第60話 シーラ村

 翌日のピカナ邸にて。

 計画書がピカナの元に届いた時点で、彼は要点だけをパラパラと見て、すぐに承諾の判を押す。

 近くにいるジークを手招きして、そのまま資料を手渡した。


 「はい。ジーク。こちらをお願いしますね。シルヴィに渡してください」

 「わかりました。ナイルゼン!」


 受け取った直後、一気読みしたジークがピカナの斜め後ろを見て呼ぶ。

 修正点のない資料であることを確認した。


 「はっ!」


 大人しそうな見た目の男性が影から出てきた。


 「これを妹に!」

 「わかりました。お嬢の元に移動します」

 「ああ。終わったらお前はこちらに戻れ。ピカナさんを死守しろ」

 「了解です」


 男性はピカナ邸を後にした。


 「先程の人は? 誰です?」

 「ああ。そうか。フュン君は知らないよな。あいつは俺の影部隊だ。主に諜報の仕事をしているんだ。ちなみに影部隊の指揮官は君も知っているフィックスだよ」

 「え? フィックスさんが!?」

 「うん。あいつが影の部隊長だ。俺の大切な家族の周りには影部隊が配置されている。ここにはナイルゼンを配置していてね。ピカナさんを影ながら守ってるんだ」

 「みたいですね。ははは」

 

 ピカナの言い方が他人事だった。


 「みたいですって。ピカナさんは知らないんですか?」

 「ええ。彼はジークの命令以外は聞きませんからね。それに僕自体、普段生活していても彼と会ったことがないんです。いつどこに僕のそばにいるのかもわからないのですよ。はははは」

 「そうですか。なるほど、影移動をしているからわからないんだ。僕にも気配が読めないから、よほどの熟練者なのですね」

 「うん。そうだよ。でも君にもいずれは気配を読んでほしい所ではある。ラメンテで一応修行するタイミングを設けるよ。いいかな?」

 「あ、お願いします。僕はゼファー殿ではないですが、ある程度までは強くなりたいですもん」

 「ああ。頑張ろう。俺たちがついているからね。君には強くなってもらうよ」


 この後、ジークが珍しく働いたと背伸びして言って、ここからが本番だとフュンの肩を叩いた。

 

 「さあ、フュン君。ここから移動するよ」

 「い、移動ですか?」

 「うん。俺たちはシーラ村に視察に行くからね」

 「え? ここが目的地じゃなかったんですね」

 「まあ、ここも目的地でそっちも目的地だね。ここを先にしたのは、ピカナさんに会ってほしかったからなんだ。どうだい、ピカナさんは? いい人でしょ」

 「それは。はい。素晴らしい人です。僕が語っていい人じゃないです」

 「ははは。遠慮がちですね。フュン君は! まあいいでしょう。僕は君に会えてよかったですよ。素晴らしい若者と出会えて、とても気分がいいです」

 「はい。僕もです。僕もピカナさんと出会えて嬉しかったです」


 ピカナという人物は、これから目指すべきフュンの理想の男だった。

 仲間を信じて、仲間を上手く使う。

 そして仲間が期待に応えてくれて、世界が回りだす。

 彼の生き方はとても理にかなったものなのだ。

 しかも、ピカナは強くない。頭も体も・・・。

 だけど心は強い。

 仲間を信じているから、自分がこれからやるべき事を理解しているのも、彼が強い生き方をしている要因だ。


 「それじゃあ。フュン君に一言アドバイスね。いいかい。君は、僕の若い時とは違っていてほしい。君は力強く自分自身を成長させていってほしいです。頭も体も心も技も。全部鍛えるのですよ。そして信頼できる仲間たちと共に、成長していくのです」

 「はい!」

 「ええ。後は……シーラ村を良くするのは君にかかっているからね。頑張ってね」

 「え? 僕に???」


 少ないヒントだけを言い残してピカナは執務室に帰っていった。


 ◇


 フュンはササラの北にあるシーラ村にやってきた。

 アーリア大陸の最南東にあるのが港湾都市ササラ。

 その都市の近くにある都市や村は二つ。

 ササラから北西方向、イスタル川付近にあるシンドラ王国の大都市『シンドラ』

 ササラの北にあるユーラル山脈沿いにある村『シーラ村』

 

