第74話 フュンの初勝利と言えるだろう
後の世で、アージス平原での
アーリア大陸の英雄フュン・メイダルフィアの初の大物撃破は。
王国の闘技場チャンピオン【バルタイ】
乱戦競技を得意とした男で、23連勝した伝説級のチャンピオン。
その類まれない戦闘力を買われて、サバシアがスカウトした人物だ。
この戦いの勢いの肝となる部分。
それはフュンとこのバルタイの精鋭兵の戦いだった。
実はフュンの部隊がいなかった場合。
おそらくミランダは苦戦したのだ。
それは、サバシアが率いていた精鋭兵2000の存在だ。
これらはカサブランカ軍の兵士よりも数段強く、どんどん敵左翼を追い込んでいたザイオンの勢いを完璧に止めることが出来たのだ。
そうなってしまえば、挟撃状態を保てなくなるミランダたちは数が少なく大苦戦するであろう。
しかし、ここにフュンがいたことで形成はミランダたちの有利となる。
敵は、ちょこまかと邪魔をしていたフュンの部隊を倒そうとした所で、返り討ちに遭い、しかもバルタイまで失うという結果を出してしまったという部分が、そのまま勝敗を左右した。
二つの部隊の戦いの後。
戦いを継続することが困難であるとサバシアは判断するのだがしかし、カサブランカを説得できずでいた。
彼はまだ数の優勢さを利用して戦えるのだ。と思い込んでしまっていた。
だから、サバシアは仕方なく再度の攻撃の指示。
まあ、普通の将ならこの判断をするだろう。
なぜなら、兵力の差が倍以上あったのだ。
いくら兵が削られようが、二倍以上の兵を持っている王国がおめおめと帰ることはできないと粘ってしまった。
でも、カサブランカよりもサバシアは優秀なのだ。
戦況を完璧に見極めていた彼は、勢いが大切な時を知っているし、それに左翼を攻めてきているザイオンの突破力が強い事に気付いていた。
彼の勢いを一度止めたとしても、再度勢いが出てくれば負ける。
この事を予想していたサバシアは、カサブランカが撤退する指示を出す前から、撤退準備を開始。
そしてそこから、次々とやられていく王国の兵たち。
カサブランカの所までザイオン部隊を来た瞬間にサバシアは軍を転進させた。
自分の喉元までくれば撤退せざるを得ないと思っていた彼の思惑通りに撤退が成功していく。
無理に追うことをしないウォーカー隊と考えが合致して、サバシアとカサブランカは撤退していった。
カサブランカはサバシアがいなければ死ぬところであった。
これを彼が知っているのかは分からない。
なぜなら、カサブランカは戦況を見極めるのに、実力が足りないからだ。
結果。戦争はウォーカー隊の勝利。
小戦争。または小競合いと称された戦いの勝利の鍵を握ったのはフュンの武功である。
バルタイの撃破が戦場すらも支配する大きな戦果となったのだ。
それは、彼にとって。
これまでの人生で、初勝利に近い。
歴史から見れば、一応フュンも負けてはいないことになっているが、フュン自体は全て敗北だと思っている。
何もかもが仲間に支えられて、かろうじて生きてきた戦場だったから。
でも今回は仲間に助けられたが、最後は自力で敵を倒したのだ。
立派な武勲と言えよう。
敵が撤退を開始し、戦場から離脱したフュン部隊。
「殿下! お体は」
一番に心配するのはゼファー。
「ええ。大丈夫ですよ。ここの骨が折れただけです」
自分の脇腹を指さした。
「それは大丈夫とは言わないのでは?」
タイムが聞いた。
「大丈夫! って思わないと痛いですからね。あははは」
あっけらかんとフュンは笑う。
「そうですか。やはりフュン様も戦士ですね。戦う男です」
ミシェルが褒めた。
「そうなのでしょうかね。ああ、そうだ。助かりましたよ。リアリス。ニール。ルージュ。あなたたちの助力がなければ、僕は死んでましたね。全く危ない危ない、あははは」
「なんで殿下は笑ってるのよ。まったく」
「え。いや、あなたの弓は素晴らしかったですよ。あの敵の手に攻撃した意図は素晴らしい。武器を落とさせる。あの考えは本当によく出来ましたね」
