第46話 これからへ
サナリアの王宮の王の間に、ゼクスだけが呼び出された。
王とゼクスはタイマンで対面となる。
「ゼクス。俺にこんな手紙が来たのだが、お前にも来てるか? お前はフュンの師だ。似たようなものが送られたりしてないか?」
王が手に持って見せたのはフュンから送られてきた手紙だった。
手紙の内容を要約すると。
父上が元気であるかが、文章の三割。
サナリアの国は、サナリアの民はどうですかが、文章の六割。
そして、自分がダーレー家に帰順しても良いかとの内容が最後に一割程度書かれていた。
「フュンは。自分のことを話す子じゃなかったからな。せめて、手紙では、自分のことも少しは書いていてほしいものだぞ・・・まあそれはいいとして、このダーレー家ってなんだ? お前は聞いているか?」
「はっ。フュン様の手紙は我にもたまに来ますが、今回は来ておりません。そのかわり、我の甥も手紙を送ってきています・・・ですが、残念なことにそういう情勢を詳しく言わない甥でして、よく分かりません」
「そうか。なら、お前の甥の手紙は、どんなのだ?」
「それが・・・」
ゼファーの手紙の内容は。
こんな修行があるらしいとの修行内容の羅列。
フュンは元気でやっているとの主の健康経過報告。
必ずお守りしますとの決意の文章を最後に添えるのが彼の手紙である。
ゼクスとしては最後の決意の文章だけで、涙が出るくらいに感動するのだが。
サナリアの四天王としては、あまり実りのない情報ばかりなので、非常に困惑もしている。
それに、ゼファーもまた自分のことを語らず、結局人質生活のことが詳しく書かれていないので、二人がどんな暮らしをしているのかがまったく分からずにいるのであった。
「とまあ。なんとも意味のないものばかりで。ただ。そのダーレー家というのは、おそらく、我は聞いたことがあります。王よ、シガーを呼んでもらえませんでしょうか」
「シガー? そうか。情報部だな」
「はい。お願いします」
「わかった」
その後。
呼び出されたシガーは二人の前にやって来た。
ゼクスに目を軽く合わせてから、王を真っすぐ見つめて跪く。
「王。何用で」
「シガーよ。ダーレー家というのを知らんか」
「それは帝国の御三家でありますね」
シガーは即答できた。
「・・・帝国の御三家?」
「はい。王はご存じないのですか。さすがにそれはまずいですぞ。王子は帝国の人質なのです。少しでも向こうの情報を覚えておいて、有事の際の対応をしなければ。それに王。王子の身を案じた方がよいですぞ。父親でしょうに」
スラスラと王に苦言を呈することが出来るシガーはやはり仕事が出来る男である。
「くっ。何も言い返せんわ。お前の言う通りだからな。俺も自国のことで手一杯にしてはいけないな。属国になって安定した生活を送れていたからな。安堵し過ぎていたな。俺もちゃんとせねばな」
王は自分を戒めた。
「まあ。それは後で勉強するとして、シガーよ。ダーレー家とはいったい何だ?」
「はい。帝国の御三家の一つ。王家でありますが最も地盤の弱い家であります。領土も。抱えている貴族も少ないために苦しい立場であるのですが、あの家の領土は、他家に比べて公平で、あの家に帰順している貴族は好き勝手に行動出来たりしてます。そのため、民も貴族ものびのびと暮らしているようです。特にササラと言う港の都市は平穏という言葉がよく似合いますね」
「なるほどな・・・あのフュンが選びそうな家の話だな」
「ん? 王子はダーレーにつくと決心なされたのですか?」
察しの良いシガーが王に聞く。
「そうみたいだ」
「そうですか・・・」
「なんだ? 不満か」
「いえ、不満ではありません。ただ、王子の人生は、荒波を越えなければ生きていけないのですね……あの方に平穏は訪れないのでしょう。温厚で平和主義の素晴らしいお方なのに・・」
シガーはフュンの身を案じて、この場を去っていった。
もう一度、二人きりになる彼らは、話し合いを再開させる。
