第72話 タイミング

 「勝てるぞ。勝てる。口がよく回る割には弱いわ」

 「閣下。前線に出ようとするのはおやめください」


 今にも軍の先頭に立ちそうな勢いのカサブランカを、サバシアは必死に止めていた。

  

 戦況は圧倒的に王国軍が優勢。

 ウォーカー隊ミランダ部隊の二千五百の兵では、相手の一万二千の兵を受け止めきれていない。

 次第に後ろに下がっていくミランダの兵を見て、口ほどにもない奴だとカサブランカは、鼻息荒くミランダを殺せると息巻く。

 しかし、サバシアは少々違う。


 「閣下。押し込むのはやめませんか」

 「なぜだ! 今がチャンスではないか」

 「私はあの小高い丘の上にいる兵が気になります。見た目は千ほどしかいませんが、怪しいです。斥候が奥まで偵察していませんので、兵の数を把握していないと思うのです」

 「だとしても、小高い丘の裏に万を隠すことは不可能だ。せいぜいあれの二倍くらいしかいないぞ」

 「で、ですが」


 慎重派のサバシアは、正しかった。

 丘の上にいるザイオン部隊。

 あれはわざと堂々として、敵に姿を晒すように千の数でそこに立っているのだ。

 そこに逆に姿をさらすことで偵察兵に仕事をさせないのだ。

 本当はその裏に千の兵がいる。

 隠すためにしては姑息だが、これも罠だ。

 こちらの湖側に部隊を隠しているということを大々的にアピールすることで反対側の林への警戒を薄れさせるのである。

 現に、フュンの方には四人しか斥候が来なかったのだ。

 全てはミランダの計略。

 そして今回のミランダの策とは、シンプルだ。

 


 ◇


 「ちと予想外だが・・・大きく引くぞ」


 ミランダは相手の勢いがなかなか良い事に気付き、想定よりも早めに引くことを決意。

 後退しながらザイオンと連携を取れる位置まで下がっていった。

 徐々に帝国の領土の方にウォーカー隊が引くことで、王国軍はこの戦が勝利に近づいていると喜び始めているのが手に取るようにわかる。


 「さてさて、上手く捌けば・・・こっちが優勢になるな」


 ミランダ隊は二千五百しかいないから、ほぼ全員が前線となるが、全員が上手く相手の攻撃を受け止めていた。

 包囲しようと広がり始める敵を捌く。難しい事をいとも簡単にやる野盗どもの練兵具合はさすがラメンテで育った兵である。


 「完全に囲い始めたか。ほんじゃ。来いザイオン」


 予定退却位置に到達すると、ミランダはサブロウ丸一号を空に掲げた。

 発射される煙幕の色は青。曇った空にはよく見えるだろうとミランダは青を選択した。

 

 これが空に打ちあがる時、ザイオン隊が突撃状態に入る。

 ミランダを囲う敵の側面。敵左翼を突くことになっているのだ。


 「あんたら覚えとけ。あいつはあたしらの隊の中で一番攻撃力があるんだぜ。ザイオンの隊の攻撃力にビビりな。王国の兵どもよ」


 青い空は見えないが、青い煙は空に上がった。


 ◇


 「お! 来たぜ。このタイミングなんだな。おっしゃ。俺に続け野郎ども。横をついて横断する勢いでいくぜ」

 「「「「おおおおおおおおおおおおおおおお」」」」

 

 ザイオン部隊二千が突撃する。

 王国の左翼。

 一列目をを初撃で粉砕。

 相手の兵数が多かろうが勢いが上回る。

 戦とは・・・。


 「勢いが大切な時が来るのよ。王国の兵どもよ」


 ザイオンの勢いは誰にも止められない。


 ◇


 ミランダの部隊への攻撃は、右側が弱まる。

 それはザイオン隊の攻撃により、敵が守勢に回ったからだ。

 でも左側の攻撃は強まってきた。

 ザイオン部隊を受け止めるためにミランダ隊を全滅させようとする動きをした。

 誰かが良き判断をしたらしいのだ。


 「へえ。あいつの指示か? 意外とやる奴だったのか」

 「ミラ」

 「お。サブロウ。どうした」

 「敵の総大将が凄いんじゃないぞ。相手のその下の大将が指示を出していたぞ」

 「なるほど。部下の方がいい感じなのか」

 

