第108話 成長した主従の輝き

 「帝国の使者 フュン・メイダルフィア殿が入室されます」


 五年ぶりの故郷。

 内装が変らぬ玉座の間にフュンが入った。

 両脇に並ぶ官僚たちの顔ぶれもほぼ変わらずで数人分からぬ者がいるだけだ。


 フュンはサナリアの玉座の間で偉そうにふんぞり返って座るズィーベの前まで歩く。


 彼のその姿。

 威風堂々としていて、以前のような弱々しい雰囲気は一切ない。

 後ろからは、後光でもさしているのではないかと思うくらいに輝いていた。


 ゼクスは自分の目を疑い、何度も目を擦った。

 しかし、それでもフュンの姿は眩いほどの光を放っていたのだ。

 隣にいるシガーも、同様なことを思い、同じようなことをしていた。

 

 そして、光はもう一つあった。

 武人として格別の強さを手に入れたゼファーがすぐ後ろを歩いていた。

 その姿は従者たる忠義を感じる。

 ピタリと歩幅を合わせて、いついかなる場合でも、主だけは守ってみせるという姿勢をゼファーから感じる。

 その成長ぶりにゼクスの涙腺は崩壊。

 滝のように流れる涙を止められない。


 「く・・・ぜ、ゼファーよ。お前も立派になったのだな・・・う・・うっ・・・」


 ゼクスは我慢できずに顔を下に向けた。



 ◇


 会話はサナリア王から始まった。


 「はるばるこちらにまで来るとは、どういったご用件で。兄上」

 「ふ~」


 王であるくせに、子供のお遊びのような態度をした弟に、珍しく怒りの感情が表に出たフュンは、一旦息を深く吐いて感情を整えた。


 「私は、ガルナズン帝国の使者。帝国軍大将フュン・メイダルフィアである」

 

 ただの自己紹介だけで、周りの人間たちの体が震えて委縮した。

 フュンの挨拶は、相手を威圧したのだ。


 「サナリア王よ。直ちに武装解除せよ。私が言っている意味は分かっているな。心当たりがあるはずだ」


 フュンの目はとても鋭かった。

 睨みつけた表情は、あの頃のままで、ズィーベの隣にいる王妃も思い出して黙っていた。


 「・・・あ、兄上、あなたこそ使者とは・・どういった風の吹き回しで」

 「兄上ではない! 帝国の使者と言っておるだろう」


 たったの二つの叱責で玉座の間が震える。

 その覇気のある声は、周りの人間たちも震え上がらせる。


 「サナリア王よ。いつまでそのような態度なのだ。お前は従属国の王なのだぞ」

 

 フュンの声とは思えないほどの大きな声に以前の王子を知る者たちは驚いて止まる。

 この雰囲気に既視感を覚える……そうアハトに似ていたのだ。

 威厳のある姿が周りを更に恐縮させる。


 「私は使者。それも帝国のだ! 宗主国の使者であるのだぞ」


 立場をわきまえろとあえてフュンは言わない。

 気付いてほしいと思っている。 

 しかし、ズィーベはやはり空気を読めないのだ。

 大人に近づいた年齢であっても、そういう部分の理解力が足りない男なのだ。


 「はぁ。属国の王よ。私は使者である。兄上では断じてない」

 「・・・き、貴様。貴様は使者の前に、我が国の人質。貴様は、属国の人質ではないか」

 「だからこそ。こちらに来たのだ。馬鹿者が! お前の暴走ひとつで、このサナリアが火の海・・・いや、それで済めばまだいいが、立ち上がれぬほどに粉砕されかねんのだぞ。いい加減にせんか!」

 「な、なにを言っている」 

 「は? お前が考えもなしにこの場の皆を窮地に追い込もうとしているのがまだわからんのか。お前のせいで私もここに来ているのだ。それすらも分からんか。このたわけが!」

 「な、何の話だ」

 「おいズィーベ。本気で言っているのか!? サナリアが帝国と戦って勝てる可能性など、万に一つもないのだぞ。お前は甘い! お前はいつまで子供でいるのだ。今は王であるのだぞ! 民を見ろ。自分を見ろ。周りを見ろ。一体、何を考えているのだ。馬鹿者が」

 

 フュンの言葉一つ一つが四天王の二人にだけ響く。

 自分たちが発すべき言葉であったのだ。

 だが今まで進言出来なかった。

 フュンに対しての申し訳なさが心の中に溢れていく。 

 もし、やるべきことを自分たちがやっていたら、こんな風にわざわざ王子が来て、叱責することもなかったのだ。

 帝国にいる王子に迷惑を掛けるなど、あってはならないことだったのだ。

 何せあの時、皆の為に自分の人生と命を懸けてまで人質になってもらっておいて、その上で、こんな馬鹿げたことまで王子に背負わせてしまうとは、情けない気持ちでいっぱいになるゼクスとシガーであった。


