第116話 王都脱出 前編
サナリアの王都は、サナリア平原の東に位置する。
王都の東面のすぐそばにサナリア山脈とユーラル山脈が重なり合う場所があるのだ。
なので、王都の東から出れば、山に入れる訳なのだが、そこには当然監視の兵がいる。
だからフュンらは出来るだけ監視の目が届きにくい北東方面を頼りに入山することを目指している。
「殿下、体を地面に!」
現在。フュンたちはゼファーを先頭にして、雑草生い茂る草原の中を三人で匍匐前進している。
王都を出ている三人。
普通に立って走っていきたいところだが、それは許されない。
帝都を見張る兵士らに見つからないようにしないといけないからだ。
「王子! もう一時間が経ちました。そろそろ・・」
殿を務めるシュガが言った。
「はい。そうですね。鐘が鳴る頃です」
脱獄を手伝ってくれたマーシャらに、「王子が脱走した!」と大声で言いふらして欲しいと言ったのがちょうど一時間前。
約束の時間はもうすでに通り越しているが、鐘が鳴っていないので、まだまだ王都に近い現在地では走るわけにはいかない。
外の兵士らがドタバタになった瞬間がチャンスである。
その時が来たら、ここから北東面に抜けて走る予定なのだ。
「殿下。シュガ殿。お静かに。今から索敵します」
「「索敵?」」
二人の疑問を尻目に、ゼファーは大地に耳をつける。
「な、何をしているのです。ゼファー?」
「お静かに。殿下」
ゼファーは地面から敵の数を認識。サブロウの反響音訓練の成果をみせようとしていた。
彼曰く。
「自然の音じゃない物を捉えるには無限の集中力が必要なのぞ。だから、お前はこれから自然と一体になるぞ。そうなりゃ、自然以外の音を拾えるぞ。ちゅうことで、滝行だぞ! この水の中に入れ。今から、こっちでおいらが出している音を認識することから始めっぞ。出来なかったら、ザイオンと山登り対決だぞ~」
とまあ、地獄の訓練の罰も地獄の訓練であった。
ゼファーは自然の音を先に認識。
風の音を消し、草が揺れる音を消し・・・。
次々と音を消していき、聞くべき音は靴の音だ。
見張りの人間たちが歩く時に出す靴の音を捉えた。
それぞれの踏みしめる癖の違いや、体重の違いで、数を認識していく。
「10・30・・・北が50弱・・・・・東が約40です。計90くらいはいますね。馬も複数います。これは上手く逃げ出さないといけません」
「ぜ、ゼファー? 数が分かるのですか!」
「はい。サブロウほど正確じゃありませんが、大体このような数のようです。殿下!」
「……さ。サブロウ。あなたはゼファーにそんなことまで叩き込んだのか!? はぁ。でも今は助かりますね」
フュンはサブロウのけたけたと笑う顔を思い出した。
「その数ならやはり警報が鳴ってからの方がいいでしょう。タイミングを見て走りましょう」
フュンが言うと。
「そうですね。でもそれまでは出来るだけこの姿勢で前に進みますよ。いいですね。殿下! シュガ殿」
頷いたゼファーが二人に指示を出した。
「「はい」」
まだ三人は匍匐前進で王都から北東方向を少しずつ進んでいた。
◇
一時間前。
フュンたちと別れてからのマーシャたち。
王宮内に戻った彼らは、他の協力者たちとも全体で話し合いに入った。
その時のマーシャとカイルの会話である。
「カイルさん。どうやって兵士さんたちに王子の脱獄を知らせればいいんでしょう」
「まかせとけ。マーシャ。俺なら見張りの兵士を上手く誘導できるぜ。一緒にあの特別独居房に入ればいいんだ」
「え? どうやって?」
「まあまあ。任せとけって!」
一時間前の二人の会話から現在。
カイルは、特別独居坊の見張り交代のタイミングを見計らって現場付近に現れた。
「よお」
「なんだ。カイルかよ。あれ、どうした、今日はお前、門の仕事。非番じゃなかったっけ」
「そうなんだ。でもさ。あそこに忘れもんしちゃってさ」
「お前ドジだな」
「まあまあ。いいじゃん。ああ、そうだ! ついでにお前と話がしたいからさ。俺も見張りの所に行ってもいいか。ここからなら行きがてらだからさ」
「おう。いいぜ。そこまで話そうぜ」
「ああ、話そうぜ~~」
演技派カイルは何も怪しまれることもなく、自分たちが色々やってきた特別独居房に潜入していくのである。
◇
マーシャは、こそこそしながら、メイド控室に帰って来た。
しかしこれは嘘のこそこそである。
わざとらしくなく、いつも通りにオドオドしながらマーシャはドアを開ける。
すると、メイド長が予定通りに目の前に立っていた。
しかし、このメイド長がここにいる理由。
それは、あの時説得した三人のメイドたちの協力で誘きだしたのである。
だから、メイド長は、マーシャのアリバイ作りの為に来てもらったのだ。
そんなこともつゆ知らず、メイド長は怒り出す。
「マーシャ! どこへ行っていたのですか!」
「は、はい! メイド長!」
「…どこへ?」
メイド長の凄みのある声。
それにビビった様子の演技で、マーシャは会話を誘導する。
でも実際にビビっているかもしれない。
「そ、それがですね。お腹が空いたので、知り合いの方に・・・お、おすそ分けをもらいに・・・」