「・・・うん。ありがと殿下。褒めてくれて・・・」
「いえいえ。こちらこそありがとうございます」
リアリスの耳は真っ赤だった。
褒められることにあまり慣れていないのだ。
でも殿下には悪態をつけないので素直に喜んだ彼女である。
「殿下」「どうだ」
「我ら」「殿下の」
「「影だ!!」」
「ええ。そうですね。僕の影ですね。二人ともよく出来ました」
二人の頭をフュンが撫でると、二人は満面の笑みになった。
「ほれ。王子さんよ。こいつで本陣に」
「ああ。そうですね。カゲロイ助かります」
フュンはサブロウ丸一号を本陣の空に向かって放った。
黄色い煙で無事を知らせるのだった。
「良く戦いましたね。みなさん。僕ら勝ちましたね。ありがとうございます。君たちのおかげですよ」
「「「 はっ。しかしこの勝利は王子の力あっての事 」」」
皆は王子の元で戦えたことを誇りに思ったのでした。
◇
敵の完全撤退を見届けた後。
ウォーカー隊の帰りの道中で横並びになる部隊長たち。
「よう! よくやったぞ。フュン」
「はい。ミラ先生。ごほごほ」
「おい。大丈夫か」
「ええ。少々肋骨が折れてましてね。まあまあ痛いです。それでも肺まで突き刺さってはいないと思いますね。痛み的にはヒビだと思いますね。たぶん」
「そうか。なら安静第一だな・・・そんじゃあ、お前。ここからはハスラに行け。あそこでお嬢とクソジジイと修行だな。いったん里での修行はいいや。十分、武も育ったみたいだしな」
「え? 僕の武はまだまだですよ」
「んなことはない。なぁ。サブロウ」
ミランダはフュンの奥にいるサブロウに話しかけた。
「ああ。そうぞ。お前さんが倒した敵。あいつは王国の闘技場のチャンピオンぞ。昔偉く強かった男ぞな。おいらは見たことあるから、覚えておいてよかったぞな。あいつ。指揮官としてはどうだか知らんが、戦闘員としたらこちらも犠牲を覚悟しないといけないくらい強い奴ぞ。だから今回の戦績は、帝国にも名が残るだろうぞな」
「そうだな。でも俺が戦いたかったなぁ。あいつら、あまりにも手ごたえのない連中でさ。不満だったぜ」
ザイオンはまだ戦い足りないらしい。
「あははは。さすがザイオンさんですね」
「よし。今度は俺と戦うか。そんな強い奴を倒したのなら、俺とも戦えるはず」
「いやいや。無理ですよ。ザイオンさんの足元にも及ばないので止めときます」
「む!? つまらんな」
「あははは」
ザイオンは誰から構わず強い者を求める戦闘狂である。
「サブロウ。このままジークの影に連絡を入れてくれ。あたしらは勝っておいたぞってな。ほんであたしらは、後は里に帰るってのも伝えておいてくれ」
「了解ぞ。言ってくるぞ」
サブロウは影に消えた。
「まずは休むか・・・でもフュンはこのままハスラに行ってこい。いいな」
「わかりました。途中までは皆と居て、途中からそちらにいきますよ」
「ああ。そうしろなのさ。あいつらのとこに行ってきな」
「はい」
フュンはウォーカー隊の里への移動に同行して、マールダ平原の北を抜けると自分の部隊と別れる。
その直前。
「殿下。また・・・会いましょう。今度はもっと強くなります」
「ええ。ゼファーも体に気を付けて」
「はっ。身に余る労いのお言葉・・・感銘であります」
「畏まりすぎです。僕とあなたは友達ですよ。はぁ」
フュンはため息をついた。
「フュン様。私もです。もっと腕に磨きをかけて強くなります」
「ええ。ミシェルも体には気を付けてください。また会いましょう」
「殿下。あたしも。頑張るよ。あんたの為にさ」
「ええ。ありがとうリアリス。でも無理はしないでくださいよ。あなたもです」
「殿下」「また!」
「はい。ニールとルージュも元気でね」
「王子さん。またな。すげえ武器をサブロウと作っとくぜ」
「あははは。サブロウさんが作ると趣味のものになりそうですね」
「王子。僕も少しでも強くなります。自分自身も鍛えていきますから、また会いましょう」
「ええ。タイムも無理は駄目ですよ。あと、あなたは補佐官。皆の事も考えてあげてくださいね」
