第55話 昔話

 サナリアの王宮にて。

 王と四天王だけが話し合いの場を設けていた。

 席に座る四天王は、上座にいる王が話し出すのを待つ。


 「雑談から入るが……ラルハンよ」


 王は議題から話を始めずにとある雑談から入りたかったらしい。

 集まって早々いきなり剣のラルハンに話しかけた。


 「なんでしょうか」

 「先日の武闘大会でのズィーベのあの振る舞いはどういうことだ。負けを認めた相手に対して、更に追撃をしたのだぞ。あれはどういう意味でやったのだ?」

 「それはおそらく、試合終了の声が聞こえていなかったのかと思います」


 数週間前のサナリアにて、『サナリア武闘大会』というものが開催されていた。

 この大会は、少年部門と青年部門とに別れて戦うのが、サナリア王国の決まりで、年1、2回の不定期で行なわれる大会である。


 ここ最近景気が悪いなとか、民の気持ちが落ち込んでいるなとか。

 判断材料は様々であり、最終的には王が独断で大会を開催することになっている。

 大会自体はとても盛り上げるものなので、べストなタイミングを見計らって、沈んだ民の気持ちを盛り上げるための起爆剤としてサナリア国が利用しているのである。

 そしてこの大会、成績優秀者には褒美が与えられたりするので、サナリア全土から腕自慢がやって来る。

 だから、戦闘に自信のある者しか参加しない大会なので、参加してくる者たちは猛者ばかり。

 その中でズィーベは少年部門で優勝したのだが、その時の態度が気になった王が師であるラルハンに問うたのだが、先に声を荒げたのはシガーだった。

 彼は大会の主審であったのだ。


 「それは、私の声が聞こえなかったと言いたいのか。ラルハンよ」

 「いや、シガーが悪いのではなくだな。ズィーベ様は集中すると声が聞こえないのだ」

 「戦いにおいて音が聞こえない!? それはお前の指導が悪いのではないか。今後において明らかにそれではまずいだろう。ラルハンよ」


 シガーはラルハンにもう一度正論で問う。


 「そんな些細なことは、よいではないか。それほど戦いの際に集中力があるってことだろう。まだズィーベ様は若いのだし、その内にでも音だって拾えるてくるであろう」

 「馬鹿かお前は。集中力で音が聞こえないなんてな。そんなんじゃ、王子は狩りも出来んぞ。 クソ雑魚じゃねぇか!? 一対一ならまだしも複数との戦いになったら、その癖はかなりの致命的な事になるぞ。おいおい」


 フィアーナが腕組みして堂々と辛辣な評価を言い切った。


 「ラルハン。我も今のは軽んじては駄目だと思うのだ。我もフィアーナとシガーの言う通りだと思うぞ。戦場で重要なのは、目、鼻、耳・・・・だから視野、匂い、音。これが最低限必要な力ではないか? フュン様は、鋭利な感覚を持っていたぞ。たとえ力が弱くとも。その鋭い感覚は素晴らしかった。それに、その力が無いと、いざ戦いの時に困るはずだぞ・・・あと、子供の時に出来ないことを大人になってから急にできるなど……あるのか? 腕力とかならばまだ修正できるが、感覚的な事だぞ?」


 ゼクスもそれではダメだと指摘した。


 「ねえな。あたしの経験上。こういうのはもっと幼い時に身につけんとな。遅くとも10までだ。それ以上いくと身につかんと思うぜ」

 「私も大体その位になる前に、息子を鍛えたぞ」

 「だろ。シガー。ええぇ・・・っとだな。たしか、あいつか・・・シュガだな」

 「うむ。そうだ。お前にも訓練してもらったっけな」


 二人は少し前を懐かしんだ。


 「ああ。あいつは筋がいいぜ。なかなか強い男になるんじゃないか。んで、王子は今、歳いくつだっけ。ラルハン」

 「14だ」

 「遅えわ馬鹿。今すぐ仕込めよ! 何が大人になったらだ。アホかお前!」


 思った以上に、ラルハンがちんたらしていたので、フィアーナはブチ切れた。


 「貴様ぁ。俺に向かってその言い方。何を偉そうに」

 「偉そうじゃない。あたしは当たり前のことを言ったまでだ。こっちの二人だって、あたしと同じ意見だぞ。意見が違うのはお前だけ。だから早く仕込めよ。王子が手遅れになるぞ」

