第117話 王都脱出 後編
サナリア山脈を目指し、並走するシュガとフュン。
シュガが、後ろをちらっと見て敵兵を確認した。
この一瞬で、後ろの状況を判断できるくらいの視認能力と、それに合わせた視野の広さを持つシュガ。
この事からも分かる。
シュガはサナリアでも相当な実力者だ。
さすがは四天王の息子と言えるだろう。
「王子! 北の騎馬兵が来てます。ここは先にお逃げください。自分が戦います」
シュガはそう言うと、走る速度を落として、フュンの斜め後ろを走った。
「シュガ殿。いや、名を呼んだら駄目ですね。あなたも一緒に逃げるんです。あと残りは僅か。山に入ってしまえば、馬はあの木々の中を登れませんから、なんとか出来ますよ」
「で、ですが。すでに・・・そこまで」
「諦めないで、急ぎましょう。僕らは一緒に逃げねば! あなたが捕まれば、シガー様に迷惑をかけます!」
そう言われたら加速するしかないシュガ。
フュンと共に山に向かって走る事を決意。
だが、確実に背後からの馬の蹄の音は近づいているのである。
◇
「貴様ら! 王都から逃げ出そうと・・・・やれお前たち」
王国騎馬兵の一人が闇夜の中、仲間たちに向かって指示を出した。
遠くの声だがその音を聞き逃さないフュンが一瞬だけ振り向く。
「30くらい……ですかね。まずい。それに一頭……あれは、やけに速いですね」
「王子! 私が食い止めます」
「出来ませんよ。あれは自信があるから、突出しているのでしょう。それでは二人とも敵に捕まってしまいます。ですから僕も戦うしかありませんね」
「え? 王子が!?」
「ええ。何とか今こっちに来ている1人目を奇襲して馬を奪いましょう。あなたは、このまま僕の隣を走ってもらえますか」
「わ、わかりました」
突出した騎兵がシュガの左隣に現れる。
フュンらに追いついたことで、油断ではないが、何故か敵はほっと一息をついたように動きが止まった。
その兵としての甘さ。
この瞬間をフュンは見逃さない。
「ここです! 僕の足を少しだけ持っていてください」
「え? は、はい」
フュンは、シュガに向かって飛んだ。
足裏をシュガに見せると、シュガは理解してフュンの足を両手で持った。
「今です。放り投げる感じでおねがいします」
「わかりました」
シュガがフュンの体を思いっきり敵の前方に向かって投げ飛ばした。
フュンは、空中制御をして落下点を微調整、勢いよく敵に飛び掛かった。
剣を抜刀し、一瞬で相手の肩を斬ってから蹴りを食らわせる。
流れるような動きで、敵を馬上から叩き落として馬を奪った。
「おお、まさかうまくいくとは。僕も結構成長しましたね。では。こちらに乗ってください。追いつかれるかもしれませんが、走るよりも速い」
「わかりました。王子」
「何とかあそこまで。お願いしますよ・・・・名前が分かりませんね。お馬さん……暗くてわからないけど牡馬かな牝馬かな? まあ、どちらでもいいでしょう。頑張ってくださいね」
シュガが後ろに乗る間、フュンは優しく馬の首を撫でていた。
◇
馬での移動開始直後。
すぐに敵に捕まりかける。
「王子、敵が来ています。私が戦います」
「わかりました。でもいいですか! 馬から降りたら駄目ですよ」
「分かっています。馬上で戦います」
フュンの背に自分の背を重ねて、何としてでも王子だけは守ってみせる気概を見せるシュガは敵の配置を見極める。
「来ます! 30以上は来てます。戦います。王子!」
「わかりました。でも馬は飛ばしますからね。速度で落ちないでください」
「はい!」
シュガは自分の専用武器「手斧」を使わずに行く。
それは自分の正体が分かられた時の父の身の危険を案じたからである。
シュガは、ポケットにあった石を手に持った。
「くらえ! 連弾です」
シュガは馬の脚を狙って硬い石を数個投げつけた。
先頭を走る敵の馬、三頭を転ばせて、巻き込まれ事故を起こす。
九人の騎馬兵を倒した。
「んん! 少しは減らしましたが・・・・さすがにこの数。王子! 今から馬上戦闘に入ります・・・・必ず背は守ります。ご安心を!」
「信じてます! 僕はあなたを信じてますよ。お願いしますね」
「はい!」
王子に応援されると、何故だか不思議と力が湧いてきたシュガ。
漲る力を頼りに、腰にある二対の小剣を引き抜いた。
「貴様ら。止まれ」
「誰が止まるものですか。あなたたちこそ諦めなさい」
シュガが敵に答える。
「なんだ。この顔を隠してる奴は、隊長。絶対にこいつ、犯罪者ですよ」
隊長の隣で馬を走らせている兵士が言う。
「そうだな。確かに怪しい。貴様。命はないと思え」
「そちらこそな」
シュガが、フュンの背を守るように、敵との戦闘に入った。
シュガの二刀の剣で、敵の攻撃の全てを防ぐ。
槍や剣がこちらに伸びてくるが、彼の巧みな剣術で弾き返していくのである。
たとえ得意武器でなくとも、シュガの実力は相当なもの。
父であるシガーだけじゃなく、ゼクスやフィアーナの指導を受けた賜物である。
「ま、まずい。体を支えてください。馬を横にずらします」
「は、はい!」
