第13話 ダーレー家の兄妹

 「あ。あなたは、立ち往生していた時に馬車にいた方ですよね。あれ、なぜここに? あ、そうか。商人・・・そうか、あなたは有名な方だったのですね」


 こういう表だった場では、感情を押さえつけているフュンであっても、ジークの登場にはさすがに感情が揺さぶられた。

 「また会えたらいいですね」なんて、軽い別れの挨拶をした程度であったから、こんなところで、こんなにも簡単に出会うとは思わなかったのだ。


 「いえいえ。今の私は、商人のジークではありません。フュン殿。あの時、名乗っていませんでしたが、私の本当の名はジークハイド・ダーレー。帝国の皇子の中で末子であり。数字としては第六皇子であります」


 貴族流の綺麗なお辞儀をジークがした。


 「私はあなた様に感謝を伝えに、この場にやって参りました」

 「…え!? 感謝?」


 ジークがこういう貴族たちの集まりに出てくるのが珍しいがために、会場中が少しざわついている。

 会場の人々の視線が次第にヌロからジークへと移り始めた。

 しかし、このままジークに主導権を握られたくないヌロは、ジークを追い出しにかかろうとする。


 「ジーク! 私を無視してこいつに挨拶するな。許さん。出ていけ」

 「無視? はて何のことでしょうかね。兄上。私は兄上を無視などしておりませんよ。先ほど、兄上に話しかけたではないですか。やだなぁもう。すっかりお忘れになられて・・・。いやまさか、こんな短い時間で、どこかに記憶でも置いてきたのでしょうか? もしや、ずっとお忙しかったので、頭が働いてないのでは! それは大変だ。今すぐにでも、お休みになられた方がいい。今日はもうお帰りになられて、早めにベッドに横になった方がよいでしょう。兄上」


 嫌み満点。笑顔満点。

 これがセットなのが、王族の時のジークだ。

 厭らしさ全開の口撃に、ヌロの怒りのボルテージは高まる一方だった。


 「あと私が、兄上を愚弄をするなど、百万年経とうがありえない話ですよ。私は生まれてからずっとお慕いしているのです。それをまたとはなんですか。またとは。一度も愚弄したことがないのに。なんだか、いつも私が兄上を愚弄しているかの言い方で……まったく失礼ですね。兄上は」


 ジークはこう言っておきながら、自分の襟を直した。

 思ってもないことを言っているのが見え見えである。

 

 「き・・・きさま・・・あああ」


 雄弁であるジークの口撃は、ヌロの頭の中をかき乱す。


 「兄上・・・今からでもいいのでね。顔でも洗ってきたらよろしいかとおもいますね。特に眼を重点的に洗った方がよろしいかと。そしたらこちらの御仁の見方が変わるやもしれません。節穴な眼を幾分か和らげる効果があるやもしれませんよ」

 「な、なんだと。貴様ぁぁぁぁあああ」

 「まあまあ。このような場で大声など、みっともないですな。叫んではいけませんぞ。兄上はまるで犬ですぞ。それでは皆から負け犬に見られてしまいますよ。駄目ですよ兄上ぇ」

 「ぐぬぬぬぬぬ」


 さっきまで偉そうに講釈をたれていたヌロが子供の様に癇癪を起こしかけていた。

 ヌロがギリギリの所で正気を保っているのは、自分の事を心配そうに見つめる糞の掃きだめのような貴族たちのおかげだ。

 飄々とその上淡々としているジークのペースに会場の全てが乗せられていた。


 「まあまあ、兄上。そんなに怒らないで。挨拶のお時間をもらいますよ」


 茶会はここからジークの独壇場となる。

 開催したのはターク家であるのに、主催はダーレー家であるかのようになっていくのだ。

 

 「いやいや、皆さん。こちらの茶会にお集り頂いてね。王族として大変感謝を申し上げます。わたくし、ジークでございますよ。まあ、皆さんなら私のことを知っていると思いますがね。私は皇子でありながら、商人でもありますからね。それもかな~り有名な商人ですからね。なので皆さん方からの信頼度は抜群! 皆様がどのような物を手にしているのか。よく分かっていますからね。だから、私って真実しか話さないのを知っていますよね。どうでしょうかねぇ? 皆さん。私ってそういう男でしょう?」


