揺れていた王国 戸惑っていたササラ

第75話 王国の英雄ネアル・ビンジャー

 フュンが戦場で初勝利を上げた半年前。

 イーナミア王国は激動の時代に突入するところであった。

 始まりの鐘が鳴ったのは皇太子の後継者指名の瞬間からだ。

 

 王都ウルタスの玉座の間にて。

 全家臣が集まるこの場で王が宣言した。


 「次期王は、皇太子ネアルとする。皆の者、これからはそのつもりでいてくれ」

 「「「はっ」」」


 この宣言により、次期王はネアルで決まる。

 これは王の独断である。

 イーナミア最高の地位に立つ王の決定。

 なのに、跪く家臣の中には不満を持つ者が多くいるようで彼らの目は床を睨んでいた。

 それとあと一人、この決定に歯がゆい思いをして、悔しい気持ちを隠しているのは、ネアルの弟ゴアである。

 彼と、彼の取り巻き『王弟派』と呼ばれる者たちは、ネアルの王即位に対して、心の中では猛反対を決め込んでいた。


 宣言終了後。

 王都ウルタスのネアルの執務室には、王子以外の三名の仲間たちが集まっていた。

 

 「さて、私たちは戦いますよ」

 

 涼やかな印象を受ける青い髪。

 切れ長の目には相手を射殺すほどの鋭さがある女性ブルーは皆に宣言した。


 「・・・そうか。どのようにしてだ」


 無骨な武人パールマンが質問した。

 短い逆立つ髪が、戦争が近いとしてもっと逆立つ。

 

 「うちらも戦か……帝国と同じようになるの」


 茶色のロングヘアーのカールが内巻きになった女性アスターネがぼそっと言った。

 内容は、少し前にあった御三家戦乱を指している。 


 「あれほどの内乱には致しません。我らは、迅速かつ丁寧に潰します」

 「ああ。その言い方、怖いね。相変わらずあなたは冷静に凄いことを言って怖いです」

 「何を言ってますかアスターネ。あなたの方が怖いでしょう」

 「うちは、別に怖くはありませんよ。ちょちょいと貴族共を皆殺しにすればよいのでしょう」

 

 どちらも怖い女性であった。


 「それで、ブルー。俺たちだけか・・・やはり、ネアル様が選んだのは三人しかいないのか」

 「そうです。まだ三人。あとそれと目をつけているのはもう一人です」

 「ん? 誰だ」

 「それは・・・」


 ブルーが答えようとすると部屋の扉が開いた。

 覇気のある姿を持つ彼は、明かりを必要とせずに部屋を照らす。


 「皆、来ていたか」

 「「はい。若」」

 「ああ。今、何をしていた」

 

 軽く挨拶をして、ネアルは自分の席に着く。


 「はい。仲間は我々だけしかいないのかとパールマンが言ったので、あと一人。仲間にしたい人はいると答えた所です」

 「そうか。パールマン。私たちの数が少ないと思ったのか」

 「・・は、はい。我々、三人ですぞ。あちらの弟君の方が数が多い・・・」

 「ふっ」


 ネアルは軽く鼻で笑う。

 パールマンは、何か面白いことでも俺は言ったのかと不安げになった。


 「心配するな。奴らは烏合の衆。ここにいるのは私が選んだ優秀な人物たちだ。いいか。私が自分のそばに置くのは優秀な者だけ。雑魚はいらん。無能はいらん。この王国で、肩書だけの奴は死ぬべきだ。たとえ、我が弟でもな」

 「もしや。若は、うちら以外は、全員殺すおつもりで?」

 「いや、物の例えだぞ。アスターネ、真に受けるな。ただ、本当に私は無能が好かん。私は性格などはどうでもいいから、とにかく優秀な者が欲しいのだ・・・それとあと身分もいらんからな。お前たちだってな、貴族ではないからな」