 

 「あ、兄上・・・そんなことを言いにわざわざ・・・」

 「兄上ではないと言っているだろう!」

 「…ひ、ひぃ。し、使者殿。わざわざそんなことを言いに来たのですか」


 椅子に座っているズィーベは、今すぐにでも椅子の後ろに回り込みたい気持ちになった。

 フュンの鋭い目と迫力のある声を防ぎたいと思ったのだ。


 「こんなことをわざわざ言わなくてはならない。と思うのはお前だけじゃない。私も思っている。だからそれほどにお前が情けないのだ。はぁ。あと、あの王都の暗い様子。あれは一体どういうことだ。まさか。お前。帝都を攻めたいからと言って、住民からお金を巻き上げたんじゃないだろうな。ん? 待てよ。もしや戦争するならば・・・兵も増産したはず。お前、徴兵をしたのか。まさか徴兵に徴収。お前という奴は…まさか・・」

 「な。何を言っておられるのやら」


 フュンの鋭さに玉座の間に集まる大臣らが止まる。

 あまりにも的確な指摘に驚くばかりであった。

 大臣たちの声が漏れている。

 ズィーベもだが、明らかな動揺を見せたのだ。


 フュンは、ここに帝国との明確な違いを感じた。

 帝国であれば、たとえ相手に芯を突かれても、平然とするはずだ。

 彼らは顔の表情を崩さずにいられるというのに、ここでは誰しもが簡単に顔色を変えているのだ。

 ぬるい。

 環境があまりにもぬるすぎる。

 フュンはこの雰囲気で、帝都を攻めようなど、馬鹿を通り越していると思った。


 「この周りの大臣たちの様子・・・そうか、私の意見は、合っているのだな。そうだとしたら、残念にも程があるわ・・・・そうか。なら。あの王都の周りにいた兵士たちはまさか。お前という奴は・・・、あの兵らは王都の民を監視していたのか。逃げ出さないように! 外の賊からの攻撃に備えるのではなく、自国の民を監視だと……お前、そこまでやるのか。民に対して」


 フュンは気づいた。

 王都の周りにいた駐屯兵たちは、王都を守るためではなく、王都から民が逃げるのを防ぐためであることに。

 現在のサナリアの民は、王都で金を稼がせて王都で重税を課す。

 ズィーベは、民を究極の金づるにしたのだ。

 経済も人も何もかもを捨て、ただ戦争の為に金を集めたのである。


 「ふ、ふざけるな。貴様は王ではない。私が王なのだ。誰の言う事も聞かん。お前の意見なぞ誰が聞くか! やれ」


 逆上したズィーベが急に指示を出した。

 部屋の奥から伏兵が突然現れる。

 それはゼクスとシガーでも見たことのない者たち。

 黒い装束衣装と、赤いマスクをした兵たちである。

 フュンとゼファーは一瞬で囲まれるが何も慌てずに事態に対応する。


 「はぁ。短絡的過ぎるぞ。どうしてこのような男に……まあ、その素養は昔からあったか……」


 少しの間だけフュンは頭を抱えて、すぐに気を取り直す。


 「仕方ない。ゼファー。暴れなさい」

 「承知しました。殿下」


 襲い掛かる黒い兵たちは武器を持っている。

 だがこちらはこの部屋に入る前に武器を奪われている。

 だから何も持っていない素手の状態であるのがゼファーだ。

 だが、それでも・・・。


 「遅い。貴様らは訓練で何をしているのだ。死ぬ気で修練せねば私は越えられんぞ!」


 あらゆる角度から攻撃を仕掛けてくる相手に対し、ゼファーは圧倒的な実力を示して、その場を制圧した。

 彼がこなしてきた修練は想像を絶するほどの過酷なものだったのだ。

 ミランダの元で、ザイオンと同じ量の特訓をこなし、サブロウの偵察訓練まで付き合い、ミシェルやリアリスと共に戦術訓練までしたのだ。

 この多様な訓練で得た能力は、サナリア如きの兵では押さえられるわけがない。


 「ば、馬鹿な。き、さ・・・まなんかに」


 黒の装束のリーダー格が最後にそう言って気絶した。


 「お前ら、帝国に行ってみよ。そんな実力では簡単に殺されるぞ。世の中は広いのだ。この国は、まだまだなのだ」


 ゼファーは一度に十五名を撃破した。

 その強さにゼクスとシガーが驚く。自分たちをもすでに超えているのではないかと。



 しかし、事件はここから始まる。

 全ての敵を撃破したはずのゼファー。

 これでフュンが安全になったのかと思われてからが始まりであった。

 ズィーベの罠はこれで終わっていなかった。

 失敗に終わることを想定した二段階で用意されていた罠だったのだ。

 忍び寄る魔の手は何もフュンにだけ伸びていたわけではなかったのである。


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