 自分たちの隊の防御力もなかなかだが、相手の勢いが上回りそうだった。

 だから指揮は少し変わる。


 「よし。右側の兵を減らして、左側に回す。疲労したら交代しろ。交代時に危険になるようだったらサブロウ。お前のサブロウ組で援護を頼む」

 「了解ぞ。任しとけぞ」

 「ああ。こいつは忍耐戦だな。あたしらがここを守り続ければ。後はザイオンが蹴散らすだけだ・・・そんであいつはどうするつもりだろうな」


 実は、ミランダはザイオンと自分だけで相手を跳ね返すことが出来ると思っている。

 でも自分の弟子がここでどんな動きをするのかを楽しみにしている節があるのだ。


 敵のどこに行くのか。攻撃を仕掛けるタイミングは。

 敵の思考や動きを読んで戦うのか。

 弟子に細かい指示を出していない分、楽しみは倍増である。


 「さてと・・・フュンはどうする気かな」


 ◇


 敵とミランダたちが戦っている場面を観察しているフュンとフュンの幹部たち。

 ゼファーが最初に疑問を持った。


 「殿下。始まっておりますぞ。我々は戦場にいかないのですか」

 「ええ。まだです。僕はこのままだとザイオンさんが止められる気がします」

 「え。ザイオン様がですか。あの突進力はそうそう止められないと思いますが」


 ミシェルが聞いた。


 「はい。ですが見てください。あそこの中央の兵。あの動きは」

 「そうですね。僕も王子の意見に賛成です。あの兵の強さと連携はおそらく敵を止めるのに正しい動きだ。王国の兵の中に精鋭がいますね」

 「そういうことです。タイムさんの意見が正しい」

 「なので僕らは・・もう少し東にいきます。そしてザイオンさんが止められそうになるタイミングで突撃します」

 

 フュンは自分たちの位置を微調整し始めた。

 帝国寄りのアージス平原に移動した。


 「殿下。どうしてこっちに行くの?」

 「ん。リアリスさんは僕が王国軍のどこに行くかわかりますか」

 「・・・こっちに来たなら、前面の横?」

 「そうです。僕たちはですね。横に圧力をかけ続ける戦いをします」

 「どういうことよ」


 フュンの作戦は、敵右翼前方へ突撃してから中には切り込まずに側面を叩き続ける戦い。

 それだけでこの五百は戦場に置いて重要な仕事を成すだろうと予測していたのだ。

 

 移動すること十分。

 フュン部隊は、予定地に到着した。


 「ここですね。いきますよ。皆さん、突撃を開始します」

 

 フュン部隊は、敵の前方を突く!



 ◇


 「カゲロイさん。ナイフ攪乱攻撃をお願いします。リアリスさん。弓で一番端を倒してください」

 「了解」「了解よ。まかせて」


 カゲロイが率いているサブロウ組の部下たち10名が先頭となりナイフを用意。その後ろにリアリスの弓部隊が走ることになり、彼女らは走りながら弓を射る形となる。

 だからこれは狩りだった。

 狩猟をメインにして生きてきたリアリスたちを生かす布陣である。


 「部隊は事前の連絡通りです。ゼファー殿が前衛部隊を。ミシェルさんが中衛。後衛はタイムさんですよ。僕は中衛。ミシェルさんの後ろにいます。いいですね。皆さん、ここから走りますよ」

 「はい殿下。いきます」「お任せを」「わかりました。僕が皆さんの背中を守ります」

 

 ゼファーの攻撃力を、ミシェルが支えて、タイムが全体を守る。

 絶妙なバランスを生み出したのはフュンの指導力によるもの。

 ウォーカー隊において、おそらくもう少し兵がいれば最強の隊となりうるのだ。

  

