第45話 貴族集会準備
妹の為というよりもジークは、彼の為にルーワ村に到着した。
フュンがこの村に到着してから1週間が経過しているらしく、ジークはその期間があればさすがに仕事も一段落して、もしかしたら帝都にまで帰っているかもしれない。
すれ違いが起きているかもしれないとの考えが頭をよぎったのだが、一応ここまで来たのだからと、村の中だけでも把握しておこうとぷらぷらと移動していた。
村の中心地まで進んでいく。
すると、村の奥にある三面の農場が見える。
そこの左の面の農場にアンが働いていて、ジークは気軽に呼び出す。
「アン!」
「え・・・ジ、ジーク!」
泥だらけのアンがジークに声をかけられてすぐに顔をあげる。
「アンもここにいたんだな。サティはどこに?」
「サティもいるよ。ほら」
アンは泥だらけの指で、麦腹帽子を被ったサティを指さした。
アンよりも奥にいたようだ。
「な!? サティも畑仕事をしてるのか!?」
「そうだよ。だってフュン君がやってるんだもん」
アンがサティの次に指さしたのはフュン。
畑の中央で真っ黒の泥だらけになりながら、一緒に働く人に指示を出していた。
仲良く彼らと働くフュンは、いつも通りの笑顔全開である。
「いいですね。上手ですよ。あとはですね。周りの土を被せていって完成です。そうすると、この草は力強いから、根を張ってくれて、さらにこの草の部分が伸びてくれるのですよ。凄いですよね。生命の力強さは! あははは」
顔に付いた泥を手の甲で取ったつもりが、さらに泥をつけてしまうフュン。
周りの人間がそれで笑うと、一緒になってフュンも笑っていた。
フュンには、その場の人々を引き付ける魅力でもあるのだろうか。
彼らはフュンの言うことをよく聞いて、田植えのように草を植えていた。
「フュン殿! サティ!」
ジークが遠くから話すと。
「ジーク様!?」「ジークじゃありませんか。なぜこちらに」
二人は返事をして、ジークに近寄って行った。
「おう。サティ。久しいな」
「ええ。あなたは、いつもお忙しいですからね。私の所にも顔を出してくださいよ」
「ああ、まあね。本当は行きたいんだけどな。ちょいと今も忙しいんだ。あ、そうだ。フュン殿に用があってな。ちょっとこっちに寄っただけなんだよ」
「そうだったのですね。それでは、フュン様はあちらでジークとお話でも。私たちはこちらでまだ植えておりますから」
「・・・え・・・そうですか。ではご厚意に甘えますね。ジーク様とお話ししますね」
誰かに甘えることにフュンは少しだけ慣れ始めていた。
これはとても良い傾向だとジークは思う。
遠慮がちの青年は人に物を頼むのも、人を頼るのもあまり上手くない。
でもこの子はいずれ、王道を妹と共に歩まなくてはならないのだ。
それではいけない。
誰かと共に何かを成すのであれば、誰かを頼る時が来るのだから。
「はい、フュン様。どうぞ遠慮なくですよ。ジーク、フュン様の事。お願いしますね」
「ああ。ありがとな。サティ。いつも悪いな。シルヴィのこともな」
「ええ。いいですよ。あの子は私にとっても可愛い妹ですからね」
「はは、ありがたいわ。あいつにお前のような姉がいてな」
二人は笑顔で別れた。
サティはアンと共に仕事をし、ジークはフュンを町の中央にある簡易のベンチに座らせた。
珍しく真顔であるジーク。
よほどの話があるのだろうとフュンは思った。
「ジーク様。いかがなされたんでしょうか。何か僕は、ジーク様に粗相をしたのでしょうか?」
「いやいや。違うよ。そんなにかしこまらないでくれ。俺からの話の一つがあまりにも情けなくてな。どう話を切り出せばいいのかと悩んでたんだよ。ははは」
ジークにしては珍しく本音を言った。
こういう部分に蓋をして会話する彼にしては珍しい。
あまりにも情けない妹の話なのだ。
「え。ジーク様でも話しにくいのですか」
「ああ。まあね。シルヴィのことでさ・・・まあ、あいつがね。君との婚約がないんじゃないかって思ってたんだ」
「・・・え・・・なぜ?」
フュンは普通に驚いた。
なぜなら自分としては辺境伯にでもなれたりしたら、シルヴィアと結婚するものだと思っていたからだ。
だからフュンとしては、辺境伯が無理だと分かっていても、達成できるのであれば、律儀に約束を守ろうとはしていたのである。
「そうそう。その顔するよね……うんうん。そうだよな。やっぱり君なら妹を貰ってくれるに決まってるんだよ。たく、あいつは・・・疲れるなぁ」
「え? それってもしかして、僕がシルヴィア様をお待たせするかもしれないから、シルヴィア様は諦めたんでしょうか?」
「・・・・ん?」
話は少しややこしい方向へ行く。
「いやぁ。あの時ですね。僕が辺境伯というものになるのに、かなりの時間がかかるかもしれないから、僕との結婚は諦めた方がいいですよって、僕から言ったんですけどね。それでも、シルヴィア様はおばあちゃんになっても待ってますって言ってくれて嬉しかったんですけども。気が変わったとかですかね」