こうして、フュンは仲間たちと別れた。
互いに尊敬しあう強固な絆の仲間たちは、後の大陸の英雄の部下たちである。
◇
そこから、休息を取りながら移動して、戦争から10日あまり。
フュンはハスラに到着した。
腹の痛みはまだ消えず、ズキズキとして痛いのだが・・・。
「フュン殿! ご無事で。よかった」
駐屯所のシルヴィアの部屋にて。
シルヴィアの思いは大爆発。
普段は絶対にすることがないことをしたのでした。それは・・・。
「ぐべっ・・・うっ」
シルヴィアは思いっきりフュンに抱き着く。
だが、これのせいで、フュンの腹の痛みが息を吹き返してきた。
「え!? ふゅ、フュン殿!」
しかめ面をするフュンなど見たことがない。
シルヴィアはすぐに抱き着くのを辞めて、フュンを心配した。
「ええ。だ、大丈夫ですよ。そんなに気にしないで」
「これこれ。儂もいるのだぞ。シルヴィアよ」
自分もいるのに、何してるのだと席に座っているルイスが言った。
「あ。ルイス様。お久しぶりです」
「おお。フュン様。凛々しくなられて、立派になられて。ええ、精悍な顔立ちですな」
「そうですかね。ルイス様に褒められるとは……嬉しいですね。あははは」
シルヴィアの他に、この部屋にはルイスが最初からいるのだ。
なぜ抱き着いたのだろう。
そう思うフュンは痛みを我慢して、彼と話すために席に座る。
少々の雑談の後。本題へ
「・・・ええ、それでミラ先生がこちらで休めと言ってましてね。シルヴィア様に会いに行けとのことでこちらに来たのですが、ルイス様もいらっしゃるとは、今知りましたよ。なんで先生、僕に教えてくれなかったんだろ」
「そうですか。でもフュン様がこうして無事にこちらに来られてよかったですよ」
ミランダはちゃんと言ってました。
ただ、クソジジイでは、フュンにはちゃんと伝わらなかったのです。
フュンの中で、ルイスがクソジジイになることは絶対にないから、知らせる時はお名前を言いましょう。
「フュン殿。その・・・剣はどうしたのですか?」
シルヴィアは、フュンの剣の重心の違いに気付いた。
納まりの位置が悪い気がする。
「あ、はい。戦いで折れてしまって、ほら。刀身が無くなりました」
鞘から出すとボロボロの剣だった。
「そうですか。それはよくないですね。あとで剣を買いにいきましょう」
「そうですね。そうしましょうか」
「いっしょにいきま・・・」
珍しくデートの誘いをしたシルヴィアだったが。
「フュン様。あとでバルナガンで製鉄した物を持ってこさせますゆえに、アンに作らせましょう」
ルイスに止められてしまう。
露骨にムスッとするわけにもいかず、心の中でシルヴィアは拗ねる。
「え? アン様に? それはまずいですよ。色々僕の為にやってもらってるのに、こんなことまでやってもらうのはなんだか申し訳ないです」
「いいのです。アンもまたあなた様に協力したいと言ってましたからね」
「・・・ルイス様。もしかしてアン様ともお知り合いで?」
「ええ、そうです。あの子の祖父と友人ですからね。私は。ははは」
「そうだったんですね。へぇ。世間は狭いですね」
「ええ。まったくです。ですからアンをこちらに呼び、鉄をヒザルスに持ってこさせますので、その傷が癒える間、この私がフュン殿の修行をお手伝いしましょう」
「ルイス様が!?」
「ええ。シルヴィア。君も共にやりましょう」
「わ、私もですか。ルイス様!?」
「うむ。君たち二人には貴族として・・・ではないな。王家として帝国人として。そして為政者としての対局の目を養ってもらおう。私が経験したことから、全ての技を伝授しよう」
二人はこうして伝説の大貴族。
ルイスの指導を受けるのでした。
フュンはまた別な意味で成長を果たします。
それはすぐに効果として現れる部分もありますが、彼の指導の力はここから先で発揮されていきます。
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