 「まあそうですね。うちは商人の子ですからね」

 「俺もだ。農家の子だ」

 「しかしお前たちは優秀だ。この国にいるどの貴族よりもな・・・だから俺は肩書などは犬にでも食わせておけと思っているぞ」


 ネアル・ビンジャーは、出世の機会に対して身分など関係がなく、平等な男である。

 ただ優秀な者を愛していた。

 だからここがもう一人の英雄フュン・メイダルフィアとの決定的な違いだった。

 彼は人の全てを愛していた。

 無能な人間などこの世に一人としていない。

 協力すれば、力を合わせれば、人は自分の持つ本来の力を発揮する。

 その考えがフュン・メイダルフィアの考えで、ここが王国の英雄ネアルとの考えの違いなのだ。


 「それでブルー。お前がリストアップしたのは誰だ。そいつの話を聞きに来たのだ」

 「はい。ハスラを落とす寸前までいったエクリプスです。あの方が良いでしょう」

 「エクリプス……ああ、あの珍しい戦略で戦った男か・・・上級大将だったな」


 シルヴィアを苦しめた戦略家エクリプス。

 この時点では、両方の王子の部下ではありませんでした。


 「はい。彼は非常に優秀だと思われます。なので私は直接会いました」

 「ほう。ブルーが直接か・・・めずらしいな」 

 「ええ。非常に興味深いと思ったのです。そして、その時に彼にも伝えたのです。ネアル様。ゴア様。どちらの陣営につく気でしょうかと」

 「なんて答えた。ブルー」

 

 自分のテーブルにネアルが頬杖をした。

 つまらない答えならば、ここからの話が退屈になると思っている。


 「私は王国に仕えている身。どちらの陣営にも入りません。ただ王国軍に入るだけだと」


 エクリプスはそう宣言をしたらしい。

 つまり、中立を貫くことを伝えて、自分は王国に忠義を尽くしていると言ってきたのだ。

 そして、この意味は、私を陣営に誘うのならば、王になりなさい。

 弟に勝ってから私を誘いなさいの強気の言葉である。

 この姿勢をネアルは偉く気に入った。


 「フハハハ。気に入った! 不出来な弟を成敗したら、その男を必ず迎えよう。私が王だから当然仕えるはずだ」

 「ええ。そうなる事でしょう。私はあの一言で信用に足る人物だと確信しました」

 「そうなるな。だが、今の王国では彼を降格しているのだろ?」

 「いえ。降格とまでは言ってませんが、貴族共が彼を蔑み、少々言う事を聞かないらしいです。この国では……敗戦の将は求心力を失いますからね」

 「奴らは馬鹿だな。彼の敗戦を敗戦と捉えるような奴は無能だ。そう思うだろアスターネ」

  

 ブルーだけじゃなくアスターネにも話を聞く。


 「ええ。まあ。うちだったらあれくらいの失敗で見限らないかな。あの戦争は防衛の方が有利ですし。それよりも大砲をあちらに運べただけでも素晴らしい実績かと思いますがね」

 「その通りだ。アスターネ。私はお前がその評価をしたことに満足だぞ」

 「はい。ありがとうございます。若」


 パールマンにも意見を聞く。


 「パールマンは、お前は何と考える」

 「俺は細かい事はどうでもいいですが。俺の意見としてはですね。あれだけの罠を掻い潜られて来られて、更には強烈な反撃を喰らったのに、軍の全滅を避けて退却できたのが凄いの一言。俺だったら・・・無理だな」

 「その通りだ。エクセレント。やはり私の部下は優秀だな・・・よし。後は、まだ見ぬ優秀な者も見つけねばならん」


 ネアルは計画書を出した。

 各自に配る。


 「お前たち、私はここから弟を切り崩す。だがその前に、準備と相手の偵察をせねばならん。偵察は今からとして、準備はこうだ。帝国に戦争を仕掛ける振りをしなくてはならない」


 ネアルの意見に、三人が驚いた。

 三人は、計画書からネアルを見る。


 「ん? どういうことですか。若」

 「うむ。このまま、内戦に突入すると帝国に付け入る隙を与えることになる。だから、私たちの方から戦争を仕掛ける。これで目をそこにだけ集中させて、王国内の動きをカモフラージュする。だから動かすべき兵の位置は・・・わかるかブルー」

 「はい。ルクセントですね。あそこに兵を集めさせて、大々的に敵にアピールしてアージスを渡る。あわよくばアージスを取れればいいですが、目的はあくまでも……注意のみですね」

 「そうだ。だから今回は、上級大将の無能にやらせればいい。エクリプス以外は雑魚だからな。誰がやってもいいだろう」

 「では、カサブランカがよろしいのでは?」

 「奴か・・・いいだろう。私が父上に掛け合って、送り出すことにする。そうだな。半年後がいいかな。その間に殺すべき貴族共を見つけておくか。フハハハ」


 ネアルは内戦をすることに躊躇がなかった。

 邪魔なものすべてをそこで排除する気であるのだ。

 英雄は英雄でも冷酷な面が目立つのがネアルという男であった。


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