第56話 始動
「先日の失敗は、貴様の責であるぞ」
「いえ。私は言われた通りに自分の仕事はしっかりやりましたよ。あれらの出来事はもう運が悪いと思った方がよいかと思われます」
「ふざけるな。あの男を誘導して、そこを救うことで、我らの方に引き寄せると言う策だったろ」
「それはそちらの役目でしょう。私の役目は彼をあそこに移動させること。それと彼の従者も誘導することですから。私として責任は果たしたつもりです。あなたに何かを言われる筋合いがありましょうか」
空のように澄み渡っている青い目が、汚いものを見るかのようにきつく睨む。
自分は間違えていないのだと目が語っていた。
「私はあの子に料理を食べさせて毒まで盛ったのですよ。私の役目はこれ以上はないのです…だから、あなたにとやかく言われたくない」
「くっ。まあ。そうだがな」
貴族集会の失態を自分の責任にしたくない黒ずくめの男は、相手になすりつけようとしたが、失敗に終わる。
結局は自分が悪い事を知っていても、まだ相手にも責があると思いたい。
未練は残っていた。
「・・・くそ・・・あの方が出てきてしまっては・・・手が出せん」
「ですからそれが想定外のことだったでしょう。私の責務ではないはずです。それに何だったらあなたの方が役に立っていないのでは、あなたの方がストレイル家の中に入っていたのですからね」
「貴様・・・ぬけぬけと言いよって」
西に山脈。北に海。東に大都市が見える。
この属領の片隅で蛇の刺青がある二人の男が言い争う。
原因は先日の一件、貴族集会の出来事についてであった。
「我らの計画を練り直しにかかるしかないか。あの方に連絡を・・・」
黒ずくめの男の方が計画変更を示唆した。
「それならば連絡は早くしたほうが良いのでは。あの方は結果を重んじる方。あの方は、私のような属領にいる男には関心がありませんが、あなたは違うでしょう。お早めに連絡をしておいた方がいい」
「貴様・・・口の減らない生意気なガキだな。なぜお前なんかをこちらの陣営に引き入れたのだ」
「それは……私に聞かれましてもですね。わかりません。では私はこれで」
「貴様。待て。お前が自由に行動できるとでも・・・」
「ここは私の大切な場所です。ここを守るために、私は動くだけなので・・・。では」
手袋をしている男性は、黒ずくめの男性を冷たい眼で睨んで帰っていった。
◇
アーリア大陸最西端の場所にあるイーナミア王国の王都『ウルタス』
その居城の第一王子の執務室で、部屋のど真ん中の机の椅子にどっしりと座っている王子がいた。
その構えからして、強烈な威圧感を出していた。
部屋には、他にも机がある。
並べられた机は、部屋の隅に順序良くあり、ここで仕事をする者たちは全員中央にいる王子を見るような形の机の並びだ。
そんな不思議な部屋の作りなのは、皆の顔が見えるようにするためじゃなく、皆が自分を見るようにするため。
王子は、効率性よりも忠義に厚い部下を欲しがっているようだ。
ノック音の後、見目麗しい女性がやって来た。
「王子。どうかなされましたか。皆が休みの日に私を呼びだすとは大変珍しいですね」
「む。ブルー。来たか。うむ。そろそろ動く頃合いかと思ってな。下準備をしようと思うのだ」
王子は手に持っていた資料を自分の机に放り投げた。
「王子。ついに動きますか」
「ああ。まあ、私が動かんでも勝手に動くだろうしな。それに私に聞かずとも。お前には、もう全部分かっていることだろう」
「・・・内乱ですね」
「さすがだ。我が頭脳」
王子は静かに笑った。
何もかもを見透かすような透き通る青の瞳を持つ女性が満足のいく答えを言い出したからだ。
「それでは王子。準備します」
「待て。何からやるつもりだ。まあ分かっているだろうが、お前の意見を聞く」
扉を開けて帰ろうとするブルーを呼び止める。
「まずは、邪魔な弟君でありますね」
ドアノブを握ったままブルーは振り返った。
「ふふふ。やはり分かっているな。しかし、道のりは…過程はどうだ?」