 ジークは目で皆を脅す。

 俺は、お前らが普段からどんなものを購入しているのか。

 その情報を逐一得ているのだぞ。

 お前は遊びたいイイ女を。

 お前は旦那以外の男を。

 お前は気分を良くしたい薬物を。

 と貴様らの弱みを握っているのはこの俺だと。

 目で語っていた。


 銀色の美しい髪は、夜の中で怪しく光り出す月。

 この煌めきは、美しさ以上に邪悪さを持って輝く。

 微笑むジークを見て、会場の人々の中には冷や汗を出し続ける者や、喉の奥からだらだらと出てくる唾を飲み込む者も出てきた。

 貴族たちは焦りの感情にも支配され始める。


 「で! 私はこれからお伝えすることを信用して欲しいんですよ。いいでしょうかね?」

 

 会場にいる人間たちは黙って頷く。

 ある種の恐怖でそれしか出来ない。


 「よろしい。いい子ですね。皆さんは。兄上なんかと違って。大変よろしい」


 ジークは常に兄を馬鹿にすることを忘れない。

 苦虫を噛んだような顔をするヌロを無視して話を進める。


 「ではでは。ちょいとこちらにフュン殿」

 「わ、わたしですか? は、はい」


 ジークはフュンを自分の隣に呼び寄せて肩を抱いた。

 嬉しそうな顔をするジークは話をさらに進める。


 「よいですか皆さん。こちらのフュン殿が謁見に遅れたのは、私の馬車を助けていたからですよ。それに、フュン殿が泥だらけだったのは、私の馬車がぬかるみに足を取られて立ち往生していた所を助けてくれたからです。こちらの御仁は懸命に私の馬車を押してくれたのです」


 ジークは本当のことをやや大げさに言い始めた。


 「私の馬車はですね。それはそれは大変なことになってました。あのぬかるみは本当に厳しかった。馬車を押すのだって苦労するほどでしてね。ええ。ええ。この馬車をどれほど押せば、私たちは救われるのだろうかなんて途方に暮れていました。・・・っと、そんな私共の元に、こちらのフュン殿が颯爽と現れて助けてくれたのです。ですから、今回の遅刻の件は私の落ち度なのですよ。フュン殿は悪くないのです。皆さん。お分かりになって頂けましたかな? どうですかな? 皆さん!!」


 あなたは押してませんでしたよね?

 あなたは優雅に馬車の中にいましたよね? 

 という当然の疑問をゼファーは胸に秘めていた。

 あたかも自分も一緒になって押しているようなそぶりだったもので、ついついゼファーは心の中でツッコミを入れてしまっていた。


 こうして、ジークの脅しのおかげで皆の誤解を解くことには成功したのである。

 この場でフュンの評価は若干上がった。

 とりあえず遅刻の件でこれ以上とやかく言われることは無くなったのである。


 「皆さんのお顔がよろしそうでなによりですね。はい、それでは、皆さん乾杯! 楽しんでいきましょうね!」

 「「か、乾杯」」


 ヌロから主導権を奪ったジークが、会場中の者に呼び掛けて挨拶が終わり、茶会は終盤へと向かう。



 ◇


 演説後、フュンはジークのそばにいた。


 「いやはや。あなたのような親切な御仁にね。なんて失礼な事を働く連中なんでしょうかね。全く王族とは嫌ですな! ハハハハ」

 「い、いえ。王族とは、ああいうものではないのでしょうか・・・」

 「…ん。そうですか。では、私もですかな。フュン殿」


 ジークがからかって聞いたのが分かっているフュン。

 でも彼は真面目に答えた。


 「いえいえ。あなたからはそのような気配を感じませんよ。若干濁っていますが、あなたは心が綺麗です」

 「濁っている? 綺麗?」

 「ええ、心の芯の部分から善の心を感じます。それが少しだけ濁っているというのはその周りが黒くなっているから。表面だけが黒いという事は、悪を知り、悪に心が染まらない証。ここから分かるあなたの性質は、僕の理想だ。母が言っていたプラスマイナスゼロの人です」

 「???」


 フュンの言っていることがよく分からないジークは首を傾げた。


 「ちょっと分かりにくいですけど。僕の母はですね。善の心と悪の心の両方を持たなくては、王宮では生きていけないと、亡くなる前に教えてくれたのです。両方を持ってプラスマイナスゼロにする。この状態を保たねばならないと言っていたのです。たぶん無の境地に近づけろという事だと僕は勝手に解釈しています」 

 「なるほど。フュン殿の母上というのは素晴らしい方ですな。王族の立場をよく理解している。なるほどね。だからあなたの眼から、力を感じるのか」


 ジークにしては珍しく真剣な表情をした。

 美しい顔立ちであるので悩ましい顔をすると艶めかしさが出てくる。

 

