第40話 それぞれの思い

 戦争が終わった翌日の夕方。

 片手に酒を持っているミランダが叫ぶ!


 「おらぁ。クソ野郎ども。飲めや。騒げや。楽しめや! ジークの奢りになってるからよ。遠慮すんなよ! どんどん飲めい。あたしも飲むぞい! 乾杯だ、こらぁ!」


 戦いの疲れを一日で癒したウォーカー隊は、ハスラの駐屯所でミランダを中心にどんちゃん騒ぎをしていた。

 正規軍が多いハスラの兵士たちは、飲み会の最初。

 このウォーカー隊のバカ騒ぎを敬遠していたのだが、徐々にその盛り上がりに馴染み始め、宴会の中盤辺りでは、すっかりウォーカー隊とも打ち解けて、今や、両方の兵士たちは一緒になって酒を飲み交わしている。

 亡くなった仲間たちを悼み、悲しみに暮れるだけが、弔いではないという様に。


 

 ◇


 いつも通りのエリナと、どことなく儚げなザイオンは並んで酒を飲む。

 

 「お前のとこは、誰か死んだか?」


 エリナの空になったコップにザイオンが酒を注ぐ。


 「死んでねぇ。あたいらのとこは船を撃沈させただけだからな。合流した頃にゃ、たぶん、シゲマサたちが囲まれていたところだろうな。だからあたいらはカバーの為に城壁の方に行ったしな」

 「・・・そうか・・・」


 ザイオンはエリナに注いだ酒瓶の中身を空にする勢いでラッパ飲みする。


 「ザイオン。東の戦いはお前のミスじゃないぜ。あたいらもあの小僧の力をちょいと信じたろ。でもあたいらは後悔してねえだろ。それにな。あいつも後悔してねぇと思うぜ。あいつの顔を確認してやれねぇけどよ、あたいらはあいつの最後の顔・・・分かってるだろ! どうせ、満足してんだよ。あいつはよ・・・・シゲマサってのはそういう男だ」

 「・・・・ああ・・・、わかってるぜ。全部な。シゲマサはいい男だったからな」


 二人はシゲマサを偲んでいた。


 ◇


 サブロウは、宴会場ではなくハスラの慰霊碑にいた。

 都市を守った英雄たちが眠る場所で、サブロウは酒を片手に白い皿の盃を二つ持って慰霊碑の前に座る。

 一つを自分に、一つを慰霊碑に置いて話す。


 「シゲマサ。飲めぞ」

 

 いつも通りに、友と盃を交わすためにシゲマサに酒を注いだ。


 「お前、やっぱ……おいらにゃ、もったいない奴だったんぞ。優しくて、部下思いで。いい奴だったんぞ。おいらとは正反対ぞな。なのにおいらよりも先に逝きやがって、いい奴だったから死んだんだぞ。もう少し性格が悪くなったらな。お前は死ななかったんぞ。おいらみたいに悪い奴になれぞな。バカたれ……お前は、おいらの後に逝けぞな。はははは」


 もう一つの自分の盃に酒を入れて、笑いながらサブロウは一気に飲み干す。


 「そうだな。サブロウにはもったいなかったな」

 「ん? ミラ、こっちに来てたんぞ。あっちで宴会してたんじゃないのぞ」

 「ああ。あたしは、もう十分飲んだ。あれだけ飲めれば満足だ!」

 「ふっ。さすがは悪童だぞ」

 

 あたしにもくれと言わず、ミランダは自前の皿をサブロウの前に出した。

 何も言われてないのにサブロウは、そこに酒を注ぐ。

 慰霊碑の正面に入ったミランダは、貰った杯を慰霊碑に向けて、彼と乾杯をしようとした。


 「……謝らねぇぞ。後悔もしねぇわ。ただ・・・シゲマサ・・・お前の思いだけは、絶対に繋いでみせるのさ。あたしは誓ってやる」

 

 ミランダは、自分の話が聞こえない相手に宣言をした。


 「正直、あたしはあの判断をミスったって思ってる。だけどな……あたしが今、ここでお前に謝罪と後悔だけをしていたらな。きっとシゲマサの判断に傷をつけるだけなんだ。だからあたしは感謝するぞ。弟子を守ってくれたことにな。あいつらは、たぶん。あたしの最高傑作になる二人だ。だから、シゲマサへのたむけは、あいつらを立派な人物にすることだろ。な! サブロウ!」


