帝国の使者 フュン・メイダルフィア

第106話 約束には裏がある

 帝国とサナリアの関係が変わるかもしれない会議が終わり、参加した者たちがフュンの勝利条件に疑問を抱きながら帝都城を出ていく。

 彼らの中には、達成出来るとは思えない条件だという考えと、属国の王子が辺境伯という伝説の役職に就こうなど、許せないといった嫉妬にも似たような感情を持っていた。


 曇天だった帝都の上空は、いつの間にか豪雨へと変わっていた。

 滝のように降る雨の中で、フュンとシルヴィアは馬車でミランダの屋敷へと戻る。

 道中の二人は押し黙ったまま。

 重苦しい雰囲気を抱えて、家までたどり着き、屋敷の玄関に着くと同時に。


 「あ、あなたが無事でよかったです。ほ、本当に・・・」


 シルヴィアはフュンをギュッと抱きしめた。

 愛しい人がそばにいてくれる。

 今はただそれだけでも、無性に嬉しかった。

 疲れ果てた彼女の表情は、一気に安堵の表情に変わっていた。


 「ええ。助かりましたね。あははは」

 「な・・・なんで、あなたはこんなに危機感がない人なのでしょうか。はぁ、疲れます」

 「え? いや、もちろん。危なかったなって思ってますよ。僕もシルヴィア様もね」

 「私は命の危機に入ってないでしょう。あなたの危機だったのですよ。もう少しで首を刎ねられるかもしれなかったのですよ」

 「はい、そうですよね。でも僕の命の事なんて、どうでもいいんですよ。そうじゃなくてですね。僕はあなたの地位が危うくなると思いましてね。そっちの方が嫌かなってね。あははは」

 「はぁ~。あなたって人は・・・・そういう人ですもんね。はぁ」


 シルヴィアは、抱きしめていた自分が馬鹿らしくなって手を離す。

 頭を抱えてため息をついた。


 「フュン様!」「王子!」


 帰りを待っていたイハルムもアイネも、二人のそばにやって来た。

 フィックスから知らされていた会議の情報で、フュンたちの事情を把握していた二人も不安だった。


 「「ご無事で」」

 「あははは、はい。なんだか命拾いをしたんですよね。いや~、運が良かったですね。まあ、いつもの感じですよね。ラッキーなんですよ。僕ってね。あはははは」

 「「はぁ」」


 心底心配していた二人も能天気な王子にため息をついた。

 その直後、イハルムは緊張から解放されてふらつき、アイネはほっとしてその場にすぐにへたり込んだ。

 その気持ちが分かるシルヴィアが彼女のことを支える。


 「ああ。シルヴィア様。よかった。お二人が一緒に・・・ご無事でええええ。帰って来てぇえええ。本当にぃぃ。心配しましたよおおおおお」

 「ええ。ええ。あなたとまたこうして会えて嬉しいです。アイネ。とても嬉しいですよ」

 「はいいいいい」


 アイネとシルヴィアの方が長く抱きしめ合っていた。


 「「殿下!」」

 「ん?」

 「我らも」「ついていこう」

 「「サナリアに」」

 

 急に現れた双子は共に行くと言ったが。


 「それは駄目でしょう。サナリアのことはサナリアの者がなんとかしないといけません」


 フュンはその申し出をバッサリと断った。


 「でも」「殿下!?」

 「「我らは・・・」」

 「うん。だめでしょうね。君たちは帝国の人だ。でも、僕の仲間の中で、帝国の者じゃない人がいますからね。こうなると僕が連れていける人物はただ一人ですよ」


 そう言ったフュンの前に、その人物はやっと修行から帰って来た。

 豪雨の中でも、いやたとえ、槍が降る中でも彼は王子の元に絶対に帰って来る。

 違う。そうじゃない。何が何でも帰ってきてみせるのだ。


 主君の身に危険が及ぶ。

 その現状でこの男が彼のそばにいないなんてありえない。

 やはりフュンにはこの男しかいない。


 「殿下!」


 前が見えなくなるくらいの雨に打たれても、なお勇ましい姿を玄関先で堂々と見せるゼファー。

 フュンと共に困難を乗り越えてきた男はこれから先も共に歩むのである。


 「やはり来てくれましたね。僕が危機を乗り越えるにはあなたしかいませんね」

 「はっ。殿下! 我が命に代えてもお守りいたします。必ずや殿下をお守りします」

 「あれ? ゼファー、いつ僕がそんな命令をしましたか? 僕は別なことを命令しましたよ。それもたった一度だけです」

 「……は!? そうでした。私は殿下と共に……共に生きていくのでした」

 「そうですよ。ゼファー! 僕らは共に生きるのです。さあ、試練を乗り越えましょうか。故郷に帰るとしましょう」

 「はい殿下! 必ずや。最後までお供してお守りいたします」


 二人は決意を固めて、二度とその地に足を踏めないと思っていた故郷へと帰るのである。



 

