第19話 帝国のお姫様たち

 ガルナズン帝国の現皇帝エイナルフ・ヘイロー・ヴィセニアが。

 【天上天下唯我独尊】

 と国内外で称されたのは、過去に強引な政治をしたことがあるからだ。

 しかし、その政治を断行した理由は、決して私利私欲からくるものではない。

 それら全ては帝国を一つとするための苦肉の策であったのだ。

 

 彼の先々代あたりから噴き出たとある問題が彼の代になって更に噴出したのだ。

 貴族らの特権が膨れ上がっていき、彼らの力が王権を越えた当時。

 各地方や帝都で、彼ら貴族がのさばった。

 自分たちの力を誇示し、権威を振りかざして民を苦しませ始めたのだ。

 人身売買や貴族間の争いなどに、人々が次々と消えていく。

 これはまさに、内乱と言っても良い様な状況となった。

  

 その状態を打破するためにエイナルフは、即位してからすぐに貴族たちに対して行動を起こさずに、密かに裏で行動を起こしていた。

 自分の仲間となりうる家の娘を妻にして、その家を丸ごと抱き込み、王家を作ってから、各地方や帝都にいる顔だけがデカくなってしまった役立たずの貴族どもを粛清していったのだ。

 それは傲慢で強引であると言われてもしょうがないくらいに凄惨な貴族潰しを行ったわけだが、こうもしなければ、帝国はまともにイーナミア王国との争いに勝つことも出来なかったのだ。

 これは、エイナルフの英断ともいえる血の粛清だった。

  

 そして現在の貴族たちは、王家により徹底管理がなされている。

 エイナルフが決行した帝国改革により、御三家の中に貴族たちが集約されている形となっている。

 ドルフィン。ターク。ダーレー。

 この三つが王族である。

 現嫡男で、第二皇子のウィルベルがいるドルフィン家が王族の筆頭だ。

 今は亡き第一皇子がいたターク家は、武家の名門のような立ち位置にいる。

 そして、最後のダーレー家は、領地が少なく、そして男女ともに最も下の弟と妹であるがゆえに、弱小の王族の立場であった。

 ダーレー家が御三家として生き残れたのは奇跡的とも言える。

 その奇跡はたった一人の人物が顧問になってから始まる。

 彼女が育て上げた二人の兄妹は、とても優秀に育ち、しかも幼いながらも地位を確立できたのは彼女が支え続けた功績を持ってしてだ。

 それに、妹のシルヴィアはその人物にとっての最高傑作だと称された。

 貴族や属国との繋がりがほぼないダーレー家は、天才と顧問の力によって支えられているのだった。

 


 ◇


 戦いの天才シルヴィアは、帝国の王家としては名を名乗らない第四皇女サティ・ブライトの元に来ていた。

 シルヴィアと年齢が三つ違いのサティは21歳。

 シルヴィアとしては兄と同じ歳であるからか、姉としてかなり慕っている。

 サティの御屋敷のお庭のテーブルに、二人は対面で座って紅茶を楽しんでいた。


 「どうしました? あなたが自らここにやってくるなんて、珍しいじゃありませんか。いつも私が呼ばなければ来ないというのに。ねぇシルヴィ」

 「……え、まあ……そうでしょうか。戦から帰ったら必ずこちらに来ているはずですが」

 「それは戦勝報告の様なものですよ。あれではお仕事です! 姉妹の会話じゃありません!」

 「…そ、そうなるのですか。私はてっきり姉様との会話をですね。いつも楽しみにしておりましたよ」

 「はぁ。まったく、あなたという人は。王家の女性じゃなくて、もうすっかり武人でありますね」


 茶色の髪を靡かせてサティは、シルヴィアではなく庭の花壇の方を向く。

 美しい顔立ちである癖に、武人気質な彼女に若干嫌気がさしていた。

 紅茶を置くために、もう一度彼女を見つめ返す。

 

 「それで、どうしました? 何か起きたのでしょう? だから、私の元に来たのでしょう? ジークには話しにくい事ですか? 不真面目であるけれど、あの子になら何でも相談できるでしょうに」

 「・・・そ、それが・・・そのですね。兄様ではどうしようもないというか。ややこしいというか・・・兄様は役に立たないというか・・・」


 悩んでいるシルヴィアは、人差し指同士を突き合わせてモジモジしていた。


 「ん? ははぁん。わかりましたよ」


 皇帝の子であるサティは、兄弟間の中で最も平等な女性である。

 だからこそ、王家が御三家となり、貴族が王家に集約された現在でもブライト家がそのまま存続したと言えるのだ。

 絶妙なバランス感覚がある女性で、王族となろうと思えば、ダーレー家よりも繁栄したかもしれないのがブライト家だ。


 サティは、シルヴィアが紅茶を手にして飲んだタイミングで話し出した。

 

