第107話 望まれる人の望まぬ帰郷
アハト王が亡くなり、一年も過ぎ去っていないサナリア王国。
喪にも服さずにいる王宮の人間たちは、第二代サナリア王ズィーベの召集に応じて集まっていた。
もちろん、呼び出した張本人も、喪服にもならずに煌びやかな服を着ていた。
親不孝で恥知らずの男は、玉座の間でありえない宣言をする。
「我々は帝国を取る。その準備をしておけ」
「はっ」
皆が王に跪くが、二人だけ跪かない。
「お、王。さすがにそれは不可能かと思われます」
サナリア軍の右将軍シガーが指摘するが。
「黙れ! 帝国など雑魚の集まり。それと王国もだ。あの兄上が活躍出来る戦場なのだぞ。この私にとっては余裕に決まっている」
「王! さすがに無理がありますぞ。我が軍が進軍したとしても帝都など落とせるわけがないのです。お気づきください」
珍しくゼクスも声を荒げた。
「うるさい。ゼクスも。シガーも。黙っていろ」
サナリア軍左将軍ゼクスの指摘すらも跳ね除けるズィーベ。
この国には、彼の暴走を止めることが出来る者がいなかった。
「・・・王。では勝つ算段があるのですか? お考えをお教えいただきたく存じます」
シガーが至極当然な質問をした。
勝てる算段もなしに無謀な戦など出来るわけがないのだ。
「ふん。とにかく押せば勝てることになっているのだ。そう情報筋からも聞いている」
二人は「どこの情報だ?」と顔を見合わせた。
「帝国は今から王国と戦うらしいのだ。それも三か所でな。それに連動してこちらも攻撃を仕掛ける。それが大体一か月後らしいのだ。まあ戦争時期はおいおい伝えられるらしいが。その時、背後ががら空きになる帝都など恐るるに足らずだ。簡単に潰せるのだよ。はははは」
「王。我はそれでも兵が足りないと思います。王。我らの兵はたったの一万ではないですか」
「何を言っておるのだゼクスよ。伝えてやれ、ラルハン」
「はっ」
ここで二人は、自分たちにはない。自国の情報を聞くことになる。
それは、先王の死の以前から準備されていた事だった。
サナリア国は各地で強制徴兵を勝手に行っていた。
村や町から人を攫う様にだ。
そして、王都では重税を課し、兵士育成費と遠征費を稼いでいた。
それを秘密裏に内政系の大臣とラルハンがやっていたのだ。
ゼクスとシガーには分からないように、王都とは別の場所に訓練をする町を作り、兵士を増産していた。
それによってサナリアは追加で一万の兵を手に入れている。
計二万の大軍を持って帝都へと乗り込もうという話であったのだ。
「な!? お、王がそんなことを」
常に一定の表情のシガーでも顔を歪ませ、驚きのあまり止まった。
だが、ここでさらに驚きの一報が来る。
それは、玉座の間の扉が、許可なく開いてから始まる。
「ズィーベ王! て、帝国から使者が来るそうです」
「なんだ。貴様は!? 今は、重要な会議中であるぞ」
「も、申し訳ありません。ですが、し、使者が」
「使者などどうでもよい。今はこちらの話が重要である」
「そ、それが・・・」
伝令兵が緊急事態であるという表情をしていても、ズィーベには関係なかった。
彼は伝令を無視しようとするが、さすがに様子のおかしい兵士にラルハンが聞く。
「なんだ。そんなに慌てて、何をそんなに・・・どうしたのだ?」
「あ、総大将様。し、使者があのフュン王子なのです。こちらに来るとの連絡が先程・・・あと五日ほどであります」
「「「な、なに!?」」」
王子が帰って来る衝撃に皆は止まった。
「はははは、ちょうどよいではないか。兄上を見世物にしてから、我らの兵の士気を高めようぞ。ははははは」
ズィーベの高笑いで、この日のサナリア王国の会議は終わったのだった。
◇