 サブロウの肩を抱いて、あえてミランダは笑う。

 泣く姿や嘆く姿は絶対に見せない。

 シゲマサが悲しみだけだから。


 「……そうだぞ。おいらもちょいとあの小僧共に賭けてみるぞ。おいら、初めて。ミラを本気で手伝ってやるぞ」

 「そうか。そんじゃ、皆にも手伝ってもらって、あいつらを一人前にすっか。サブロウ」

 「おうぞ。やったるぞ」

 「ナハハハ。だってよ。シゲマサ!!! あたしら。あいつらを最強にしてやんぜ。だから安心して眠れ。あたしらが来るまでな。あたしらがそっちに行ったら、そっからは騒ぐからよ。休んでな」


 その後、ミランダとサブロウは、シゲマサと共に朝まで飲み明かしたのだった。



 ◇


 宴会の末席に。

 リンゴジュースを飲むゼファーとオレンジジュースを飲むミシェルが並んで座っていた。

 酒の飲めない二人にはちょうど良い飲み物であり、年相応でもあるのでどこか初々しくも見える。

 しかし、他の者たちに比べて静かにしている二人は、雰囲気が少し暗かった。


 「わたしは、で、殿下をお守りできなかった。またもや従者失格です」

 「なにを言っているのですか。あなたも王子も命があります。次があります。ですから頑張りましょう」

 「ミシェル殿?」

 「ええ。あなたはまだまだでした。でも成長の余地がありますよ」

 「・・・は・・・はい」

 「例えば、戦術です。槍はすでに達人級。ですが、まだ戦術の勉強をしておられない様子」

 「は、はい。す、少しは勉強してます。が・・・ほとんどわかりません」


 暗い顔のゼファーの為に、そばにいるミシェルは優しく諭してくれていた。


 「そうですか。では一つお聞きしましょう。王子の失敗した作戦が、なぜ皆に褒められているのか。そこがお分かりになっていますか?」

 「それは・・・・わかりません。包囲戦なことくらいしか」

 「そうですか。では、教えましょう。あの包囲戦が特殊であったからです」

 「特殊?」

 「そうです。包囲するならば普通、左右から挟んで徐々に押し込んで戦えばよかったのですが、王子はあえて、敵を分断してから包囲を開始したのです。それが何故か分かりますか」

 「わ、わかりません」

 「あれは、ザイオン様の突破力を完全に理解しているからです。おそらく、あの時の王子は、ザイオン様と私、そして王子の三部隊で普通の包囲をすると、圧力が均等に入らなくて綺麗な包囲を描けないと判断したのでしょう。それでは時間がかかります。だから、私たちの部隊が相手の半分の位置で分断して、一次段階と二次段階に分けて撃破しようとしたのです。その上、私たちは三千。相手は五千です。普通の包囲では攻撃がゆっくりし過ぎていて、混乱から立ち直られたら数の力で負けるとも判断したのです。ですから、メリットとデメリットを最大限考え抜いた上での策をたったの数分で完成させた王子に、皆が感服しているのですよ。ですから、あなたの主君はとても素晴らしい才をお持ちなのです」


 フュンの作戦を完璧に理解していたミシェルもまた素晴らしい才能の片鱗を見せていた。

 わかりやすく丁寧にゼファーに教えることで、彼の頭でも作戦の中身が理解できた。


 「そ、そうだったのですね。さすがは殿下・・・我が主君は素晴らしかったのか」

 「ええ。そうです。そして、私の部隊にあなたが来たのは、あなたならば私を守ってくれると思っての事。あなたと私は、王子やザイオン様の部隊に比べて遥かに難しい攻防一体の場所に派遣させられたのですからね。あの時は腕が鳴ったでしょ。私と一緒にね」

 「は、はい。もちろんです」

 「ええ。ですから元気を出してください」

 「はい。ミシェル殿ありがとうございます。少し元気が出ました」

 「いえいえ。ですが、あの戦争、あなたもまだまだだったんですが、私もまだまだだったんです。ですから、一緒に強くなりましょう。私はまた王子とは戦に出るような気がします。その時は、あの人の役に立つ武将となりましょう。あなたも私もです」

 「はい。ありがとうございます。私も必ず良き武将になってみせます」

 「ええ。私もありがとうございます。お二人には、いい刺激を貰いましたよ。これからよろしくお願いします」


 二人は晴れやかな気分で乾杯して、それぞれのジュースを飲んだ。


 