 「手遅れではないわ。もう十分お強いのだ」

 「おい。話がそれている。俺が聞いたのはあの態度だ。あれもお前が教えたというのか。ラルハン!!」


 今までの四天王の会話を静かに見守っていた王がラルハンに直接聞いた。


 「いえ王よ・・死に体の者に、追い打ちは武人にとって良くないと教えています」

 「そうか。ならばなぜ、ズィーベはあのような振る舞いをしたんだ? あれは余計な一撃であろう。相手の子に恐怖を植え付けるだけの一撃など、王家の者がやるべきでない。あれは王を抜きにして、一人の父親としても見過ごすことはできんし、擁護もできん。だから俺は、あの後で、指摘して指導したがな。お前からは言ってあるのか? お前は、あの子の師なのだぞ」

 「・・・はい。聞いてはくれている・・・はずです」


 ラルハンの曖昧な答えに、王ではなくフィアーナが怒りを露わにした。


 「はぁ。はずだって!? お前。指導者失格だぜ。師としてなら、ゼクスの方が遥かにいいわ。馬鹿かお前」

 「なんだと。俺よりもこの堅物がだと。そんなことはありえんわ。フュン様は弱かっただろうが」

 「あぁ。あたしが言ってんのは、強さじゃない。王子に仕込んだ武人としての心を言ってんだよ。王子を立派な武人として育てるつもりでいたのか。お前はよ。それにな、未来の王の指南役だからってな。あたしらよりも立場が偉くなっているとでも思ってんのか。あたしらは四天王。同格の存在だ。そんで明らかに師としてはゼクスが上だ。馬鹿が!」

 「貴様ぁあああ」


 本格的にラルハンが怒る前に、王が机を激しく叩いた。


 「黙れ! 俺が聞いたのは、あの態度が良くないと言ったのだ。お前たちに喧嘩の種を与えたんじゃないわ。疲れる。しかしだ、先程までの意見は、全てフィアーナの言うとおりであるぞ。ラルハン。お前たちは同格だ。お前が王子の指南役だからと言って一番偉いわけじゃないのは確かだ。気を付けろ!」

 

 最後は呆れながら王は言った。

 かなり厳しめの意見をラルハンに突きつけた王は苛立ちも混じる。

 だから、ラルハンは黙って頷くしかなかった。

 

 王に怒りから持ち直してもらおうとすぐにゼクスが話を繋げる。


 「我もあの態度は良くないかと思いました。ズィーベ様にはもう一度。王から指摘してあげればよろしいのでは。そうすればきっと王子も反省するでしょう」

 「・・・ん!? そうだな。ゼクスの言う通りだな。よし、俺からもう一度指導しておこう。でも、ラルハンよ。お前からも頼むぞ。あの子にとって大切な師はお前なのだ」

 「はっ。必ず指導します」


 ラルハンが頭を下げると、王は前を向いて改めて話し出す。


 「では・・・本題を・・ごほごほ」

 「ん? 王。どうしました」


 シガーが心配して聞いた。


 「なんでもない。最近咳がよく出るだけだ」

 「そうですか。お休みになられては」


 体の調子が悪いのかと思って、ラルハンも心配になって聞いた。


 「いや、気にするな。ラルハン。これは風邪か何かだろ」

 「王も体に気を付けろよ」

 「ああ。お前から言われるとはな・・・ふっ」

 「なんだよ悪いかよ。そういや・・・風邪っていや・・王子を思い出すな・・・」


 フィアーナの言葉で、王と四天王は同じ場面を共に思い出していた。



 ◇


 「父上! 風邪ですか!」

 「ごほごほ。ああ、だから俺の所に来るな。お前も風邪になる。ズィーベもこっちには来させていないんだ。だからフュン、いいから早く出て行きなさい。俺から離れろ」


 王の寝所にフュンがメイドらの制止を振り切って入ってきた。

 王が言ったように彼ら、彼女らもフュンに風邪がうつるのを気にしていたのだが、フュンには関係がない。

 寝ている父の上に強引に跨った。

 

 「ではでは、父上。少々失礼」

 

 父親の話をまったく聞かない息子は、親の瞼を広げて目を観察した。


 「ふむふむ。普通の風邪っぽいですね。ではでは、こちらをどうぞ」

 「ん!?」

 「特別なお粥です。これを食べてください。母上特製のミラクルクルクルとかいうお粥です。名前の意味がよくわかりませんが、これが風邪に効くそうですよ。僕も食べてきたので風邪は引きません!」

 「え!?」

 