「いやいや。ないない。それはない。妹は・・・って、おばあちゃんになってもだと。あいつなにを考えてるんだ」
「そうですよね。僕もそう思って、そうなったらジーク様に迷惑が掛かりますよって。次期当主が生まれないじゃないですかって感じのニュアンスをお伝えしたんですけど。シルヴィア様。兄様はどうでもいいとおっしゃってて、もしかしてそれで、ジーク様が怒ってらっしゃって、結婚を反対なさったんですかね! もしかして、それでお二人が喧嘩をして、ジーク様が婚約がなかったことにしようと? ああ、それなら僕も諦めますよ。僕は兄妹の仲を裂いてまでは結婚したくないですよ。うんうん」
本当に断りそうな勢いのフュンに、ジークは慌てる。
「いやいやいやいや。俺はね。結婚は大賛成なんだよ。君が義弟になってくれるなんてな。俺たちにとって君が家族になるなんてね。こんな最高の出来事はないよ。だから、俺もその辺境伯について調べてるくらいなんだよ。心配しないでくれ。俺は大賛成なんだ! 妹の勘違いで悩んでいただけなんだ」
「そうですか。それならよかったですよ。あははは。でもジーク様、僕のお兄さんになってくれるんですね」
「ああ。俺が君の兄になろう……それにね。なりたいって思わさせてくれる君だから賛成しているんだよ。誰でもいいわけじゃない。だから俺だって、心の底から妹と結婚して欲しいって思ってるよ」
「そうですか・・・まあ、辺境伯になれたらの話ですけどね」
その可能性が少ないことを知っているフュンの口ぶりに、ジークががっかりして顔を俯き加減にしたのかと思ったのだが・・・・。
それは、そんなことはなく。
(なんだ。ちょっと待てよ。妹よ。兄様はどうでもいいとフュン殿に言ったんだな。おい。俺を頼っておきながらどうでもいいだと・・・・クソ。帰ったらお仕置きだな。兄を分からせてやらんとな)
かなり邪悪な顔をしていたので、顔を伏せていただけであった。
◇
少し時間が経ち、本題へ。
「そうだ。本題を伝えてなかったわ」
「え!? 今のが本題じゃないのは少しビックリしますね。あははは。あれ、そうだとすると、次の話題はよほどのことですかね?」
「まあね。君にとってはかなり厄介だ」
「ええ。そうですか。では聞きましょう」
フュンは、あらためてジークの方に体を向けた。
「うむ。実はバルナガンで貴族集会というものが一か月後に開催されるらしく、君も招待された」
「僕が。貴族と!? なんでです?」
「それが、その集会は王族を抜かして、貴族間の友好という名目で開催されるらしいんだ。それでその中で属国の人間も招待されるみたいでね。だからその準備を君にしてほしくてね。あらかじめ、君に伝えておきたくてね。ここに言いに来たんだよ!」
「僕がまた茶会ですか・・・・・う~ん。断れそうにない」
フュンとしては今の仕事を完遂したくて余計な事をしたくなかった。
しかも気を遣う場面になるであろう茶会など行きたくないと思っても仕方ないであろう。
そもそもフュンは政争とは無縁の人間でいたいと思っている人物である。
「だよな。そんな顔になるよ。で、そこでさ。茶会に行ったら、君は御三家への帰順の誘いを受けると思うんだよね。たぶん貴族共はうるさいから。それに元属国出身の貴族もいるからさ」
御三家戦乱の際。
属国の人間が貴族に編入した過去がある。
だから一時、貴族が増えたという歴史的背景があるのだが、現在は貴族を減らす方向性を示す帝国なので、属国の人間が貴族になることはあり得ないのだ。
「ああ、たしかに・・・・そうですね。たぶんその話題は確実に僕に来ますね」
「わかってたか。なら話は早い。君が聞かれたらこう答えてくれ。ダーレー家に世話になると」
「え!? 今ですか……それはまずいですね」
フュンは難しい顔をする。
「嫌かい?」
「いえ。そうではなく、サナリアに手紙を送ったばかりなので、その結果が届く前に言うのは気が引けるということですね」
「そっちか。よかったぜ。君が我が家に入るのが嫌なのかと思ったよ」
「いえいえ。僕はお二人が好きですからね。何とか協力したいですよ。力になるかは分かりませんがね。あははは」
「君は・・・全く嬉しいことを言ってくれるじゃないか。可愛い弟だ!」
「・・・あれ、僕はもう、ジーク様の弟なのですか」
「ああ。君はもう弟で決定だ。だから必ず俺が妹同様に守ってみせるよ。どんな手を使ってもね」
その言葉だけでフュンは嬉しかった。
この帝国に来て頼れる者が出来たのは何よりもうれしい事だったのだ。
新しい家族を得てフュンは日々を頑張ろうと思うのである。
「さてと。でも君は、出席だけはしないといけないから準備だけはしておいてくれ。それじゃあ、俺は仕事に行くからさ・・・また会おうね」
「あ、はい。ジーク様。また今度お会いしましょう」
「兄様でもいいんだぞ。フュン君!」
「・・・それはさすがに・・・まだ無理ですね。あははは」
二人は笑顔で分かれ、それぞれの仕事の準備にかかった。
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