第61話 もうひとつ気付いていた

 「現在。シーラ村は二つの意見で対立している」

 「二つ?」 

 「ああ。村長が殺されたと思ってる連中とそれを止めようとしている連中の二派に別れてるんだ。血気盛んな方が武装蜂起しようとしてるらしくてね。シンドラとは引き続き穏便に連携を取ろうとする連中がぶつかってるの」

 「え? 武装蜂起? 殺された?」


 フュンは聞き間違いだと思って、ジークに思わず聞き返してしまっていた。


 「今回の事故がさ。運が悪い事に村長が接待された時に起きた事故なんだ」

 「接待ですか……」

 「ああ、それでその接待がシンドラの連中が提案してきたことなのさ」

 「シンドラですか……えっと。つまり、武装蜂起派の人たちは、事故がたまたま起きたんじゃなくて、シンドラの方たちが村長一家を殺したと思ってるのですか?」

 「そうみたいだ。元々ね。この村とシンドラは、交渉でバチバチにやり合っていたんだよ。この村の村長は、これで正式価格だとして最終決定の値段から、値引き交渉をしなかったんだ。でも相手も諦めずでね。価格の再交渉をしようとしていた所で死亡したってわけだ」

 「・・・しかし、そんな理由で殺されるなんて無いのでは? ありえないと思うのですが」

 「ああ。そうだよ。でもね。事故で死んだのが、村長一家と、村長たちの世話をしていた商会の一人だけなんだ。他の人は無事だったから、村人たちは命を狙ったんじゃないかと思ってるみたいでね。まったく困ったものだよ。証拠もないのにね」

 「……ジーク様。どういう事故だったんですか?」

 「ん?」

 「気になります」

 「いいよ。説明しよう」


 イスタル川の上流に位置するシーラ村から、屋台船で出発して川を下り、川の中流付近にあるシンドラまでの間の楽しいツアーのような接待の中で事故は起きた。

 当日。川の流れは激流とまではいかなかったが、あれくらいの川の流れの速さで転覆事故が起きるのは珍しい。

 ベテランの船頭たちもいて救助作業も迅速だったのに、村長家族とその傍にいた商会の男性一人が死亡した痛ましい事故だ。

 それを意図的に起こした事件だと息巻いている派閥がこちらにいるらしいのだ。


 「ふむふむ。事件とは言い難いですよね」

 「そう。でも、あちらには都合がいいだろ。村長が交渉で渋いからさ。こちらの村長が変われば取引がたやすくなるだろう。そう考えて、間違いないんだと武装蜂起派は思い込みたいらしいよ」

 「それは……あまりに考えが極端すぎて変です。皆さんが冷静になって考えれば、武装蜂起して訴えかけなくてもいいはずだ。それにどこに訴えるんです。まさか、ダーレー家じゃなくてシンドラに?」

 「そうみたいなんだ。それで君に聞きたい。君はこれをどう乗り越える?」

 「え? 僕ですか」

 「うん。君がもし、ここの為政者だったら。ここの裁量権を持つ領主だったら、君はこれをどうする」

 「そうですねぇ」


 ジークはわざとここにフュンを連れてきたのだ。

 彼の成長のため、事前に情報は開示せず、現場で対応させる。

 これはいついかなる時も事態は変わることを示している。

 それは戦場だけでなく、自身が持つ領土でも同様の事は起きる可能性があるのだ。


 「僕だったら、まだ判断をしません。その時の状況を知る人は分かりますか。例えば、村長一家とそばにいた人の死体の状況などを知りたいです」

 「え?」


 ジークは自分の想像を超える返答に驚いた。

 てっきり武装蜂起は絶対に許しません。

 と言ってくるのかと思ったのだ。


 「何かありませんかね」

 「そうだね。死体は三日前に火葬してしまったからな」

 「そうですか。被害状況が分からないんじゃ。判断できませんからね。村人さんたちの議論の結果を見守って、彼らを支援するしかないですね。判断材料さえあれば、僕は納得して村の人たちを説得しますが、それが出来ないんじゃピカナさんのように応援に回るしか出来ない」

 「ああ。そういうことか。わかった。これを見るかい」

 「え? なんですか。これ?」


 ジークが見せたのは写真。

 当時、写真の技術を持っていたのはジークの商会だけである。

 でもこれは簡易で写真を撮るには手間が必要でまだ実用段階ではなかったのでした。

 

