね。どういう人かをよく理解していませんでしたが、まあ、あなたを見れば大体察します」 


 シカネロの若さを顔で判断した。

 年がいっても三十代中盤かと思った。


 「…俺の他にもラルハン様にはまだまだ優秀な・・・・」

 「優秀? あいつが誰かを育てられてるってか? お前、クソ雑魚だったんだぞ。んで、お前程度で隊長なら、誰が隊長でも雑魚だろ? 強い奴がいたら連れて来てほしいぜ。歯ごたえがない相手でつまんねえからよ」


 敵があまりにもおかしいことを言うものだから、話すつもりのなかったフィアーナが、フュンの後ろからひょいと出てきた。


 「貴様は、裏切り者……フィアーナ!?」

 「あたしが裏切り者? どんな育て方したら、そう思うんだよ。お前、ラルハンからそう聞かされたのか?」

 「…あ、当たり前だ。ラルハン様は貴様が勝手に出て行って、邪魔をしてくると言われていたのだ」

 「ほうほう。あいつ。あたしの邪魔が嫌だったんだな。なら成功してたんじゃん。あいつはぶっ殺したいくらいにムカつく奴だしな、もっとイライラさせたいぜ」


 フュンは二人の会話でラルハンの思考が分かった。


 「なるほど。わかりました。フィアーナの妨害が相当嫌だったんでしょう。それに、フィアーナの狩人の動きに勝てないことにも腹を立てていると・・・まったく・・・ラルハンは、無能ですね」

 「貴様程度が何を偉そうに。ラルハン様を語るな! 愚鈍な王子風情が!」

 「そうですね。僕も偉そうに言えた義理じゃありませんがね・・・・・でも・・」


 肯定も否定も出来ない相手の言葉。

 もう一つ言葉を返そうとすると仲間たちが先に話し出した。


 「いいえ。殿下。殿下は無能でも愚鈍でもない。我が主君は、主君として最高の人物であります」

 「自分も思います。こんな奴に卑下などせずともいいのです。あなた様の才は輝かしいです」

 「おうよ。二人の言う通りだぜ。あんたは大成長した! あのアハトよりも強い王子だぜ。はははは」


 三人に笑顔を向けられて話が止まったが、フュンは話の続きを言う。


 「ありがとうございます。でもの部分を言いますよ。僕なんかよりもラルハンとズィーベがよくないんですよ。これはどうも考えても、変えられない事実の様で残念ですね。子供の時の僕であれば、二人の強さに感服するでしょうが、今の僕から見ればただの間抜けに見えます。強さが、体の強さしかないのです。それではよろしくない」


 ラルハンとズィーベの二人の基準は体の強さ。

 腕力。跳躍力。単純な攻防能力。

 それでは、1対1ではいいのかもしれない。

 しかし、それ以外には何の役にも立たない。

 戦いは一人で出来るものではないからだ。

 それは、戦争のみならず。内政もまたしかりである。

 皆の意見をまとめて、皆と共に政策をしなければならないのだ。


 「な。何を偉そうに」

 「偉そう? 僕は普通のことを言ってますよ。ねえ、シカネロさん。まあ、ズィーベやラルハンのことで、あなたを説得しても無駄なのでしょう。時間が惜しい。本題にいきます」


 話題を切り替えたフュンの表情が変わった。

 恐ろしいほどに冷たい。

 今まで誰にも見せたことのない表情だったために、ゼファーは急に不安になった。


 「それでは、僕はあなたを使いますよ。話を聞いてくれますかね」

 「使うだと!?」


 心の奥底にあった怒り。

 憤怒の心が少しだけ表に出た。

 どんなことでも利用して、ズィーベを倒す。

 その決意は、鋼の意志と民への思いに基づいて実行される。

 だから、ここは苦しい判断だが、全ての感情を押し殺してあることを実行しようと、相手を会話で誘導しようとしていた。


 「死にたくなければ、兵を解散しなさい。ズィーベ! ラルハン! っとこれを伝えに王都に帰ってください」

 「は!?」


 フュンの脅しの内容を聞かされてシカネロの思考は止まる。

 これが全軍であろう。

 たった数千しかいないのに、万の軍と戦う気なのか。

 と意味が分からずに一瞬止まってしまった。

 すぐに我に返り、言い返す。


 「誰が伝えになど帰るか。貴様らなどあっという間に殺されるのだぞ。軍をここに向ければ一瞬でな。誰がそんな無駄な事をするか!」


 こうなることは織り込み済み。

 会話は誘導されているのだ。


 「そうですか。あなたは伝えてくれないと・・・では、隣の方。どうします」


 時間を無駄にしたくないフュンは、交渉相手をすぐさま切り替えて、シカネロの右隣にいる恐怖に打ち震えている男に話かけた。


 「・・お、おれ・・・おれですか」

 「はい。あなたです。あなたが今のをお伝えしてくれればね。あなたは、今は! 死ななくて済みます」


 なぜか今の部分が強い。

 そこにフュンの怒りがあった。

 あとではどうなるか分からないぞと言う意味だ。


 「・・・し・・しぬ・・・」

 「ええ。まさか。この状況。この全滅した状況の中で三人だけが助かると思ってるのですか。それはあまりにも、ぬるい考えをお持ちですね。あなたたちの現状で、有利な条件を引っ張り出させるわけがない。交渉とは、勝てているからこそ有利となる。だからあなたたちの立場では、そもそも交渉が出来る立場ではない。むしろ今、会話が出来ているのが奇跡。戦争で言えば、単純にあなたたちの立場は捕虜ですからね。そして今、僕が穏やかに話しているからと言って、ただ無条件にあなたたちを解放するわけがないのですよ。解放されるには条件が必要でしょう。あなたたちは戦というものに負けたのですよ。これは武術大会などのお遊びじゃない。断じてない! 命をやり取りする戦をしたのです!!!」


