第48話 貴族集会 Ⅰ

 「結局、僕はいつも畑仕事をしてるってことなんですよね」


 両手についた土をフュンは拍手をするように払った。


 「タルスコさん! どうですか? バッチリじゃありませんか!」


 ヒザルスのお屋敷の後ろにある庭には家庭菜園があり規模が大きめであった。

 さすがに農場とまではいかないが、畑は二面あり、用途は野菜と花に分けられて、たくさん育っていたのだ。

 そこの畑の上で、フュンは両手を広げてアピールした。

 自分の腕で、以前よりも綺麗に整備できたことに、どこか誇らしげで、タルスコの役に立てたと彼の前で喜んでいた。


 「本当にフュン様は土の仕事をしているのですね。こうも整って畑を整理できるとは感服いたしました。私はあなたを尊敬します」


 タルスコは頭を下げた。


 「いえいえ。そんなに綺麗なお辞儀をしなくてもいいですよ。僕は大層な事をしてませんからね。ええっとですね。ちょっと偉そうに聞こえるかもしれませんけど、これらの作物は等間隔に配置したほうがイイですよ。葉が重なったり、根が絡まったりすると成長に良くないですからね。気を付けた方が良いと思います」

 「そうですか。アドバイスまで……ありがとうございます」

 「いえいえ。こう同じように手入れしてもらえれば・・・こんな感じで」


 フュンは今後の参考になるように見本を見せた。

 しばらくその動きをした後。


 「しかし、タルスコさん。ここの土っていい土壌ですよね。んん。クンクン!」


 鼻で空気を思いっきり吸った。


 「なんか、土以外の匂いが少しあるんですけど、なんですかね。これ?」

 「フュン様。よく分かりますね。それは肥料の影響ですよ。ここの肥料には牛糞が使用されています。その肥料を本当に薄く蒔いているので、土の匂いが普通とは若干違うのかもしれません。でも若干ですよ」

 「そうなんですか。牛糞・・・・いやぁ、サナリアには牛がいないからな。なるほど。なるほど。その匂いですか・・・・なるほどぉ」


 フュンは新たに何かを思いついた模様。

 彼の笑顔はまだ続く。


 「フュン様。もうここらで結構でありますよ。あまりこちらの仕事をされますと、肝心の貴族集会に遅れてしまいますよ」

 「ああ。そうでしたね。ああ、仕方ないですよね・・・」


 あからさまに嫌そうな顔になった。


 「貴族集会かぁ。はぁ。僕は、こうしてタルスコさんと一緒に仕事していた方が楽しいのになぁ・・・・ああ、頑張ります。仕方ない・・・です」

 

 首も肩も落ちたフュンを見て、タルスコは顔を伏せて笑った。

 とても面白い方であると思ったと同時に、普通の青年でもあるんだと思い始めた。


 「駄目ですよ。お仕事はそちらがメインなんです。貴族たちにその顔をして、本心を悟られてはいけませんよ。表情は隠した方がよいです。気を付けましょう」

 「はい。そうですよね・・・そのようにしますね」


 指摘にも素直に返事をくれて、純真な反応を示す可愛らしい人だとタルスコは思った。


 「フュン様。出席の準備をしますよ。身なりの為にお風呂なども用意しますね。お屋敷に戻りましょう」

 「・・・はい。そうします・・・でも、終わったらもう一回でもいいので、一緒に畑の仕事しませんか!」

 「もちろん。いいですよ。楽しみにします」

 「あははは。良かった。タルスコさん、約束ですよ。貴族集会が終わるのが楽しみですね」

 「ええ。約束です」


 辺境の王子と貴族の執事の約束がここに交わされた。

 非情に珍しい約束である。



 ◇


 入浴し、軽い食事をし、身なりを正装に変えてフュンは貴族集会の準備を完璧に仕上げた。

 ゼファーも一緒になって準備を推し進めていたのだが、着慣れない服装に悪戦苦闘していた。

 歩きにくそうにしていると、フュンがついつい笑顔になってしまう。


 「…ゼファー殿。動きにくそうですね」

 「・・・殿下・・・歩くのが難しいです。いつもの服が・・・恋しいです」

 「あら、手と足が一緒に動いてますよ。ほらほら、こっちの手を先に・・・え。なんで足も出るんですか。駄目ですよ」

 「お! あ! と! 難しい・・・」


 こうしてフュンは、二人で夜の茶会出席の準備を進めたのでした。


 ◇


 御三家が出来上がるまでの帝国の貴族は、100以上はいたとされる。

 かつての貴族たちには階級があり、伯爵、男爵や子爵などに細分化されていたようだが、今ではそれらの形はすっかり無くなった。

 それは貴族らが王家に帰順することが決定した日から、貴族とは一律横並びの平等な存在となるべきなのだという皇帝きっての政策が発動したために、貴族らは平等な存在となったのだ。

 エイナルフの本心としては、貴族を皆殺しとまではいかないが、もっと粛清したい気持ちがあったのだが、その気持ちを押さえつけた。

 なぜそうしなかったのかと言えば、今の帝国の在り方を激変させてしまう結果に陥り、そこから来る大混乱は帝国の運営に悪影響が出るとの自制心が働いたのである。

 皇帝としては、苦渋の決断で苦肉の策を出したのだ。

 