 フュンは小さな鍋にお粥を入れて持ってきていた。

 母親特製のミラクルクルクルとは。

 フュンでもそのネーミングをよく分かっていない。

 でもレシピだけはしっかり覚えている。

 サナリア草のスープをお粥に混ぜ込むのだが、もう一つ重要なものが必要である。

 それは油でカリカリに揚げたサルコーという花の実が必要であるのだ。

 たぶんクルクルという名は、この花の実がクルクルと包まったように油で揚がるからだろうとフュンは思っていた。

 母親は単純な人であったから気付いたのだ。

 

 「どうです。父上。まずいでしょ! あははは」

 「う・・・まずい!」


 一口食べた王は、不味さしかない味わえないお粥に苦戦する。

 しかし息子が作った物を簡単に捨てるわけにはいかないので、鼻をつまんで我慢して食べきった。


 「あはははは」


 最後までフュンは楽しそうに笑うと、父は最後まで苦そうにしていた。

 ついでに部屋も臭いような気がして、王としては風邪で苦しいのも相まって大変であった。


 その数時間後。

 

 サナリアの四天王が心配して王の寝所に駆けつけると。


 「くせえ。なんだよこれ」

 フィアーナが部屋に入った途端に指で鼻の上を押さえ。

 「む。確かに」

 同じくシガーも鼻を押さえる。

 「王。ご無事ですか」

 ゼクスはそのまま普通に王に聞いた。

 

 四天王の心配をよそに、王は椅子に座ってくつろいでいた。

 倒れたと聞いていた四天王たちは拍子抜けを食らう。


 「なんだよ。元気じゃないか」

 フィアーナは王の顔を見た。

 「王。お体は?」

 最後にラルハンが聞いた。

 「あ。まあな。このとおり良くなったわ」


 王はスッと立ち上がる。

 元気がないとは何だったのだろう。

 と四天王は思う。


 「どうして、それほど元気に? 俺が聞いた時には、寝込んでいると」

 「ああ。さっきまでは寝てたんだ。でもフュンが来て、とんでもなく不味いお粥を食ったら、元気になったわ」

 「なんだよ。それ。逆に呪いにでもあったんか?」

 「いや、普通の粥じゃなくな。強烈な匂いを出すお粥なんだよ。部屋・・・匂うだろ」


 四天王は全員頷いた。


 「ああ。どうするか・・・この匂い・・・取れるよな?」

 「「「「・・・さあ?」」」」



 匂いが強烈な寝所で、全員が笑いあった。

 

 ◇


 「クソ面白れぇ王子だったよな。あの後、王も苦労したっけ」

 「ああ。三日は匂いが取れんかったわ。はははは」

 「確かに。私も匂いが強烈で鼻が曲がるかと」

 「俺もだ」

 「我は・・・あの後、あれを食べましたぞ。父上が嫌そうにしたので、改良版をと。我は試作を数個ほど・・食べましたぞ・・・」

 

 王と四天王はゼクスを笑った。


 「お前・・・そいつは災難だな」

 フィアーナがニヤニヤ言うと。

 「笑い事じゃないのだぞ。フィアーナ。お前も食べてみろ。臭いのだ」

 ゼクスが味を思い出す。

 「断ればいいじゃねぇかよ」

 「出来るか。我の体調も気遣ってもらったのだ。もし食べねば……王子の笑顔を曇らせるわけにいかんのだ。あの方の笑顔を守ることが我の一番の仕事なのだ!」

 「はぁ。お前は親馬鹿か・・・いや、師匠馬鹿か」

 フィアーナが呆れていると。

 「でも・・元気になるご飯だったんだよな。ゼクス」

 「そうですな。体の調子は良くなりましたな」

 「ああ、そうだった。あれは・・・ソフィアのだな・・・あいつはフュンに自分の全てを託したんだな」

 王が感慨深く部屋の天井を見つめて言った。

 「そうですね・・・フュン様は、ソフィア様によく似ておられるから、受け継ぐのも簡単だったんでしょう」

 シガーがソフィアを思い出しながら話した。

 「ああ。ソフィアか。おもしれえ女だったもんな。あたしは、あいつに狩りを教えてみたかったぜ。あいつなら簡単にこなしそうなくらいに運動神経が良かったからな。足も速いしな・・・それに度胸もあったしな。あたし相手に、啖呵が切れる女はあいつしかいなかったしな。最高の女だったな」


 フィアーナも思い出す。

 彼女の怒った顔や笑顔を……。

 感情表現がとても豊かな女性だったのだ。


 「ふっ。まあ、懐かしい話もここまでにしよう。俺たちの過去はここまでで、俺たちは今後のサナリアを話し合うとしようか・・・よいか」

 「「「はっ」」」


 こうして、雑談をしてから話し合いに入ったサナリアの王とサナリアの四天王は、今後の動きを決めていったのだった。 


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