「ゼクス。お前はどう思う。そのダーレー家にサナリアは帰順しても良いと思うか?」
「我は良いと思います。王子は、勉学や武芸では判断を間違えていましたが、それ以外のここぞの判断だけは間違えたことがありません。おそらく我らの生活がより良くなるために素晴らしい決断をしてくれることでしょう。王よ。王子に対して、その許可をしてあげてくれませんか」
ゼクスという人間は、フュンに対して、親馬鹿ではなく師匠馬鹿なのだ。
何があってもどんな時でも彼を信頼している男である。
そして何よりこの愚直さがフュンの人格形成にも影響している。
「そうだな……たしかに、あいつの診察能力は相当なモノだったものな。そうか、判断は間違えないか・・・・。よし、許可しよう。それとこれは、俺とお前の独断での動きで許可にしておこうか。この話、王宮に通せば、かなり面倒な手続きと説得が必要になると思うんだ。知らぬ間に許可をしておいたほうがイイと思う。ゼクス、どうだろう?」
「はっ。我もそれがいいかと。内密に。事後承諾の方が良いでしょう」
「よし。それじゃあ、俺もフュンみたいに、何気ない内容の手紙の中にでも、この許可を文章に書いておいてやろうか」
「ははは。フュン様にはその方が良さそうですな」
「ああ。そうするわ。ははは」
非情な決断をした王でも、フュンが可愛くないわけではなかったのだ。
しかし、この二人の判断が後に・・・・あの事件に繋がるとは思わないのである。
◇
ルーワ村にいるフュンたちの元にイハルムが馬車でやって来た。
馬車の後ろの荷物置き場には、薄い茶色の土が入った袋、数袋分が積んである。
イハルムとフュンが一つ一つ積み荷を降ろしていると、そばにサティが来た。
「フュン様。これらは……いったい、何をなさるのでしょうか?」
「あ。お伝えしてなかったですね……ええっと、僕の予想の範囲ですがね。ここのサナリア草って効能が良すぎると思うんですよ。それだと、おそらくですが、人に害が出るかもしれないのでね。サナリア草を育てる土を改良しようかと思いましてね。やっぱり薬って効きすぎるのは、良くないんですよね」
そう言ったフュンは荷物の袋を少しだけ開けた。
「なのでこれを見てください。サナリアにあるサナリア草に近づけようかと思いまして、サナリアの土を、イハルムさんに頼んで持ってきてもらいましたよ。だからイハルムさん、面倒かけてごめんなさいね。わざわざ取りに行ってもらっちゃって」
「いえ。王子がやりたいことがあるならば、このイハルム。命を懸けてお手伝いします」
「ちょっと待ってください。イハルムさん! こんな事の為に命はかけないで頂きたい! 普通にお手伝いしてください。普通に!」
「え。それは・・・無理です!」
イハルムもまた、フュンの為ならば命を捨てる所存であるようだ。
慌てて否定しているフュンを見て、アンやサティ。村の責任者たちは笑っていた。
ウルシェラやマーシェンなどの護衛らも、その気持ちが分かってしまうほどに、フュンと言う男の魅力を知れば知るほど、なんとなく自分の全部を懸けてもいいと思ってしまうのだ。
「はぁ。全くイハルムさんもですか。もう。僕の周りの人はなんで、僕の為に生きてくれないんでしょう。疲れます。誰か僕の為に生きてくださいぃ。お願いします」
フュンの肩に、手が添えられた。
「はははは。俺は生きてやるぜ。王子さんの為にさ」
「あたしも。友達だもんね」
「本当ですか! ありがとう。ウルさん。シェンさん」
「「任してくれ!」」
二人をあだ名で呼べるくらいに仲が良くなったフュンは少し救われた気持ちになったのでした。
◇
話は変わり。
フュンの計画へ。
「そこでですね。アン様!」
「なんだい!」
アンは、いつもの気持ちの良い返事を返す。
「こちらの土をですね。今から粘り気のあるあちらの土と混ぜるのですが、サナリアの土がサラサラである分ですね。おそらくこちらの土が負けると思うのです。それにこの地域は雨が多すぎる。だからですね。風車が欲しいんです」
「風車?」
