第二章 人質王子の基盤
第21話 青と赤の二つ星
帝国歴515年8月。
フュンがこちらに来て三カ月ほどが経ったある日の昼すぎ。
帝都での生活に慣れ始めたフュンたちは、穏やかな日常を過ごしていた。
台所で食事の片づけと晩御飯の軽い準備をしようと動いているアイネが、『しまった。忘れてました』と声を出して慌てふためいた。
「あ! 胡椒を切らしてしまいました。王子! 私、お買い物に行ってきますね」
彼女の向かいにいるフュンは、健康スープを作る時の料理の美味しさを保つためには、どう工夫すればいいのかと料理実験をしていた所だった。
コトコト煮込んだ後の真っ白なスープの中に、様々な調味料を試していたようで、それなら、僕が買うのがちょうどよいと思ってしまったのである。
アイネを見つめ返すフュンは笑顔だった。
「あ、そうですか。ならちょうどよかった。僕が買い物に行ってきますね。いってきま~す」
改良するには調味料が欲しい。
その思いだけでフュンは行動を起こしていた。
「え!? 駄目ですよ。王子、王子ぃいいい」
王子が一人で買い物など、とんでもない。
彼女は必死に引き留めようとしたが、時すでにもう遅し。
彼は颯爽と市場に行ってしまったのである。
◇
「はっ。とお。せい」
この日のゼファーは裏にある庭ではなく、屋敷の表。
玄関先の庭で槍の鍛錬をしていた。
屋敷から慌てて出て行く王子を見る。
「殿下! どちらへいかれるので?」
走る王子を少しだけ引き止めた。
王子はその場でジョギングしていて今にも走っていきたそうであるが、ゼファーに話しかけられたもんだから無視するわけにもいかない。
「すぐそこですよ。ゼファー殿はついて来なくていいですよ。すぐ帰って来るのでね」
「わかりました。では、お早めにお帰り下さいね」
「は~い。そうしますよぉ。鍛錬、頑張ってくださいねぇ」
「はい。殿下。精進します」
フュンと暮らすと皆、フュンに似てくるらしい。
暢気にもゼファーは、フュンの身を心配せずに許可を出した。
「ふん! はっ!」
人質とは思えないほどに、のんびりしている主従である。
◇
露店通りに到着したフュンは、アイネの欲しい胡椒以外にも自分が必要とする調味料を買い足していきたいと思い、しばらく通りを歩いて色々なものを調査していった。
市場で物を売る商人のおじさんたちから情報を聞き回っていると、お店とお店の間でうつ伏せに倒れている子供を発見した。
小さな男の子と女の子である。
青い髪の男の子が。
「お腹」
赤い髪の女の子が。
「空いた」
と言った直後。
体が仰向けになるととフュンは、ギョッとした。
二人の顔が瓜二つであったのだ。
「むむむ。お腹」「およよよ。すいた」
男の子と女の子がフュンの目を見て言う。
それ以上は何も言わず、目だけがお腹がすいたと訴えていた。
それを察してあげたフュンは。
「あははは、それじゃ何か買ってあげようか。ちょうど僕はお金持ってるよ。僕についてくるかい?」
二人に提案してあげた。
「「おおお。神だ」」
二人は手を合わせて拝む。
「……なんとも大袈裟だな。まあいいか。ほらほら。ここに寝転んでると服が汚れちゃうからね。僕と一緒に行こうか。はぐれたら大変だからね。手を繋いでいこう」
「「おおお。優しい! 神だ!」」
こうして、フュンは運命の男女と出会った。
小さな可愛らしい男女の双子は彼の最大の……。
それは後の話である。
◇
帰宅後。
「で、殿下。なんですか。そのお姿は!?」
今までずっと鍛錬を続けていたゼファーが、手を止めた。
「いや、まあ。なんかこんな感じになってしまって。あははは」
フュンの体に纏わりつくように男女の双子がいた。
ペタペタと体をくっつけて、頭によじ登っていったり、腰の辺りにしがみついたり、足にぶら下がったりと、至る所に移動している。
「なんだ、このガキは! 離れろ! 殿下のお体から離れろ!!」
「殿下?」「殿下?」
男女の双子はそれぞれが疑問に持つ。
最後に息を合わせた。
「「殿下!」」
双子はフュンの顔を見つめると、フュンは笑顔で応えてくれた。
嬉しそうにする双子はまだ体に貼り付いている。
「はい。殿下ですよ。それでなんで、まだ君たちは僕のそばにいるのかな? お腹はもう膨れたんじゃないの。なんで僕についてきてるのかな?」
男の子が先に話して女の子が続く。
これが定番であるらしい。
「殿下」「気に入った」
「食べた」「殿下!」
「はいはい。ご飯食べられてよかったね。それじゃあ、君たちのお家に帰してあげるからね。ほら、僕から降りてお家に帰ろうか」
二人で一つの会話をしてくる兄妹。
わかりにくい表現であるが、フュンは難なく会話が出来ていた。