フュンとゼファーは、サナリア平原前の関所で馬を止めた。
仕事をしている兵士たちがいるからである。
複数の兵士がいる中で、一人の青年兵士が二人に話しかけてきた。
「何用でございますか。今はあちらに行くのは・・遠慮したほうがいいかと思いますよ・・・・大変危険だという話が最近出てまして」
「いえいえ、兵士さん。心配なさらずとも・・・。ああそうですね。僕はこれからサナリアへの使者としていくのでね。僕のことは心配しなくていいですよ。兵士さん」
「あ、では。ここを通るとの連絡があった方・・・あああ、も、もしや、あのフュン様でしたか」
「はい。あのフュンですよ。他にもフュンがいるかは分かりませんがね。あははは」
兵士は事前に連絡を受けていた。
でも誰がフュンかは分からない。
それはもちろん末端の兵だからである。
それを当たり前だと思っているフュンは兵士を咎めずにいる。
「し、失礼いたしました。ご無礼を。あの大戦の右翼将軍閣下に大変失礼な事ばかりを・・・」
「ああ。そんなことは別にいいんですよ。あなたは気にしないでください。むしろですね。僕としては嬉しいですね。気軽に声をかけて貰えて、なんだかこの身分になってから窮屈でしてね。あははは。あ! それにですね。実はあれはたまたま得た役職なんですよ。右翼将軍なんて、代理だったんですからね。あははは」
「・・・は、はい。そ、そうなのですか」
恐縮する兵士にフュンはあえて明るく話す。
「ええ。ええ。あと一ついいですか」
「はい!」
男は何かを言われるのかと思い、緊張のあまり声が裏返った。
「あなたはとてもいい仕事をしてますよ。相手のことを思って、忠告してあげる気持ちが大切なんですよ。ですから、とても立派に仕事しています。これからも誇りを持って、お仕事頑張ってくださいね。では、ここを通りますね」
「はい。頑張ります。ありがとうございました。そして、こちらの道を開けます。どうぞ閣下!」
「あれ、閣下になっちゃうのですね。でも・・・まあ、いいでしょう。仕方ありませんね。いってきますね~」
閣下と呼ばれてもおかしくない人物なのに、あまりにも軽い雰囲気を持つ男であった。
フュンの後ろから声が聞こえる。
「お前、あの英雄と会話したのかよ。ラッキーじゃんか」
「ほんとだよ。声が震えたよぉ。右軍の大将だった人だぞ」
「お前、いい日だったな~。にしてもあの人凄い人なのに、何にも偉ぶらなかったな。俺あんな人の部下になりたい」
「俺もだ。上官ってさ。なんで怒りっぽい人が多いんだろうな」
「まったくだな」
二人はそれを聞いていた。
しばしサナリア平原を馬で走って会話する。
「殿下!」
「なんでしょう?」
「あの時とは違いますな」
「ああ。そうですね。あの時はあの門でゼファーは怒ってましたもんね。あははは」
「そうでありましたね。あの時は殿下を蔑む者ばかりでした。ですがもうすっかり変わりましたね。ああ、でもあの時の私は、帝国の兵を殺そうかとも思ってましたね」
「え!? それはやめましょうよ。でもあなたはこの五年で怒りだすことは少なくなりましたね。いい傾向ですよ」
フュンはゼファーの成長を微笑ましく思っていた。
「ですがね。ここからが勝負ですね。果たして説得だけで上手くいくのどうか。それしか方法がないのも痛いですが・・・ズィーベはどのように成長したのでしょうか。僕の話・・・・いや、そもそも会うことすら応じてくれるのでしょうか。不安ですね」
まずは対話から。
フュンの作戦とは言えない。
祈りを込めた説得をしようとしているのである。
馬を走らせながらフュンは、弟がどのように自分に対応してくるのか。
ただそれだけを考えていた。
