第20話 勝利の華をあなたへ

 フュンのお屋敷は、他の王族や貴族ましてや属国の者たちが住む屋敷に比べても圧倒的に小さかった。

 主。従者。メイド、執事。

 このたったの四名分の部屋に、台所とリビング、洗面所とお風呂、それとトイレが二つ。

 最後に応接室一つと空き部屋一つしかないのだ。

 これにより大きめの家とも言えるだろう。

 サナリアの四天王ゼクスの家に遊びに行くゼファーでさえも、この小ささには、驚きを隠せずにいられなかったくらいだった。

 でもフュンにとっては、これがよかった。

 十分であったのだ。

 なぜなら、皆の顔がすぐに見られて、誰かといつでもお話が出来るのは、王都に住んでいた頃の生活よりも幸せであると、常に皆が家族のように思いあえる距離感がフュンはとても素敵だと思っていたのだ。



 そんなフュンのお屋敷前に、シルヴィアがいた。

 人様の家の敷地内にいて、玄関先にいる事三十分以上。

 『ごめんください』の一言くらい。

 気軽に言えばいいのに、ここを通った近所の人たちはそう思っただろう。


 そこで、たまたま庭に用があったフュンが玄関から出てくる。


 「あれ? どうしました? シルヴィア様?」


 突然のフュンの登場にシルヴィアはドギマギした。

 挙動不審なのは目だ。キョロキョロと動く。


 「え。あ・・そ、その・・た、たまたま。そうたまたま。こちらの方に用があったので・・・アイネさんとお話でもと思い・・・ですね。あ、はい」

 「へぇ~。アイネさんにですか。珍しいですね。ちょっと待ってくださいね」


 フュンは屋敷に向かって大声を出す。 


 「アイネさん! シルヴィア様が遊びに来たらしいですよ」


 いきなり家主と出会うとは思わなかったシルヴィアは嘘をついてまでアイネを呼んだ。

 本当はフュンの優しい笑顔が見たくて、穏やかな声を聞きたくて、わざわざ用もないのにこちらにやって来たのだ。

 彼女とは話すこと一つもないのに、その思いをごまかせるか不安が残るシルヴィアは、ぎこちない笑顔であった。


 「は~い。少々お待ちを、お昼の準備をしてま~す! ちょっと手が離せないので、リビングに来てもらえれば、お話しできますよ~~」

 「そうですか。シルヴィア様。アイネさんは、いいみたいです。あがってくださいよ。あ! その~。シルヴィア様にお時間があるんですかね?」

 「だ、大丈夫です。私は元気です」

 「え?・・・どういうこと?」


 彼女の返答がさすがに意味不明だった。

 思わずフュンは聞き返す。


 「あ。間違えました。大丈夫です。時間はあります」

 「…は、はい。ならよかった。どうぞどうぞ。シルヴィア様なら、僕の屋敷を自由に出入りしてくださいよ。命の恩人ですからね。あちらにどうぞ……アイネさんはあそこにいますから」

 「わ、わかりました。お邪魔します」


 懐の深いフュンの歓迎に、内心嬉しさが爆発している彼女は、心の内を隠すようにそそくさとリビングに移動した。

 彼女がリビングのテービルに座ると、台所で忙しなく働くアイネが料理を完成させようと味見をしている所だった。

 調味料で味の微調整をしながらのアイネは、失礼であると思いながらも背中越しで話す。


 「シルヴィア様。こんにちは。私に何の用でしょうか?」

 「…はい。何の用だったんでしょう」

 「え?」


 シルヴィアは素直に聞き返してしまい、今の会話がわけのわからない物になる。

 返事の中身の意味を二人とも理解していない。

 なにせ、返事をした当人すらも分かっていない。


 「…いや……それは流石に……シルヴィア様にしか用件はわからないのでは?」


 変な返答にビックリしたアイネは食事を準備しているけど、思わず振り向いてしまった。

 すると伏し目がちなシルヴィアの顔が気になった。


 「そうなんですよね。困りました」


 噴きこぼれるお湯に慌てたアイネは火を止める。

 ついでに言動の意味が分からないシルヴィアにも慌てている。

 

 「……ど、どうしました? 何か悩み事でもあるのでしょうか?」


 もう一度振り返ったアイネは、彼女を歓迎するムードから心配へと心情が変わっていた。

 傍目から見ても、彼女の顔だけで悩んでいるのが分かるからだ。

 

