第118話 間違いと後悔

 「下がれ! あの矢をもらい続けるわけにはいかない。退却するぞ。このままではいかん。ラルハン様に報告するために退却だ」


 言い訳に聞こえる退却理由。


 「はっ。隊長。い、急ぎます」


 サナリアの兵たちは山から来る矢に加えて、ゼファーの異様な強さに怖気づいて、逃げていくように引いていった。


 「殿下。あの矢はおそらく……」

 「ゼファー?」

 「はい。とにかく早くあそこに行きましょう」

 「わかりました」



 ◇

 

 山脈の入り口付近。


 「ご苦労様でした。ありがとう。お馬さん。牝馬さんでしたね。お元気で」


 馬から降りたフュンたちは、サナリア平原に対して馬を解き放ち、入山した。

 矢が来た方角を間違えないように、夜に輝く月の位置から計算して、山の奥へと進むと、そこにいたのは狩人特有の軽装の女性が肩に弓をかけて笑っていた。

 

 「よぉ。やっぱりそうだったか・・・・噂は本当だったんだな。あたし自らが偵察に来ていてよかったぜ」


 ここにいたのは、サナリアの元四天王『弓のフィアーナ』である。

 王子が使者として王都に訪問するとの噂を聞きつけて、彼女は、外からでも様子を探ろうと、王都近くのサナリア山脈から一人で観察していたのだ。


 フィアーナはフュンの前に出た。


 「お。王子!? あんた・・・王に似てきたな。おお。体も立派になったな」

 「フィアーナ様! 先程の矢はフィアーナ様だったんですね。ありがとうございます。いやぁ助かりましたよ。もうちょっとで危ない所でした。あははは。やっぱり僕って運がいいですね。誰かが助けてくれますね。ラッキー、ラッキー!」

 「ああ、本当に王子なんだな。あんたのその物の言い方はさ。やっぱ相変わらずなんだな。姿形は凛々しくなっても、中身は変わらない男なんだな」

 「いや~。そうみたいですね。僕ってあんまり中身が変わってないんですよ。ちょっと体が大きくなっただけ! いやぁ。でもフィアーナ様は、いつも見ても勇ましくてカッコいいですよね。あはははって。え!?」


 ここで、なぜかフィアーナが急に跪いた。

 頭を深く下げて謝罪のような形を取る。


 「ど、どうしたんですか? フィアーナ様? 立ってくださいよ」

 「いいや……すまなかった。王子! しばらくこうさせてくれ。あたしはあの時、王子を王太子にせず、あの糞野郎を次期王に押してしまった。その判断がこのサナリアを駄目にした。あれは、あたしの間違いだったんだ。あの時に王に猛反対して王子を後継ぎにすれば、こんな酷いサナリアにはならなかったんだ。すまない。全てはあたしのせいだ。フュン王子、申し訳なかった。辛い思いばかりさせた。本当に・・・すまない」


 ゼクスにもシガーにもあったようにフィアーナにも当然この後悔があった。

 フュンが王であれば、どれだけこの国は豊かに。どれだけ民は幸せに生きられたのだろう。

 その事ばかりが四天王たちの心の中にずっと残っている事だった。

 それはフュンを帝国に送り出してから思い続けていた事である。


 「いやいや、別にいいんですよ。そんな些細なことはね。僕はね。フィアーナ様が無事で嬉しいんですよ・・・・僕は・・・僕の為に命を懸けてくれたゼクス様とハーシェさんが死んでしまい。もうこれ以上、四天王にも、誰にも死んでほしくないです。フィアーナ様が生きていてくれている。それだけで僕はとても嬉しいですよ。はい!」

 「なに。ゼクスが!? ぜ、ゼファー! お前、大丈夫か?」


 初耳の情報にフィアーナは立ち上がって、ゼファーのことをすぐに心配する。


 「はい。大丈夫です。叔父上は私たちに間違っていないと、進めと。言ってくれました。私は叔父の意思を継いでいるから、まったく平気でありますよ。フィアーナ様!」

 「ゼクス……クソ。堅物で口うるさいのもいなくなると寂しいな……にしてもお前、立派になったな。あの頃は、ただ槍を振り回しているだけの馬鹿正直なガキだったのにな。この野郎!・・って、でけえなお前! 2メートル近いのか!?」