 ◇


 会議後に残ったのは二人。

 威風堂々とした人物と、飄々としている人物が話し合う。


 「あれでよいのか」

 「はい。しかし、あの条件、よろしいのですか。父上」

 「ん? お前がそう言っていたではないか。どういうことだ?」

 「いえ。私は条件が・・・」

 「なに。あれが厳しくないとでもいうのか?」

 「いえ、十分厳しいです。私は褒美の方がもう少し軽いのかと思いました。あの条件ならば、結婚のほかなら、領地をやるとかの。褒美かとばかりに・・・」

 「うむ……でも余は、あの男が面白いと思っているぞ。お前もそう思っているだろう? お前はずっとあの男の周りを固めておったからな。ずっと守っておったな」

 「よくお気づきで、父上」

 「…ふん。お前の嘘の放蕩ぶりも知っておるわ」

 「・・・・・」

 「はははは。図星で黙ったか……」


 楽しそうにしてから、もう一度目の前の男をからかう。 


 「あの時、お前があまりにも真剣だから結婚を許可したのだぞ。珍しいからな。嘘つき皇子にしてはな。はははは」

 「・・・敵いませんな。父上」

 「うむ。ジークよ! 頑張れ。余から言えるのはその一言のみだ。余は王家には関与せん。だから、誰が勝とうがよい。ただし、弱き者にはこの国はやらんという事だけは覚えておけ。だから頑張れとしか言えん!」

 「はい。父上。そのお言葉、有難く頂きます。このジーク。粉骨砕身で頑張らせていただきましょう」

 「…ふっ。相変わらずな息子よ・・・はははは」


 器の大きな皇帝と、その息子である嘘つき皇子のジークハイド・ダーレーの会話であった。

 弱い王家はいらん。

 それは本音である。

 強き者がヴィセニアの名を継ぎし者となることを、皇帝は待っているからだ。


 ◇


 数日前。

 皇帝の居室の窓辺に鳩がやって来た。

 その鳩には足に手紙が括りつけられていた。

 それを皇帝が自ら取り外して、手紙を読む。


 『会いたいのでどこへ行けばよいでしょう。父上』


 要求を短文で書くなと思った皇帝は、即座にその手紙に返事を書いた。


 『明日の朝。玉座の間に来い』


 飛んできた鳩の足に括りつけて、手紙を返す。

 翌日。

 玉座の間に入室してすぐの場所に息子がいた。 

 自分を呼んでおいて、息子の目は丸くなって驚いていた。


 「父上。まさか…お一人でこちらに」

 「ああ。呼ばれたからな。息子にな」


 皇帝は息子の肩に手を置いてから、玉座の間の椅子に向かって歩いていく。


 「皇帝がお一人は危ないですぞ」

 「何…年寄り扱いするな。あのジジイも元気だったろう?」

 「ええ。ルイス様は今も楽しそうに暮らしてますよ」

 「そうだろう。あのジジイよりも余は若いのだ。ジーク、お前が気にすることではない」

 「はい。そう致します」


 皇帝は、玉座の間の椅子に座った。

 