 「…そ、それが……わからなくて」

 「ずいぶん深い悩み事なんですね。私で良ければ後でお話を聞きますよ。今日はお時間よろしいのですか?」

 「……ま、まあ。暇と言えば、暇ですね」


 嘘である。大いに嘘である。

 ダーレー家の当主が暇になる事などありえない。

 仕事量から言って普通にジークと分け合わなければ、一日が潰れるほどの仕事があるのだ。

 シルヴィアは当主。

 さらに兄は放蕩王子で、いつも家にいないので、一人でその量をこなさなくてはならない。

 普段であればその仕事を半日でこなすほど優秀な彼女であるのだが、今のぼんやりとした彼女では仕事も何も手に付かないのである。

 要は恋煩いが邪魔なのだ。


 「そうですか。ならご飯を一緒に食べませんか? お腹が満たされれば悩みも少しは緩和するかも」

 「…え、それはさすがに。そちらに悪いかと」

 「いえいえ。シルヴィア様。ちょっと待ってくださいね」


 アイネは、リビングのドアを開いて大声をあげた。


 「王子ぃ! シルヴィア様もご一緒にご飯を食べてもよろしいでしょうかぁ」


 フュンの返事も大声で返って来る。


 「ええ。もちろんいいですよぉ。一緒に食べましょう! 食事の準備等をアイネさんにお任せしますよぉ」

 「は~い。わかりましたぁ。準備しますね。あとそろそろゼファーさんにも連絡お願いします」

 「はいは~い。わかりました~」


 とてもじゃないが主従関係には聞こえない会話である。

 フランクな家族のようだった。


 「……あ、あなたたちは普通の家族のようですね」

 「そうですよね。確かに他の方から見れば、そう見えますよね。でもこうしないと、私。王子に叱られるのですよ………私がですね。なんでも仕事をやってしまいますと、僕にも仕事を分けてくださいって凄く叱られるのです。だから王子にも私のお仕事を少しだけ分けるようにしてます。たまに料理を作ってもらったり、お掃除を一緒にやったり。あ、さっきの呼び出しとかも頼んだりしますね。でも、そんな王族の方はいませんよね?」

 「もちろんです。私が知る限り、そんな人は知りません」

 「ですよね。しかし、王子は、子供の頃からお一人で全てをやってらっしゃったので、私たちは本当に手のかからない人をお世話するという苦労をしてきました。でも私も慣れてきちゃって、今はこんな感じで王子と一緒に暮らしてますよ」

 「そうですか……アイネさんは、フュン王子が好きなんですか?」


 嬉しそうにフュンのことを話すアイネに対して、どうしても聞きたいことだった。


 「当り前です。大好きです。私が命を捨ててもいいくらい。全てを懸けても尽くしていきたいお方ですよ」


 アイネは即答した。そこに自信が溢れている。


 「誰かにこの人以外を敬えと命令されても、絶対に出来ません。それを拒否して死ねと言われたら、私は死にます。私は王子の為ならば死んでも構いません」

 「……そ、そうですか。それほど……」

 

 アイネは真顔でシルヴィアに宣言した。

 だから本気なんだとシルヴィアは思った。

 すると、ここでフュンが部屋に入ってきた。

 

 「アイネさん! ゼファー殿も裏のお庭から呼んでおきましたよ。あれ、何のお話だったんですか? そんなに真剣な顔をして。お堅いお話ですか? あははは」

 「いえ。王子のことがお好きですかと聞かれましたので、大好きですと答えたのです」

 「そうですかぁ。僕もアイネさんが大好きですよ。アイネさんは僕の家族。僕のお姉さんだと思ってますよ。あははは。ではお料理の盛り付けを手伝いますね」


 本音を軽い調子で言ったフュンはアイネと共に料理を盛りつけ始めた。

 これらはフュンにとって、いつもの事なのだろう。

 手際よく二人で四人分の食事の盛り付けをしていく。

 運ぶのは私がやりますからとアイネから言われたフュンは、仕方なく自分の席に着く。

 その姿から察するに本当は自分も料理を運びたいと思ってるのではと、シルヴィアは思った。


 手が空いたフュンはシルヴィアに話しかける。


 「それで、シルヴィア様。何の用だったんですか?」

 「え。そうですね。何の用だったんでしょう?」

 「ええええ。それって思い出せないものなんでしょうか」

 「・・・どうでしょう。まあ、思い出せなくてもいいものだったのでしょう。フュン殿。用もなくあなたの屋敷に来てしまい。申し訳ないです」

 「そんなことで申し訳ないなんて。あまり気になさらないでくださいよ。シルヴィア様は用がなくても僕の屋敷に来てもいいんですよ! それと、一緒にご飯を食べれば悩みなんて吹き飛びますからね。あははは」