 う~んと唸り続けるジークの隣に、別の銀髪が寄り添ってきた。

 繊細な銀髪がふわりと揺れているのを見ようともしていないのに、ジークは後ろを振り向かずに話し出した。

 

 「おお。我が愛しい妹よ。元気だったか」

 「兄様。こちらに来るなら来ると。私に連絡を入れてもらえませんでしょうか。ただでさえ、兄様とは。いつ、どこで会えるのかわからないのですよ。それにさっきのはなんですか。肝まで冷やされることになるとは。まったく。どこまで自由な人なのですか。迷惑です」


 さあ、何のことだとジークは肩をすくめてとぼけた。


 「あ、その様子だと何がと思ってますね。いいですか。ジーク兄様に急に会うことと、先程の演説のことですよ。ジーク兄様は相変わらずですね。他の兄様たちをからかう事を忘れません。それはやめなさいといつも言っているのに」

 「おお。そうかそうか。でもお前も思っていることだろ。王族なんてあんなもんだと」

 「まあ、そうですね。汚い事をしますよね。私は、ああいう事が好きではありません」

 「なら別にいいだろう。私だって好かんのだよ。公の場で人を咎めるなんてな。陰湿で好かんのだ。やるならタイマン勝負だな。舌戦がいい!」

 「はぁ。兄様と舌戦が出来る人物など、先生しかいませんでしょうに。誰が兄様の口に勝てるのですか」

 「おお。そうだな。せっかく俺も帝都に帰って来たんだし、あいつにも会っておこうか。フュン殿。この後、予定とかありますかな? 今すぐじゃないですが、ちょっと私に付き合ってほしいのですよ。あなたに会ってほしい人もいるんですよね」

 「え!? ぼく・・あ、私ですか!」


 フュンは、公の場であるため私を使用しようと必死である。

 慣れないために僕が出てきてしまうのである。


 「ええ。どうでしょう?」

 「わかりました。よろしくお願いします」

 「よかったぁ。ではあの時のお礼は、私が帝都を案内することにしましょうね」

 「は、はい。それは助かります。ありがとうございます」


 ジークは楽しそうにしていた。

 それが珍しいと感じるシルヴィアは訝しげな顔で話す。


 「兄様が笑顔でいることが恐ろしい。何を企んでいるのです。ぜひ私にも教えていただきたい。いつも一人で突っ走るので、本当にいい加減にしてほしいです」

 「ハハハハ。まあ気にするな。お前には迷惑はかけん。それに俺は愛しい妹だけは何が何でも守ってやるからな。お前は気にせず帝国に尽くしていろ。俺に任せろ。ハハハハ」

 「はぁ。疲れます」

 「そうかそうか。休め!」

 「はぁ、体ではありません。心が疲れます。兄様の相手は疲れるのです」

 「なに!? そんな寂しいことを言うなよ」


 とても仲の良い兄妹。

 それがダーレー家の兄妹である。


 「お二人は、とても仲が良いのですね。羨ましいです。僕の兄弟は、こうではありませんから、本当に羨ましい。あははは」

 「ええ。自慢の妹で。仲がいいんですよ」「兄様とは、仲がよくありません」

 「え?」


 二人が同時に違うことを言ったのでフュンは驚く。

 でもどう見ても仲がよかったのだ。

 言いたいことを言い合える兄妹は、自分の兄弟とは違う。

 仲がいいですねと二人に言っておきながら、フュンはちょっぴり寂しい気持ちになっていた所だった。


 「いや、仲はいいだろ」「いいえ。私は兄様と接点がありませんから」

 「妹よ・・・寂しいことを言うなよ」

 「私に寂しい事を言われたくなかったら、もう少し帝都にいらっしゃったらどうです。フラフラ帝国中を歩き回らずにです」

 「まあ、それもそうだな。しばらくはキロックに任せてみるか……」


 ジークは顎に手をかけて考え込んだ。

 一言も話さなくなり、共通の話し相手を失ったフュンとシルヴィアは困ってしまう。

 たぶん自分の方が年長者だと思ったシルヴィアの方が歩み寄っていった。

 