 「あなた・・・殿方のことですね」

 「ぶはぁ!」


 動揺は喉に来た。

 シルヴィアは赤い血を吐いたかのように真っ赤な紅茶を吹き出した。


 「…図星ですね。シルヴィ……やっぱりあなたは単純ですね。フフフ」


 わざと話すタイミングをずらすことで、彼女の動揺を誘う。

 その反応を見て確信を得たのだ。

 サティの罠に嵌ったシルヴィアだった。


 「・・・・・」

 「それで。お相手は? 誰なんですか?」


 シルヴィアの口から紅茶が漏れ出ていても、シルヴィアがまだ無言を貫いていても、サティは普通に話を進めた。

 紅茶を一口すすって、優雅にカップを戻す。


 「……違います」

 「違う? なにが? その殿方が好きなのでしょう・・・いったい、誰なんです?」

 「……無理です」

 「無理とは?」

 「その人のことを思うと、ぼーっとしてきて無理なのです。何も考えられなくなるのです。ですからそれをしないための方法がないかと姉様の元に来たのです。姉様なら良い案があると思ったのです」

 「・・・・は?」

 「このままだと私……訓練も出来ませんし、眠ることも出来ませんし、食事も喉を通りませんし。どうしたらいいでしょうか?」

 「・・・はぁ?」


 サティは、話を聞いていられないくらいに、この子はアホなんじゃないかと思い始めた。

 実際には頭までは抱えてないが、心の中では頭を抱えている。


 「……何を言っているのやら。ポンコツですか。この子は……」


 奇しくもジークと同じ感想を抱いたサティは下を向いて彼女に聞こえないように呟いた。

 『おそらく恋愛に無頓着であったからこそ、免疫がないんだわ。この子は』 

 サティは話をどう進めようかと、もう一度紅茶を一口だけ飲んだ。


 「姉様。どうかしましたか?」

 「まったく……はぁ。それでは、私からは…」


 サティが話そうとした瞬間。

 お屋敷の入り口から元気よく走ってくる音が聞こえてきた。

 

 【ダダダダダダダダ】


 「サティ!!!!! とお!」

 

 動きやすい服装をしている女性がサティに向かって飛んだ。


 「アン姉様!?」


 抱き着かれる前のサティは驚く。

 顔までべったりくっつかれたサティは怪訝そうな顔でアンに話す。


 「は、離れてください。アン姉様」

 「いいじゃないか! 僕の愛しい妹」

 「やめてください。ここにシルヴィがいるのですよ」

 「え!? シルヴィが。どこに」

 「目の前にいるでしょ」

 「おお。シルヴィ。僕だよ。とお!」


 アンはシルヴィアにも飛び掛かる。


 「お久しぶりです。アン姉様」

 「どべ・・・いててて」


 それをスッと躱してシルヴィアは、挨拶をした。


 「ほらぁ。シルヴィは身のこなしがいいからさ。僕の運動能力じゃ、捕まえられないんだよ。アンじゃないとさ」

 「そんなことありません。姉様は素晴らしい運動能力をお持ちですよ」

 「はいは~い。そうでありますか。嫌みじゃないそれさ」


 単純なアンは、シルヴィアの本心の褒め言葉が嫌味かと思い、ムスッとした顔をした。

 

 皇帝の第三皇女アン・ビクトニー。

 サティ同様。

 王家とならなかった皇帝の子で、元気一杯僕っ子の女性である。

 サティと違うのは母が一般人である事。

 庶子の子という事だ。

 だから王家に入ることを自分から辞退した経緯がある。

 でも彼女は自由を愛しているので、今の生活に満足している。

 

 彼女の家は職人の家で、武器や防具、アクセサリーの店を豪快な母と共に経営している。

 だからビクトニー家というよりも、ビクトニー工房の社長と言えるだろう。

 ジークは商人として、内密に彼女の商品の流通を担当しているので、互いにひいきにはしている。

 けど、必要以上に王家との関わり合いを持たないようにしているから、彼女はアンとだけ仲良くしているのだ。

 でも決して他の兄弟が嫌いなわけではない。

 これは政治的な意味合いで着かず離れずの態度でいるのだ。



 「それで、なんでシルヴィがここにいるの? 最近は戦争してないよね? 珍しいよね?」

 「それがね。アン姉様。この子……好きな殿方が出来たらしいのよ」

 サティが答える。

 「ほんと! やったじゃん。シルヴィ! ついに好きな人が出来たんだね! 誰?」

 嬉しそうにアンが目を輝かせる。

 「…いえ。わかりません」

 「え? サティ、どういうこと?」

 返答の意味が分からないアンはサティに聞いた。

 「はぁ。シルヴィ。さっきの言ってやって」

 面倒な子だと思いながらサティは、シルヴィアに言った。

 「はい。その人のことを考えると何も出来なくなるので、姉様に解決方法を聞きに来たのです」

 「なぁに言ってんの。この子? どうしちゃったのよ?」

 「アン姉様もそう思うでしょ。ほんとに困ったものだわ」

 「・・・なにがでしょう?」


 シルヴィアは本気でこう思っている。

 困っているのは私なのだと。 

 何も出来なくなっているのですよと。

 私、大変なんですよと。

 