 フュンは彼女の顔が曇っているのに気付いていた。

 だから務めて明るく話しかけたのだ。


 「本当ですか! 私が来てもよろしいので?」

 「ええ。シルヴィア様がいいのであればですけど。ああ、でも嫌な噂を持ちかけられたら困ると思うので、こっそり来た方がいいかもしれないですけどね」

 「そ、そんなことはどうでもいいんです・・・」


 と立ち上がって力説しようとしたら、ゼファーがリビングに入ってきた。

 立ち止まった彼女の横からゼファーが話す。


 「殿下! シルヴィア様もご一緒に昼食ですか!」

 「はい。そうですよ。イハルムさんが急用でサナリアに行ったので、四人分はちょうどあるのでね。楽に用意できてよかったですね」

 「そうですか。あれ、シルヴィア様、どうかなさいましたか? 止まったままですよ」

 「い、いえ。何でもありません。失礼しました」


 意図せず話が中断になってしまったシルヴィアは、大人しく席に着いた。

 アイネが全員分の食事を運び、全員が一斉に挨拶をして食べる。

 一般家庭なら普通のことだが、ここは一般ではない一応王族の食卓である。

 だからシルヴィアは驚いていた。

 

 (え? そういえば。フュン殿。メイドと従者とご飯を食べている!? な、なぜ)


 シルヴィアは、野菜スープを飲んで二人をチラチラと見る。

 主君と同じものを食べている姿に緊張をしている様子もない。

 そう不思議に思っていると、フュンは気付く。


 「シルヴィア様。二人が気になるのですね」

 「…え!? ま、まあ」

 「あははは。なんて正直な方だ。本当に綺麗な心の持ち主ですね」

 「…き、綺麗だなんて。そんな」

 

 シルヴィアは照れた。

 もうこれは、フュンから綺麗と言われたら、態度に出てしまう病である。

 

 「二人と僕が同じものを同じ場所で食べるのが不思議なんですよね?」

 「…あ。まあ、そうですね。私は誰かと食べたことがなかったので」

 「私もです! 私も主君と食べるのに戸惑いました」

 ゼファーがはきはきと答えた。

 「あははは。でも、アイネさんは平気ですよ」

 フュンは、ゼファーの返答に笑顔になってから、アイネに話を振る。

 「それは……私たちは、王子と食事をしないといけない立場であったからですよ。他の方でしたらありえない事です。私たち五人だって、最初は戸惑いましたよ」

 アイネは他のメイドたちの顔を思い出して答える。

 「そうだったんですね。でも僕はこれが当たり前でして、よく母もメイドさんたちと一緒にご飯食べたり、おやつ食べたり、つまみ食いしたり、お料理したりと、自由奔放だったんで、僕も似たようなことしてるだけなんですけどね」

 「な、なるほど」


 答えにはやや納得はしてないが、一般家庭のような温かな雰囲気にシルヴィアの心は満たされ始めた。

 ここに来た頃の悩みなどどうでもよいと思うほどに心が休まる。

 

 しばらく四人で談笑しながらご飯を食べていると、シルヴィアの顔も次第に晴れていったらしく、他の三人はその表情に一安心していた。

 三人とも気付いていたのだ、曇った顔をしたシルヴィアを・・・。


 「シルヴィア様。少し稽古をつけて頂けないでしょうか。差し出がましいお願いかもしれませんが、私はあなた様の剣技が見たいです」

 「…いいでしょう。ゼファー殿。ですが、私は手加減が出来ません。それでもよろしいですか」

 「はい! お願いします」

 

 ゼファーはシルヴィアに訓練をしてもらうことに。

 小さな屋敷の小さな庭で、二人は戦った。

 

 「ぐっ!」

 「よいです。あなたの年齢でここまで出来るのは素晴らしい」


 ゼファーの槍の穂先をシルヴィアの剣の先が受け止めた。

 その神技をもってして、シルヴィアとの実力差は歴然であった。

 