 「王子。私は帝国第五皇女シルヴィア・ダーレーであります。以後お見知りおきを。兄様を窮地から救っていただいたようで、ありがとうございます。感謝致します」


 美しい銀の髪がサラサラと動いた。

 頭を軽く下げる仕草も機敏で戦士のようだった。


 「シルヴィア様ですね。私はサナリア王国第一王子フュン・メイダルフィアです・・・・あの。あの時の事はたまたまでして、そんなに真剣にお礼を言われるような事をしていないので、あまり深く考えなくていいですよ。あははは」

 「いえ。こちらとしてはですね。大変感謝します。兄様を助けようとする者なんて、帝国にはいませんからね。それに兄様というどうしようもない人間はですね。今まで様々な方にご迷惑をおかけしているので・・・はい」


 妹は兄に対して、だいぶ辛辣である……。


 「それで、どうやら兄様はあなたを気に入ったらしくて、これからご迷惑をおかけしますから。あらかじめのご了承と謝罪を受けてもらいたい。ごめんなさい」


 兄に対して、更に大変失礼なことを申し上げているが、シルヴィアの態度が、大変ご丁寧なためにそう聞こえないのが不思議であった。


 「え!? 僕を気に入る?・・・いやいや私をですか!? いや、それは大変光栄なことなんですけども。ああ、あと僕は迷惑だなんて考えないですよ。むしろ、こちらこそご迷惑をおかけすると思うので、これから仲良くしてもらえると嬉しいです」

 「ふふふ。あなたはとても良い方のようだ。最初に抱いた恐怖は私の勘違いであったようで」


 シルヴィアが珍しく笑うと、ジークがシルヴィアの耳に近づく。

 小声で話しかけてきた。

 声が聞こえないフュンは、二人の邪魔にならないように黙って首を傾げて見つめていた。


 「それは勘違いではないぞ、妹よ。こちらのフュン殿の吸い込まれるような瞳の力に恐怖を抱いたのだな?」

 「…え!? なぜそれを」

 「うむ。俺も最初に会った時に同じような感覚を得たんだ。何かを見通すような力をな」

 「…兄様もですか!? 私もです」

 「そうだろう。そしてさっきフュン殿は俺の本質を見破ってきた。こちらのフュン殿は相手の心を見通す力を持つようだぞ。凄い人だ……だから、お前もすぐに見破られるぞ。ああ、まあ、お前は単純だからな。誰が見ても結果は分かるか」

 「あ、言いましたね。この!」


 シルヴィアがヒールのかかと部分でジークの足を踏んだ。

 痛がるジークは涙目になってフュンに助けを求めようとするところに、シルヴィアがその姿を隠すように前に出てきた。

 こんな恥ずかしい兄を見せるのは自分の恥である。

 どうしようもない兄など、人目に触れさせてはいけないのだ。

 兄に厳しい妹である。


 「フュン殿」

 「は、はい」

 「私は……私の心はどのようなものでしょうか。兄様を見たのでしょう。どうですか?」

 「え? そ、そうですね」


 フュンは真剣にシルヴィアを見つめた。

 その人間の本質を探る能力は持って生まれたものではなく、幼少の頃から次第に培われたもの。

 母を失い、自分が生き残るために得た能力である。

 人を見極めねば、何の後ろ盾もない少年は王宮で生きていけない。

 悲しい背景がある能力である。


 「シルヴィア様はですね・・・・・・そうですねぇ。色で言うならば真っ白ですね。純白です。しかもここから見えるのは、善とか悪とかではないですね。容姿と共にその心も、とてもお美しい方であり。王族にしては非常に珍しいタイプの方だ。この性質の方はどちらかというと武人です。僕の師匠とこちらの友人に似ています。あははは」

 「ゆ、友人!? 私は従者です。殿下!」


 後ろにいたゼファーが慌てる。

 少しだけ嬉しそうでもあった。


 「え!? 僕に従者は必要ないのです。だからあなたは僕の友人です。本当のところ、殿下じゃなくフュンと呼ばれたいと思ってますよ。でも律儀なゼファー殿には出来ないでしょうけどね。あははは」

 「そ、その通りでございます。殿下。お名前は流石に・・・呼べませんよ・・・」

 「あ、やっぱり! あははは」


 ゼファーは頭を下げて恥ずかしそうにした。


 「なるほど。あなたはどんな方にでもお優しい方なのですね」


 シルヴィアが満面の笑みを浮かべた。

 それは新緑の葉のように柔らかい笑顔。

 彼女のその姿を見ることが出来た者は惚けるとか。

 一生幸せになるかもしれないとか。

 滅多に見せない笑顔であるから、部下たちにはそういう噂をされているのだ。

 それを今知り合ったばかりの男性に向けたのは大変に珍しい事だった。


 「ほう。お前が笑顔になるとは珍しい。んんん。俺としては、フュン殿が婿として我がダーレー家に来てほしいくらいだな。俺の義弟になってほしいな。俺って弟が欲しかったしなぁ」


