第76話 親子

 「父上。これを」

 「どうしたネアル。珍しいな。余の寝所にまで来るとは」

 「内密にしてもらいたいことがありましてね。父上にはこれをやって頂きたい」

 「どれ」


 クター王は、ネアルの意見書をパラパラとめくっていく。

 内容を要約すると、兵1万2千をルクセントに用意して欲しいとのこと。

 

 「ふむ。こんな簡単な事でいいのか」

 「ええ。お願いします」

 「しかし、この計画書・・・アージスを本気で取る気はないな。ここにはそう書いてあるがな」

 「……父上さすがですね。お気づきに・・・」

 「当り前だ。攻略するには兵数が足りない。これは帝国との本格戦争にさせない配慮があるぞ」

 「ええ。しかしこれが重要であります。帝国の目は全てルクセントに集まりますからね。一時でも目がそこに集まればいいのです。全体の監視の目の弱体化を図りたいのです。一極集中させたいのですよ」

 「ほう、そうか・・・わかった。許可しよう。ただ、戦地へ行く者は自分で頼め。余はそこの権限も与える」

 「…わかりました。いいでしょう。ですが私が交渉したとしても、それを王命と名乗ってもよろしいのですか。私は勝手に王命として命令を下しますぞ」

 「もちろんだ。お前にその件。全権を委任しよう。そして、お前の好き勝手やるといい。私は口出しをせん」

 「はい。ありがとうございます」


 頭を下げてネアルは部屋を後にした。

 王の判断の速さから、自分が何をするのかを理解している。

 何も言わないのは実に父上らしいと。

 満足そうな笑みを浮かべるネアルだった。


 ◇


 その翌日。玉座の間に来たのはゴア。


 「ゴア。何の用だ」

 「父上。なぜ、父上は冷徹な血が流れる兄上を王に・・・王国にとって許されざることでは」

 「・・・何が言いたい。兄を王にするなとでも言うのか」

 「いいえ。そうではありません。ですが兄上が王では、王国の貴族らの賛成を得られませんぞ」

 「そうか」


 たったの一言だけを返す王は何も考えていないのではないか。

 この人は無能な父ではないかと、ゴアは父親を疑った。


 「それで、何が言いたいのだ。ゴアよ。お前を王にしろと言いたいのか」

 「いえ。そうでは」

 「では、王になりたい。お前はそう言いたかったのか?」

 「・・・違います。私は兄上では王には向かないと言いたいだけです」

 「はぁ。そうか」


 私が王になります。

 こう言ってくれた方が気概があってよし。

 とクター王は思った。

 相手を批判するだけ。具体性のない意見だけ。誰かに言わされたような言葉だけ。

 いかに部下が優秀であろうとも、トップがこれでは組織は腐るであろう。

 誰かの意見に流されるような王は王ではない。

 ゴアには王が向かないのだと、クター王が思っていても、そう宣告してあげなかった。

 それは、決着は直接兄弟でつけるべきだと思っているからだ。

 

 二人は実の兄弟である。母親も同じ。父親も同じ。

 なのに、これから争うのだ。

 それも王国全てを巻き込んだ大いなる内戦である。


 クター王は、どちらが勝っても、譲位する気である。

 ただ勝つ方がどちらであるかを知っている。

 彼もまた愚鈍な王ではなく、英雄とまではいかないが優秀な王であるからだ。

 誰が良くて。誰が悪いかくらいは分かっている。

 だけど、この戦いは静観するつもりであるのだ。

 兄弟に戦争するなとは決して言わない。


 「では好きにしろゴア。やりたいようにやってみよ」

 「ありがとうございます。父上」


 そう言われたことが許可だと思ったゴアは満足そうな顔を浮かべて部屋を後にした。

 

 彼が出て行く様子を最後まで見ていたクター王は、【まるで幼い子供だ】の感想のみが出てくる。

 それでもまあ、我が子の事が可愛いと思ってもいる王であった。


 しかしここでも情はあっても弱き王はいらない。

 兄を倒せぬようでは、帝国も倒せぬのだ。


 「ふっ。さあ我が息子どもはどのような決着を着ける気だ。イーナミアの歴史で、王族で戦おうとする者はいない。だからそれをやるには覇気のある王にならないといけないのだぞ。ゴアよ。お前の兄はそういう男なのだぞ・・・」