 そしてササラはこの両方との取引をして、十分にお金を稼いでいる。

 シンドラとは船で移動しあっていて、シンドラが海での漁をしたい際には、ササラの港を貸している。

 シーラ村は東側が山になっているために海とは隣接できない村なので、魚介類を陸路でササラとやり取りしている。

 ユーラル山脈は、大陸の東端の南半分を覆っているくらいに大きな山脈だ。

 ササラの北まで山脈が伸びているために、サナリアやシーラ村の東の先は、山のせいで海が見えないのである。


 「これは僕の故郷と同じで東に山が見えるのですね」

 「そうだね。ササラの北から君たちの故郷まで。ユーラル山脈は伸びているからね。長い山脈だよ。長さで言えばほぼガイナル山脈と変わらないかもね」

 「確かにそうですね。うんうん。ここの人たちも海を見られないんじゃ、僕らだって海には出られないや。あははは」


 故郷が山に囲まれた大地であるフュンは、納得して村に入った。


 「王子。懐かしい感じがしますよ」


 付き添いとしてアイネも共に来ていて、彼女は匂いが気になり髪をかき上げて鼻を膨らます。


 「ん?」

 「匂いが似てますよ。山の匂いです。大地にも草が生えてますから、これも一緒ですね。あ、でもサナリアほど草は生えてませんから、似ているのはちょっとだけですね」

 「まあ、確かに……でも一つだけ別な匂いがありますね」

 「え?」

 「牛がいます。ここには牛の匂いがありますね」


 牛糞の肥料と同じような匂いがする。

 フュンの鼻は牛に会わずとも匂いをかぎ分けた。

 

 「牛ですか? 見たことないのに、王子はよく匂いが分かりますね」

 「ええ。バルナガンで一度。肥料の匂いを嗅ぎましたからね。覚えています。それに似てるんです」

 「おお。フュン君。よく分かったね。ここは酪農をしている村だよ。ササラはこの村から牛乳の取引をしているんだ。魚と牛乳の交換みたいなやり取りかな」

 「なるほど。足りない部分を補っているんですね」

 「そういう事だね。それじゃあ、ここからは戦いさ」

 「戦い?」


 馬車にイグロを置いて、三人は村に入る。

 すると一番に違和感を感じたのは、アイネだった。

 繊細な感覚を持つ彼女が周りをキョロキョロ見る。


 「なんだか。あの時のような感じがしますね」

 「ん?」

 「王子。ロイマンさんたちがいた村に似てます」 

 「え? あの時のですか? でも誰も倒れていませんよ」

 「ええ。ですが目が。態度が・・・なんだかよそ者に冷たい様な気が・・・」

 

 村人たちが睨んでくる。 

 確かにそれはあの時の顔に似ている。

 お前らの見世物じゃないという面構えに近しいのだ。


 「んん。何か不遜な気配があるのですね」

 「さあ。奥に行こうか。あそこだよ」

 

 ジークが指さしたのは元村長の家である。そこには多くの黒い服の人たちが入っていき出て行く。

 姿からして皆弔問をしているようだった。

 そこに近づくと、現在の村の状況が分かった。

 シーラ村の村長一家マスべリア一家が、不慮の事故により全員が亡くなってしまったというのだ。

 川下りを利用したシンドラまでの移動の際に全員が死亡したとのこと。

 突然のことに、シーラ村の村人たちが受け止めきれていない様子だった。


 そこに弔問していく三人は、服が黒ではない。

 普通の服装をしていることに気が引けるがフュンはちゃんと供養して外に出た。


 「ジーク様。これがして欲しかった事なんですか?」

 「いいや。違うよ。フュン君はここをどう思った。感想が聞きたい」

 「え? 感想?」

 「うん。君の直感さ。さっきのアイネ君が言っていたことを踏まえてもいい。君の感想を聞きたい」 

 

 村の外れで三人が会話する。


 「僕は……アイネさんと同じように思いますね。皆さんの目がおかしい。ただ、あの時とは違い。餓死の状況じゃない分。恨み節な感じがしますね……それに向けられているのは僕らにじゃないです。よそ者を警戒する感じですかね。でもそれにしては村人同士でも睨み合ってるような気がしますね。目の種類が二つある・・そんな感じですかね。不穏な感じです」

 「そうだね。よし、何故かを教えようか。その前に。ここは誰の領土か。知っているかい?」

 「え? それはもちろん、ダーレー家では?」

 「そう。ダーレーのものだ。三つある領土の最後の一個みたいなものなんだよ。それでね・・・・」

 

 ジークがここにフュンを連れて来た理由。

 それは、彼の決断力と判断力を鍛える特訓であったのだ。



 

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