 「うむ。ではジーク。余に何用かな」


 いつもの重々しい言い方ではなく、普通の父親のような言い方を皇帝がした。


 「はい。それが、此度、戦へとなるようで」

 「ふむ。王国とだな」

 「すでにご存じで」

 「まあな。余の諜報部隊が帝国の情報を抜いているわ」

 「…な、なるほど」

 「うむ。それで・・・余を呼び出したのと何か関係があるのか?」

 「そ、それでですね父上。我がダーレー家に帰順している。フュン・メイダルフィアについてお話ししたいことがあるのです」

 「ほう。戦争とあの王子が、何の関係があるのだ?」


 皇帝はフュンの名をしっかり覚えていた。


 「はい。此度の戦。フュン・メイダルフィアの故郷。サナリア王国も加わっているようなのです」

 「うむ。それも知っておる。それで」

 「そ、それもですか。さすがは陛下」

 「お世辞はよいよい。早く本題に入れ。ジーク。それに今の余はジークの父だぞ。誰もいないのだ。皇帝じゃなくてもよいのだ。はははは」

 「そ、そうですか。では父上。そのサナリア王国は帝都を狙っているようでありまして、ですが、この帝都軍も三都市に派兵します」

 「そうだな。帝都軍も最前線に三万は派兵するな。それ以上は無理。だからここには五千だけは残しておこうと思う」

 「そうですよね。ですが、サナリアは一万以上の軍編成をしているようなので。こちらは大変危険な状態になります。ですから・・・」

 「うむ……わかったぞ。それでその男の命が危ないから助けてやってくれという事だな。人質だものな。わかった、ジークよ」

 「はい。しかし。そうではなくてですね。私はフュン殿にサナリアをお任せ下さいと言いたいのです」

 「?????????」

 「サナリアを抑え込むのに彼を使い、帝都軍は帝都に待機でお願いしたいのです」

 「・・・・わかった、で、何を余にしてほしいのだ。ジークよ。ここで兵を使わずにして治めると言っているのだ。そんな難題を……ほう。ならば何か見返りがな。欲しいのだな」


 ジークは、商売人なのだ。

 タダで労働力を提供するわけがない。

 それをよく知る皇帝だからこそ、笑顔で見返りは何が欲しいのかと聞いた。


 「はははは。さすがは父上。わかっていらっしゃる。では、そのフュン王子。我が妹の婚約者にしてもらえないでしょうか? 皇帝陛下の仲介で結婚するという確約が欲しいのです」

 「ん?????」


 さすがの皇帝でもこれは予想外。

 属国の王子を優遇しろとでも言ってくるかと思ったら、婚約者にしろとは、自分の生きてきた中で一番の予想外の言動に、皇帝は思いっきり笑った。


 「がはははははは。婚約? なぜだ?」

 「我が妹の愛しき人なのです。それを兄として叶えてあげたい」

 「・・・シルヴィアが・・・か。・・・あのシルヴィアが・・・・」


 一番心配していた娘に好きな人がいたとは。

 皇帝は嬉しそうに笑った。


 「はい。彼女が初めて愛した男なのです。私はそれを大事にしたいのです」

 「・・・うむ・・・・そうか・・・そうだな。シルヴィアはお見合いも全く上手くいかなかったものだものな。そうか。あやつが好きでおったか。うむ」


 皇帝だって、ちゃんと自分の子のことを知っている。

 どんなに偉い人であろうとも、自分の子はいつまでも自分の子供なのだ。

 可愛いに決まっていた。


 「わかった。それを叶える方法を余が会議で言ってやろう。どうせ、あの王子を殺す方向に話が行ってしまうだろうしな。お前もだろうが、余もだ。あやつを殺すのは惜しいと思っているのだ。あの目、あれを見て、単純に殺してしまうのは・・・・もったいない。それにあの男ならば、余に跪いてでも何かを言ってくるはず。誰かの為に動く男だからな。それがたとえ、シルヴィアとの関係じゃなくても、故郷の為でも動いてくるはずだ。そういう男だと余は信じている」

 

 皇帝はジークの密約を引き受けた。

 ジークとしては、ただフュンを守るためと、裏での婚姻の了承だけでよかったのだが、皇帝としてはしっかりと両方の許可を出したいと思い、勝手に辺境伯の地位と、シルヴィアの結婚の了承を堂々と皆の前で宣言して、フュンを守り、そして愛する自分の最後の娘の為に一肌脱いだというのが今回の皇帝での動きであったのだ。



 「よし。ジークよ。お前は会議の時に一言も発するな! よいな」

 「・・え?」

 「お前と余が、密約を結んでいると皆に思われないためにだ。よいな。全てをこの父に任せよ。それが今回の約定の条件にしよう。お前は黙れだ!」

 「・・・わ、わかりました。父上。このジーク。必ずや黙っております」

 「ははははは。難しい条件だろ? お前にしてはかなり頑張らねばな。針と糸を使って結んでおくか? 口をな」

 「ふふふふ。そうでございますね。父上。難題でございます」

 「そうだろ。お喋りだものな。お前はな……ははははは」


 二人はこんな約束を裏ではしていたのだった。


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