第47話 鉄鋼都市バルナガン
ルーワ村での仕事を、渋々、仕方なく、やむを得ず。
一時中断したフュンは、無念という気持ちを押さえこみながらアーリア大陸の北東にある都市『バルナガン』に到着した。
ここバルナガンは、帝国最大の鉄産業を誇り、帝国の8割以上の鉄製品を生産している鉄鋼都市である。
こちらの鉄製品はバルナガン印として、ブランド化もされていて、都市の鍛冶師たちは帝国中でこのブランドを名乗って販売することが許される。
だから、鍛冶師になりたいという者たちは、いったんこちらの都市に武者修行をするのがマストなのだ。
この都市が、鉄産業で有名になったのには理由がある。
それは鉄を大量に確保しやすい中継地点であるのだ。
西にあるガイナル山脈の東側。
東にあるサナリア山脈の北部。
この両方に巨大な鉄鉱山があり。
別々の山脈の鉄鉱山だと言うのに、ちょうど二つの鉄鉱山の中間距離の地点で、奇跡的な立ち位置にこの都市があるから、大量の鉄を確保できるのである。
至る所に工房があってモクモクと出ている煙と、ガンガンと鳴り響く鉄を鍛える音が、ここに住まう人々の活気を象徴しているそんな都市である。
「凄いですね。鉄の町って感じもします。あ、煙が出た!」
「殿下。鉄の匂いが至る所にありますね」
「そうですねぇ。都市に匂いが染みついているって凄いですね」
ルーワ村では自身の安全が確保されていたので、ゼファーをそこには連れて行かなかったフュンだったが、このバルナガンでは何が起こるか分からないために自分のそばに彼を置いていた。
この理由にはもう一つ別の理由があって、一番の友に色んなことを経験させてあげたいんだという親御心に近い本音もあってそばにいてもらっている。
「殿下! どこで茶会は開かれるのでしょう」
「さあ。どこでしょうかね。僕らは・・・・ジーク様の紹介で、ヒザルス様という方のお屋敷にお呼ばれしているのですけども……。あれ? どこに行けばいいんでしょうかね。詳細はその人にしか分からないし。はて、その人はどこに……都市の北西部にある目立つ屋敷に立っているって話でしたが・・・ちょっと似たような屋敷が並んでいて、誰が誰の家なんだか分かりにくいですね。でもジーク様が言うにはすぐに分かるから大丈夫だよって大雑把な説明しか受けなかったんですが、困りましたね」
いくつもの屋敷が並ぶこの場所は、普通の家が並ぶ住宅街というよりも帝都にある住宅街の屋敷街に近い。
ここは、フュンの家よりも大きめの屋敷が、乱立して建てられていた。
一軒一軒の屋敷の色や形がほとんど同じで、表札があるわけじゃないので誰のお屋敷か見極めるのに困る。
だがここで、そんな不安も吹き飛ぶ。
住宅街で一際目立つ屋敷が途中にあった。
茶色をベースにした同じ形の屋敷の中に、なぜかその屋敷は青一色の屋根に壁を持つ。
そのとても目立つ屋敷の敷地内に、これまた目立つ青いスーツを着た男性が笑顔で立っていた。
「は~~~~はは~~。ようこそ。フュン様! 我が屋敷にどうぞどうぞ。この華麗なる貴族の一人、ヒザルスがあなた様をご招待いたしましたよ。ええ。ええ。あなた様を招待した家はこちらですぞ。あれ? 入ってきてくださいよ。あれ? どうしました? あれ? あれれ?」
「は・・・はい。で、では」
強烈インパクトの男性に戸惑った二人は門の前で足を止めていた。
挨拶の後の彼が一生懸命に手招きしているので、フュンとゼファーはオドオドしながら、彼についていき屋敷の敷地内を進んでいく。
その移動がてら、ゼファーがフュンに小声で話しかける。
「で、殿下。この方がその~。我々を招待してくれた方なのですか」
「…そ、そうみたいです」
「だ・・大丈夫なんでしょうか。とても不安であります」
「あははは。でも悪い人じゃないみたいですよ。たぶんですけど」
