第59話 領主ピカナ
翌日。
朝からフュンは、ピカナの都市案内を受けていた。
こちらのササラの港の機能や、それに伴う人々の生活についてなど。
為政者として学ばないといけない事を勉強させてもらっていたのだ。
田舎者でサナリアのような新しい国では学べないような事ばかりを学べることに、フュンは二人に感謝していた。
ここで、属国の王子なのに、フュンは超一流の指導を受けていたようなものだったのだ。
「ササラはですね。このような形でですね。港をメインに置いて、都市の発展を考えています。交易と経済を軸に成長しようとする都市なんですよ。船。凄いでしょう」
こんな穏やかな先生は、そうそういないだろう。
ピカナは物腰が柔らかすぎるのである。
「へぇ。なるほど。物資の運搬は海を使った方が速いということですね。その方が大量に物も運べますしね」
「ええ。そうですよ。帝都は内陸地。陸路を使わないといけないので僕らの都市は帝都との交易は難しいんですよ。この地は馬が発達しているわけではないので、帝都にだけは大量にも物を運べません。はははは」
「確かに、こちらから帝都までは大変ですね。お魚は全滅しそうですものね」
「そうなんですよね。フュン殿は帝都でお魚を食べましたか?」
「いえ、食べてないです。見かけても干物くらいですかね」
「やっぱり、そうですよねぇ」
おっとりしたピカナは雰囲気的にはフュンと似たような感じである。
優秀さはあまり感じない。
でも人柄はとても良い印象を受ける。
おそらくフュンが歳を取ればこの人のようになるであろうと言える。
「僕らはね。陸路が発展しにくいから、海を制したいと思ってますよ。漠然としていますが、小さな目標を少しずつ立てて、一つずつ先へ進んでいます。市長がそういう政策を取っていますからね。僕としては彼を精一杯応援してます」
「市長さんがですか……そういえば珍しいですよね。支配者が二人もいるのは?」
「ええ。でも僕は支配者じゃないですよ。僕は応援する人です」
「応援する人?」
「僕はですね。情熱を持って頑張る人が好きです。だから、そういう人を見つけて応援するんですよ。選挙で勝つ。これは情熱がないと出来ません。ね! フュン殿もそう思うでしょ」
「確かに……そうですね。選挙に勝つには意思がハッキリしていないといけませんもんね」
「そうですよね。うんうん」
ピカナは目を閉じて頷いた。
同じ意見の人と出会って嬉しそうだった。
「君は、あ、ごめんなさい。フュン殿は」
「君でもいいですよ。ピカナさんのお好きなように」
「それじゃあ、フュン君。君は、何かをしたいと思ったことがありますか」
「何かをしたい?」
「目標のようなものですよ。君は、何か生きる目的を持っていますか?」
「・・・そうですね。僕は目的・・・よりも、僕は生きないといけません。僕は思いを継いだんですよ」
「思い?」
「はい。僕は皆さんから生かしてもらったんです。本当はこの間の戦場で死ぬはずだったんです。それなのに、シゲマサさんたちは、自分たちの命を使って僕を生かしました。それは僕が……僕なら、何かを成すんだと。信じてくれたんだと思います。だから僕は彼らの思いに応えるために、僕は何かをしますよ。皆の為になるようなことをします。頑張ります!」
「ふむふむ。さすがは、ジークだ。最後のピース・・・ようやく見つけたんだね」
フュンを見ずに空を見たピカナはそう呟いた。
「ん?」
「そうかそうか。いいかいフュン君。君は真っ直ぐこのまま道を進んだらいい。そしてちょっとでも疲れたりしたら、僕らを頼ってね。必ず元の道に戻してあげるよ。僕は応援してるからね」
「・・・はい! ありがとうございます」
この人の言葉を聞くと元気が出る。
そんな人物がピカナという紳士であった。
◇
ササラの食堂を目指して二人で歩いていると、ピカナはよく市民に話しかけられていた。
「ピカナさん! 今度はうちの料理も」
「は~い。お邪魔しますね」
「いや。うちにだって来てくださいよ!」
二人の市民がピカナの招待を巡って言い合いになりそうだった。
「そこで喧嘩は駄目ですよ。どちらにも顔を出しますからね。待っててください」
と言うと喧嘩は起きなかった。
そしたら隣の漁師の格好の男性も。
「今度漁にも来てくださいよ。新鮮な魚を捌きますよ。旦那!」
ピカナを漁に招待した。
「ええ。いきましょうね。約束しましたぁ!」
とにかく市民に慕われる領主のようだ。
「あ、こちらですよ。フュン君。マール海鮮屋です」
「はい」
ピカナが招待したのは、漁師の御用達のお店『マリンフール海鮮屋』
フュンにとれたて新鮮な魚料理を食べさせてあげたいと、ここを貸し切りにしてまでピカナは事前に色々と準備をしていた。
人気店であるのにここを貸し切りに出来るのは、彼がこの都市で信頼されている証拠なのだ。
特に何をしているわけではないのに信頼されているのが、彼の人徳ゆえである。
「美味しいんですよ。一緒に食べましょうね」
「そうですか。ああ、だったらアイネさんとも一緒に食べたかったな」
「大丈夫。一緒ですよ」
「え?」