 ◇


 四日後。

 前日にクター王がルクセントで軍事行動を起こすと宣言。

 その事により少なからず貴族たちには動揺が走った。

 まさかこの場面で戦争準備をするとは思わなかったのだ。

 

 だからゴアたちは軍略会議をした。

 貴族共を集めて、ネアル王子に対して反旗を翻そうとしていた。

 ゴアの目標はネアルただ一人。

 王には譲位をしてもらう算段なので、王を殺すつもりはないのである。


 「やるぞ。ターレス。グルドン。ジャイル。私はやる」

 「わかりました。王子。やりましょう」


 ターレスが答えた後に、皆が賛同する。


 「「「そうだ!」」」」

 「我慢の限界なのだ。兄上は恐ろしい。それに貴族をないがしろにする政策ばかりだ。土地の没収や、貴族の兵縮小。これではあなたたちの権力は維持できない。それを打破するには戦うしかないぞ。なぁ。皆のものよ」

 「「「おおおおおお」」」


 ゴアは声高らかに宣言した。

 兄を倒すと。


 「グルドン。蜂起するにはどこでやる。兄上を叩くにはどうすれば」

 「そうですね。クター王がルクセントで戦う準備をするということは、そこで蜂起するのはよくないですからね。ババンはどうでしょう。あそこであれば、王都にも近く最前線ではありません。ババンで蜂起し、ネアル王子を挑発して戦いをする。もしくは、それに応じない場合は王都を攻めて王に直訴し、ゴア様に王位を譲ってもらう。これが良いかと思いますよ。単純でしょう」

 「そうだな。それが良さそうだ。では決起はいつになる」

 「ルクセントの準備が整うまでと、我々もゆっくり時間をかけねばなりません。地方の貴族たちも集結させますゆえ」


 アーリア大陸の最西端シルリア山脈のそばにある都市ババン。

 王都ウルタスの北北東にある都市だ。

 だから双方は隣接都市と呼んでも良い。

 ゴア王子はここを拠点に反ネアル派を結成して兄を倒そうとしていたのだった。



 ◇


 「さて……ブルー。お前は何を考えている」


 ネアルは判断をブルーに任せる。

 最も信頼する女性で、王子の頭脳であるからだ。


 「はい王子・・・・ゴアはババンで決起すると思っています」

 「うむ」

 

 ネアルは同じ意見であると頷く。

 

 「合っているのですね」

 「まあな。続きを」


 彼の表情だけでブルーは自分が肯定されたと確信した。


 「ここからは私の考えです。決起した貴族は、現在王国に帰順している貴族のほとんどだと思われるので、そこで全滅に持っていきたいと考えています。どうせ、この先もいらぬ貴族共です。ここで倒しておきます。しかしこれはおそらく、引っ張り出した方が楽です。王都で防衛するのも、今後王子が王都を治める際に住民の心証がよくないので、外で倒すことにします」

 「ほう……しかし外と言っても、ババンでもないのだろ?」

 「そうです。シルリア山脈に軍を配置し、ババンから出撃した所を背後から襲います。野戦ですが、倒せますね。どうせ烏合の衆ですからね。出てきた軍を一瞬で粉砕し、相手の軍全体を弱らせます。しかしこれが。どれくらいの規模で攻めてくるかはわかりませんから。どれくらいの兵力をそこに割くかで悩んでいます」


 ブルーの作戦を聞いたネアルは満足げに頷く。


 「うむ。では私自らが率いるのはまずいかな」

 「はい。王子は王都にいてこそ、ゴア王子が王都を狙いますからね」

 「そうだな。では、後はブルー。アスターネ。パールマンに任せる。全ての軍事行動を起こしていいぞ。責任は私が取る」

 「わかりました。王子。では私共は先回りで潜伏します」

 「ブルー。兵は四万でいい。それで十分だと思う。あと奴らが軍事行動を起こすのは、ルクセントの兵が配備されてしばらくのことだと思うのだ。だから奴らに反乱の兆しが見えたら、私がお前に指示をだそう。それまでは練兵と偵察でもしておけ」

 「わかりました。そのようにします」


 ブルーは指示を受けて準備を開始した。

 ゴア王子の動向を見守りながら、貴族たちの動きを注視していたのだった。


 

 

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