ド派手で高身長の男性がこちらを振りむいた。
「は~~はは~~。君たち。僕の噂をしているね。大丈夫。僕は超一流の貴族だからさ。君たちは何にも心配しなくてもいいよ」
「そ。そうですか。それでは失礼ながら、なぜ、ヒザルス様が僕を招待してくれたんでしょうか? 僕を招待するメリットってないと思うんですが」
「ああ。それはね。ジークの屑・・・じゃなかった。ジークがこの僕にわざわざお願いしてきたんだよね。君を頼むってね。あいつが頭を下げてくるなら、俺としては全力で君を招待しようと気合いが入ったわけだよ。は~~はは~~」
(あれ。今。ヒザルス様。ジーク様のことを屑って言ったよね? 僕の聞き間違いか。それに今、ヒザルス様。俺って言いましたよ? 僕じゃないのか? よく分からない人だなぁ)
「そうなんですか。ジーク様が……あははは」
フュンはごまかし笑ったが、彼の屑発言が気になっていた。
屋敷に入ったヒザルスは人を呼ぶ。
「タルスコ! この方たちをお部屋に案内しなさい」
「はい。わかりました」
タルスコと呼ばれた小さな男性は、ヒザルスに頭を下げてフュンたちのそばによる。
このお屋敷はメイドではなく執事が案内をしてくれるらしい。
この時、チラッと男性の手を見たフュン。
年季の入った手に傷があったので印象に残った。
小さな男性は少なくとも40代以降の人なのかもと思った。
「フュン様。お部屋に到着されましたら、そこで少し待っていてください。この都市の地図をご用意するので、後で会場の場所を説明しますね」
「あ、ありがとうございます。ヒザルス様」
「いえいえ。これくらいはやらないとジークのく…ず…じゃないや。ジークにどやされるので。それではまた」
ヒザルスがここから立ち去ると、タルスコがフュンに聞く。
「そのお荷物、お持ちしましょうか」
「あ。いえいえ。結構ですよ。これは僕が持ってます。タルスコさんは、気になさらずに案内をお願いしますね」
「そうですか。ではこちらです」
フュンはこの都市に来る前から、自分で手荷物のカバンを持っていた。
普通ならば、ゼファーが持つはずの荷物。
当然ゼファーも持つと言ったのだが、これは自分が持つのですと言って、強情を発動させていた。
自分で荷物を持っているのは、従者の言う事を聞かなかった背景があるのだ。
フュンは、意外と頑固者である。
だけど、それには理由がある。
何の理由もなく、わがままを言う男でもないのである。
案内された部屋に通された二人は、なかなか広い部屋を用意してもらったんだなと思った。
「広い・・・タルスコさん。ここでいいんですかね。広すぎませんか?」
「はい。フュン様とゼファーさんはこちらの部屋がいいとジー……いえ、こちらの二人部屋がよろしいとヒザルス様がお選びになったのです。そっちの方が、お二人はきっと気が楽になってよいはずだと、ジーク様が言っておられたようですよ。わた・・・我が主がこちらに決定したのです」
タルスコは少したどたどしいのだが、フュンはあまり気にしていない。
初めて会う人物に緊張しているのだと思った。
「ああ。なるほど。それはありがたいことですね。僕、広い部屋ってあんまり好きじゃないんですけど。ゼファー殿と二人でいられるなら、別に気にならないですね。あははは」
「そうですか。では私は、これで」
「あ。ちょっと待ってください」
帰ろうとしたタルスコを呼び止める。
「え? 何かご不満でもありましたか」
「いえいえ。不満なんてとんでもない。素晴らしいお部屋をありがとうございます。ですが、それよりも僕はですね。タルスコさんの右の甲の怪我が気になるのですよ。その治療方法では治りにくいです。お時間いいですかね?」
「は? はぁ。あ、私の時間はあります」
戸惑いを隠せないタルスコは、手招きしているフュンのそばに行く。