 「さ、さすがに私程度では、敵わない・・・お強い・・・」

 「いえいえ。私のその歳の時よりも、ゼファー殿はお強いですよ。あなたは精進すれば相当な槍の使い手になるでしょう」

 

 剣を鞘に納める動作に余計な動きがない。

 その所作にもフュンは強さを感じた。


 「あ、ありがとうございました。シルヴィア様」

 「はい。こちらこそ。久しぶりに素晴らしい訓練が出来ました。ありがとうございます」


 不思議とシルヴィアは訓練に集中できた。

 以前の自分。

 今まで出来ていた動きが体で再現できる。

 気が引き締まった訓練だ。

 もしかしたら、それはフュンがそばにいたからいい格好でも見せようとしたのかと、シルヴィアは一瞬悩みもしたが、彼がそばにいれば自分はいつも通りになるのでは、と前向きになっていた。

 

 「シルヴィア様はお強いですね。綺麗な太刀筋ですしね。それだけは僕にも分かりますよ」


 庭のベンチに座るフュンが手を叩いて褒めていた。

 顔を赤くするシルヴィアは、もうこの人の褒め言葉にも慣れなくてはいけないのだと気を引き締める。


 「あ、ありがとうございます……。フュン殿……そ、それでお話が・・・」

 「はい。なんでしょう? って、え?」


 フュンは彼女の話ではないことに驚く。それは。


 「おい。何している妹よ。どこにいるのかと思って、サティの所にも行ったが、ここにいたのか。馬鹿め。この馬鹿な妹よ。ここにいたらフュン殿に迷惑を掛けるだろうが! 考えなしにここに来るのではない! お前の立場を理解しなさい」


 ジークが音もなく、シルヴィアの隣に立ったからだ。


 「え!? あ。え!?・・・兄様? いつのまに」


 いつもなら兄の出現に気配で察知するシルヴィアであるが、この時は気付かなかった。


 「フュン殿。お屋敷をお借りしてもよろしいかな。人目がつかない方がいいと思うので」

 「は、はい。どうぞ。ジーク様」 

 

 ◇


 屋敷に入って早々、玄関でジークはいきなり叱る。


 「いいか。シルヴィア。お前がここにいるってことはだな。フュン殿の行動を制限してしまうことになるのだぞ」

 「え?」

 「俺たちは、フュン殿の意思を捻じ曲げたくないと思っただろ? いいか。彼の優しさにつけ入ってはならんのだ。このままお前がここに通いつめれば、彼は俺たちの庇護を受けるしかなくなるのだぞ。外堀を埋めることになるのだ。いいか。フュン殿が御三家に入る選択肢を取るにしても、取らないにしても。ここに入るしかないようにしたらダメだ。俺たちがそういう動きをしたらいけないだろ。俺たちは卑怯者になるだろうが!」

 「・・・あ・・・あ・・・申し訳ありません兄様」

 「謝るのは俺じゃない。彼にだ」


 ジークはフュンの肩に手を添えた。

 シルヴィアは深々と頭を下げる。


 戦いが始まる前は、清廉潔白にして正々堂々としていないといけない。

 これがダーレー家の家訓で。

 戦いさえ始まれば何をしても良い。

 それがダーレー家の戦法である。

 これはある人の教えから身についたことである。


 「申し訳ありませんでした。フュン殿。考えの至らぬ私をどうか、お許しください」

 「え? いえ。僕もそこまで深く考えずに、シルヴィア様を昼食に誘ってしまって申し訳ありません。僕の事はお気になさらずに。大丈夫ですよ。ですが、お二人に嫌な噂が行くのは、さすがに僕も考えないといけませんでしたね。申し訳ないです」


 フュンも謝る。

 自分のボンクラの噂は帝都中を歩き回っている。

 至る所で、馬鹿にされているからこそ、この噂が彼女たちにまでいってしまうのは嫌だなとフュンは思ったのである。


 「フュン殿。君は謝らなくていいよ。俺たちにはそのような噂はついていてもいいのさ。俺は商人だし、ダーレー家は弱小だからさ。気にすることはない。ただ友人の君に自由を失くして欲しくない。俺たちの家が君を縛りたくないだけさ。だから、俺たちとは変わらずに付き合ってもらえると嬉しいのさ」