 アンが元気に事情を聞き出し始めた。


 「ええっと。その人の事を思うと、胸が張り裂けそうってこと?」

 「……どうでしょう。考えられない感じですかね・・・」

 「んん? なんにも?」

 「そうです。なにもです」

 「わからないことないじゃん。それって好きなんじゃん!」


 アンの言ったとおりだが、シルヴィアにはあまり響いていない。

 戦いでは超天才であるのに、恋愛は大馬鹿である。


 「それじゃあさ。何がきっかけで気になったの?」

 

 単純な性格のアンの質問は非常に良いものであった。

 好きという言葉を使わない巧みな誘導尋問だ。


 「えっとですね。初めてお会いした時に、私を褒めてくれました。綺麗であるとか。心が澄んでいるとか・・・真っ直ぐな目で、私自身を見てくれました。戦姫ではない私を」

 「「シルヴィを褒めただって!?」」

 「…はい」


 二人が唖然としている中で、シルヴィアは顔を赤らめて紅茶を飲む。 

 初対面でこの戦姫を褒めるなんて、なんて度胸のある男なのかしらと。

 この子を褒めるなんてどんな男の人だろうと驚愕したのだ。


 「そしてですね。その彼が事件に巻き込まれて、私が彼を救った際にですが。少し油断してしまい、敵から少々厄介な毒を貰ってしまってですね。ここの頬にですね。少し傷がついたのです」


 シルヴィアが頬を指さすと、二人が覗き込んだ。

 何もないじゃないと言いたかったが、シルヴィアの話は続いている。


 「その傷は放置すると一生傷跡として残るものだったのですが、そのフュ……その方がですね。特製の治療薬を持っていまして、綺麗に治してくれたのです。その時も私のことを。き、綺麗・・綺麗な顔に傷ついたら大変だっていってくれて・・・・と。とても感動しまして・・・」


 顔をリンゴのように真っ赤にするシルヴィアが可愛いなと二人は思った。

 にしても何の傷跡もない。

 その治療の腕前を持つ男性のことが二人は気になった。

 

 「その後。これを頂いて、後生大事に使いますと言いました。私は今、これを大切に使ってます」

 シルヴィアは胸の内ポケットからフュンから貰ったクリームの容器を取り出して、テーブルに置いた。

 「なぁに、これぇ?」

 アンが指差し。

 「これは……化粧品では?」

 サティは容器の蓋を取る。

 「クリームですね!?」

 サティは中身を見て驚いた。


 「はい。彼が言うには、傷にも効く保湿クリームらしいのです。お手製のもので、彼は昔からメイドさんたちに常に送っているそうです。それを分けて貰いました」

 「「え?」」


 二人はシルヴィアの顔を見て止まった。

 

 「ちょっと、これ。なんで持ち歩いてるの? 普通お家に置いておくものじゃ」

 アンが当たり前のことを聞くと。

 「後生大事にすると言ったので」

 シルヴィアは当り前じゃないことを言った。

 「あなた、これは温度が一定の方が絶対にいいのよ。だから日が当たらないようにしないと」

 サティが当たり前のことで忠告した。

 「はい。ですから私の胸の内ポケットにですね。入れて置けばよいのかと」

 シルヴィアはまた当たり前でないことを言った。

 

 話が通じない!

 二人はシルヴィアのせいで頭が痛くなってしまう。

 

 「シルヴィ、少々頂いてもよろしいですか?」

 サティが聞くと。

 「え!? ・・・いいでしょう。ど、どうぞ」

 声が震えるシルヴィアは苦渋の許可を出した。

 

 サティは、手の甲にちょっぴりだけクリームを取り出して、薄く手の甲全体に馴染ませた。

 そして、その手を太陽にかざすと、手が輝いたように見えた。


 「これは……なんとまあ良質でありますね。あなた、その殿方は誰なんです?」

 クリームの品質に満足しているサティがシルヴィアに聞いた。

 「それは・・・流石に言えません。彼のご迷惑になるので。立場が立場であります…」

 「どういうこと? その人、貴族じゃないの?」

 アンが普通に聞いた。

 「・・・・・・・・アン姉様! サティ姉様!」

 「「は、はい」」

 シルヴィアの勢いに押されながら、二人は返事をした。 

 「今から言う事を内緒にしてもらえますか! 二人を信用するので、絶対に! 絶対に! 秘密に!」

 シルヴィアの目が血走る。

 「ええ」「いいよ。わかった」

 二人が頷いたので、シルヴィアは話しだした。


 「彼。サナリアの王子なんです」

 「なんですって」「なんだって」

 「「サナリアの王子!!??」」

 

 こうして、三人の姉妹は楽しい会話をしたのでした。

 シルヴィアの思い人は、属国の王子であったのです。

 宗主国のお姫様と属国の王子の物語は、宗主国のお姫様の恋から始まったものでした。

 

 

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