「人員を配置させていますよ。もう相手がいつ反乱しても良い状態にしてます」
「エクセレント!」
少しのヒントで正解を出すブルー。
退屈という言葉が常に心にある王子の、その一部に満足という欠片が加わる。
「ブルー。では、他は?」
「他ですか・・・もちろん。帝国とですよね。そちらの準備は・・・どのように?」
「そっちはだな。今、私もそこを考えていたのだ。よし、ブルー。そこに座れ」
「…はい」
王子は、彼女の机前の椅子にブルーを座らせると、考えを話し出した。
「そうだな。大将クラスの人材がもう少し欲しいな。複数名外部から欲しい。そちらの方が王国に角が立たんし、そっちの方が後の我らにとってもよいだろう。なので、今すぐ人材リストを作成してくれ。状況と実力を整理したい。これらを加味して、弟との戦いも乗り切ってみせよう」
「そうですか……では私の部下を送り、徹底的に調べます」
「うむ。頼んだ」
こうして、王子は自らの腹心と共に、ある計画を練っていたのだ。
この王子の名をネアル・ビンジャー。
イーナミア王国の正統後継者である第一王子。
覇気。勇気。英気。
彼が身にまとう雰囲気はすでに英雄の気質。
王国にいつまでもしがみつこうとする無能どもを一掃するべく、王子の戦いは始まろうとしていたのだ。
◇
ゼファーの修行。
里ラメンテにて。
「ぶはあ。ぐっ」
「ほれほれ。そんなんじゃ、フュンを守れんぞ」
「・・・み、ミラ先生。もう少し力を押さえてもらって・・・それに手数が多い・・」
「文句はなしだ。いいか。複数と戦っていると思いな」
ゼファーの激しい修行は、開始されていた。
ミランダとの実践訓練。
これはただ毎度遠くへ吹き飛ばされるだけの修行に見える。
別場面にて。
「おい。坊主! ドンと槍を構えな。このまんまじゃな、ミシェルにも負けちまうからな」
「は、はい。ザイオンさん!」
「よく聞け! 途中、山の中に的があるからな。槍を複数本もって、攻撃を当てるんだぞ。投げても殴ってもどっちでもいいぞ。その状態で下まで走り切れよ。絶対に的を外すなよ。死ぬなよ。あとこいつは下山の方だから簡単だからな・・・まだこいつは序の口だな」
「・・・え? 死ぬなよ? どわあああああああ」
テースト山の頂上付近から一気に下まで下山する特訓。
これはとにかく走るをテーマにしたトレーニングなのだが、普通と様子が違うのは上から大玉が落ちてくること。
それに、道中には的があって、そこに向かって自分の武器で攻撃しないといけない。
これをもし外すと・・・。
「おおおおおおおおおおおおおおおお。もう一個なのですか。おおおおおおお。外すと増えると!!」
一個大玉が追加されるのである。
なので「死ぬなよ」が助言である。
別場面にて。
「ゼファー。お前さんは、あたいの特訓で目を養うぞ。距離感訓練から入る」
「・・・は、はい・・・お願いします」
「疲れてんな……まあ、この訓練はそんなに大変じゃない。いいか、ゼファー。この的へ攻撃だ。槍の投擲から始めよう。弓もチラッと教えてやる」
「…はい、わかりました」
一番まともだったのはエリナの訓練であった。
的が小さくなったり大きくなったりする中で、遠近感を狂わせれながらの槍の投擲訓練が彼女の特訓。
今までと同様の激しい訓練かと思いきや、意外にもエリナは。
「よしよし。お前さんは、最初から結構できるわ。それにお前は素直で、あいつより楽でいいな。んじゃ、徐々に難しくしてやるから、今度は弓も教えてやるからな」
「ありがとうございます。エリナさん」
にっこり笑って、褒めてくれるのである。
二人が無茶な分。ゼファーは心の底からエリナに感謝していた。
そして最後の一人。
別場面にて。
「いいぞ。ゼファー。おいらの動きを追いかけてこれるようになってるぞ。ほんじゃ、このイメージのまま、おいらと戦うぞ。たぶん、お前。おいらの戦闘スタイルが一番苦手だろうから、戦って、体が動きに対応するまで覚えるしかないぞな」
