第73話 フュンの武功
フュンの部隊が敵左翼の後方まで行き、そこから反転して折り返し攻撃をするところ。
フュン部隊のメンバーは違和感を感じ始めた。
側面攻撃が、行きよりも厳しくなっていることに気付く。
「敵の視野が違うのか? いや、動きが別格・・・兵の配置が変わっている。強さもだ!?」
敵軍右翼の前衛。中衛。後衛。
それぞれの位置に、一際強い兵たちが現れた。
特に中衛にいる大柄の男性は、とてもじゃないが人のようには見えない。
普通の人よりも体が二つ分、横にも縦にも大きい。
「あれは・・・まずい!?」
現在、フュンの部隊はゼファーを先頭にして、前方へと走り抜けようとしている状態。
道しるべとなる前衛部隊のゼファー。
中衛部隊のミシェルとその後ろのフュンが前後のバランスを維持して。
そして、後衛部隊となるタイムが全体を見守る形でカバーしている。
いわば三部隊となっている状態のフュン部隊。
そこにそれぞれの位置に敵の精鋭兵が突撃してきて、三つに分断される。
しかも、フュンの所には際大きくて強そうな男が襲い掛かってきた。
「タイム!」
分断攻撃で一番危険なのは後衛部隊。
フュンは後ろを振り向いてタイムを気にした。
「こちらは大丈夫。王子! それよりも王子の方が危険です。注意を!!」
分断攻撃を受けそうになることを予知したタイムは、いち早く現状を理解して冷静な判断をしていた。
後方に取り残されそうになるのを回避するために、若干右に部隊を進めることで敵の圧力を回避。
しかも、そこからフュンをカバーするために後衛に現れた精鋭と中衛に現れた精鋭の両方を受け持って押さえつける動きをした。
「素晴らしい。そうですね。これは・・・僕が一番危ないですね」
フュンは目の前にまで来た巨大な男を見上げた。
◇
「貴様が、この部隊の将だな。ん、まだ青二才じゃないか。若すぎる・・・ふん。でも俺は役目を果たさせてもらう。若いからと言って手は抜かない」
「ええ。お願いします」
フュンの感情としては、本当は怖い。
だけど、それを隠して精一杯の挑発をした。
これが彼の師がミランダである証拠だった。
挑発なんてそう易々とは敵に効かない。
でも挑発が効いてくれれば敵の動きを単調にすることが出来る。
だったらやらないよりはやった方がいい。
それがミランダの金言である。
「生意気な!」
担いでいる棍棒が横払いで来る。
【ブン】と鳴る音だけで、重たい一撃だと分かってしまう。
受け止めれるためにフュンは、足で踏ん張る。
「くっ。これで」
フュンは自分の剣で相手の棍棒を防ごうとした。
攻撃の軌道を読み切り、棍棒のちょうど真ん中の位置に剣を置く。
だが、敵の攻撃の勢いは彼の置いただけの剣では止められない。
剣ごと叩き折られて、棍棒がフュンの脇腹に当たった。
「ぐあっ。ぐっ・・・剣が折れた!? たったの一撃で!?」
地面に転がりながら、立ち上がる態勢を整えて、すぐに立つ。
ここら辺が彼の成長として如実に表れている所だ。
しかし、ここまで成長した自分よりも相手の実力は高い。
「折れた剣じゃ・・・まずい。相手を倒す術が・・・・」
◇
「殿下!」
分断されたフュン部隊の前衛にいるゼファー。
後ろのフュンがちょうど強襲に遭っているのに気付く。
「ゼファー! 駄目。前を向きなさい」
「え!? ぐおっ」
こちらもまた敵襲に遭っている最中である。
リアリスの一言で、敵の接近に気が付いたゼファーは、精鋭五人と戦う。
「クソ。殿下のおそばに行けない」
「ゼファー。あたしを信じられる!」
「は? 何を言ってる。こんな時に」
ゼファーは群がってくる精鋭兵を倒す。
一気に五人を撃破しても、敵はゼファーたちの前にまだまだ立ちはだかってくる。
「あたしを守って! この強い人たちを押さえてくれる!?」
「・・・リアリス、何かやるのだな」
「ええ、あたしが殿下を守るわ! だからあんたはあたしを守って」
「了解した。守ってみせよう!」
「うん。ありがとゼファー」
リアリスの背を守るようにゼファーは敵との戦いに入った。
彼女を守りきれば殿下を守れる。
この時のゼファーは何故かそう思ったのだ。
リアリスは心を静める。
ガヤガヤとしている戦場の音が消え、狙うべき人物だけを視線の先に置いた。
倒すべき者はフュンの行く先を邪魔するあの一番大きな男である。
◇
「王子!?」
中衛部隊のミシェルは幹部の中で、フュンの一番近くにいたのだが、精鋭兵たちが囲ってきて、彼のそばにまでそう簡単には行けなかった。
巨大な男とフュンの一対一を邪魔することが出来ない。
「ん!? 一撃が重い。今までの兵とは練兵具合が違います」
敵の剣を槍の穂先で返し、そのまま手首を回転させて槍を回して敵の肩を突く。
ミシェルの武芸はラメンテでもトップクラス。
特に槍はもうすでに里でも一、二を争う実力者だ。
「ここは私が何とかして敵の数を減らして、ここから抜け出せるようにします。王子は必ず勝つと信じます」
ミシェルは王子を救うことを諦めて、王子が自力で敵に勝つと信じた。
そして勝った時にここからの出口がないのがまずいために、前衛部隊との連携を取ろうと、目の前の兵の壁をこじ開けようとした。
この時、ミシェルはあえて後ろを振り向かずに前進したのである。
◇
「つ、強い!」