「ええ。小さな風車の建物の中に大きな石臼が欲しいんですよ」
「え? 石臼?」
「はい。こんな感じの奴です」
フュンは、あらかじめ設計図の図面を用意していた。
フュンの計画は、農場の前に風車を建築し、その風車の風を利用して土を乾燥させること。
彼の図面に書かれていたのは、建物の下部に大きめの石臼を用意して、それを二、三人で回していくと、上部の風車が連動して回るようになる仕組みのものであった。
これにより、サナリア草をすり潰す作業と風を送る作業を一体化させたいらしいのである。
さらにこれのメリットは。
「どうです。一石二鳥じゃないですかね。こんな感じで、農業に従事している人がそのまま加工することができるんですよ。これで薬草作りにも役立ちます。その上で土の表面だけでも乾燥状態に持っていけると思うんですよね。風が軽く吹いてくれれば、多少の雨が降っても大丈夫だと思うんですよね」
「へぇ~。これ・・・面白そうだね。僕の職人さんたちをフル活用しよう。今からこれを具体的に詰めてみるね。ちょっと行ってくる」
「あ、お願いしますね~」
楽しそうにすぐにどこかに行ってしまったアンに、フュンは慌ててお願いをした。
「フュン様は色々思いつかれる方なんですね」
サティが聞く。
「え!?」
「いや、その考えの柔軟さは誰から得たものなんでしょうか。素晴らしいと思いますね」
「そうですかね。まあ、誰かの為に動く時って、相手のことを深く考えるじゃないですか。たぶんそれが良かったのかな。母もそんな感じの人でしたからね。たぶん母に似たのかも。あははは」
「そうですか。素晴らしいお母様だったのですね」
「そうかもしれませんね。変な人でしたけど」
フュンは、マールダ平原の曇り空を見上げた。
◇
「じゃじゃ~ん!」
「なんですか。母上」
「これ見てよ。この石臼! これならサナリア草を手早くすり潰せるのよ。これで作れるならより早く、より新鮮な物を誰かに作ってあげられるのよ。凄いでしょ」
「へ~。凄いですね」
石臼を見せるフュンの母は、楽しそうにその石臼の機能をベラベラとフュンが聞きもしないのに紹介した。
「・・・・で、凄いでしょ! そうでしょ、そうでしょ」
「母上。手早く簡単にと言ってもその・・・掃除はどうするんです?」
「掃除?」
「ええ。これって掃除をしないといけませんよね。例えば、前にすり潰したものが残ってしまうと、次に作る傷薬に良くないですよね」
「・・・確かにね。ちょっと使う前に実験をしてみるわ」
母の実験は、シンプルであった。
石臼を毎日使用する。
二日おきに使用する。
数日間空けて使用するの三点であった。
そのうち傷薬が効果を失くした物は、数日間空けたものだった。
「う~ん。ということはこれは。時間を置いちゃって作っていくと駄目になるのね。良い盲点であったわ。これは、つまり・・・・大体、一週間くらいで掃除をした方がいいのね」
「なるほど。では母上。それも実験してみては。品質が落ちないなら、その期間の度に丁寧に掃除すればいいんですから」
「そうね。やってみるわ」
フュンはこの時若干6歳。
すでに母から色々な事を教えられていて、様々な発想の着眼点を持つにいたる。
フュンは脳で処理する問題のほとんどをこの工夫に使っていたのだ。
だから、通常の勉学の成績が悪かったというのは言い訳であるが実際は、こちらに力が使われていたのだ。
生きる知恵の方が幼い頃に培われてしまい、他の勉学が入る余地がなかったのだ。
◇
「とまあ。たぶん母の影響ですね・・・」
「なるほど。そのお母様にお会いしたかったですわ」
「あははは。サティ様が会ったら、きっとびっくりしますよ。母は、普通の町娘みたいな格好してますからね。あと、鉢巻もつけていたから八百屋さんに見られるかも」
「そうなんですか。面白い方ですね」
「ええ。面白くて変な人でしたよ」
また、誰かと母の思い出に浸るフュンであった。
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