「殿下!」「嫌だ」
「ここがいい」「何か食べたい」
「ええ。まだ食べるの。しょうがないな。じゃあ、食べたらお家に帰るからね」
中々の食事量を与えたはずなのになぁとフュンは思った。
「うん」「殿下!」
「ありがと」「大好き」
「はいはい。それじゃあ、お屋敷に入りますよぉ」
フュンはそのまま二人に抱き着かれたまま屋敷に入る。
あとを追いかけるようにゼファーも続いた。
「ちょっ。ちょっと・・・で、殿下。なんですか、そいつらは。ちょっと待ってください。なぜ殿下は普通にしているのです。ちょっと殿下。待ってくださいよ」
さすがのゼファーでも、この状況にたじろいでいた。
主君が意味の分からない双子に絡まれているのだけども、主君はそれをまったく気にしていない。
何たる状況なのだと鍛錬も中断せざるを得なかった。
◇
庭にいた四人は屋敷のリビングへ。
小さな食卓テーブルにフュンは二人を並べて座らせた。
この屋敷。
屋敷としてはあまり大きくないのはご存じの通り。
だからこそ、食事をするテーブルも王宮の頃より遥かに小さい。
でもこちらの方がフュンとしては気に入っていて、皆と顔を合わせて一緒に食事がとれるので喜んでいるものなのだ。
心が寂しくなるような食事はこちらに来てから一度もない。
毎日が楽しい食事会なのだ。
息苦しいものになると思っていた人質生活も、皆がいれば何も苦しくなかった。
人質であるフュンは意外と日々を楽しんで暮らせていた。
それはたぶん、ささやかなことを幸せであると感じる事が出来るからだ。
「アイネさん、この子たちに何か食べさせるものってありますか?」
「はい。ではご用意しますね。お待ちを」
「ありがとうございます」
フュンが食事を用意してくれるアイネに感謝を述べると。
「
双子がフュンを真似して感謝を述べる。
「はい。どういたしまして」
笑顔でアイネは双子に答えた。
◇
アイネが用意したのはホクホクに蒸したジャガイモだ。
今は、こんなシンプルなものしか用意できないのは、先程の通りで彼女はまだ夕食の準備をしていない、するところだったのだ。
それでもイチから用意してくれるあたり、彼女もまたお人好しであるだろう。
いや、主に似てきたのだ。
やはりフュンと暮らすと皆、お人好しになってしまうようだ。
「はい、どうぞ。お召し上がりください」
「わあ」「およよ」
「「いただきます」」
二人が手を合わせてから食べ始めた。
「王子。この子たちは? 一体、誰でしょうか?」
「さあ? 僕にもさっぱり」
「え?」
見ず知らずの者を屋敷に招いていることに、アイネはいくらなんでもそれはないんじゃないかと驚いた。
「いや、それがですね。たまたま、いき倒れている所を拾っただけなんですよねぇ。だから、まだこの子たちのことをよく分からないんですよね」
「・・・・・へ!? そ、そんな王子。誰とも分からぬものを拾って来たのですか」
「殿下。それでは危ないですよ。こやつらが刺客だったらどうするのですか」
ゼファーもようやく落ち着いて話せるようになった。
二人の指摘はごもっともである。
「え!? この子たちがまさか。ありえないですよ。純粋なまでに白です。この子らの魂は真っ白ですよ」
フュンがそう答えると、すでにジャガイモを三個ずつ平らげた兄妹が皿を持った。
「美味しい」「食べた」
「食べたい」「もうちょっと」
笑顔のアイネが皿を受け取り台所に消えると、二人はその彼女の背を見た後に、フュンに体を向けた。
「殿下!」「名前は?」
「ああ、そうでしたね。僕はフュンですよ。君たちは?」
双子は椅子から降りた。
ここでも男の子からが先である。
「ニール」「ルージュ」
「そうですか。ニール君とルージュさんですね。ん???」
双子は首を横に振った。
「ニール!」「ルージュ!」
さっきよりも強く名前を言ってきた。
「ああ。なるほど。わかりましたよ」
フュンは双子の真意を理解した。
「ニール。ルージュと呼べばいいのですね。ではよろしく。ニール。ルージュ」
「うん」「よろしく」
フュンが二人に握手を求めると、嬉しそうに二人が飛びついて、またフュンの体を這いずり回っていく。
フュンが止まり木で、この双子がその木の蜜に群がる虫のようである。
「貴様らぁ。いい加減にしろ。殿下から離れろ。コラ、コラ、コラああああ」
フュンから双子を引き離そうとするも、双子はゼファーを意に介さない。
動きが異様に良く、槍の名手であるはずのゼファーでもその速さについていけずにいる。
「な、なんだこの双子は。いい加減にしろ!」
「フュン!」「好き」
「きらい」「こいつ」
「なんだと! この生意気なガキがぁ」
