第57話 王子とお姫様はお話し中

 帝国歴516年10月上旬

 貴族集会舌戦での戦いの後もフュンは修行を継続しているが、ゼファーは彼よりも激しく厳しい修行をしていた。

 ゼファーは一人里で、主君であるフュンとは離れ離れになっている。

 ラメンテでの修行は、地獄と称されるほどに過酷なもの。

 あの体力自慢のフィックスでさえ、音を上げるものなのだ。

 その日々を文句も言わずにやり遂げているゼファー。

 いったいどれほどの成長をしているのだろうかとそれを楽しみにしているフュンは、ルーワ村でのんびり農業と研究をしながら、自身をゆっくり鍛え上げることをしていた。


 「シルヴィア様。こちらで攻撃に行くのは駄目ですか?」

 「それではいけません。ここの伏兵にやられます。こちらで行くのなら迂回をして釣りだした方が良いです」


 戦場盤面図と呼ばれる仮想の戦地での戦術勉強をしているシルヴィアとフュン。

 議論形式で、何度も戦いをしているのだ。

 指揮官訓練の一環である。


 「なるほど……でも、だったらこの攻撃を捨てて。弓で威嚇した方がいいのでは? だめですかね?」

 「はい。その場合。下からの弓は威力が半減します。どうせ弓を使おうとするならば、高台。いえ、せめて平原でも少し高い場所が欲しいです。ですから地面の高低差はチェックしましょう。戦う際の戦場はそこも含めて調べた方が良いです」

 「なるほど。さすがはシルヴィア様。そういう戦術があるのですね」

 「ええ。しかし、これも机上でのお話。現場では勢いで押される場合もあります。最善手が必ず効果的になるとは限りません。これもお忘れなく。フュン殿」

 「はい。わかりました……気をつけます」


 シルヴィアによる戦術指導。

 それは戦場配置の変化から、アクシデントによる窮地になる例など、自らが経験した戦場でのやり取りを口頭でもいいので丁寧に伝える形を取っていた。

 だから、フュンは貴重な戦いの経験をシルヴィアから学んでいたのだ。

 それと彼女から多少剣術なども教えてもらっている。

 彼女の美しい剣技はミランダたちの荒々しいものとは別物だが、真っ直ぐな性格のフュンには性に合っている剣技だった。

 なのでフュンは確実に武も知も伸びてきている。

 


 休憩中。

 シルヴィアは、フュンが入れてくれたお茶を大切に飲んだ。

 その時の彼女の笑みに、最愛の人がそばにいる幸せが現れている。

 

 「ゼファー殿は元気ですかね。シルヴィア様はラメンテには行かれてますか?」

 「ええ。この間、行きましたよ。ゼファーさんは、また一段と強くなっていますよ。骨格もまた大きくなられたようで、あれはもうすっかり大人ですね……でも性格はそのままでしたから、可愛らしい大きな子供のようです」

 「そうですか。もう15ですものね・・・僕とは一つ違いですけど、僕よりも大人かもしれませんね」

 「そうでしたか。だとすると、彼はずいぶん大きいですね。15であれですか……」


 フュンも急速に体が大きくなって、この一年で8cm伸びて172cmとなり、以前はシルヴィアとほぼ同じ身長だったが、今は彼女の方が彼を見上げることとなった。

 その頼もしさも相まって、シルヴィアはフュンの事が更に好きになっていたりする。


 「それで・・・」

 「フュン殿。なんでしょう?」

 「あの、いつまでこちらに滞在なさるのですか? シルヴィア様。お仕事をこんなに長くなさらなくても大丈夫なのですか? なんかずいぶんこちらにいらっしゃるような気がして・・・」


 シルヴィアは10日もこちらにいる。

 フュンが彼女の仕事を心配するのは当然の事だった。

 フュンがルーワ村にいる理由は研究もあるが、サナリア草の成育が3カ月目に突入する頃合いであるから、収穫作業のお手伝いの為という明確な理由があってこちらに滞在している。

 でも彼女にはその理由がない。

 いくらフュンの修行があるからと言ってこれほど長い滞在期間はさすがにない。

 いつもの彼女であれば宿題を課して、彼がその宿題を終える頃に来て、2日ほどの滞在で学習発表会を開くのだが・・・。

 今は、ここに10日もいるのだ。

 ご自身の仕事はどうなっているのだろうとフュンが心配するのも無理もない。

 誰もが心配する事である。

 