二人でお店の中に入るとすでにジークやアイネはそこにいた。
先回りでこちらにフュンの歓迎の為の準備がなされていたのだ。
料理に席にと、今が食べごろという一番いい状態であった。
ピカナとは、優しさの中に細かい配慮がある男であった。
「あ。ありがとうございます。ピカナさん」
「いえいえ。もう君は僕の家族なんですよ。ジークが大切にしているのです。そうなったらもう僕の家族です。ええ」
「……はい。ありがとうございます。ピカナさん」
ピカナの優しさにフュンは包まれて、幸せを感じたのであった。
今はお昼で、お酒を飲めるわけでもないので、半宴会のような状態になった食事会。
新鮮な刺身や海鮮鍋は、フュンが食べたことのないものだったので、それはもう感動のしっぱなしだった。
料理の美味しさとピカナの優しさでフュンの目には涙が溜まっていた。
「美味しいですね。皆さんと食べられて・・・はい」
「そうですか。それはよかった。フュン君に楽しんでもらってね。良かったですねジーク」
「ええ。そうです。ピカナさんのおかげです」
ピカナにだけ礼儀正しいジークは、ピカナの事を本当の父のように慕っている。
彼がなぜジークの家に帰順しているかというと。
彼は御三家戦乱の最初期。
活躍する才がなくその優しさのせいで全てを失くした男だった。
信頼した仲間に裏切られ、子供も妻も、名誉も地位も、全てを失い、ダーレー家の前に捨て猫のようになった男を拾ったのがミランダであった。
彼女がたまたま拾ったことで運命が変わった男性である。
彼は持ち前の優しさと誠実さで幼いジークを育てた。
母親を若くして失っているダーレーの兄妹にとって、ピカナは父で、ミランダは母に近い姉のような存在だ。
二人がいなければダーレーはなかったと言える。
それくらいにピカナはジークのメンタル面を支えた男であるのだ。
「ん?」
ピカナは外の様子がおかしい事に気付いた。
慌ただしさを聞きつけた。
彼は五感が鋭い。これもフュンと似ている部分である。
「外が騒がしいですね。何かありましたね」
席を立ち外に出る一行。
慌てていたのは市長イーサンク・ナッシュだった。
普段は勇ましく吊り上がっている眉が、下に下がってうな垂れているように見える。
「ピカナさん。承認してください」
「はい? 何をです?」
いきなりの言葉に戸惑う。
「……海賊です。奴らを撃退するための船・・・造船することを承認して欲しいのです。もう我慢してはいけません。完璧な軍船を作りましょう」
「んんん。なぜです? もしかしてまた襲撃に遭ったのですか?」
「はい。先ほど連絡が来まして。アーリアの東海岸にて、ラーゼへ向かう船が襲撃に遭いました。物資が盗まれたそうです」
「人命は?」
物よりも人。
ピカナの思考が分かる第一声だ。
「大丈夫です。全ての物資を解放したら人は返されたそうです」
「なら良いでしょう。そうですね・・・どうしましょうかね。軍船ですか」
ササラの考えだけで、勝手に軍を拡充することは許されない。
それは帝国でもパワーバランスがあるからだ。
この仕事は、市長と領主の仕事ではない。
これを成すのは、ここの領土の持ち主シルヴィアである。
だからピカナはジークの顔を見た。
「俺の役割ですね。手紙を書きますね」
ジークはピカナに言った後、イーサンクに顔を向けた。
「シルヴィに連絡をしておく。だから、それまでの間はだ。イーサンク。東を通って北に行くのはやめよう。航路を限定して他の都市との交易を結んでくれ。悪いな」
「いえ。仕方ありません。ですが、軍船をしっかり準備することは重要。このままずっと一方的な攻撃を耐えるだけは、経済的にも難しいです」
「そうだな。その点を推し進めて、進言するよ。陛下にまで話を通しておく。承認してもらうように働きかけるよ。まあ、被害が結構あるからな。おそらくは許されるだろうな」
「ありがとうございます。ジーク様。お願いします」
「ああ。後はピカナさんと要相談で計画をまとめておいてくれ。具体的なものが欲しい。説得するには俺たちよりも現場の意見が欲しいからな」
「ジーク様わかりました」
ジークの後に、ピカナの方に体を向けてイーサンクが話し出す。
「ピカナさん。後で、計画をまとめたら、お家にお伺いします」
「ええ。待ってますね」
「はい。では失礼します」
市長とピカナは良好な関係だった。
二重支配の体制なのに、意見のズレもなく全く問題のない状況判断にフュンは驚く。
サナリアでは出来ない政治体制でもあると思ったのだ。
「何もかもがスムーズですね。緊急事態にもすぐに対処できる素晴らしい都市です」
「ん? そうですかぁ? 僕にはよく分からないですけどね。ははは」
「いえいえ。ご謙遜されなくても。僕にはピカナさんがいるからここは上手くいっている。そんな気がしますね。あははは」
「そうですかね。そうだったらいいですよね。不出来な僕も役に立つと思いたいですもんね。はははは」
人の役に立ちたい。
それがピカナの生きる原動力である。
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