サブロウの実践訓練である。
彼の訓練はミランダと違い、最初から彼の姿が見えないから、捜索からの発見で戦いが始まる。
ラメンテにある訓練施設の中で建物が密集している市街地戦を想定した場所がある。
そこでサブロウは気配断ちを仕掛けながらの戦闘訓練を課しているのだ。
だから、ミランダのような真っ向勝負じゃない分。
「どわ・・・・ぐへ・・・な!?」
「ほれ。三回死んだぞい。駄目ぞ。もっと自分の気配を消して、もっと相手の気配を感知するんだぞ」
「・・・わ、わかりました。サブロウさん」
「よし。次いくぞ!」
ゼファーの訓練は生死を賭けた訓練であった。
◇
ルーワ村の研究施設で一人。
仕事をしていたフュンの元に訪問客がやって来た。
「フュン殿!」
「ああ。シルヴィア様。お久しぶりですね。あれ? ルーワ村に何の御用で?」
「それが・・・その話は一旦置いておいてですね。帰順してくださるのですか!」
「ええ。もちろんです。僕はお二人が好きですからね。必ず役に立つ人物になりますよ。あははは」
二人が好きだと言ったのだ。
でもお姫様には、好きだとしか聞こえていない。
相も変わらずポンコツである。
「・・・え・・・そ、そんな好きだなんて・・・ぐへへへへ」
お姫様は少しの間、夢の世界に行ってしまわれた。
しばしお姫様が現世に戻るまで、フュンは実験しながら待機する。
「は!? それで、何の話を私は・・・」
シルヴィアが気付いたので、フュンは話を再開させる。
「あ。気づかれましたか。えっと、なんでこちらの村に来たんですかって聞きましたよ」
何事もなかったようにフュンはもう一度質問してくれた。
「ああ。その話ですね。先生が私に、フュン殿の修行のお手伝いをしろと」
「シルヴィア様が、僕の!?」
「ええ。私があらゆる面の基礎を仕込めと、それで鍛えるのが足りない場合は、後からあたしが捕捉してやるから思う存分鍛えろ。と先生が」
「ミラ先生が・・・なるほど。では、この仕事をやりながらでもいいですか?」
フュンは傷薬と美容クリームの大量生産の際の品質チェックをしていた。
色々と考えることが多いフュンに対して、何の修行をすればいいのかとシルヴィアが悩む。
「そうなると、鍛えるのが難しいですね・・・どうしましょうか」
「えっとですね。それじゃあ。まず、シルヴィア様って早朝訓練をしますよね?」
「はい。します」
「その時に肉体方面の修行をして。この僕の研究の時には、頭脳を鍛えませんか? 戦術訓練です」
「なるほど。それはいい。賛成です。一緒にいられますし」
「ん? 一緒に・・ああ、そうですね。これだと、シルヴィア様と僕がずっと一緒になってしまいますね。それは大変だ。ああ、そういう事を考えてなかったな。シルヴィア様に自分の時間が無くなっちゃう・・・ううん!? これはやめた方がいいかな。別な方法にしましょうか」
「いいえ。私の時間は必要ありません。あなたと一緒にいられるなら、私の時間など一分もいりません!」
「え!? それだとお風呂やトイレに行く時間だってないですよ」
「必要ありません! 行きません! 私は!」
「ええぇぇぇ」
ちょっと引いたフュンであった。
「それでは、戦術訓練をしましょう」
「そうですね。ではこの薬品を入れたら、場面設定をお願いします。戦争形式で戦いましょう」
「いいでしょう。では・・・・」
こうして、フュンはシルヴィアの指導をみっちり受けたのである。
それで、武も知も飛躍的にフュンは伸びるわけだが、そんな事よりもまず、シルヴィア自体がとても幸せな様子であったのだ。
彼のそばにいられる口実が出来て、幸せの絶頂にいたのだと断言してもおかしくなかった。
ここから、フュンは大きく成長する。
これ以上の訓練と、とある事件らを経て、二年後。
彼は大きく羽ばたくわけだが、その前にその成長の二年間をご紹介しよう。
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