 「あ・・・・だ、大丈夫ですよ」


 シルヴィアの目が泳いだ。

 フュンの目を見ずに、研究室の入り口の扉を見る。


 「本当ですかぁ。なんだか怪しいですね」


 怪しんでいるフュンは引きつっている彼女の顔を見る。

 いつものなら自分と目を合わせてくれるのに、今回ばかりは一つも合わない。


 「はい……全然……まったく。お気になさらずに・・・ええ」

 「シルヴィア様。お仕事の書類などが溜まっちゃって大変でしょう? お帰りになられなくてもいいのですか?」

 「…いえ、そんな事はありませんよ。そんな事はね。に、兄様がいますから」


 声が裏返った。益々怪しい。


 「へぇ。ジーク様がね・・・」


 大変だなお兄さんと思いながらフュンはお茶を飲んだ。


 「ここにいるな。シルヴィ!」

 「ん?」


 大きな声に驚いたフュンが入口を見る。

 息のあがっているジークがいた。

 彼が肩で呼吸するのは珍しい。


 「やっぱりいたな!!! シルヴィ! いつまでここにいる気だ」

 「あ!?」

 「あじゃないわ。あ!?じゃ。いつまで俺に仕事をさせる気だ。俺は今忙しいんだ。商会以外にもやらねばならんことがあるんだわ。いい加減帰ってきなさい。俺は3日と聞いてたから許可したんだぞ」

 

 あ、やっぱり。

 と思うフュンはシルヴィアの表情を観察した。

 しまったという顔をしている。


 「そ、それは。し、知りません……わ、私は14日と言いましたよ。兄様の聞き間違いでは?」

 

 苦しい言い訳だ。

 と思うフュンはテーブルの上のお菓子を一つ食べた。

 程よい甘さのクッキーを少しずつ食べる。


 「お前な。どこまで幼稚なんだよ。フュン君が絡むとアホになるのか。お前は!」

 「アホじゃありません。兄様は私がこちらに行くことを許可したじゃないですか」

 「ああ。それは3日だと言っていたからな。誰が14日もここに滞在してもいいっていうもんかよ。戦じゃあるまいし」


 その通りですね。

 と思うフュンはテーブルの上の二人のお茶を片付け始めた。

 二人とも一杯のお茶を飲み終わるくらいに戦術訓練をしていたのだ。


 「いいから、帰るぞ。シルヴィ」

 「いやですぅ。私はまだここにいたいですぅ」

 「お前・・・子供か!」

 「ああ、まだここにいますぅ。お願いしますぅ」

 「こっちへきなさい。もう。駄々っ子か」


 ああ、ああ。やっぱりこうなっちゃった。

 と思うフュンは、襟首を引っ張られて、体が引きずられていくシルヴィアを見た。

 半泣きの彼女はフュンの方に助けてと手を伸ばしていた。


 「そうだ。フュン君」 


 ジークが妹を引っ張りながらフュンの方に振り返った。


 「あ。はい!」

 「君も一緒に帰ろう。少しやってもらいたいことが出来たんだ」

 「わかりました。ここの引継ぎをしますね・・・」

 「え!? フュン殿も一緒に帰るのですか! なら帰りましょう」

  

 シルヴィアはスッと立ち上がった。

 わかりやすい性格である。


 「引継ぎはいいよ。ちゃんと連れてきたから」

 「連れてきた?」

 「うん。外で仕事をしているからね」

 

 ◇


 畑の方に三人が行くと、すでに刈入れ作業をしているアンとサティがいた。

 こちらに気付くと二人は近づいてくれる。


 「サティ様。アン様!」

 「ああ! フュン君元気だった?」

 「フュン様。私たちにお任せください。これらはやっておきますから」


 前回。前々回と刈入れ作業を手伝っている二人は収穫作業を手際よく行っていた。

 それと彼女らと共に作業してくれる村人たちもずいぶん動きが良くなっているのが分かる。

 すでに三分の一の面積の収穫が出来ていたのだ。

 フュンが手伝うことが無くとも、立派に仕事が出来ていた。


 「ほら、大丈夫だろ。君がいなくても、あっちも大丈夫そうだよ」


 フュンが指示を出さずとも傷薬の制作と保管用倉庫の管理も滞りなく出来ていた。


 「・・・そうですね。僕が何でもかんでもやるのはよくないのですね」 

 「そうだよ。皆でやるんだ。為政者は任せることを覚えないとね。君の傷薬もあっちで上手く作れているからね。ここは俺に付き合ってもらうよ。勉強会をしよう」

 「勉強会?」 

 「ああ。君にはどうしても行ってもらいたい場所があるんだ。ついてきてほしい」


 こうしてフュンは新たな視野を手に入れる勉強会に参加するのである。




―――あとがき―――


ここからが編集ではなく、新規のお話です。

以前から考えていた話でした。

以前は、話のテンポを重要視していたためにここをカットしていましたが今回は入れ込みます。

ここからしばらくは、直近と終盤に繋がる部分のお話です。

楽しんで頂けたら嬉しいです。


新規書下ろし部分を楽しんで書いていきたいと思います。

っと作者が楽しんでどうすんだって話ですね。ええ。ええ。

でも実際に楽しいので、どうしようもないですね。これは。あははは。

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