「・・・・もっと、僕は・・・・どうせ帰るなら、こんな理由じゃなくて・・・・普通に帰りたかったな」
この帰郷の中で、少しだけ悲しい思いも混じっていた。
◇
サナリア平原を疾走して四日が経ち。
二人はサナリアの王都まであと少しといったところまで来た。
王都の外から見える都市の景色は、あまり変わりがない。
だが、その前の平原の様子が変わっていた。
それは、四方を取り囲むように天幕が張られてあり、それぞれ数十名の兵士が駐屯部隊として居たのだ。
しかも、その部隊は外から来る野盗などから王都を守るために監視しているのかと思ったが、少し様子が違く、なぜか兵士らは王都の方を見ていた。
外を見ていればいいのに、内側だけ見ているのである。
目的は王都の護衛じゃないのか。
不思議な見張り方だなと、フュンは疑問に思った。
「あれはなんでしょうか? ゼファー、わかりますか?」
「さあ、なんでしょう? 殿下、私たちが帝都に行くときには、見たことがない兵士ですね」
「そうですよね。ここには兵士などはいませんでしたよね。昔は・・・」
「ええ。サナリアの兵は、王都の中にいましたよ。四天王を基準に、四方にですが」
「そうですよね。はて・・・なんでこんなところにいるのでしょうか?」
二人は、疑問を持ちながら王都に入る。
◇
馬を王都の預り所に預けて、王都の城下町から王宮へと移動する途中。
昔だったらメインの通りに人が多くいたはずなのに、今はまったく活気がない。
買い物をする者たちの顔色も優れていなかった。
「なんだか、民の様子がおかしいです。元気がないですね。これはまるで、僕が幼い頃の王都に近い」
「殿下の幼い頃?」
「ええ。あの頃はまだ統一されていないサナリアでしたからね。人々が安定した生活を送っていませんでした。今は戦争もないのに、安定しているはずなのに。なぜこんなにも暗い雰囲気なのだろうか??」
フュンの胸はこのくらいかをしている民によって締め付けられていた。
これは人々の生活が苦しくなっている証拠ではないのか。
いったい、どんな政治をすれば、戦争のないはずのサナリアがこれほど悪くなるのか。
フュンはズィーベの政策を不安に思った。
◇
王宮に入る前。
門番の暗い顔をした男性が、フュンを見つけた途端に明るい顔になる。
「あ! あなたはカイルさんでは!? 変わりませんね。いつもご苦労様です。お仕事頑張ってますね」
「お・・・王子だ。俺たちの王子だ・・・ああ・・・フュン様・・・だ」
カイルは嬉しさのあまり少し泣いていた。
彼はすぐに近くの兵士を呼んだ。
「おい。俺たちの王子だぞ。みんな。帰って来たんだ!」
近くにいた兵士たち。
その騒ぎに気付いたメイドらが。
一挙にフュンの周りにやってきた。
姿や形が若干変わっているフュン。
でもあの温かな雰囲気がそのままだから、どんなに成長しようとも、すぐにフュンだと分かったのだ。
「王子。大きくなられて」「凛々しくなられましたな」
「ほんとです。ええ、カッコいいですよ。本当に・・・・」
「あははは。そうですかね。そんなに中身は変わってませんよ。身長だけ伸びた感じですよ! 皆さんはお変わりなく・・・いや、ちょっとやせたかな。体調は大丈夫ですかね。あははは」
「・・・ああ。王子だ。その笑い方は・・・」
「そうよ……私たちの大好きな王子よ・・・ぐすっ」
本当は先へと急がないといけないはずのフュンなのに、彼はしばしここで談笑していく。
皆が待ち望んだ人物なのだ。
彼の帰還を喜んだのは、この王都で仕事をする者たちだった。
フュンは望まぬとも、民は王子が帰って来ることを望んでいたのであった。
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