 命のやり取りをする真剣勝負。

 それが戦争。

 ただの武闘大会とは違うのだと、フュンは強く言い切った。


 「戦争はお遊びなんかじゃない! あなたたちは本物の戦いを知らなさすぎる!」


 フュンの実戦経験からくる言葉は重い。

 相手の芯にまで響いたようだ。


 「・・・おれ・・たちが・・・まけた・・・ああああ」


 この状況を信じられなくなり、男は自分の中に塞ぎ込んだ。

 フュンは相手を思いやりもせずに、反対側の男に聞いた。

 いつもの彼の様子ではない事に気づくゼファーは、フュンの中にある怒りを感じ取っている。


 「ではあなたは、やってくれますか?」

 「誰がやるもんか! 貴様みたいな者の命令は受けん」

 「はあ。そうですか。では三人にはここで死んでもらいましょうか。これらの死体をここに置いて置き、ラルハンたちにはここに招待する形でいきましょう。王都に文を出して奴らを挑発します」

 

 フュンは冷酷にも三人にそう告げた。


 「な。殿下!?」

 「どうしました。ゼファー」


 さすがに心配になったゼファーは、慌てて聞いた。


 「そ・・・それでよいので」

 「ええ。いいです。僕はですね。本当はこの人たちにも慈悲を与えるつもりでした。でも、この人たちがやってきたことを思えば、許せそうにないです。僕が一番に大切にしてきた民を殺してきたのです。そこ! それについている血が、この人が何も話さずとも語っています」


 フュンが指さしたのは、シカネロのもう一本の小剣。

 柄の部分が黒く変色していて、今の返り血であれば赤くなっていないとおかしい。

 おそらく切った後に綺麗に手入れをしていないのだ。

 それにこの戦いで、その剣を使った形跡がないことのもおかしい。

 一度も抜かずに剣に血があるなんて、ラルハンの直属の兵なのだ。

 理由は一つしかない。


 「血です。戦闘で抜いた形跡がないのに……刃こぼれがないのに。そこに血がついているなら、民を殺すのにおそらく使ったのでしょう。ですからその報いをここで受けてもらいましょう。この人たちはあのラルハンの部下だ。シガー様。ゼクス様の兵ならば、こんなことは絶対にしない!! 彼らに指導を受けて育ったのならば、民を殺すなんて出来るわけがないんだ! やるわけがないんだ!!」


 フュンの怒りと悲しみが……大きな声に中にあった・・・。


 「あんた、いいのか。辛そうだぜ王子」

 「フィアーナ。いいのです。僕は覚悟を決めています。サナリアを潰すとね。そのためには冷酷な手段を一部取らなくてはならないのです。それがどんなに苦しくても、僕の苦しみなんかより。民の方が苦しかったと思います。僕は彼らの分の苦しみも背負ってます。だから、今ここが苦しくても耐えます。では、この者たちの首をここで刎ね。ここに挑発文と共に飾ります!」

 「「「な!?」」」


 フュンの計画は恐ろしいものであった。

 第二村に敵の遺体を埋葬せずに放置する。

 そこから、大将首であるシカネロを飾り、ここに文言を書き記すというもの。


 『こうなりたくなければ、大人しく兵を引くことだな。ラルハン』


 この脅しを利用して、逆上させる。

 帝国への移動を少しでも遅らせようとするのがフュンの狙いである。


 「・・・では、シカネロ。言い残すことは・・・ありませんか」


 フュンの目が悲し気であった。


 「な・・・なな・・何もないわ」

 「そうですか。では実行します。死んでもらいます」

 「俺は俺は、俺は嫌だ・・・・嫌だ・・・嫌だ」


 怯えた男は死を嫌がった。


 「そうですか。では、あなたは僕の指示したことをやってくれるのですか。ラルハンに伝えてくれると」

 「・・は、はい」

 

 ここでフュンは、予定を変更させる。


 

 「では、あなただけを助けます。ただし条件はこちらです。この男の首を持ってサナリアの王都に帰りなさい」


 シカネロの顔に指を指した。


 「・・・え!?」

 「そして、ラルハンだけに伝えなさい」


 フュンは一度目を瞑ったことで、この後の言葉に対して、誰にも意見を求めないという事を明確にした。


 「この男のようになりたくなければ、大人しくしていなさい。あなたも悔い改めなければすぐにこうなってしまうのです。あなたは四天王でもなんでもない。ただの最低の指揮官で、最弱の男なのですよ。だから大人しくしていれば死ななくて済みます。全てを諦めて、フュン・メイダルフィアに投降しなさい。さすれば、元四天王の命だけは助けてあげましょう・・・とよいですか。これを一言一句間違えないで伝えてください」


 挑発の文言を伝えた後のフュンの寂しそうな背中を、ゼファーらは見守るしかなかった。

 普段の彼ではないのは明らか。

 でもその決意を邪魔するわけにいかなかったのだ。


 

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