「そうですか。ならよかった。いいですか。少し見せてほしいんです。その怪我、何か鋭利なもので切れましたね。たぶん、それは、草花かな。それとも紙の端かな。ナイフとかではないですね。ちょっと手を見せてください」
「な。なぜそれを」
「まあ。僕は軽い怪我とかの診断が得意なんでね。ちょっと失礼しますよ」
フュンは彼の手を握る。
そして、まじまじと見て、違和感に気づいた。
「ふむふむ。タルスコさんって、普通の執事さんじゃないですね」
「・・・え!?」
「あの……この手、確実に農業に従事している人の手です。この爪、手を綺麗に洗っていても、ここに土の痕がありますしね。僕も似たような手をしているのでね。すぐに分かりますよ。お花か、作物。どちらかをお育てになられているのですか?」
疑問を聞きながらフュンは自分のカバンの中身を取り出していく。
「・・・え、まあ。そうですね。作物の方が多めですかね」
「なるほど。なるほど。それじゃあ、後で、ここの土とかのお話って出来ますかね。お時間あったらお話ししたいです!」
「え。ええ。いいですよ。私で良ければ」
良い返事をもらえてフュンは満足した。
笑顔の彼は、傷薬に使用する道具を三つ取り出す。
そうフュンのカバンには無数の薬品が収納されているのだ。
だからこそフュンは、タルスコにもゼファーにもカバンを持たせていなかったのである。
割れやすい道具も中には入っているので、フュンは慎重を期していたのだった。
「そうですか。よかった。こちらの土地の土についても知っておきたくて。タルスコさんがいてよかったぁ。タルスコさんとなら実りある会話が出来そうですよ」
「え。それはさすがに、私よりも貴族集会の方がよいのでは」
「・・・そ。それは・・・ですね。ここだけの話。内緒ですよ」
フュンは、タルスコに小声で話しかける。
「僕にはまったく実りがないですね。たぶん種まきにもならないですよ。どうせ、話は権力闘争みたいな物ばかりだろうし、僕はそういうのが嫌いですしね。それに僕は農業をやっている方が気が楽でいいですね。それとこれですね。誰かを治療するのが性に合ってます。ではお手を」
薬品を左手で持つフュンは、反対の手でタルスコの手を優しく握る。
「この傷はちょっと古いですね。三日くらい前ですか?」
「ま。大体はそれくらいだったかと」
診察は完璧。
フュンの見立てでは、タルスコの傷は。
深さよりも若干炎症しているのが気になる。
「そうですね。だとすると、一旦これは綺麗に消毒してと。たぶんもう染みませんが、次が染みます」
フュンは、タルスコの手の甲に消毒液をかけて、傷口をハンカチで軽く押さえるようにして拭く。
そこから傷薬を塗った。
今回の傷薬の使用方法は、回復促進剤のような形で使用するのがベストだとフュンは言い、最後に彼の手の甲に綺麗なガーゼを貼った。
「はい。これで大丈夫ですよ。あ、そうだ。もしかしてこの後、土の仕事をするとかってあります?」
「え?」
「いやぁ。タルスコさんがその手で土をいじったりすると傷に良くないですからね。僕が替わりにお仕事しようかなと。ちょっと思いましてね。他人にいじられるのが嫌じゃなかったら、僕がお手伝いしたいなぁって。あははは」
「・・・そうですか。それなら、少し手伝ってもらえると嬉しいです。今日はやったので、明日はどうでしょう。明日が貴族集会だというのに・・・申し訳ありませんが、朝でもよろしいでしょうか」
「ええ。ええ。いいですよ。まったく気にしないでください。僕って早起きですからね。あははは」
「そ、そうですか。ははは」
無表情に近いタルスコも最後にはフュンと一緒になって笑った。
明日の約束をして、この日のフュンは良き日を過ごしたのである。
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