「ちょこまかと。いい加減にやられろ!」
敵の棍棒を躱すフュン。
防御能力が上がり何とかしてかすり傷程度までにダメージは押さえていた。
一つ攻撃を躱すたびに聞こえてくる。
あの暴風のような棍棒の音は、恐怖に落ち入れさせるのに十分だ。
震えてくる手足に向かってフュンは頑張ってくれと応援していた。
「・・・ど、どうすればこの人を倒せ・・・ん!?」
「死ね。ガキ!」
敵が真上に棍棒を振り上げて、フュンの頭を叩き潰す勢いで振り下ろす。
威力は十分。
再び聞こえる爆風に体がすくんだ。
「ここが」「チャンス」
「人は勝利が目前だと」「大振りになる」
青と赤の閃光がフュンの影から出現。
輝きが交差して敵の体を斬りつけた。
敵の下半身から攻撃が始まって、上半身は飛んで乱れ切りにする。
無数の傷を敵に負わせることに成功したが、双子は宙で首を傾げた。
「おかしい」「手ごたえがない」
「ガキが。そんな軽い攻撃。闘技場じゃ通用せんぞ。死ね! ガキぃ?」
敵は棍棒を振り回す。一気に双子は左右に吹き飛ぶ。
「「ぐあっ!?」」
「ガキが邪魔するな。こいつが大将だ・・・こいつを殺せば、ここで勢いを殺せる」
敵はフュンの前で棍棒を真上に上げた。
絶体絶命。
この棍棒が振り下ろされれば、体が潰されるかもしれない。
フュンは、武器を破壊した時のような力強い姿勢になった敵を見た。
すると同時に、叫び声も聞こえてきた。
「殿下ああああああああああああああああ」
リアリスの声でフュンの目が冴えた。
◇
リアリスは意外にも動きの良い大きい男に苦戦していた。
狙いを定めようにも左右の動きが速くて当てられない。
でもそれは、奴の体のどこかに当てるのであれば、簡単に当てることが出来る。
しかし彼女が狙っている場所が難儀な場所。
ピンポイントでとある場所を狙っているのである。
「リアリス。早くしろ。殿下が危ない」
「わかってるわよ。でも、あいつ!! 動きが速いの!」
「安心しろ。リアリス。私がお前の背中を守っているのだ。万に一つも、お前に敵の刃を向けさせん! だから、弓だけに集中しろ。殿下を救うことだけに集中しろ」
「・・・うん。そうする・・・やってみせるわ」
「リアリス、信じてるぞ。お前の腕だけはな」
「ふん。余計な一言よ。ゼファー」
弓のしなりがよくなった。狙いが鮮明になった。
そうだ。不安が消えたのだ。
背中にいるゼファーのおかげで、言葉で、リアリスの視界は開けた。
彼女が狙う場所は、敵の手の甲。
棍棒を持つ右手がリアリスの狙っている場所だ。
「いけえ、あたしの矢! 殿下ああああああああああああ」
いつもよりも真っ直ぐ、素直に飛んでいった矢は、敵を貫く一矢となる。
◇
「リアリス!? なんだ」
フュンが視線をあげると、敵の血が飛び散る。
「ぐあっ。矢だと!? どこから!??」
敵は棍棒を落とした。
リアリスの狙っていたのは手の甲。
それはきっと。
むやみに体に当てても、その矢は敵を行動不能にすることが出来ないから。
背中や腕に矢が当たってもこの巨体の筋肉が邪魔をして矢のダメージが入らない。
だから、リアリスは体を鍛えても鍛えることのできない。
手の甲を狙ったのだ。
「なるほど・・・流石です。リアリス」
フュンは即座に判断した。
敵の一瞬の機能停止。
ここがチャンスであると。
「ニール。ルージュ。僕にダガーを」
「はい」「殿下!」
フュンが立ち上がり、左右に倒れていた双子がダガーを投げつけた。
二対のダガーをもらったフュンは敵の膝に足を置いて、そこを土台にして、駆け登り、高くジャンプ。
フュンの体は相手の頭上を越えた。
「ここだ! 全体重を掛ければ、ダガーでもいける」
振り下ろす二対のダガーは棍棒に比べれば心もとない。
でもフュンが目指す攻撃位置は、まったくもって無慈悲である。
大柄の男の頸動脈を刺した。
「ぐ・・・こ、小僧・・・貴様・・・ああああ・・・」
「すみません。僕にも守るべき人たちがいますからね。ごめんなさい!」
重力で落ちる体を利用して、フュンはダガーを滑らせる。
そのまま敵の首を引き裂いた。
夥しい量の血があたりにばら撒かれて、フュンも浴びる。
鮮血の中で、勝利したのは、フュンであった。
皆の力を集約したフュンらしい戦い方で、敵の精鋭部隊の大将の首を取ったのだ。
「がはっ。これは、肋骨が折れてましたね。今さらですが。痛みがじんわりきてます。初撃かな」
「王子。僕がカバーするので前へ!」
ここで後ろからタイムが部隊を引き連れてきた。
「タイム。よくやってくれました。僕の代わりに指揮を。僕は走るので精一杯らしいです」
フュンの勝利を最初から信じていたミシェルが前衛部隊との連絡路を作っていた。
そこへ、フュンの代わりにタイムが誘導していく。
「わかりました。フュン部隊! ミシェルさんの後ろについていきなさい。彼女が開けた道を走るのです」
「「「おおおおおおおおおお」」」
この部隊長同士の戦いにより、敵の勢いは消えた。
隊長フュンの勝利の勢いを持って、フュン部隊は敵の右翼の兵力を削いでいったのだ。
アージス平原での戦いはこれで決まりとなり、このままウォーカー隊が勝利を収めたのである。
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