 何もかもが自分よりも大きくなったなと思うフィアーナはゼファーの肩に手を置いて喜んだ。

 自分もそんなに小さくないが、かなり見上げないと顔が見えない辺りに頼もしさを感じているフィアーナだった。


 「フィアーナ様は変わりませんね! 幼い頃に指導をもらった時と一緒です」


 ゼファーはいつもの調子のフィアーナに微笑んだ。


 「おうよ。あたしは勝手気ままな方が楽なんだよ。それとこいつは・・・その雰囲気に。立ち姿は・・・シュガだな!」

 「はっ。フィアーナ様。シュガでございます。お久しぶりであります」

 「なんで仮面を?」


 フィアーナはシュガの仮面を指さした。


 「これは、王子を手伝うのに自分の顔が敵にバレると厄介だろうということで………父の身も危険になるかと思い・・・」

 「ああ、そうか。そういうことか。わかった。あいつ。息子を王子に託したのか……。そうか。だったら、あたしだってな……ここはなんとしても、王子に協力しないといけないよな。そんな危険な綱渡りをしようとしてんだもんな」


 フィアーナは納得した。

 シガーは現在の苦しい待遇の中にいながら、王を倒すために出せる手を出し尽くそうとしているのだと。

 苦楽を共にした四天王たちの思いをここで読み取ったのだ。


 「そうだな。とにかくだ。ここに長居するのは良くないな。あたしの村に行くぞ。早く行って準備したいことがあるんだ。王子! あたしについて来てくれるか」

 「はい。お願いします。助かります。フィアーナ様」

 「ははは。王子。あたしはフィアーナでいい。堅苦しいのは嫌でな。あの糞王子からは、名を呼ばれたくないが、あんたからはフィアーナって呼ばれた方がいいな」

 「わかりました。フィアーナ。案内をお願いします」

 「おうよ。早めに村に行って準備すんぜ」


 こうしてフィアーナによって三人は救われて、彼女の村へと行くことになったのだ。


 

 ◇


 

 サナリア山脈の北東にあるフィアーナの村。

 トルスタン村第一。

 第一という名がついているように、第二もある。

 その第二は、第一よりも北に行った先にあり。

 移動日数で言えば、一般人の脚力で4日ほどはかかる場所にある。

 ちなみにフィアーナの部隊であればもっと短くて済む。

 彼女の兵らは、山を熟知した狩人たちだからだ。


 そして、本来の彼女の村はこの二つの村を行き来する。

 移動型の村では、大きな天幕を使い、皆が固まって生活するのは、狩りの為である。

 一定の場所にずっと留まっては、獲物が警戒するのだ。

 寄り付かなくなってしまうために移動するのだ。

 

 でも現在は第二の方に固定して村人たちがいることになっている。

 それはなぜか、ラルハンたちの嫌がらせを受けているからだった。

 普通の村人たちの身の安全を図るために第二村を固定し、第一村では兵を待機させて、そこを最前線の基地のような形で敵を迎え撃っているのである。

 この兵士たちは、フィアーナが王都から連れてきた二千の兵である。

 その内の千が第一で見張りをして、なんとしてでも第二村へは行かせないようにしていたのだ。


 助けてもらった位置から丸々一日を使ってフュンたちとフィアーナは、第一の村に到着した。

 二人は村の真ん中で話す。


 「よし。ここも移動したいんだがな。罠をかけようと思うんだ」

 「罠ですか?」 

 「ああ。おそらくラルハンの部隊はここに向かってくると思う。以前も何回か来てんだ。でもすぐに返り討ちにしてるけどよ。あいつ、人を育てるのが下手らしいんだ。そいつらと普通に戦って、こっちが何も罠を用意しなくても追い返せたからよ。クソ雑魚だったんだぜ」