 家族以外の事で妹が笑顔になる。

 珍しい出来事にジークは嬉しがった。

 小声になってフュンに話しかけてきた。


 「実は…妹に婚約者が出来なくて困っているんだよ。もう18なのにね。男勝りは男探しが厳しいのですよ・・・でもフュン殿ならば、愛しい妹を任せられる気がするな。うむうむ。なんとなくじゃなくて、本当にそれがいいかもな」


 ジークが突然婚約の申し出をしてきた。

 口調が商人の時の口調である。


 「え? いや、僕は……属国の王子ですし、帝国の人質ですよ。あまりに身分が違い過ぎて、無理ですよ。そんな僕が皇女様と婚約するなんてありえない。それにそちらに悪いです。こんな噂が流れでもしたら、シルヴィア様の方が大変になっちゃいますよ。ジーク様。もう二度と、このような場で言ってはなりませんよ。お控えなさってください。それにシルヴィア様と僕なんて不釣りあい過ぎて、ありえませんからね。あははは。あと、こんな美人な人と結婚してしまったら、僕は毎日緊張しちゃって疲れます。断言しますよ。まともに生活できなくなりますよ! ご勘弁を! あはははは」


 実は突然の申し込みにフュンも動揺していて、僕に戻っていた。


 「え……そ、そうなのでしょうか。私は美人なんでしょうか?」


 シルヴィアは戸惑っていた。

 

 「ええ。とてもお綺麗ですよ。僕が出会った女性の中でも一番心が澄んでいますね。綺麗な空を見ているくらいに晴れ晴れしますしね……その髪も夜空を照らす月の様に綺麗ですね。静かに力強く輝いている女性です。あははは。もっと褒めたいんですけど、これだと褒め過ぎですかね。もし僕のこれが嫌だったら嫌だって言ってくださいね。僕、褒め言葉を言ってもいい数の加減があんまり分からないんでね。よくメイドさんとか執事さんに叱られていたのですよね。あははは」

 「・・・い、いえ。有難く・・・・頂戴します」


 眩いフュンの笑顔で、シルヴィアは照れてしまった。

 褒め言葉の一つ一つが心に染みて、年下の男性であるのに意識してしまったのである。


 

 今までに自分のことを美人と呼ぶものは一人もいなかった。

 だから自分が美人であると思ったことがなかった。

 それに自分はいつも戦いに明け暮れているから、体から発する匂いは香水ではなく、戦場の匂いだけ。

 華やかな社交の場にきたとしても、その立ち振る舞いからは戦場の機敏さが出て来てしまい、淑女のような優雅さの欠片もない。 

 だから今まであった数回のお見合いも破談となっている。

 会う男性は皆。

 男としては彼女と釣り合わないと言い。

 だからお見合いにすら発展しないケースもある。

 そもそも、前段階の話すらも珍しいこと。

 もしあっても断られるのが毎度のこと。

 ならばこの身を帝国に捧げようと必死に戦い続けて早三年。

 齢18にして戦歴7戦7勝の戦姫として活躍してしまったのである。

 戦いの天才でもある彼女は、婚期に遅れるのは間違いなし!

 でも実は結婚したいお年頃でもあるのだ。


 「だろう。そうだろう。我が妹は、本当は綺麗なのだよ。フュン殿の目は流石の一言である。やはり俺の目にも狂いはなかった。君は俺を満足させる男であるようだ。そして我が妹を綺麗だと、妹の前で言い切れる度胸のある男を見たのは初めてだ。これほど貴重な存在。帝国中探してもどこにもいないぞ。はははは。これは楽しくなってきたわな」


 ジークは一人で語り、悦に入っていた。

 そしてフュンの手を握って話す。


 「ということで、君を丁重に扱うとしてだな。俺と明日は・・・・さすがにきついか。三日後出かけよう。そこのゼファー君も一緒にね」

 「わ、私もですか。よろしいので?」

 「ああ。もちろんだ。フュン殿の友人ならば当然だ。ついてきなさい」

 「わかりました。殿下とジーク様を護衛します」

 「うむうむ。楽しみであるな。はははは」


 自分の妹を褒められて満足そうなジークが、お出かけをする日を楽しみに大笑いした。

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る