強制絶頂ボタン

惣山沙樹

強制絶頂ボタン

 強制絶頂ボタン!

 それは、二十歳以上の男性なら誰でも申請して入手できるボタンである!

 片手に収まるサイズであり、ボタンが赤く点灯している時に押すと強制絶頂できるのである!

 押した後、一時間はランプが消え、押しても無効になる。つまり、一時間おきに絶頂することが可能なのである!




 ここに一人、新たに強制絶頂ボタンを手にした男がいた。尚文という。

 尚文は、二十歳の誕生日当日に強制絶頂ボタンを申請し、二週間後、受け取った。


「これで……これでタイパのいい絶頂ができる!」


 尚文はタイムパフォーマンスを重視する大学生であった。

 二時間の映画なんて観ていられないし、どうしても話題についていきたいときは、解説を読みながら二倍速で観る。

 絶頂についても同様だった。気に入ったオカズを探す時間が惜しい。手っ取り早く絶頂したい。


「おっ、おっ、おおー!」


 強制絶頂の悦びは、尚文の生活の効率を上げ、大学卒業後は一流企業に就職することができた。




 そして、二十五歳になった尚文は、恋人の頼子をフレンチディナーに誘った。


「あの……頼子ちゃん。これが、僕の気持ち。受け取ってくれるかな……?」


 尚文が頼子に差し出したのは、強制絶頂ボタンであった。


「嘘っ……尚文くん、本当に? 本当に、私でいいの……?」


 女性に強制絶頂ボタンを渡す。それはすなわちプロポーズであった!

 婚約指輪のトレンドはとっくに過ぎていた。恋人たちの間では、強制絶頂ボタンこそが、真実の愛、誠実さ、信頼の証であった!


「僕は頼子ちゃんがいいんだ。僕がこれから頼子ちゃんを一生守る。だから……だから……」

「嬉しい! 慎んで、受け取ります!」


 そして、夫婦となった二人は、晴れやかな式を挙げた。




 家庭を持ったことで、さらに仕事への意欲を燃やした尚文は、社内コンペで優勝。

 新しいプロジェクトのリーダーとなり、その日も大事なミーティングの予定があった。

 しかし、朝食で頼子が作った卵焼きに……殻が入っていたのだ。


「頼子! なんだよこの卵焼き! ガリっていったぞ! 本当に料理下手くそだな!」

「が、頑張って作ったのに……尚文くん、酷い……うっうっうっ……」

「今日は十時からミーティングだっていうのに、なんて朝だ。もういい。残す。行ってくる」


 スーツに着替え、颯爽と通勤電車に乗り込んだ尚文。

 車内でショート動画を観て頼子へのイライラを紛らせ、仕事へと気持ちを切り替えることにした。


「それでは皆さん、本日のミーティングを始めます」


 今日のために作ってきたスライドをスクリーンに表示させた尚文は、その前に立って内容を述べようとした……しかし!


「あっ! えっ! ああーっ!」


 強制絶頂したのである!

 強制絶頂ボタンは離れていても有効である。もちろん押したのは頼子であった。


「済みません、ちょっと、済みません!」


 尚文はグショグショになった股間をおさえながらトイレに駆け込んだ!

 そして、便座に座り、ズボンと下着をおろし、とりあえずトイレットペーパーで拭いてみたのだが、どうにもならない!


「頼子! 頼子ぉ!」


 尚文は頼子に電話をかけた。


「……何よ、尚文くん」

「今朝は悪かった。頼子だって慣れない料理に必死だったんだよな。謝るよ。だから、今すぐ新しいズボンと下着持ってきてくれ!」

「嫌。今日は美容院の予約してるの」

「そんな……頼む、頼子ぉ!」

 

 頼子は電話を切った。絶頂の結果は下着にすっかり染みついてしまっており、尚文は手洗い場でそれを洗い始めた。


 ――どうしよう。どうしよう。とにかく頼子の機嫌を取らないと。


 尚文は個室に戻り、今まで撮った二人の写真や、ラブソングの動画のURL、即興のポエムをひたすら送信した。

 そして、一時間後。


「うっ、うっ、うわぁぁぁ!」


 再び絶頂である!

 たまらず尚文は頼子に電話した。


「頼子……本当に、本当に悪かった!」

「許してあげる。美容院は嘘。もう会社まで来てるからね」

「早く来てくれ、頼子……」




 さて。ケンカの後の「仲良し」は燃えるものである。尚文と頼子も例外ではなかった。

 夜の寝室。二人は熱く激しく「仲良し」をした。


「尚文くん、押すよ……」

「あー! あー! あああー!」


 本日三回目の強制絶頂でぐったりした尚文を、頼子は優しく抱き締めた。


「ふふっ……一人目、だね」

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強制絶頂ボタン 惣山沙樹 @saki-souyama

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