 「あ、はい。僕もそれだと嬉しいです。せっかくお二人と知り合いになれましたし」

 「おお。そうかい。嬉しいね」


 ジークはフュンの肩を抱いて喜ぶ。

 兄のこのような態度を初めて見たので、よほど好いているのだと、シルヴィアは思った。


 「そうだ。妹よ。王国に動きが出たらしい。ハスラに戻れ。お前の出番だ」


 ジークの態度が急激に変化した。

 真剣な眼差しに変わりシルヴィアを見る。


 「は、はい。王国に動きが出たのですか」

 「ああ。フーラル川の先の都市パルシスに船の動きがあるそうだ。またもや、船からの上陸作戦を取ってくるかもしれんわ。久しぶりだな。珍しい事もある……」

 「なるほど。では急ぎ。私は行かねばなりませんね。その間のダーレーの書類の仕事は兄様に任せますよ」

 「ああ」

  

 戦争の始まりを予感させる会話を聞いたフュン。

 心配をしながら声をかける。


 「あの。戦争ですか?」

 「違うな。そこまではいかないと思う。たぶん小競合い程度の事が起きるかもしれんのよ。でもハスラの城主はダーレー家当主が務めるからさ。妹が行かないといけないんだ」

 「そ、そうですか。なら安全とまではいかないけど。大丈夫なのですね」

 「ああ。まあね。妹は何て言ったって戦姫だからね。小競合い程度は難なくこなせるだろう」

 

 多少は心配しているけどもジークは妹を信頼しているので、不安げなくフュンに答えた。

 

 「それじゃあ、いつから出立するのでしょう?」


 フュンはシルヴィアに顔を向けた。


 「そうですね。明日の朝がよいかと。私が単騎で急いで行けば、数日で着くでしょうし」

 「そうですか。なら、早朝。こちらに寄って頂けますか?」

 「え? ここにですか? なぜ」

 「はい。お渡ししたい物があるので、こちらに来てください。いいでしょうか?」

 「はい。必ず来ます」


 フュンとシルヴィアは翌朝に会う約束をした。



 ◇


 そして翌朝。

 まだ帝都の人々が眠っている頃合いの中、シルヴィアはフュンの屋敷に入っていた。

 シルヴィアの彼を見つめる瞳はバッチリだ。

 いつもなら寝ている時間だが寝ぼけ眼を見せるわけにはいかなかったからだ。


 「なんでしょうか。フュン殿。渡したい物とは・・・」

 「はい。これなんですよね。戦争であればしばらくかかるだろうし、そうだとしたら、お渡しした物が無くなる頃になっちゃうかと思いましてね。これ、クリームです!」

 「え!? また頂けるのですか」

 「ええ。もちろん。無くなればいつでもお渡ししますよ。あははは」

 「ほ、本当ですか。大切にします」


 両の手でクリームを握りしめ、胸の前に持ってくる。

 彼の優しい思いが詰まっているように感じたシルヴィアであった。


 「あとですね~。ちょっと待ってください。あれ? どこやったっけ?」


 フュンは体中のポケットに手を突っ込んだ。

 あらゆる場所を探して、最後に手を突っ込んだ右胸の内ポケットから何かを取り出した。


 「お! あったあった。大切にしてたからここにしまったんだ。これです。はい」

 「な、なんでしょうか。これは」


 フュンが彼女の手に渡したのは、お守りだった。

 手作りの裁縫で作られていたので、シルヴィアはこんなものまで作れるのかと驚く。


 「これ、僕の母のお手製のお守りです。僕も同じものを作れるので、これはレプリカですけど。昨日作ったんです。シルヴィア様のご無事と勝利を祈ってる祈願のお守りだと思ってもらえれば嬉しいですね。お怪我にも気をつけてくださいね。まあ、シルヴィア様はお強いから僕のいらぬ心配でしょうけどね」

 「そんなことはありません。あなた様の応援は私の何よりの力になります。ありがとうございます。生涯大切にいたします」

 「え? いや。そんなに大層なものじゃないですよ………それに生涯なんて……あれ? お守りって……そんなに長く御利益があるんですかね? あははは」


 こうして、彼女には後生大事にするものが増えていくのであった。

 フュンの優しさを全身に浴びたシルヴィアは、戦地へと行くというのに早朝からウキウキで、自分の領地ハスラへと向かったのでした。




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