 ◇


 フュンはシルヴィアと共に奥の上座の席にいた。

 この宴会の主催者のような立場のシルヴィアが、フュンに対して末席を用意してはいけないと、隣の席を用意したのだった。

 フュンはただの将ではない。

 一応、こんなでも属国の王子である。


 「…皆さん、明るいですね」

 「ええ。こうやって、死者を送るんですよ。皆、慣れているのです。嫌ですけどね。ウォーカー隊もハスラの軍もです」

 「…そうですか。これが戦いでしたか。僕が小さい頃には、戦いがほとんど終わってましたからね。この雰囲気を知りませんでしたね」

 「そうですか。では、あなたはこれから乗り越えるべきものがたくさんあるのですよ。良い経験も悪い経験も全てをひっくるめて、経験しなければならないのです。フュン殿……あなたもこの皆の顔を覚えていてください。きっと、次にも・・・この顔を見たくなりますから」

 「・・・そうですね。一生忘れないと思います」


 二人で、正面にいる皆を見る。

 ただの町の酒場のような、そんな雰囲気で酒を飲む兵士らは、暴れながら飲む者や、飲み比べする者、泣いている者や笑っている者、王宮などでは味わえない人々の感情が素直に見える宴会だ。

 フュンにとってはこれらが楽しくもあり、悲しくもあり、虚しくもあり、嬉しくもあった。

 一端の戦士の仲間を入りをしたのかもしれないとそう思ったのだ。


 「僕は・・・説得してみます。シルヴィア様」

 「え?」

 「……僕はダーレー家に帰順しようかと思います。父上……いや、サナリア王国の許可を得たら、僕はお二人の庇護を受けたいのです。よろしいでしょうか」

 「・・・は、はい。こちらこそお願いします。でも、いいのですか? 私たちは弱いですよ」

 「はい。大丈夫です。ジーク様。シルヴィア様。ミラ先生。あと、ここにいる人たちの笑顔を見たら、なんだか僕も本当の仲間になりたいなって思いました。このまま、この宙ぶらりんの立場ではきっと皆さんの仲間とは心から言えないような気がします。ですから、いいでしょうか? 僕があなたの家に帰順しても……まだサナリアからの許可が出るか分かりませんがね」

 「・・・守ります。私が、あなたと。その故郷を。絶対に守ります」

 「…ありがとうございます。では、僕から一つ聞いてもいいですか?」


 前を向いていたフュンがここで隣にいるシルヴィアを見つめた。


 「シルヴィア様は、ここを愛してますか?」

 「・・・・え!?」

 「どうでしょう。愛していますか?」

 

 シルヴィアの顔が真っ赤になる。

 それは何故か、彼女の耳にはこう聞こえたのです。


 「シルヴィア様・・・・・愛してます・・」


 至近距離でいるはずなのに、何故か断片的にしか聞こえていない。

 耳でも遠くなったのかと、ジークかサティがここにいれば突っ込まれるであろうが今は的確にツッコミを入れてくれる者がいない。

 超天然お姫様は、混乱状態に入った。


 「あれ? シルヴィア様? 聞いてます」

 「・・・はい・・聞こえてます・・・愛してます・・・はい」

 「ですよね。僕だって、そうなんだから」


 フュンが言う「そう」はサナリアを愛しているである。

 彼女の「そう」はそうだと思っていない。

 私を愛してくれている。

 自分への愛の告白かと勘違いしているのだ。

 顔から湯気を猛烈に出している彼女は、話が半分くらいに聞こえている。


 「ここにいる人たちの笑顔で分かる。みんな。前を向いてここを守ろうとしたんだ。それはきっとここを愛しているから。かけがえのない場所だからだ。だから僕も、苦しくても前を。辛くても先に進まなければいけない。それに結局は、御三家に入らなくてもサナリアは危険になるかもしれない。ならば・・・僕が、ダーレー家を勝たせるんだ。勝つ陣営に入れてもらうんじゃなくて、その陣営を勝たせるくらいの強い男になる。そうでしょう。その方がいいはずだ。シルヴィア様! 僕は必ずお二人をお守りしますよ。ジーク様にもそうお伝えください」 

 

 シルヴィアの手を握ったフュン。

 その温もりでシルヴィアは何故か正気に戻る。

 フュンの顔を見つめ返すことが出来た。


 「え? あ。はい。え、兄様? なんのこ・・・と?」

 「そして、僕は、ここの民も。そしてウォーカー隊も。ジーク様の商会も。全部守れるくらいに強くなります。待っていてください。必ず、一人前になってみせますから」

 「・・・は、はい。あなたが強くなるのをお待ちしてます」

 「はい。頑張りますからね。僕は皆の為により強く成長してみせますから」


 シルヴィアは、フュンの宣言を冷静な気持ちで受け止めることが出来た。

 純情お嬢様は、天然で阿保なお姫様であったのだ。




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