「まあまあ、ゼファー殿。この子たちはまだ子供ですよ。それに僕はそんなに困ってないので、無理に引き離さなくてもいいですって」
そんな会話の後。一旦奥に引っ込んでいたアイネが来た。
「はい。ジャガイモのおかわりですよ。食べたいって言ってましたからね」
「「わーい」」
「好き」「姉ね」
「「大好き」」
「はい。ありがとうございます」
アイネが双子の世話をしてくれたのである。
結局アイネもフュンの味方であった。
◇
一段落した後。
「ニール、ルージュ。君たちのお家に帰ろうね。僕も一緒についていくからさ」
「えええ」「およよ」
「もう少し」「いる」
口をとがらせている双子は不満げであった。
帰るのを拒絶していた。
「駄目ですよ。お家の人が心配しますからね。いきますよ~」
「心配ない」「ない」
「あいつ」「放任主義」
「え? それは……どういうことでしょう?」
フュンは双子ではなく、ゼファーとアイネの顔を見た。
さすがに二人にも意味が分からなかった。
「と、とりあえず王子。親御さんの元に返しにいきませんか? このまま私たちの屋敷にとどめるのも悪いと思いますし」
「そうですよね」
「それがいいです。こんな得体のしれないガキ。さっさと追っ払った方がいいです」
ゼファーが双子を追い出しにかかると、双子はゼファーを指さした。
「こいつ」「嫌い」
「なんだとぉ~~~」
「まあまあゼファー殿。この子たち、子供ですよ。ムキになったりしたら駄目ですよ。それでは皆でこの子たちのお家に行きますか」
フュンたちは双子の家へと向かったのだった。
◇
双子の家は帝都の東地区にある住宅街の中らしい。
歩く道のりが普通の住宅街の方じゃなかった。
東地区は貴族の屋敷が多く存在している。
しかも、この子たちが案内したのは、上流貴族の御屋敷が並び建つ区画だった。
まさか。
この子たちの親は貴族でも高名な人なのかと、三人は驚きを隠せずに住宅街を歩いていた。
「で、殿下。どうするのです。とてもお偉い御方でしたら」
「そうですね。でも子供をお届けするだけですし、大丈夫でしょう」
「あ! どうしましょう」
アイネが何かに気づく。
「どうしました? アイネさん」
「王子! 私たち、手ぶらで来てしまいましたよ。何か手土産でも」
「あははは、それは大丈夫でしょう。こちらが勝手にやることですし、そっとこの子たちを返しておけばいいのです」
「そ、そうですか。失礼に当たるのかと」
アイネは気にし過ぎていた。
そもそも良い事をしている方がお礼を渡すのも、なんかおかしい話である。
「殿下」「あっち」
「曲がって」「そこから左のとこ」
「あそこなんだね。わかったよ」
双子が指を指した先に向かうと三人は驚いた。
ここら一帯でも大きい屋敷に到着したからである。
下手をしたらサナリアの王宮くらいの大きさかもしれないと三人は屋敷を見上げた。
「そ、それじゃあ、ニール。ルージュ。中に入るにはどうするんだい。勝手に入ればいいのかな」
「うん」「いいよ」
正面の広い門から庭を歩き、玄関に到着した。
「じゃあ、声をかけるよ・・・すみま・・」
呼び出しのベルを鳴らそうと、フュンが前に出たら。
「だめ」「ここじゃない」
「あっち」「あそこ」
何故か双子に止められた。
双子が屋敷の横にある花壇の通りを指さしたので、二人はそっちへと進もうとするも、ゼファーだけはまだ玄関にいた。
「なぜに。ここに呼び出しのベルがあるではないか。引っ張ればいいのだろ?」
ゼファーは、呼び出しのベルを鳴らそうと、ひもを引っ張ろうとした。
「お前」「駄目!」
「え? なんだって?」
ゼファーは双子に聞き返したが、すでに遅い。
彼はひもを引っ張っていた。
これで、ベルが鳴るのかと思いきや。
【ガッタン】
「うおおおおお。な、なぜ」
頭の上から大きな岩が落ちてきた。
ゼファーは反応よく右にかわす。
「ふぅ~。なぜ屋敷から岩が?」
「お前」「ご愁傷様」
「は? 何を言って・・・・うわああああ」
ゼファーは悲鳴をあげた。
「ぜ、ゼファー殿!?」
「ゼファーさん!?」
岩を避けた先の地面が扉のように開いた。
いきなり出来た落とし穴にゼファーは吸い込まれるように消えてしまう。
「な!? これはどういう!?」
「殿下」「先にいこう」
「いやいや、駄目でしょ。今、ゼファー殿を助けねば」
「大丈夫」「牢屋にいる」
「へ!? ろ、牢屋!?」
双子が言うには、ゼファーは屋敷の牢屋にいるらしい。
一体これは何が起きているのかと、フュンとアイネは目をパチパチさせて見つめ合っていた。
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