 「ではカゲロイさん。始まりを頼みます」

 「王子さんよ。もう俺たちは呼び捨てで頼む。戦場じゃ、ハッキリ言葉が聞こえた方がいいからな」      

 「え?」


 フュンが皆の顔を見ると、皆笑顔で頷いていた。

 信頼を感じる頷きに、フュンも応える。


 「わかりました。では先制攻撃をします。カゲロイ! いきなさい!」

 「了解だ。王子さん!!!」


 フュンの部隊は、カゲロイ部隊を先頭にして走り出した。 

 接敵すると同時にナイフで攪乱を始める。

 無数に投げられたナイフは前回のハスラ防衛戦争とは違い、ランダムの敵に攻撃。

 四列目だけを攻撃するわけではないのは、すでにフュン部隊が突撃することが敵にわかられているからだ。

 あの時は後ろから奇襲する形であるからこそ成功した攪乱攻撃である。


 「リアリス。斉射です。矢を放て!」


 中衛にいるフュンが叫ぶ。


 「まかせておいて、殿下! いくよ」


 走りながらの高速斉射、敵の左側面一列目に次々と突き刺さっていく。

 

 「効いてますよ。ここからです。ゼファー。さらに敵を蹴散らしなさい」

 「はっ。殿下!」


 ゼファーの部隊が走りながら、部隊の先陣で次々と敵を倒す。

 多少はうち漏らしていくが、そこは心配していない。

 なぜならその背後には。


 「ミシェル。カバーです。ゼファーの突進の勢いを鈍らせないようにしてください」

 「了解です。フュン様」


 ミシェルは完全にフュンを主君だと認めた。

 ザイオンと同じ様呼びは、彼女の尊敬に値する人物への呼称。

 彼女の部隊は、ゼファーの部隊が撃ち漏らした兵を蹴散らしつつ、さらに敵の援護を許さない。

 連携を断つように敵を倒していくのだ。

 

 「要領がいいですね。では、最後に後ろは頼みましたよ。判断の全てをまかせます。タイム」

 「はい。王子。お任せください」


 タイムはフュンよりも後ろにいる。

 最後方に彼がいる意味は、部隊全体の保護。

 後ろから見守る形をとることで、彼本来のサポート能力が発揮されるのだ。


 「いきます。この形で敵の後方まで走り抜けたら、もう一度反転しますよ」


 フュンの作戦は側面連続攻撃である。



 ◇

 

 ミランダ部隊の中心でミランダが笑う。


 「ふっ。左から圧力が消えたな・・・そうか。フュンめ。そういう感じにしたのか。わかった」


 ミランダは自分から見て左。

 その敵たちの動きの悪さを一瞬で見抜いた。

 それで分かる。

 フュンがそこに来た。

 伝令兵の連絡を受けずとも弟子の活躍が分かってしまう。

 師弟の絆はここで発揮されたのだ。


 「サブロウに左を押せと伝えろ。フュンを援護だ」

 「はいよ」


 ミランダは、サブロウ組の連絡係ナリマサに指示を出した。


 「あ、ナリマサ! そのまま、サブロウから指示をもらえ。お前は自由だ」

 「はいよ~」


 気楽な男ナリマサは影に消えた。


 「あとはあたしの弟子はそこからどうするんだろうな」


 ミランダは自分の隊が攻められ続けていても余裕の笑みを忘れていなかった。

 劣勢に近しい状態のミランダ隊はまだ本陣防衛をしっかりできていた、


 ◇


 「閣下。右翼が混乱しているようです。林に部隊がいたようで奇襲を受けました」

 「なに!?」

 「右翼に現れた敵兵五百が荒らしているようです。どうしますか」

 「ここは・・ならば正面を襲う。右も左も兵の圧力で押さえつけて奴らの大将を正面で破るぞ」

 「閣下それではいけませんぞ。戦いは一気に劣勢になります」

 「なに?」

 「我々はどこかで相手の勢いを削がないといけません。おそらく左の勢いは早々消せませんが、こちらの中央の部隊で壁を分厚くすれば抑えられる。そして私の精鋭兵で、右の勢いを完全に消します。私が右翼を受け持ち、最強の兵をそこに導入させます。バルタイを投入します」

 「あ奴をか。切り札的な存在だぞ」

 「はい。ですが今。ここで手を打たなければ、五倍ほどの兵力さでも我々は負けますぞ」

 「・・・わかった。しかし最終的な指示は私に従えよ」

 「わかりました。では右翼にいきます」


 本陣から自分の精鋭を呼び寄せたサバシアは、バルタイと呼ばれる巨人のような男を呼んだ。

 棍棒を持つ姿はもう化け物と呼ぶべきだろう。


 「バルタイ。行け」

 「ああ。まかせろ」

 

 ここからサバシア隊による反撃が開始される。



 

 

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