 「へぇ。そうなんですね」

 「で、今からここに来ると思うからよ。罠を仕掛けて待伏せしようと思うんだ。一網打尽にして、来た奴らを今度は全滅させんぜ」


 フィアーナは腕まくりして、意気込んだ。


 「そうですか。では、どのようにして?」

 「ああ。そいつはな・・・・・・・・・」

 「なるほど。なかなか面白い罠ですが。ここで全滅はやめましょう。こっちも加えてください・・・」


 フュンは作戦の変更を要求した。


 「ほうほう。そっちの方がおもろいな。作戦を変えよう。王子、あんたは策士になったんだな」

 「いえいえ。そこまで大層な者では・・・あはは」

 「うし、そんじゃ、それやるから準備をする。その前にだ」


 フィアーナは自分の部隊から華奢な男性の兵を呼んだ。

 黒い髪に黒い眼。

 雰囲気が朴訥としていて、狩人だらけの野生児溢れる周りとは違い、話を聞く態度は礼儀正しい。

 

 「クリス! 第二村にいる連中も移動したいからよ。先に行って、移動の準備をさせろ。ジジババどもが多いんだ。逃げるにしても時間がかかるからよ。そこの調整を頼んだ! あたしらも向かうけど、先にあっちに向かってくれ」

 「わかりました。頭領」

 「ああ。頼んだぜ!」


 第二村は、普通の村人たちがいる。

 フィアーナは村の頭として正しい判断をする女性であった。


 

 ◇


 サナリア王都から北東に進み。

 山に入ってからは北に進むとあるのがトルスタン村第一だ。

 

 その村手前にラルハンの個別部隊が深夜にやってきた。

 フュンたちの事をラルハンに知らせた後に、すぐに追いかけてきたのだろう。

 数時間遅れでやってきたことで、四人は理解した。

 フィアーナとフュンたち、それと村にいた部隊は、木々に隠れながら敵を見つめて待機している。


 「おい。王子。いいのか。ここでやっても」

 「…はい。ってここはフィアーナの策でしょ。なんで僕に聞くんですか?」

 「なに、王子があたしらのボスだからな。こういうのは許可取った方がいいだろ」

 「あははは。フィアーナは意外と律儀な性格なんですね。知らなかったですよ」

 「ふん! 実はそういう女なんだよ。からかうなよ。んじゃ、いくぜ」


 少し不機嫌になったフィアーナは、自分の部隊に手でまだ待機していろと合図を送った。


 ◇


 ラルハンの追撃部隊長のシカネロは、夜の暗闇の中で敵がいると思われる天幕に緊張していた。

 その緊張感は恐怖までではない。

 シカネロだって場数は踏んでいるのだ。


 「狼狽えるな。索敵しながら村に入るのだ。そこに逃げ込んだはずなのだ。ラルハン様の予想では、王子フュンはフィアーナの村に匿われているはずだとな」


 彼らから状況説明を受けたラルハンが導き出した答え。

 それは、矢での被害状況と、兵の怪我の状態から鑑みて、王子の脱獄に協力したのはフィアーナの一派であると結論付けたのだ。

 だがしかし、それは思い違いである。

 実際は王宮の中にいるフュンを慕う者たちが、彼を逃がすために命懸けの全力で作戦が実行されたのである。

 

 協力してくれた者たちの作戦。

 それは、執事が、兵の注意を逸らす。

 兵士らが交代を上手く使って兵の見張りを減らす。

 メイドたちが人の流動を作り出す。などなど。

 数えてしまえばいくらでも出てきてしまうほどの細かい作戦がフュンを助けるためにあったのだ。


 だから、フュンとゼファーの脱走が、フィアーナのせいになったのは好都合だった。

 王宮内の人物たちが疑われずに済んだ。

 だから、マーシャやイール、それにシガーすらも疑いがかけられていない。

 ラルハンの都合の良い解釈のおかげで、フュンにとってもベストの結果となる。

 助けてくれた人々は何事もなかったかのように今日も元気に仕事をこなしているのだ。


 

