第14話 帝都案内

 普通の一軒家のようにも見えるフュンのこぢんまりとしたお屋敷前に、ジークはお供を連れてやって来た。

 商会メンバーのフィックス、キロック、イグロである。

 王族でもあり、商人でもあるジークは、普段から貴族流の服装を好まないみたいで、町人みたいな軽装をしていた。

 そんな人物に対してフュンは、失礼のないように正装して仰々しくていた。

 遊ぶにしては対照的な格好の二人であった。

 

 「フュン殿ぉ。随分、堅苦しい服を着てるね。でもまあいいか。じゃあ、話し方だけでも楽になろう。俺は気楽に話しかけるよ。いいかな?」

 「は、はい。もちろんです」

 

 商人の時のジークが一番接しやすいから、フュンとゼファーは素直に頷いた。


 「いいね! もっと楽にいこうね」


 ジークの笑顔がこぼれる。


 「イグロ。フィックス。ここから市場へ頼む。あそこから案内していこう」


 イグロとフィックスにそう伝えて、ジークが二人を馬車へエスコートした。


 「へいへい。わかりましたよ。旦那も人使い荒いんだから。はぁ」

 「・・・・・・」

 「ごめんなさい。僕のせいで」


 フュンが頭を下げると、御者のイグロは黙っていて、馬車の中のフィックスがため息をついた。


 「いえいえ。坊ちゃんのせいじゃないです。旦那が酷いんですよ」

 「そうだそうだ。旦那が悪りいんだぁ!」


 馬車の中にいたキロックが訂正すると追従してフィックスが賛成する。

 悪いのはジークであると。


 ジークと普段から仲の良いこちらの人物たちは、ただの遊びの移動でも付き合ってくれる気のいい人たちである。

 キロック、フィックス、イグロ。

 この三人がジークの商会の幹部でもある。

 キロックとフィックスはおしゃべりであるが、イグロは話すことが珍しいほどの無口。

 今も黙々と馬車を動かしていて、黙って仕事を完遂するタイプだ。

 無駄口を叩かない。余計な事をしない。体力はある。

 おしゃべり商会の中で最も貴重な男である。


 

 ◇


 帝都の市場通り。

 お店の数に、そのお店で販売している商品の種類。

 その何もかもが、サナリアとは違っていて多いし豊富。

 賑わう人々の数にも圧倒されているフュンとゼファーは、ジークの後に馬車から降りた。

 帝都中を繋ぐ舗装されたレンガの道路はサナリアにはない道。

 歩きやすい地面に驚きながら二人は会話する。


 「どうですかな。この賑わいに驚いたかな?」

 「ええ。凄いですね。サナリアとは大違いです」

 「……驚きました」

 

 二人はこの市場の様子に感動して、呆然と立っていた。

 どこを見ても賑わうのは、サナリアの王都ではありえない事だからだ。



 「今ここが市場通りと言ってあらゆるものの流通を促している場所でもあるんですよ。あとこの通りにはレストランがありますね。食事処があるんだよ」


 ジークは今いる場所。

 市場通りの中央噴水広場の地面を指さしてから次に右を指さした。


 「それで、あっちが。露店通り。軽食などだね。簡単に手に入るものが売ってるよ」


 次に左を指さす。


 「で、あっちが雑貨屋通りで、小物類が売ってるんだ。貴族以外の市民はこの東西に分かれた通りによく買い物に来るんだ。ここを起点にして覚えれば、楽に道を覚えることが出来るからね。まあ、帝都に慣れたら通ってみてよ!」

 「そうですね。ここが目印ですね。わかりやすいかもしれませんね」

 「そういうこと。それじゃあ、しばらくは露店から回っていこう」

 「「は、はい」」

 

 牛や豚の串焼き。飴細工などの砂糖を使ったお菓子などなど。

 サナリアでは育てることが出来ない家畜に、サナリアでは希少な砂糖をふんだんに使用したお菓子。

 目に映るものが真新しい物ばかりで、あらゆるものには興味深々なフュンは、これらにそんなに興味を示していない普段通りのゼファーを置いて勝手に一人で興奮していた。

 ジークに深い感謝をしつつ、心の底から今を楽しんでいたのだ。


 そして、案内されてから、時間が経ち・・・・・。


 たまたま三人の後方にいたフュンは気になる碧い輝きを放つ宝石が目についてしまい、立ち止まった。

 その時に泣いている子供の声が後ろから聞こえた。

 大声で泣く子が気になったフュンは、露店通りの隅で顔を腫らして泣きじゃくっている男の子に近づいた。


 「どうしたの? 迷子かな?」

 「・・お母さん・・・お母さんがいないんだ」


 男の子は両目から流れる涙を手で拭う。


 「そっか。どこに行ったか分かるかな? いなくなった場所とか?」

 「ここにきたらいなくなった・・・・もういない」 

 「んんん。そっか。じゃあ、僕も一緒に探してあげるよ。君はどこから来たのかな?」

 「・・・あっち!」

 「よし、じゃあ、一緒に行こうね」

 「・・・うん」


 そう言ってフュンは男の子の手を握ってお母さんを探しに行ってしまったのだった。

 先を行く二人に知らせればいいもののフュンはそれを伝えていない。

 気付いていない二人はどんどん先へと進んでいき、彼らとは反対に向かうことになるフュンは二人とは別な場所へと行き離れていく。

 

 「この子のお母さんいますか!?」

 

 噴水を越えて、雑貨屋通りをしばし歩いて気付く。


 「ん? 君は、なに君だ? あれ、君の名前は?」


 一刻も早く探してあげたくて、男の子の名前を聞いていなかった。



 ◇


 「例の人物が一人になった。ここからが勝負だぞ。気を引き締めろ」

 

 リーダー格の男は首筋を気にする。

 むず痒いのか刺青付近を掻いて服の襟を伸ばした。


 「・・・やったな。これが成功すりゃ・・・金持ちだ!」

 「そうだな。俺たち大金持ちになるわ。しばらくは楽して暮せるぞ」

 「なあ、上手くいくかな。さっきまであいつのそばにいたのは、あの皇子だぞ」

 

 黒ずくめの男四人は、建物の影からフュンを監視していた。

 

 「おいお前な。新人だからってあまりビビるなよ。もうやるしかないんだよ」

 「わかってるよ。でもさ。あの皇子の方は只物じゃないんだろ。ある情報によりゃさ」

 「まあな。身のこなしがおかしいからな。おそらく、俺たちよりも強いのかも」


 四人の男たちの中に一人新人がいた。

 初任務で、不安なことばかりを口走っていた。


 「じゃ、じゃあ。やばいんじゃ」

 「今、その男がいねえだろうが。何を不安に思ってんだよ」


 リーダーの男は、襟を立てて首を隠した。


 「いや。だって、もし足が付いてしまったらさ・・・俺たち只じゃすまないんじゃ」

 「大丈夫だって。今、あいつ一人だろ。誰にも知られずに襲い掛かれるチャンスは来るからよ。安心しろ」

 「そうだ。俺がタイミングを知らせるから、お前は前方と背後を警戒するだけで、戦わなくていい。真ん中にいろ」


 リーダの男は的確に指示を出す。

 狙うタイミングはこちらが判断するからついて来るだけでいいと。


 「・・・あ、ああ。そうするよ」


 優しくて暢気な王子の背後には、複数の黒い影が迫っていた。

 帝国での怪しい動きは、フュンにも襲い掛かっていたのだ。


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