 なので彼は、帝国の貴族の中でもまだ使えるような者たちを選んでいったのだ。

 それが、この帝国の新たな政治体制である。

 だから、現在の貴族たちは形式上、皆同じ階級の貴族の位置づけであり、王家ではなく、基本は皇帝の支配下に置かれているという形を取っている。

 その形式上の支配下というのがミソで、実際は王家に帰順しているために、今までとは違う特権や行事が存在しているのだ。


 そこで、例としてあげると、帝国最大行事の晩餐会が『茶会』という名の集会になったことだ。

 通常で言えば、『晩餐会』や『社交界』などの華やかな名称で優雅な会を開くはずの貴族だが、帝国は貴族の特権を剥奪した際にこれらの名称も剥奪したのだ。

 それに伴い、この貴族集会などの新しい名称を考える際も、優雅な名にすることを許さず、集会という格好の良くないものになっている。

 ちなみになぜ帝国の重要人物たちが集まる集会を『茶会』としているのかと言うと、これは平民の井戸端会議のひとつ、『お茶をする』から『お』を取って『会』を足しただけなのだ。

 それに茶会でやっていることは平民たちの世間話とあまり変わりがなく、皇帝としては茶会という名称を結構気に入っていたりする。 

 まあ、しかし、こんな可愛らしい努力をしても、人間というのは愚かなもので、平等を目指して、平等が一番であると唱えても、私はターク家の何々を担当している、私はドルフィン家の何々をしているのだと、裏では要らぬ見栄を張り続けているのが現状である。

 貴族とは・・・いや人間とはこうも愚かなのだ。


 そして、現在の貴族は50となっており、ドルフィン家が26。ターク家が21。ダーレー家が3の貴族を抱え込んでいる。

 この内訳で主に合っているが多少は変動もするらしい。

 情勢を見て鞍替えをするのが貴族の常。

 恩義や忠義もない汚い奴らが多くて、王家としては困っている面もある。

 

 ドルフィン家に帰順する主な貴族は内政系の貴族。

 ターク家に帰順する主な貴族は武力系の貴族。

 そしてダーレー家に帰順しているのはたったの3家。

 でも、実質ダーレー家に直接仕えているとされているのは1家である。

 その貴重な1家が、ただのご近所付き合いともいえる当主ヒザルスだ。

 

 ヒザルス・テュー・シューズ。


 シューズ家は、昔のダーレーの屋敷の隣に住んでいたという縁で、絆が結ばれていて、ジークとヒザルスは幼馴染となっている。

 歳はジークよりもヒザルスの方が12も上なのだが、小さい頃から振り回されているので、若干嫌気はさしているし、面倒だとも思っている。

 ジークにとって、ヒザルスは兄さん的存在ではなく、悪友的存在である。


 そんな彼は現在。

 フュンの世話をする為に貴族集会に出席をした。

 ヒザルスもまたジークと同じように、こういう場に出るのは非常に珍しい人物なのだ。

 まあ、この事から、結局・・・二人は似た者同士である。

 だからヒザルスは似ているジークを敬遠しているのかもしれない。



 「フュン様。どうですかね。バルナガンの会場は、帝都と比較してもなかなかのものでしょう」

 「ええ。そうですね。綺麗な場所ですね」

  

 二人は並んで歩き、途中給仕の人から勧められた紅茶を手に持つ。

 流れるような動きでスムーズに持った二人に対して、後ろを歩くゼファーにはそれが出来なかった。 

 一旦立ち止まって、給仕の人にお辞儀をしていた。


 「フュン様。これより開催される貴族集会では、余計な事はしない方がよろしいです。おそらくは・・・あなたに対して、何らかの口撃をしてくるかと」

 「・・・ええ。そうですね。僕もそう思ってます。ですから、会場の隅でお茶でも飲んでようかと思ってましたよ」

 「そうですか。大変よろしいご判断で。それでは、私と一緒に居りましても、きっと他の貴族共にとやかく言われると思うので、ひとまずお暇します。ではでは~」

 「・・・ほへ!?」


 ヒザルスはフュンの目の前から忽然と音もなく消えた。

 

 「あれぇ? ヒザルス様? どういうこと?」

 「で、殿下!? これは、影移動では!?」

 「・・・え!? ヒザルス様が!? なぜ、サブロウさんの技を?」

 

 影移動という技は、偵察と護衛に特化した技である。

 開発したのはサブロウではなく、彼の故郷に伝わる技の一つだ。

 この技を使用した人間は、実際にはその場にいるのだが、気配断ちという自分の存在を極限まで薄くする技を利用して、人の背後に、人の影に入り込むことから、影移動という技になる。

 気配断ちの応用技が影移動といえる。

 しかしここには注意点があり、これは気配を出来るだけ消したわけであって、存在が完全に消えたわけではないので、技を使用した本人の些細な行動を感知できるような達人級の人間にはこの影移動は意味がなく、その姿を視認できてしまうのだ。

 つまり、サブロウやミランダ、ジーク級の人間には通用しないという事だ。

 そしてまだフュンやゼファーはこの気配を感知するような実力はないのである。


 「そ、そばにいるんでしょうか。ヒザルス様・・・」

 「殿下。話しかけたら駄目ですよ。気配断ちの邪魔になります。我々は普段通りにしましょう」

 「…そ、そうですね。ゼファー殿の言う通りです。切り替えて僕らは普段通りに行きましょうか!」


 フュンはこの後、予定通りに会場の隅でゼファーと共に立食を楽しんでいた。



 ◇


 会場の脇にある木彫りの熊の彫刻の前で、右手の甲に蛇の背景に剣が三本入った刺青がある男が、黒の服で正装している男性と相対していた。

 正装の男にもある同じ刺青を見せあってから、二人は話し込んだ。

 小さな声で話す様子は、声の大きさ以外は他の貴族たちと変わりがない。

 

 「貴様は、計画に沿って動けよ」

 「分かりました」

 「いいな。失敗したら貴様の責任だぞ」

 「私の分でですよね。ある程度まではですよね。そうでないのであれば、私はやりません」

 「ふん。まあ、その考えでよい。うまくやれ」


 ある密命を受けた男性は、手袋をして会場の隅から動き出した。

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