 「フィアーナだぞ。相手はな。慎重にだ。ゆっくり進軍しろ」


 隊長シカネロは指示を叫んだ。

 目の前にある天幕に敵がいるかどうかで実際の動きが変わるからだ。


 「隊長。いつもの位置に天幕があります。行きます」

 「よし。最初に数名が見てこい」


 隊長シカネロの指示通りに部隊の数名が天幕の中に入る。

 しかし、誰もいない。


 「いません!」

 

 シカネロは、ここに来てからずっと思っていたことがある。

 それは敵の気配が全くない事だ。

 天幕から出る生活の音もない。

 それ以前にここに来るまでの間に、人がいれば何らかの音が出るはずなのに、物音一つしない。

 隊長のシカネロは、誰かに見られているという証拠がないのに、ずっと見張られているような気分になった。 

 


 ◇

 

 シカネロたち全員が村の中心の天幕付近に集まると、木の上にいるフィアーナが叫んだ。


 「だから、お前らは雑魚なんだよ。真正面から戦うのが狩人じゃねえんだ。餌があんだよ。罠があんだよ。簡単に撒き餌に群がるんじゃねえよ。お前らは動物以下か!!」


 フィアーナの声が聞こえた直後、天幕に向かって火矢が放たれた。


 「燃やせ! 天幕ごと敵をな!」


 フィアーナは、村の天幕をわざと放置した。

 彼女たちは、いつもであれば、天幕を片付けている。

 なのに、今回はそのままにしておいたのだ。

 それはここにいる兵士たちを天幕ごと焼くためだ。

 そして、天幕が闇夜の中で燃えるという事は、敵を発見しやすくなる。

 そうなるとさらに一方的に木の上から、正確な斉射をすることが出来るのである。

 火の熱さでたまらずにいる兵士たちは、一目散に逃げていく。


 「よし、放て!!!! んで、あっちに誘導しな」


 フィアーナの部隊は村の入り口に誘導するように矢を斉射し続ける。

 だから兵士たちは、途中で炎に包まれて、死ぬか。

 村の入口で渋滞を起こした先で、背後からの矢を当てられて死ぬか。

 最悪の二択で死んでいくラルハン部隊であった。


 「もういいでしょう。フィアーナ。矢はここまでにしてください」 

 「ん? ここで全滅させんでいいのか?」

 「ええ。ここではしませんよ。それでは意味がない。彼らにはここで、一旦王都に帰ってもらって、もう一度来てもらいましょう。第二村で僕らはもう一度彼らを待つのです。ここの兵の生き残りには、兵をもっとたくさん連れてきてもらいたいのですよ。もっとなんですよ。これくらいの兵では足りないんです」

 「・・・え?」

 「いいですか。これくらいではいけません。ここで全滅では数が足りない。だとすると、今死んだこの兵士たちの命が無駄に終わってしまう。それはいけません。人の死を無意味にはさせません……僕は無駄死にだけはさせませんよ」

 

 目に悲しみがあるフュンは、人の命を大事にすると言ったニュアンスであったが、その真意はまだ敵を倒すことを考えている。

 フィアーナはそこに驚愕していた。


 「まあ、でも彼らだって……たぶんこうやって一方的に、僕の大切なサナリアの民を無残に殺していたのでしょう。だから僕は許せない・・・じゃない。絶対に許しません。僕はそんな怒りが心の中にあっても、彼らの命だけは無駄に使いませんよ。ここで単純に死んでもらうのは命の使い道としてよくないですからね。彼らの死が無意味にならないように。ここでは生きてもらうんですよ。そして部隊を連れてきてもらって、そこで死んでもらいましょう。次の村では必ず部隊を全滅させて、ラルハンが持つ小隊たちを次々と消滅させていくのです。これが僕の第一段階の計画です」

 「な? なに!? 王子・・あんた・・まさか・・・そんなことを」


 フィアーナはフュンの思考が冷静で冷酷で、でも人の為であるのに驚いた。

 殺すことにためらいはあっても決断には左右されない。

 でも悩んでいるのは顔で分かる。

 けどそれを押し殺してでも、この先の為の難しい判断をこなすことが出来る男だったのかと。

 今更ながら真の意味であの時の進言を後悔したのだった。

 

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