「何をしているのです! あなたは王宮のメイドですよ。貧乏人みたいなことをしてはいけません」
「ご、ごめんなさい。でも、ほら、この果物。メイド長もどうです。いっぱいもらって来たんですよ。種類もたくさん!」
風呂敷に入れてきた果物を、堂々とメイド長の前に広げた。
「え。こんなに!? どれどれ。私ももらっていいのかしら」
「はい。どうぞどうぞ。お好きな物をどうぞ」
マーシャもまた巧みに潜伏したのであった。
◇
【カンカンカンカンカン】
王都の警報の鐘が鳴った。
響き渡る音はサナリアの都市を越えて草原にも聞こえる。
「来た! 殿下、シュガ殿。もう少しお待ちを。敵の移動を確認します」
「わかりました。頼みましたよ。ゼファー」
ゼファーは再び地面から敵の数とその移動を算出する。
「まだ、慌てていませんね。兵が動き出したら走ります。待機お願いします」
「「わかりました」」
しばし時間が経つと、東と北の兵士が動き始めた。
時間が経ってから動く兵士たちの危機感のなさが気になるが、フュンたちは走り出した。
「僕が目で」
夜の中でフュンの目は輝く。
薄暗い夜ではない。
暗黒に近い真っ暗闇なのだが、フュンの目は人を捉えた。
「えっと。まだ残ってますね。あ、でも、王都の方向に向かって走っていきますね。特に北方面の人たちはかなりの数が王都へ行きました。ならば、こっちはどうでしょう。ああまだ動きが悪いですね。東はもしや・・・こちらに気付いているのか!?」
「王子。間違いない。東は。王都ではなくこちらに外れてくる兵士たちがいます。しかも騎馬です」
最後方を走るシュガが言う。
「まずいですね。とにかく、山に向かいましょう。東に加えて、北の兵が来られると厄介です。急ぎましょう」
三人は全速力で逃げることを決断。
息を切らしながら走るが、当然馬の速度には勝てない。
このままでは追いつかれてしまう。
だから。
「殿下。先へ行ってください。私は必ず追いつくので、この人数ならば、瞬殺できます」
「わかりました。僕の元に必ず戻ってきてくださいよ。死んではなりませんよ」
「はい。もちろんです殿下!」
東から来た騎馬兵の数は10。
圧倒的に不利な地上戦。
これ以上の不利な事を羅列をしようと思えば、まだまだ出てくる不利な状況。
だが、ゼファーには勝つ自信があった。
今まで積んできた特訓の数々が彼の自信を作り上げたのだ。
◇
ゼファーの正面に東の騎馬兵が来た。
「殿下は必ず守る。貴様らのような兵に、私は負けん! 民を監視するような屑の兵にはな」
先手はこちらから、先頭を走る騎馬に向かってゼファーは飛び、槍で横に一振り。
敵の首を粉砕して落馬させる一撃を見せた。
その一撃の慈悲のなさに、兵士らの顔が歪む。
圧倒的な強さによる恐怖が顔に出たのだ。
「戦いは綺麗なものではない。武人の心は重要・・・だが、一時でも戦いに入れば、それは生死を分けたものとなるのだ。遠慮はせんぞ」
そこから。
兵士らの手が止まる。馬が止まる。時が止まる。
だがゼファーは止まらない。敵に情けをかけたりはしない。
彼はもうサナリアの武人ではない。
帝国でも最強格の戦士。
フュンを守るためだけに動く。
絶対の守護者となったのである。
ゼファーは着地と同時に二番目の騎馬兵に向かって槍を伸ばして敵の胸を突き刺す。
思考停止に近い兵士たちでは、彼の動きの速さについていけない。
いや、そもそも動きの鋭さが普通の兵とは違う。
サナリアの兵士らはその強さの違いに委縮し、一旦ゼファーから距離を取って、円で囲うように馬を動かした。
「貴様ら、そうか。時間稼ぎで残りの奴を呼ぼうと思っているのか。ぬるい。ここで倒すという気概を見せろ!」
「その強さ・・・・この王都から脱走しようとするものにしては強すぎる。何者だ?」
「ん? 私が何者か知らんのか……なるほど。外の兵と中の兵の連絡が悪いのか。こいつら、危機感がなさすぎる。軍としてどうなっているのだ」
相手の状態を即座に見極められたゼファーは、頭もよくなっている。
これは奇跡であった。
「答えろ、何者だ。逃げ出すのは重罪であるぞ」
「ああ。そうか。この国は、王都から外に行くだけで重罪になる国なのだな。我が母国は! 泣きたくなるくらいに情けなくなるわ。なるほど。主君が、潰したくなる気持ちが、今こそ分かるぞ。貴様らのような屑は、私の目の前から消えろ。目障りである!」
この兵士との問答で、ゼファーの怒りが一気に頂点になり、動きが変わる。
鬼神のような強さを出した。
円で囲う敵の一人を倒すとすぐに二人三人となぎ倒す。
馬上と地上の差など関係がない。
ゼファーにとって、サナリア王国の兵士を倒すのは赤子の手を捻るようなものだった。
最後の10人目を倒し、フュンの方を振り向く。
「な!? なに。しまった。北にも気付かれていたのか」
山に向かって走るフュンたちの背後には、サナリア王都の北の兵士たちが近づいていた。
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