 「絵ですか?」

 「いや、これは写真と言って、サブロウの故郷の道具なんだ。絵のようにその場の風景をそのままの姿で残すことが出来るんだけど、写すのに時間がかかるから、実用に欠けるんだよね」

 「へ~。サブロウさんの故郷ですか。アーリア大陸の人ではなかったのですね。知らなかった」

 「うん。そうだね。サブロウは別大陸から来た人間さ」

 「そうだったんだぁ。だから他の人とは別の動きを・・・ふむふむ」

 「ミランダの刀もサブロウの故郷の武器さ。クナイとかもね」

 

 そんな会話をしながらフュンは、三枚の写真を見た。

 彼が見ているのは、遺体の写真である。村長一家とシンドラの商会の人の遺体。

 これらを写真に収めたのは、シーラ村を監視していた影部隊サイラスのおかげである。

 彼女は、この接待が村にとって重要場面になるだろうと思い、影移動を使用して船の中で追従していたのだ。

 船が沈没の際。

 サイラスが彼らを助けなかったのは、死ぬはずがないと思ったからだ。 

 川の底も凄く深いわけでもないし、流れも速いわけではないので、彼女は他の人物たちと同様に船から脱出してくれると思って、離れた位置から見守っていたのだが、中々その六名は上がって来ずに、救出までに時間がかかったので死亡したのであった。


 「その方の話も聞いてたんですね」

 「ああ。サイラスの話を聞くに、彼らは川から全然上がってこなかったらしいんだ。そして、サイラスも引き揚げ作業を手伝い。その後にこの写真を撮ったってわけだ」

 「そうですか。これをね」


 フュンは遺体の状況を観察。

 写真をじっくり見ると、彼らの遺体には船での転覆での外傷らしきものはない。

 どこかを怪我したから溺れたわけでもないようだ。

 だが、苦しい表情をしていて、首に引っかき傷がある。

 

 「これは変だ……溺れて死んだのに、首に引っかき傷がある……これは目。目を見せてほしいな」

 「ん?」

 「いや、溺れるってことは体が上手く動かなかったってことですよね。そして、その際にこんなに綺麗に首に引っかき傷があるのがおかしい。これはたぶん溺れる前、着水前からあった傷だと思いますね。水中で苦しい場合、首を気にするよりも、まずは先に、上に上がろうとしてもがきますからね。これは溺れる前にすでに苦しんでいる可能性がありますよ。まあ確証はありませんが」

 「・・・なるほどね。引っかき傷があるのがおかしいのか」

 「はい。それと僕はこの関係の毒を知ってます」 

 「ん???」


 ジークの想像とは違う話へとなっていく。

 彼はフュンに事件を解決するのではなく、事態を解決してもらおうと思っていたのだ。


 「アレアの花・・・華美な花と呼ばれる通称毒の華です」

 「毒の華だって? 何故そんなものを」

 「はい。あれは呼吸器に来る毒です。微量で継続的に使用されていると肺を蝕みます。中量であれば、喉にまで来ます。そして大量であれば急速に呼吸器に異常をきたして、一時呼吸困難にまでなります。それで人を殺すことが出来ます。だから、息が出来なくて首を引っ搔いた可能性があります。それと、これらは滅多に体に反応を示さないんですが。ただ、一つだけ反応を示す場所があります」

 「そうか。それが目なんだね」

 「はい。目の白目の部分に異常をきたすのです。どの色の花を使用したかによって色が変わります。緑。橙。紫。この三種の色が出ます。元々のアリアの花の色ですね」

 「・・・なるほどね。死体があれば、それらが分かるってことか」

 「はい。そして、これは無味無臭なので扱いやすい。ただ使用する際、基本は飲み物に混ぜます。食べ物だと色で疑われますからね。例えば、紫ならばブドウジュースに混ぜると簡単に騙せます。大人ならワインでもいいです。この方たちの中に子供もいますし、殺そうと思うのであれば、ブドウジュースとワイン。これが当日に出てませんか」

 「出ているかもな。サイラスに後で聞こう」

 「そこで、ブドウジュースの線が確定するならば、名産はどこです?」 

 「ん? 名産?」 

 「はい。シンドラが名産であればたやすく準備が出来ますが。もし」

 「そういうことか。君は気付いていたのか。この村のもう一つの名産を」

 「はい。匂いがしますからね。ここは」


 そうフュンは気付いていたのだ。

 匂いはもう一つある。

 それは甘いブドウの香りが、この村から出ていることにだ。

 牛の酪農。ブドウの果樹園。

 それがシーラ村の収入源であることに気付いていたのだ。

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