進行方向を塞がれたフュンは、ここで敵をかわすために強引に馬を左に傾けた。
フュンとシュガと馬が大きく左に傾く。
馬は、なんとかそのバランスの悪さに耐えながら走ってくれて、フュンは手綱を握っているからこそ、この傾きに耐えられているが、シュガは違う。
手を離した状態での横移動は危険で、しかも進行方向とは逆に体を向けているのだ。
それでも、シュガは地面に落ちそうになるのを両足で我慢。
馬の身体を挟んで、落馬するのを防いだ。
「お、落ちてませんよね?」
フュンは、態勢の悪いシュガを心配した。
「だ、大丈夫です。お気になさらずに。自分はまだ戦えます」
しかし、シュガが戦えたとしても二人乗りの馬では速度が出ない。
前以外にも、横にも敵が現れ始めた。
包囲が完成されようとしていたのだ。
「ま、まずいですね。ん! 右から攻撃が来ます。よれますから左の敵を」
「はい」
右からの攻撃を躱すため、フュンは馬を左に移動させる。
その移動先の敵の槍をシュガがいなす。
二人は連携して敵の攻撃を防いでいた。
「くっ。攻撃が……防ぐのも紙一重ですね」
「大丈夫ですか!」
「はい。なんとか・・・馬の方は大丈夫ですか」
「こちらもなんとか大丈夫ですよ」
二人は協力し合いながら何とか命を繋いでいると、遥か後方から大声が聞こえてきた。
「殿下あああああああ!!!!!!!」
なりふり構わず、大声で叫ぶゼファー。
敵の馬を奪い急いで駆けつけてきた。
だが、まだ敵の後方よりも遠い場所にいる。
「奴は、援軍か。なら早めにそいつら二人を捕まえろ。捕まえてしまえば、あとは脅せばいい。あいつも簡単に捕まえられるぞ」
敵の隊長の指示が出る。
取り囲む敵の騎馬兵の圧力が上がり、フュンたちは後ろに下がることも出来ないほどに包囲された。
前、右、左の三方向から、刃が重なるかのように武器が降り注いでくる。
二人の頭上に剣や槍が落ちてきた。
「ま、まずい。後ろにも下がれない」
フュンが目を瞑る。
「しまった。間に合わない。でもなんとしてでもあなただけは」
シュガは自分の防御の剣は間に合わないと確信した。
だから、シュガはフュンに体を被せる。
自らの全身を使いフュンをかばおうとした動きをしたのである。
◇
漆黒と呼ぶに相応しい夜。
その暗黒の夜の草原。
馬が駆ける音が一つ聞こえ。
瞬く間に二つ、三つと、蹄の音は増えていった。
その音は、一頭の馬に対して、複数の馬が追いかけている音だとその人は目で見ずとも理解した。
だから次に確認を強化するため、その人は聴覚から視覚へと感覚を移行する。
見開いた先で最初に見かけたのは、一頭の馬に二人が乗り逃げている様子。
しかもそれを囲い込むようにして並走しているのは、自分が嫌うクソの塊のような連中だ。
だからこそ分かる。これは民が襲われている最中なのだと。
ならばここは助けなくてはと思うのが、この人物というもの。
「あたしの矢をくらいな。糞雑魚共が。腰抜けのラルハンについていく奴なんて、顔を見なくても雑魚なんだよ」
鷲の目が敵を複数捉えた。
その目に捕捉されてしまった者は、その先を生きてはいられないと言われている。
◇
馬上で伏せるような形のフュンとシュガ。
絶体絶命であった者たちの耳に、何故か敵の叫び声が聞こえる。
断末魔だった。
二人は思わず驚いた顔で左右を見る。
頑丈な鎧など意味がない。
敵の心臓には矢が深く刺さっていた。
たったの一撃で左右の兵が死に、目の前を走る兵も…。
頭に矢が突き刺さって、絶命していたのだ。
「な、なに!? どういうこ・・・」
フュンが話し終える前に、風切り音がまた聞こえてくる。
追加の弓矢の音だ。
飛んできた矢が敵に当たるとドスっと響く重い音が辺りに聞こえる。
その音が鳴るたびに、フュンたちに近い周りの兵が次々にやられていく。
「こ、これは!? あそこからきてます。見てください」
シュガが指さしたのは、サナリア山脈の山裾。
そこから矢が三本、同時に放たれてくる。
二人はその矢が出す轟音とその矢が射出されている距離に驚く。
「そ、そんな遠くから・・・この威力!?」
フュンが戸惑っている中で雄叫びが聞こえてきた。
「殿下あああああ!!!!!!!!!!!」
敵の後方にゼファーが現れた。
馬上対馬上の戦いになれば、ゼファーの敵はもはやなし。
猛烈な勢いで後方の敵数人を倒し、フュンの元に辿り着く。
「殿下! ご無事で」
「ええ。しかし。この矢が」
今も降り注ぐ矢にフュンは戸惑っていた。
ゼファーもその矢を見る。
三本が同時にこちらに向かってくる。
それは三人が同時に放つ矢のように見えるが違う。
なぜなら、別人であれば一本一本の矢の威力が変わるはずだからである。
ゼファーの目と耳が別人の矢ではなく一人の矢だと判断したのだ。
同威力の矢を三本同時に放てる人物など、このサナリアには一人しかいない。
「こ、この矢の威力! ま、まさか!?」
自分たちを助けてくれている矢に、ゼファーは心当たりがあったのだ。
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